1572年西上作戦
1572年。
いよいよ西上作戦が発令された。
周辺国の様子はどうか?
越後国は中立を守っている。後顧の憂いはない。
上野国は長野業正の嫡子業盛が支配している。問題ない。
常陸国の佐竹義重とは甲佐同盟を結んでおり同盟国である。
相模国は北条氏康が支配している。
胃がんであったが、奇妙寺消化器外科が全摘し、一命を取り留めた。
北条氏康死んでいない。
武蔵国は北条氏政の支配地である。
駿河は甲斐の同盟国である。
今川義元は健在だ。
定恵院(さくら)、信虎、義信が控えている。
東美濃の抑えには、信濃衆の秋村虎繁が伊那に駐留している。
遠山氏の動きは注視する必要がある。
時が来た。
甲斐の巨獣が、いよいよ立ち上がったのだ。
その数30000人。
甲斐より駿河方面に進撃する。
目指すは織田方の家康の居城、浜松城だ。
軍団の後ろに兵站の大部隊が続く。
約3万人の動く都市みたいなものである。
食事と排泄はこれまた超弩級であった。
青崩峠は標高1082m、中央構造線の摩擦により青黒い崩壊壁の山肌である。
1544年に青崩隧道が完成し、鉄路と道路が通ってからは、山越えの必要はなくなった。
兵員が次々と列車に乗り込んでは、甲斐中央駅を出発して行く。
青崩峠には甲斐武田が掘ったトンネルがある、いやあったというべきか。
清信「まあ、そうだな」
晴信「そりゃあそうだ」
浅信「やっぱりそうだ」
トンネルは遠江側から爆破されていた。
何千トン、何万トンの土砂岩石が崩れ落ちていた。
勿論線路はメチャクチャである。
清信「よし、開通記念碑をどけろ」
屈強な工兵が、じゃなくて重機が山すそに埋め込まれた記念碑をどけた。
ぽっかりと開いたトンネルが姿を現した。
トンネル試掘坑(避難隧道)である。
本坑と水平に避難坑が掘ってある。
浅信「無傷だ……」
晴信「避難坑には気付かなかったみたいだな!」
清信「遠江の軍属は土木工学の事をあまり知らなかったとみえる」
工兵「避難坑に崩落なし、問題はありません」
線路のポイント切り替え部は残されていた。
避難坑に被害はない。
「よし前進」
避難坑に鉄路は敷設してあったが、天井は低い。
列車の全高ぎりぎりの設計であった。
避難坑は岩盤がむき出しの試掘坑である。
列車の窓のすぐそばを岩盤が通り過ぎた。
足軽A「地下400m!」
足軽B「すっげえっ、すっげえっ」
足軽C「地球の中心もこんなかな?」
足軽大将「はいはい、窓から手や首を出すな、危ないぞ」
足軽ABC「へ~い」
高校生の修学旅行のノリである。
まあ普通に生活していれば絶対見られない光景ではあった。
こうしてトンネル本坑爆破も空しく、避難坑を武田全軍が通過したのである。
だがこの方法は二度と使えない。
次回は別の方法を考えねばならなかった。
青崩峠を南下すれば遠江、二俣城である。
二俣城を落とせば、遠江は分断され、支配は思うままだ。
諏訪勝頼と諏訪頼雄は、二俣城を取り囲んだ。
勝頼は晴信と諏訪御両人の息子。
頼雄は諏訪頼重と禰々御料人の忘れ形見、幼名・寅王丸だ。
<1542年諏訪攻略参照>
城攻めは困難を極めた。
二俣川と天竜川の流れを利用した天然の要害はなかなか落ちなかった。
武田軍はやがて、二俣城の水の手を発見し、爆破した。
しかし城に水不足に陥った様子がない。
実は水は揚水ポンプで汲み上げていたのだった。
1500年に、佐渡金山で使った技術が70年経って、遂に敵側でも使われていた。
技術チートが破られた瞬間であった。
おそらく貯蔵タンクに塩素消毒した水道水を低温貯蔵しているだろう。
この分だと、我々武田軍に近いレベルまで、技術は高いかもしれない。
「秘匿兵器<武田ムカデ砲>を使いますか?」と頼雄。
「いや、まだだ。俺に考えがある」と勝頼。
その夜、4人の突撃降下兵がハンググライダーで二股城に侵入した。
そしてジエチルエーテルを番小屋の密閉空間に充満させた。
「おい、なんだこの甘いニオ、グウ」
「はー、気持ちいにゃ、グウ」
兵士がバタバタと倒れていく。
突撃降下兵は、城代中根正照の寝所に侵入した。
正照は麻痺したように眠っていた。
そっと担ぐと4人は正照を拉致したのである。
翌日朝、正照は武田本陣で目を覚ました。
「御目覚めですか、正照どの?」と勝頼。
「は、え?えーっ!そんな馬鹿な」と正照。
「みなさん、そうおっしゃいますが現実です」と頼雄。
「な!何故、儂は敵の本陣にぃ!」
正照はその理由を聞いて唖然としていた。
昨日の晩まで籠城作戦は完璧だった。
今日の朝には敵の本陣で開城を諭されている。
「そんな馬鹿な!」と正照。
「で」と頼雄。
「開城するのしないの?」
・
・
・
……。
……。
ヘビに睨まれたカエルみたいな顔した正照は答えた。
「しますっ」
ここに世にも奇妙な開城が始まった。
篭城の筈の城代が、外から開城を呼び掛けたのである。
篭城の兵は城代が人質になったのを見て、ヘナヘナと力が抜けていた。
二股城は3日間で落城したのである。
あっという間に落城の報は、遠江の地侍達の間を駆け巡った。
どっちつかずの彼らは、勝った方になびくのである。
「ふっふっふっ無血開城!」と頼雄。
「腕が鈍るよなあ」と勝頼。
「兄上は血気に逸る性格が危ないです」
「戦国武将より賢君に向いてるな、義弟よ」
冗談を飛ばしながら、二君は本隊に合流した。
こうしていよいよ家康の居城、浜松城に武田軍は迫った。
次回は1572年青崩峠多薬室砲000です。




