第65話 謁見
シューネフラウの後ろをギャラルは緊張しながら歩いていた。
今まで男を連れて歩く姿など、王族以外に見たことがない使用人達は隠れてひそひそと話す。
二人の他にもう一人メイドがいるがそんなことは関係なかった。
ギャラルは声は聞こえていなくても何を話しているかは想像できる。
自分も可能性は低いと分かってはいても期待をしてしまうのは男の性だ。
部屋の前に着くと「準備があるので少し待っていてください」と一人残された。
10分程でお付きのメイドが呼びに来た。
ギャラルにとっては一分にも満たない感覚だった。
メイドに続いて部屋の中に入った。
初めて入るシューネフラウの部屋に自然と動きがゆっくりになる。
だが、それもすぐに収まり、別の緊張が襲って来た。
そこには力の権化と言っても過言ではない存在がいた。
ゼントはただ、座っているだけだ。
それなのにギャラルは足を動かすどころか、瞬き一つすることもできない。
瞬きしようものなら、一瞬の暗闇の間に命を奪われるのではないかと恐怖を感じる。
ギャラルのレベルは63もあり、オーストセレスでは最高のレベルである。
つまり王国最強ということだ。
その人物が絶対に勝てない相手と会うなど何年も無かった。
だが、幾度も死戦をくぐり抜けて来たギャラルだからこそ絶対に勝てないと分かってしまう。
待っているのは絶対の死だけだ。
「頭が高い」
ゼントは一言口にした。
ギャラルは本能的に跪いた。
この人物の前ではそうしなければいけないと思ったのだ。
「魔王様の前で失礼いたしたこと。私の事前の説明不足によるもの……どうかお許しください」
「それは許してやる」
ゼントの側にいるシューネフラウが深々と頭を下げる。
ギャラルはシューネフラウとの会話から見て、シューネフラウの命の危機が訪れることはないのだろうと結論づけた。
彼にとって王族の命を守ることが一番優先させなければいけない事だからだ。
それと気になる点があった。
シューネフラウの魔王という言葉に。
「ギャラル、と言ったか?」
「はい」
ギャラルはゆっくりと頭を上げる。
見た目は成人したばかりの少年だが、その中にどんな化け物が潜んでいるか分からず恐怖する。
「今回、この国の第四騎士団が何をしたかおまえは知っているか?」
ギャラルは思考をフル回転させて考える。
第四騎士団とは先程の会議の議題に上がっていた件だ。
相手が本物の魔王であれば、その質問がくるのは当然の事だ。
「はい。存じております」
「それについてお前の考えを聞かせろ」
ギャラルは慎重に言葉を選ぶ。
でなければ、自分だけでなく国が滅ぶかもしれないからだ。
「貴族主義社会を掲げる我らにとってあってはならない行為です」
「それでもお前は何もしなかったのだろう」
「……彼らの背後には宰相を含め、多くの上層部から息がかかっている者がいまして、下手を打てば国を割り崩壊の道へと行く可能性もありました」
これは真実だ。
平民出身のギャラルとて第四騎士団の行いは許すことの出来ないことだったが、手を出せなかった。シューネフラウとも何度も話してチャンスが来るまで待つという選択をした。
苦渋の決断だった。
「なら、俺がその邪魔者を消してやる。そしたらお前は第四騎士団の残存兵をその手で殺すことが出来るだろ」
「それは……」
あまりに突飛な発言に驚き、何といったらいいか分からなかった。
「出来ないのか?」
ゼントの圧が強くなる。
ギャラル程のレベルだから耐えられるが、一般人レベルだったら、息をすることも出来ずに死んでしまうだろう。
「……お任せください」
大を生かす為に小を殺す。
そんな簡単なことぐらいは分かる。
王族、国民、他の騎士団員のために第四騎士団には犠牲になってもらう。
今までやって来たことの報いだと思えば、やれないなんてことはなかった。
「その言葉聞けて良かった」
ギャラルへの圧が弱くなる。
なんとか成功したと安堵の息を漏らした。
「よしフラウ。予定通りこの国は一度滅ぼすぞ」
「はい。魔王様」
「え⁉︎」
ギャラルは驚いた。
今までの話し合いは何だったのか。
どうしてシューネフラウが賛成の意を示すのか理解出来なかった。
「分からないなら特別に教えてやる。一度崩れかかったものを元に戻すのは手間が掛かる。なら、全てを壊して新しく作り直した方が簡単だろ」
「流石は魔王様です。魔王様のお導き通りにすればオーストセレス王国は安泰です。その慈悲深きお心に感謝いたしますわ」
ギャラルは二人が何を話しているのか全く理解出来なかった。
何故そんな提案を自国の王女が受け入れるのか分からない。
一度滅ぼした方がいい?
作り直す方が簡単?
そうなれば、もうその国は人属の国であるオーストセレス王国ではない。
魔王の国になってしまう。
そんな簡単ことも分からない王女ではないはずだ。
どうしてそんな答えになるんだ?
ギャラルの頭ではいくら考えても到底理解出来なかった。
シューネフラウにとっては魔王ゼントの考えこそ絶対であり、その行いにこそ真の正義があると信じている。
そのために散る命などいくらでも差し出す。
もはや狂信と言ってもいい。
「話はこれで終わりだ。出て行っていいぞ」
「え……、いや……」
「聞こえ無かったか?俺は出てけと言ったんだ」
再びギャラルへの圧が強くなる。
言うこと聞かない奴は殺すと目が言っている。
「失礼致しました」
ギャラルは立ち上がり、深く頭を下げると、早足で部屋を出て行った。
すぐにでも逃げ出したいと身体が訴えているようだった。
「多少の疑問は抱いてるようだが、問題はないだろ。結果を見せればあいつだって納得せざるおえない」
「全くもってその通りですわ。魔王様の行うことに間違いなどありません。意義を唱えることなど烏滸がましいですわ」
ゼントはシューネフラウの信頼がアインスとはまた違うような感じがするが、信じてくれるならどうでもいいかと気にしなかった。
「作戦の決行時間は予定通りでいいな」
「はい。準備も整いつつあります。ギャラルもこちら側についたことですし、順調に進みますわ」
「本当は今すぐにでもこの国を消滅させてやりたいが……アインスとフラウの願いから我慢してやっているというのを忘れるなよ」
ゼントはシューネフラウを睨む。
実際それがなかったら、ゼントは流星弾でもなんでも撃ち込んでこの国を攻撃していた。
「私のような者の願いを聞き届けてくれるその器の広さ、流石は魔王様です」
もし本物の魔王だったら、他の奴の言葉なんて聞かないで自分のやりたいようにやるんじゃないのかとゼントは思ったが、自分に都合の良いようになるならいいと特に口出しはしなかった。
「だが、一つ問題がある」
「何でしょうか?」
「作戦時間までの間、この気持ちを抑えることが出来るかだ。もちろん約束は守るが、二、三人程度なら殺してもいいだろ」
「いえ、そうなると王城内の警戒が強くなり、私達の準備が勘付かれる恐れがあります」
慎重に準備を進めてはいるが、絶対にバレないという保証はない。
その可能性を高めるなど自殺行為に等かった。
「なら、お前が相手しろ」
「私が……ですか?」
シューネフラウの顔が先程の暗い顔から明るくさらには紅くなっていく。
「俺のこの気持ちを抑えるためにおまえが相手しろ。準備はあの騎士団とか他の奴にでも任せておけばいい」
「はい〜、かしこまりました。ですがそのために身体を清める時間を頂けないでしょうか?」
「あまり俺を待たせるなよ」
「承知いたしました」
「お前の代わりにあのメイドは置いていけよ」
「えぇ、何なりとお申し付けください」
シューネフラウは深くお辞儀をすると、早足で部屋を出て行った。
その顔は笑顔に溢れ、その顔を一目見ただけで惚れさせてしまう程だ。
シューネフラウと入れ替わるように、メイドが入室した。
「シューネフラウ王女様の側仕いディナと申します。何なりお申し付けください魔王様」
「早速俺の願いを聞いて貰おうか」
ゼントは椅子から立ち上がるとディナに近づく。
ディナは緊張で身体中がこわばり、ゼントの顔を見れなかった。
「そう緊張するな。フラウが戻るまでお前に相手をしてもらうだけだ」
ディナの肩にポンッと手を乗せた。
ゼントの顔はこれからのことに笑顔になるが、対照的にディナには恐怖が襲っていた。
魔王の機嫌を損ねてはならないと拳を強く握った。
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