3月17日
黒
「最近の世の中は、どうかしてるよねぇ」
小柄なおじさんは、ため息まじりに呟いた。
私たちは、旅行先の小さなお店で、夕ご飯を食べていた。夕食時で混んでいたため、私たちいつものOL三人組と、相席になったおじさんと、思いがけず話がはずんでいた。程よくアルコールも入っていたせいか、職場や生活のグチから、話は広がっていった。
「一掃したほうが、いいのかもねぇ」
「一掃って、戦争とか?」
「文明が何もかもなくなって、また原始時代から始めるのね。それもいいのかも」
「テレビも電気も水道もなくって、洞穴で暮らす。それって毎日がアウトドア?」
「いいねぇ。僕は三月十七日がいいなぁ」
「戦争を開始するのがですか?」
「いいやぁ、核を落とす日だよ」
「寝坊した時とか、落ちてって思う、思う」
「どうして三月十七日なんですか?」
「よく晴れた春の日なら、何もかもが終わるのもいいだろう?」
「朝起きて、窓を開けたら、いいお天気。やわらかい風に花の匂いがする。今日もいつも通りの日が始まるって朝で終わるんですね」
「うっわ―。ブラック――」
そのまま会話は、私ならいつがいいとか、できれば夜がいいとか、尽きなかった。
旅行から帰った私たちの間では、しばらく『よく晴れた春の日なら~』というフレーズが流行った。私たちは、当然、冗談だと思っていた。あの日、相席したおじさんを、テレビで見るまでは。制服に身を包んで視察するおじさんを、ニュースで見るまでは。
今夜は、空一面に星が出ている。この調子だと、明日も晴れそうだ。
明日は、運命の日。