1400-1440年南蛮の技術000(イスラム技術書)
1400-1440年南蛮の技術編は全部で000~005まで6話あります。
商人、丁翁が分厚い本を脇に抱えて、奇妙寺の彩円の所にやって来た。
商人「やっと、やっと手に入れましたよ!松戸彩円どの」
彩円「おおっ!でかしたっ、丁翁」
松戸彩円は例の商人から、物凄い書籍を手に入れた。
その商人はお世話になったイスラム系の商人からギフトとして受け取ったものだ。
表題にはイスラムの言葉で、こう書いてあった。
「機械技術の理論と実践についての概説」
著者イブン・アッラッザーズ・アル=ジャザリー(1206)
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「イスラムの言葉がわからない」
「内容がわからない」
「何か大切なことが……」
「大事なことが書かれている気がする……」
松戸彩円は、その読めない筆記体のうにゃうにゃ文字を前に立ち尽くしていた。
「右から読むのか左から読むのか」すら分からない。
本の中には何かの機械の挿絵が載せてある。
<2ピストン式吸上げポンプ>とイスラムの言葉で注釈が書いてあった。
もちろん誰も読めなかった。
松戸彩円は悩んだ。
寝ても覚めても、挿絵をずっと睨んでいた。
挿絵は多色刷りの立派なものだった。
しかし抽象的で写実とは程遠い。
絵が伝えようとしている意味を読み取る必要がある。
筆者の訴えたい気持ちがわかれば、絵の意味を読み解けるはずだ。
このイガグリのヘタクソみたいのは歯車だ……。
歯車に風車が連結して……いや、水車だ!
この開いたり閉じたりしているのは弁の役割か?
松戸彩円はだんだん分かってきた。
古来、クテシビオス(紀元前285~不明)、アレクサンドリアのヘロン(紀元10~70年)らはポンプについて述べている。
シリンダーとピストン、弁を持つポンプは消火用の龍吐水(江戸時代の消防ポンプ)と構造は同じである。
すでに紀元前から旋盤による精密加工と叩き込みによる仕上げ成形の手順が成されていた。
<ヘロンはシリンダは漏れる事が無いように旋盤で加工すべしと書き残している>
古来、中ぐり盤が無い為に、オリーブ油を注ぎながら、シリンダにピストンを打ち込んで嵌め合い加工を行った。
現代では、この加工法はラップ仕上げと呼ばれている。
ただオリーブ油は潤滑油としては不適(焼き付きを起こす)で、石油系潤滑油が望ましい。
これは古代の著者が、工房で工程を写し取る際に、テクニカルな知識がなかった為の推測と考えられる。
テクニカル・イラストレーターなどなかった時代である。
<実際は、現場では、石油系潤滑油を使用していたのだろう>
この横倒しになった絵図はピストンとシリンダーなのだ。
子供が遊びで使う杉鉄砲(竹鉄砲の弾が杉の実)そのものである。
それをこの挿絵では分かりやすいように、ここだけ断面図で描かれているのである。
松戸彩円「よし、わかった!」
よし、わかった!のところから製造してみた。
よし、わかった!とは言ったものの、暗中模索の状態である。
金物加工の匠も巻き込んで、試行錯誤の連続だった。
こうして2か月が過ぎた。
とうとう完成した2ピストン式吸上げポンプ。
しかーし。
「水が漏れてるね……」
「水車が回ってるのに、リンク機構が上手く機能していないのでは……」
「いやこれは、つるべで汲んだ方が速い……」
散々である。
何かが、どこかが間違っている……。
松戸彩円には、それが分からなかった。
1)摺動面の精密加工の経験値がゼロ
2)鉄材の強度不足
3)ピストンリングが無い(そもそもの発想が無い)
4)リンク機構の機構学の知識不足
……
「漏れ止めのタヌキの皮のシールドが返って漏れを大きくしている……」
実は原図にはピストンリングが描かれている。
松戸彩円はそれを見落としていた。
実際に作られた場合、リングは2本嵌まっていた筈である。
彩円「根本的になんか間違ってる……」
戦国時代に、技術も知識もまったく無かったわけではない。
職人も匠も自分の知識として蓄えてはいたのだ。
刀鍛冶が、焼き入れの水の温度を知ろうとして、手を突っ込んだ者の手首を切り落とした逸話。
これも絶対機密を守る、鬼気迫る一子相伝のシステムである。
それを説得して教えを乞う事は不可能である。
ひょっとしたら全国のどこかの水車機構で、既にピストンリングを使っているかもしれない。
だが、それは誰にも知られず、ひっそりと消えていく。
自分たちで試行錯誤の結果、習得するしかないのだ。
ヘロンはシリンダは漏れる事が無いように旋盤で加工すべしとサラッと言ってますが、これは紀元前から旋盤が加工に使われていた事を示しています。恐るべし、古代ギリシャ!




