1553年晴信三男信之
信之は晴信の三男。
10歳の時に大病を患ったが、今は奇妙寺の医学で完治している。
だが、その時の高熱が原因で、脳に障害を負ってしまった。
今は長男の清信にしか心を開かない幼児に後退している。
「おにーちゃあぁ~んっ」
全速力で飛び付く信之。
「うぐっ」
「おお、信之、今日も元気だね」と清信。
「清信お兄ちゃんが一番大々好き!」
浅信、晴信には懐かなかった信之だが、清信にはベタ惚れだった。
清信は、まとわりつく信之を物ともせず、勉学に研究に勤しんだ。
立てば足を登り肩車の位置に、座れば頭に上り、寝そべれば腹に乗る。
さながら赤ん坊の猛攻に耐える巨ネコさんの如く成すがまま、である。
武田家の養育係の伝場(奇妙寺僧形)も処置無しであった。
「さあ、清信様のお仕事の邪魔になりますれば……」と伝場。
「いぃ~やぁ~あ」と信之。
「まあ、よいではないか、よいではないか」と清信。
伝場は直立不動の姿勢を取ると、回れ右して去っていった。
こうしてじゃれている内に清信は気付いた。
信之は記憶力がいい。
いや異常だ。
信之に南蛮国の洋書の化学を読ませてみた。覚えてしまった。
奇妙寺が150年に渡って積み上げてきた技術の蓄積たる科学、医学、技術etc。
これらの蔵書を暇に任せて読破してしまった。
「じゃあニトロ化とは?」と清信。
「ええとね」
信之は暗証しだした。
「濃硫酸と濃硝酸を混ぜ混酸を作ります」
「混酸中には硝酸1分子と硫酸2分子からなるニトロニウムイオン1分子が発生します」
「ベンゼンをを加えるとニトロベンゼンになります」
「硝酸はニトロ基の供給源、硫酸は酸性触媒となり……」
「いや。もう十分だ、分かった」と清信。
「ねえねえ、コレ面白いね」と信之。
清信は確信した。
信之は人間コンピューターだ。
現代では、これはサヴァン症候群と呼ばれている。
勝手にモールスを憶えてメッセージを送っている。
・・- ・-・-・ ---- 。
こういう所はまだ子供だ。
清信は思った。
挨拶も出来ない信之。
だが、この高度な脳機能の働きはどうだ!
信之は後々の武田家の知恵袋、頭脳となる事は間違いない。
ありとあらゆる記録、計算結果が彼の頭脳に蓄積される。
そして瞬時に引き出して使う事が出来るのだ。
この武田家の血統は異常だ。
だが今はありがたく使わせてもらう。
次回は1554年猿之介(木下藤吉郎)です。