1558年晴信次男信親
信親は晴信の次男。
幼い頃、白内障を患い、盲目となり、奇妙寺に入り僧形となった。
彼には超常の力が宿り、それは同族の浅信を上回る能力だった。
「幽霊が出るのですよ」
「はぉ?」
奇妙寺に妖しい噂が広まっていた。
浅信が奇妙寺の自室でまったりとしていると、若い僧形が駆け込んできた。
「幽霊とな?」
「それで、いつ、どんな」と浅信。
「昨夜、信親さまそっくりの格好で廊下を浮いて」
昨日の夜、トイレへ行こうとした若い僧形が目撃していた。
「信親さまは自室で寝てらっしゃたので、これはキツネのしわざでは」
「……」
「わかった、調べてみよう」
それを最初に見破ったのは浅信だった。
浅信は信親の自室を訪ねた。
信親は床に寝転んで後脛骨筋のトレーニングをしていた。
足にボールを挟んでガニ股になって上げ下げする。
信親はすぐに座り直して平伏した。
浅信は信親に向き合うようにして座った。
浅信は信親に唐突に言った。
「隠せ」
「超常の力で目が見える事を悟られてはならぬ」
信親は見えない目で浅信を見た。
「ああ、それはやめろ、見えてる仕草だ」
<見えないのに見えるのです>
信親は頭の中に話しかけてきた。
<頭の中に話しかけるのもダメだ、心が読めるのが分かってしまう>
浅信は信親の頭の中で諫めた。
「でも」
「それから宙に浮くのもやめたほうがいいぞ、普通は浮かないからな」
「はうぅ~っ」
やっぱお前かよ、と浅信は思った。
昨晩トイレに行こうとした僧形が見た幽霊っていうのは……。
「え」
「えじゃない、おっと」
浅信は飛んできたりんごをはっしと受け止めた。
「物は取りにいけ、普通は物は勝手に手元に来ないからな」
信親は何かダイヤルを回すような仕草をした。
「超常の力でなんでも精神操作しようとするな」
浅信はスルリとその圧迫から逃れて言った。
精神とは潜水艦の潜航や浮上を司る無数のバルブのようなものだった。
記憶の海から記憶を浮上させれば思い出す、沈めば忘れる。
下手な例えだが、ほかに説明のしようがなかった。
刻まれた記憶を記憶の海に永遠に沈めておく方法もあった。
「それは余程のことがあって、始めて行っていい究極の秘密だ」
それから浅信の訓練が信親に始まった。
「無数の声が聞こえるだろう」と浅信。
「これが人間の心の声なんですね?」と信親。
<これをブロックする方法を教えよう>
浅信は信親の精神壁を高くした。
<あれ、聞こえません、すごい、何も>
<これを取得するんだ、必要な声を通すゲートの作り方も教える>
信親は全てを学び取った。
まるでスポンジが水を吸い取るようだった。
浅信は思った。
普通なら目が見えない障害者だろう。
だが、この超常の力はどうだ!
信親は、後々武田家の外交、頭脳となる事は間違いない。
ありとあらゆる外交情報を筒抜けに手に入れる事が出来る。
相手の考えを瞬時に引き出して使う事が出来るのだ。
この武田家の血統は異常だ。
だが今はありがたく使わせてもらう。
次回は1559年永禄の大飢饉です。