第79話 隷婢
隷婢とは、
奴隷よりも下の身分で女性にのみ限定した隷属契約だ。
フィンフから奴隷を扱うことにも制約があることを教えてもらった。
・1日1回は食事を与えなければならない。
・殺してはならない。
・子供が出来た場合は奴隷でも親として認められる。
・相手が主人の場合には認知の義務が発生する。
制約を守っていない輩もいるが、もし通報された場合は罰せられてしまう。
しかし隷婢には制約は一切当てはまらない。
食事を与えず、死んだとしても何の罪にもならない。
子供が出来たとしても親として認められず、生まれた子供は主人のものになる。
その子供を生かすも殺すも主人の自由となる。
主人の命令に逆らった場合は奴隷よりも激しい痛みが襲い、数回続けると死に至るらしい。
普通は死刑宣告をされるような容姿の優れた犯罪奴隷が落ちる身分だ。
いつ殺されるか分からない。
どんなことをされても逆らってはいけない。
隷婢が待っている未来は『死』だけだ。
つまり生きながら死んでいる状態だ。
これを受け入れたムツキは常軌を逸しているとしか思えない。
臣下が主のために命を賭けるのは当たり前だが、主が臣下のために命をはるのは、それだけ主にとってかけがえの無い臣下の場合だろう。
臣下なら誰でも命がけで助けるのはバカだ。
だからこそ、俺はムツキのことが気に入ったんだ。
「次は飲み物だ」
「はい。かしこまりました」
丁度昼時だったので、場所を移動して飯にすることにした。
ツヴァイとフィーアが用意した料理を奴隷達と食べる。
人形一号と失礼女達の分はない。
彼奴らは自分達で用意するらしいがどうでもよかった。
「こちらです」
「おう」
ムツキには隷婢として俺の世話役をやってもらっている。
食事では自分の手を使わない。
食べ物や飲み物を口まで運ばせる。
ムツキは慎重にコップを傾けて俺の口に水を流し込む。
俺が軽く手を上げると、コップを口から離して綺麗な布で口元を拭く。
そしてまたフォークで刺した肉を俺の口に持ってくる。
その繰り返しだ。
こういうのも悪くはないが、今後はやらせるのはやめよう。
けっこう面倒くさい。
食事は自分の手で動かした方が楽だ。
食事の間アインスとフィーアがずっとこっちを見ていた。
手元にある食事には殆ど手をつけてなかった。
「お前らちゃんと食え、いざという時に動けなくなるぞ」
「「すみませんでした」」
まさか、アインスとフィーアもムツキの役をやりたかったとかそんなんじゃないだろうな。
やりたいと言って来ても断ろう。
そう思う程に面倒だった。
飯が終わると再び馬車で移動する。
俺らの馬車の御者はアインスがするが、失礼女は御者が出来ない。
仕方なく人形一号を貸してやった。
この失礼女、前世の俺よりも無能なんじゃないか。
こんなやつのために命を張るとか、ムツキはお人好しがすぎるオオバカなんだと思った。
馬車の中でもムツキの奉仕は続いた。
洗濯、膝枕、荷物の整理、抱き枕など、召使いがやるようなことばかりだ。
馬のアウディ達の休憩中に服を着せたまま踊らせたり、歌わせたりして暇を潰した。
山々を超えるとなると馬への負担が大きくなるので、適度に休ませた。
人形一号よりもムツキの方が見ていて楽しい。
夜にツヴァイやフィーアにも同じように踊ってみせろと言ったら、何の躊躇もなくやり始めた。
アインスはそういうのは全然らしくて、俺の隣で一緒に見ていた。
寝る時には何故かツヴァイが自分から抱き枕になろうとした。
まさか、ムツキに嫉妬でもし始めたのかもな。
そろそろ襲っても文句は言わないと思うが、最初ぐらいはちゃんとベッドの上でしてやろうという思いがあった。
フィーアの時はあっちからだから外でしたが、ツヴァイも自分から誘ってくるならしてやるが、そんなことは無いと分かっていた。
ちなみにドライは生のまま魔物を食べることは無くなり、ちゃんと料理が出来るまで我慢することを覚えた。
ツヴァイに盗賊の死体を料理してくれと言ったときは驚いた。
「そんな汚いものを食ったら腹を壊すぞ」と言ってさせなかった。
奴隷達に変化が生まれて来て、嬉しいような困ったような精神的に色んな意味で苦労しそうだと思った。
十日ぐらいゆっくり旅をして山の上からミッテミルガンの首都『シュテルン』が見えた。
オーストセレスの首都とは違った。
上から見て星形に壁が作られていて、都市の中央に一際デカいビルのような大きい建物があった。
ムツキの話だと、あそこにこの国の代表者が住んでいるらしい。
その建物を境目に東西で街の景色が変わっていた。
東には高くない日本風の木造建物が並び、西側には中央のビルよりは低いが、東側よりも高い西洋造りの建物が並んでいた。
まるで住宅街とオフィス街で分かれているようだった。
ムツキの話では東が昔ながらの街を思う人達が住み、西は新しい代表者を支持し、急速発展した街を受け入れた者達が住んでいる。
ちょっと気になっただけなので、国の内部事情なんかには興味が無かった。
俺は中央のビルの最上階を集中して見てみた。
あそこに代表者がいるんだような。
ンッ!
俺は息が詰まるような感覚に襲われた。
背筋が凍り、血の気が引いていく。
この感覚を俺は知っている。
久しぶりに味わう感覚だ。
「首都には寄らずに迂回して行くぞ。急げ!」
「どうされたのですかご主人様?」
「あとで説明する。いいから出発だ」
俺は早口で伝えて急がせる。
只事ではないと悟ったアインス達が荷物を纏めて馬車を走らせた。
人形一号達は何が起きたか疑問に思ったまま、急いでアインスの後ろを追いかけた。
「すみませんご主人様。非才の私にはどうして急がれるのか分かりません。教えて貰えないでしょうか?」
「あのデカイ建物の上に化け物みたいな奴がいる。俺が全力を出しても到底敵わない相手だ」
最上階を見つめた時に出た感覚は俺がこの異世界に来てあのホーンラビットに襲われた時の感覚に似ていた。
『死』だ。
あの時は何とかして勝てたが、今回はそれ以上に恐ろしかった。
向こうの奴と目が合ったのかも分からないが、このまま近づけば殺される未来しか見れなかった。
どうやっても勝てない。
今ある武器や魔法をいくら駆使しても絶対に負ける。
それぐらい圧倒されてしまった。
奴隷達がタオルや飲み物を差し出した。
それだけ俺の顔色が相当悪く汗もかいていた。
奴隷達もこんな俺を見るのは初めてで戸惑っていることだろう。
俺も正直もうこの世界は楽勝だと思っていた。
前魔王の幹部の死神デトートスがあのレベルだったんだ。
魔王の幹部がいくら出てきてももう大丈夫だと高を括っていた。
間違いだった。
俺よりも遥かに強い奴がいた。
多分向こうも俺のことに気付いて殺気を送ってきたのだろうが、こうして尻尾を巻いて逃げ出したんだ。
追いかけては来ないだろう。
だが、このままずっと無視しているわけにはいかない。
世界征服にはあいつの存在は邪魔だ。
俺には『無能』がある。
今は勝てなくても、レベルアップを続けていけばあいつに勝てるはずだ。
あいつのレベルは分からないしレベルの最高点は知らないが、自分のステータスを全てカンストさせる気合でやらないと駄目だ。
でないと、
俺が持っているモノ全てを失うことになってしまう。
それだけは絶対にダメだ。
俺の物は俺のモノだ
誰にも渡さないし、壊させたりさせない。
それをしていいのは俺だけだ。
俺のモノは絶対に俺が守ってみせる!
その日はずっと張り詰めたような空気で、馬車の中は静かで誰も声を発することが出来なかった。
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