第十三話 耳にそよ風、目には目薬、壁にはハラビロオオカマキリ
「倫太郎さぁん! 待ってくださいよぉ!」
「おい! 勇者! 待たんか!」
追う気にはならなくても勝手にどこか行かれると困りますから、やはり倫太郎さんの後を追う事にはなりましたが、倫太郎さんはゆっくりとしか歩いていないように見えるはずなのに一向に距離が縮まりません。
徒歩では追いつけない速さなので、私は竜に変身したアオさんに乗せてもらって空を飛んでいるはずなのに……なんで!?
「それに、この方角は……」
「ああ、わかっておる。この魔力の量と質、間違いなく四天王のものじゃろう」
竜に変身したアオさんもやはり気付いているようです。
そう、倫太郎さんが進んでいくその先には……
「この地域なら、やはり風のガルドーザ……」
「そうなんじゃろうな」
「まさか、飴玉を飲み込んでしまったから自暴自棄になって?」
「そんな理由で四天王に挑む奴は、いかに勇者と言えど阿呆じゃろ」
アオさんの尤もな正論に思わず自分の口走った事のおかしさを実感します。
……でも、倫太郎さんは普通じゃないから……ないとも言い切れないところが……
「キャンディ、キャンディ、マイ、スウィート、キャンディ。今から行くよ。今から行くわ、ああ私のおいしいキャラメルポップコーン」
倫太郎さんの大きな独り言が、こっちにも聞こえてきます。
……うん。四天王の所に向かう理由が、飴玉関係なのは間違いなさそうだ。
「でも、飴が関係しているのは間違いなさそうです。飴玉がどうとか言っていますし」
「なんじゃ。やはりただの阿呆じゃったか」
「……阿呆でも放っておけません。アオさん引き続きお願いしますね」
「あぁ、分かっておる」
そう言ってアオさんは、倫太郎さんに追いつくためにさらに飛行速度を上げました。
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「……すまん、結局これでは意味がないの」
「いえいえ。追いつけないよりはましでしたから」
私たちは倫太郎さんに追いつけました。……四天王の住まう城のすぐ近くですが。
周囲は森に囲まれており、まさしく森の要塞を連想させるような所です。
ですが不思議な事に、そこまでたどり着く間まったくと言っていいほど魔物には会いませんでした。
ここは四天王の一人がいるはずの城。だというのに警備が一人もいないのはおかしいはずなのですが、アオさん曰く
「勇者の魔術じゃな。妙な力はずっと感じておったが、あれはおそらく低級の魔物では近寄る事はおろか自ら進んでより遠くに離れようとする類のものじゃろ。魔物払いじゃな」
との事だそうです。でもそれだとアオさんも払われていなきゃおかしいような気もするんですが……
「馬鹿言うでない。わしは竜じゃ。元は水神とも崇められておった竜じゃぞ? あの程度ならば問題ない」
と言ってましたので大丈夫でしょう。
さて、当の倫太郎さんはというと……
「この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい!」
……城の付近の、草を顔を突っ込んで食べてました。
やっぱこのひとあたまおかしい。
そんな倫太郎さんに、近づく影が一つありました。
「……人間か。こんなところで何をしている? ……まったく、警備のものは何をしているんだ?」
「この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい!」
「……話も通じぬ狂人か。まあいい。城に近づく害獣は駆除せよとのご命令だ。恨むなら、ガルドーザ様の城に近づいてしまった自身の軽率さを恨むんだな、人間」
それは、大きなカナブンのような甲を持つ、四本腕の人のようなものでした。
その手には大きくゴツいハルバードが握られています。
……いえ、あれは魔物ですね。っていうか、今倫太郎さんにめがけてハルバードを――――――!!
「アオさん!」
「おう!」
ハルバードが振り下ろされる寸前に、その魔物をアオさんが水流のブレスにて吹き飛ばしました。
吹っ飛んでいった魔物をアオさんは目で追い、その間に私は倫太郎さんに駆け寄ります。
「倫太郎さん! 早く逃げますよ! 今のうちに!」
「この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい! この草おいしい!」
「ああもう! こんな時に草なんか食べないでください! 早く、あの魔物が戻ってくる前に……!」
私は何とか倫太郎さんを動かそうとしますが、倫太郎さんはまるで根が生えたみたいに動きません。
私が悪戦苦闘している間に、アオさんが叫びます。
「おい! 早くせんか! あいつ意外にも動ける奴らがおる! さっきの音に気付いたみたいじゃ! 囲まれるぞ!」
「っ!!」
周囲に、勇者さんの魔術の中でも動ける四本腕の魔物レベルがまだいる……!?
勇者さんなら何とかなるかもしれませんが、私たちではとても厳しいでしょう。
「レジェンドくりえいしょん。遊びに行こうよ三平方の定理」
気が付くと倫太郎さんは草を食べるのをやめて立ち上がっています。
その顔はいつになく真顔で、口周りは草の汁で緑色に染まっています。これは汚い。
「倫太郎さん、さあ早く帰りますよ」
「あめだま」
「はぁ? 飴玉はここにはないですから。早く帰りますよ!?」
「……」
「倫太郎さん!!」
私は立ち上がった倫太郎さんを引っ張ります。しかし、やはり根が生えたかのように動かない。
なんで!? 今ここに飴玉は無いんですよ!? っていうかなんで飴玉を求めて四天王の一人がいる城まで行くんですか!?!? 早く逃げましょうよ! 町に戻ればいくらでも飴なんてあるんですから!
「飴が欲しい。大きな大きな飴が欲しい。おお、神よ、我に飴を与えたもう」
「無理です! 飴は今あげれませんし、ここから逃げるのが先………………っ! え!?」
引っ張る私をよそに、倫太郎さんは両腕を空に広げて今度は神に求めだしました。
すると、その両の手から優しい白い光が溢れ出して周囲にドーム状に広がっていきました。
な、なんなんでしょうこれ!? また何かの魔術ですか!?
「……?」
「なんじゃ今のは!?」
しかし、そのドームは私に当たっても特に何も起こりませんでした。
それはどうやらアオさんも同じようです。あれは何の魔術だったんでしょうか?
……ハッ!? まさか、また天体が降ってくる!? あるいはまた私の身体のどこかが変化を?
「……」
私は意識を集中して『千里眼』を使います。
……しかし、この地球に落ちてくるものはなさそうです。
それに、私の身体も今のところ何の変化もありません。では何でしょうか?
「……アオさん? 何か変化はありましたか?」
「いや、わしにはないが……」
「? 何かあったんですか?」
「いや、周りに寄って来おった奴らが止まっておる。恐らく勇者の魔術じゃろ」
あ、なるほど。勇者さんが止めてくれたんですね。では今のうちに逃げましょう。
そう思って勇者さんの方を向くと。
「いっぱいたべりゅのぉおおおおおおおおおおおお」
「えぇ!?」
その、敵が潜んでいる森へと突撃していって行ってしまいました。




