第76話 出発
よく晴れた朝。
俺は馬車の中で紅茶を飲みながらのんびりしていた。
「魔王陛下の御出陣!全員構え!」
そんな俺の気分とは反対に緊張気味の整列した騎士たちが両手で剣を持ち構えた。
左右側面に整列した騎士達の中央をアウディとポルシェの二頭が引く馬車が揺れた。
タール村にいた商人から貰った馬車よりも高価な馬車だ。
最初は王族が乗るようなキラキラと輝くようなものを用意されたが、そんな目立つもので行くわけないだろ。
一般人でも買える高価な馬車にしてもらった。
これなら誤魔化しがまだ出来るだろ、盗賊に狙われても皆殺しにするればいい。
揺れが全くないということは無いが前よりは良くなった。
馬車の中には俺以外にツヴァイ、ドライ、フィーアがいる。
アインスは御者をしている。
フィンフは女王だから、連れて行くことは出来ない。
当然だ。
馬車の周りにはヴンディルを含めた数十人の馬に乗った騎士がいるが、ついてくるのは門までだ。
せっかくの奴隷との楽しい日々を邪魔されたら、殺してしまいそうだ。
音楽が鳴り、それに合わせて馬車が動き出した。
これは俺が前世聞いたことのある有名なゲームの曲だ。
そんな曲が異世界で浸透しているわけもない。
俺がこんな感じでと鼻歌を歌って、それを聴いたフィンフに作らせた。
所々違うなと感じる部分があるが概ね合っているので及第点と言ったところだな。
国が俺好みに変わっていくのもいいものだな。
門を出るとヴンディルが馬を降りていた。
一度は抱いた女だ。
挨拶ぐらいしてやるか。
御者をしていたアインスに馬車を止めされてドアを開けさせた。
すると、ヴンディルが「失礼します」と言って入って来た。
「魔王様。私のために御時間をいただき、ありがとうございます」
「手短にな」
「はい。魔王様に受け取って欲しいものがございます」
ヴンディルは長方形の白い布で出来た御守りを取り出すと、俺の手を取って掴ませた。
「これはオーストセレス王国に伝わる女性が愛する男性に渡す御守りです。男性の命を護って無事に帰って来るように願いが込められています」
愛するという時に顔が赤くなっていて可愛いと思った。
「フィンフにも同じものを貰ったな。そんな意味があったのか」
御守りに結び目があり、中に小さい何かを入れられるようになっていた。
「中には何が入っているんだ?」
「それは……その……」
ヴンディルの顔がさらに赤くなって茹で蛸のようだ。
隣にいたフィーアがこっそりと教えてくれた。
なるほど、前世のラノベでそんなシーンがあったことを思い出した。
それは言いづらいか。
「ありがたく受け取ろう」
「ありがとうございます」
ヴンディルは一礼すると馬車を降りた。
それを確認すると、アインスは再び馬車を動かした。
「この国にそんな御守りを作る伝統みたいなものがあったんだな」
俺は掌の中にある二つ御守りを見つめた。
白い方はヴンディル、金色なのはフィンフだ。
この中にヴンディルとフィンフの下の毛が入っているんだな。
「いつかお前達も作って俺に渡せ。もしかしたら何か効果があるかもしれないからな」
奴隷全員がえ!っと驚くような顔をした。
なんだか変態ような発言だが、別にいいだろ。
「魔王様がお望みというなら……」
「私は……えーと……」
「???」
フィーアとツヴァイの顔が赤くなり、俯いてしまった。
アインスには聞こえている分からないが、聞こえていたら同じような顔をしてるだろう。
ドライは何のことだが分かっていないようだ。
「それとも逆に俺のが欲しかったりするか?」
俺は悪戯心に火が付いた。
フィーアとツヴァイがえー!と俺の顔を見て驚いていた。
さすがに男から女にそんなものを贈る習慣などないだろ。
「…………欲し、い……です」
かすかに聞き取れたが、発言したのは意外にもツヴァイだった。
俯いていて表情がよく分からないが、湯気が出そうなくらい真っ赤なのは分かる。
「そうか、考といてやる」
俺は予想外の返事に戸惑っている。
「私にも……いただけますか?」
フィーアも負けていられないといった感だ。
「分かった。アインスとかも含めて考えといてやる」
冗談のつもりで言ったことだが、これは作らないと駄目なのだろうか?
取り敢えず、奴隷達が御守りを持って来てから考えることにしよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
やはり馬車の旅というのはいいな。
車に比べたら快適差はあるが、別に悪いというわけではない。
三種類の形の違う枕もある。
今は座りながら読書をしているので、どれも使ってはいない。
俺は読書をする時は寝ながらではなく、座って読む派だ。
今読んでいるのは向かっているヴェストニア法国の途中にあるミッテミルガン共和国について書かれた本だ。
ミッテミルガン共和国では、元々ドワーフが代表となって治めていたが、三百年前の国内戦争により、代表が人間に変わった。
クーデターだ。
それまでは鍛治業に盛んでいて、エルフとも少なからず縁があり、輸入輸出などを行っていた。
地上の貿易都市のようなところだった。
代表が変わってからは鍛治を行なっているが、貿易などはしていなかった。
その代わりに奴隷業など非人道的なことが進み、街もやさぐれてしまった。
夜の店も増えて、食事処や宿もそういう目的の店に変わってしまった。
エルフ奴隷は貴重でオークションなどで高値で取り引きされる。
そのせいでエルフの国とは完全に絶縁状態だ。
夜の世話は奴隷達がいるから満足しているが、勉強のためにそういう店に行くのもいいな。
マンネリ化して関係が悪化しては主人の威厳が無くなってしまう。
だから俺は行かなくはならない。
それと、前の代表がドワーフなのに王女がエルフって噂がどうして流れているんだ?
ハーフは有り得ない。
エルフで美しいというのは誰かの妄想だったか。
「ご主人様。なんの本読んでるの?」
ドライがハイハイするように近付いて来た。
国の外で魔王だと呼ばれると騒ぎになるからな。
『ご主人様』と呼ぶように命令した。
そんなことより重要な問題が発生した。
俺はドライの声を無視して読書を続けた。
「ねぇ、ご主人さま〜」
ドライが俺の肩に手を乗せた。
アインスとツヴァイが止めようとしたが、それより早く、俺はドライの頭を掴み押し潰すまでとはいかないが、ドライが涙目にはなるほどに力を加えた。
御者をしていたフィーアも空気が重くなったのを感じたのか、馬車を止めた。
「覚えておけ。俺は自分の楽しみを邪魔されるのがすごく嫌いだ。特に読書をしている途中で話しかけてくる奴が嫌いだ。飯だったり、緊急事態なら分かるが、只々俺の読書を邪魔するというなら絶対に許さない。分かったな」
頭から手を離すと、ドライは急いでツヴァイの後ろに隠れた。
ツヴァイも一回こっちを見たが、すぐに視線を逸らした。
「すみま……せん……でし……た」
ドライはツヴァイの背中から顔を出して謝った。
その顔はもう涙や鼻水でぐしゃぐしゃだ。
ツヴァイの服が大変なことになっているだろう。
「多少馴れ馴れしくする分には俺は怒ったりはしない。だが、俺の奴隷であることは忘れるなよ。俺の邪魔はするな」
「申し訳ございませんご主人様。ドライには私からもキツく躾けておきますので、どうかお許しください」
アインスが土下座してきた。
ツヴァイとドライもアインスの隣で土下座をした。
一緒に過ごして戦って、仲間意識が格段に上昇したようだ。
「今回は許してやる。次はやるなよ」
「「「ありがとうございます」」」
「だが罰は与える。今日一日は奴隷達全員飯抜きだ。連帯責任というやつだ。次からはちゃんとすぐに止めることだ」
アインスとツヴァイは、そんなことかという顔だが、ドライは絶望感に溢れていた。
朝飯は食ったんだ。問題はないだろ。
それから奴隷達の間で絶対のルールが一つ加わった。
『ご主人様の読書を絶対に邪魔してはいけない。邪魔するものは速やかに排除すること』
読んでくれてありがとうございます。
「面白い」
「続きが気になる」
と思ったら、下にあります☆☆☆☆☆で作品への応援をお願いします。
ブックマークをしてくれると嬉しいです。
感想•レビューや誤字脱字の報告なども受け付けていますので、書いていただけると執筆の励みになります。
どうかよろしくお願いします。