1547年超常の弟・浅信
小田井原の戦いになります。
1547年、信濃国佐久郡で謀反。
志賀城・笠原清繁氏が上野国主・上杉憲政に助成を頼んだのだ。
その数20000人。
志賀城(現長野県佐久市志賀)は、碓氷峠(現軽井沢)から僅か13kmの距離だ。
上野国(現群馬県)の目と鼻の先である。
長野新幹線で軽井沢-佐久平は8分の距離だ。
北信の雄、村上義清との連携もあり、勝てると踏んでの援軍である。
「お待ち下さい、御館(上杉憲政)様」
「おお、業正、なんぞ名案でもあるか」
ここは出撃前の上野国平井城。
忠臣長野業正はふいに上杉憲政を呼び止めた。
「河越城の戦いで3000もの兵を失い……」
「またそれかい、今度こそ大丈夫だと思うぞよ」
河越城の戦いでも、8万対1万1千で負ける筈がない、とおっしゃってましたよね。
忠臣長野業正は口の中で問うた。
関東管領山内上杉家、上杉憲政はアホではない。
平井城の城下の賑わいは鎌倉を凌ぐほどである。
だが善政を領く彼の手腕は、戦には向いていなかった。
結局、上杉憲政は忠臣長野業正の諫言を無視し、出撃を命じた。
村上義清は上野国と甲斐国を戦わせて、自分は無傷でいるつもりだ。
その上で甲斐国の武田晴信と一戦交えるつもりなのだ。
このままでは村上義清の思うつぼである。
業正「傀儡……」
がっくりと肩を落とす業正。
業正「このままでは、上野国はほろぶ……」
後の上野国守護代長野業正は、この時まだ無力であった。
くじ引きで先鋒に選出された倉賀野行政の嫡男、為広。
倉賀野氏は上野国倉賀野城(現群馬県高崎市)の城主である。
代々上杉氏に仕え、行政は1546年の河越城の戦いで戦死、為広が後を継いだ。
嫡男、為広は病弱だったため、出撃出来なかった。
名代として金井秀景が大軍を率いて出撃だ。
業正はこの戦いに出撃しなかった。
なんとも、ちぐはくな上野国の大軍であった。
編成は西上野衆と呼ばれる国衆である。
足軽達の間でも、噂は広がっていた。
足軽A「くじ引きで出撃だとよ、なんか落ち着かないのう」
足軽B「戦いの大義名分がブレているからな」
足軽C「なんで病弱のおぼっちゃまの代わりに戦わなきゃいけないんだい」
金井秀景「出陣じゃ~ッ」
倉賀野城(現群馬県高崎市)から碓氷峠(現軽井沢)まで40km。
碓氷峠は700mの間に300mもの高低差のある急坂がある。
刎石坂だ。
軍団はゼイゼイ言いながらも登り切った。
碓氷峠(現軽井沢)を越えてきたところで、武田軍の別動隊と激突。
小田井原(現長野県北佐久郡御代田町)で、木端微塵に追い散らされた。
その捕虜はおよそ3000人。
激怒した晴信は降伏してきた敵兵の首3000を刎ねよと命じる。
しかしながら佐久郡仕置にしては苛烈が過ぎる。
佐久郡を平定し、これから治めるのに虐殺は悪手である。
佐久平定の次は北信濃、宿敵村上義清が構えている。
佐久は懐柔して味方にしておかねば、挟撃の恐れもある。
「晴信、度が過ぎるぞ」と兄の清信。
「兄上、御一考願います」と弟の浅信。
「甘い!俺は敵を容赦しない!」と晴信。
「なぜ東信濃は幾度となく反旗を翻す?」
「徹底的に容赦しない態度を示す、それが仕置きだ!」
兄の清信の言葉を無視し、弟の浅信の忠言も晴信の耳に入らなかった。
とうとう浅信は重臣の板垣信方と図り、超常の力を使う事にした。
晴信の大脳新皮質に働きかけ、ニセの記憶を刻むのだ。
夢の中で夢に気付く事が無いように、偽の記憶に本人が気付く事は無い。
後は周囲が口裏を合わせればいいだけである。
そう板垣信方は周囲に働きかけた。
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だがしかし。
浅信の超常の力はそんな甘いものではなかった。
臣将が口を滑らした場合、口を滑らせた事さえ忘れてしまう。
晴信もおかしいと気付いた事さえ忘れてしまう。
最後には思い出せなくなり、何を忘れたかさえ忘れてしまうのだった。
こうして3000人の捕虜は首を刎ねられ死んだ(と自分たちは思った)。
死んだから幽霊となってしまった(と自分たちは思った)。
リビングデッド状態である(と自分たちは思った)。
そしてふらふらと故郷を目指した。
帰巣本能だ。
「あんたの良人は武田軍に斬首された」
そう聞いて、葬式まで出した百姓兵の家族もいた。
そこへ、死んだ人間がしばらくすると、ぼろぼろの装束で家に帰って来た。
素っ頓狂な悲鳴を上げる者、嬉しさに泣き崩れる者と様々であった。
志賀城落城の際の生き残りも同然だった。
鉱山奴隷として人身売買された(と自分たちは思った)。
<1547年の時点において、奇妙寺の高度な機械化技術により、鉱山で奴隷は不用であった>
かれらも帰巣本能に従って、ふらふらと実家への旅に出た。
これが強烈な印象を敵兵や敵軍将校に与えた。
ただでさえ魑魅魍魎を信じる時代である。
何か尋常ではない事が上杉軍に起きた事だけは敵将も理解した。
3000の首が城壁に並べられたのを確かに見た!
しかしなぜ帰ってくる?なぜ生きている?
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……。
えーと、何を考えていたんだっけ?
もう誰も碓氷峠を越えて佐久郡に侵入してこなくなった。
とくに上野国主・上杉憲政は呪いに掛けられたような悪寒を感じていた。
やがて彼らは何を恐れていたかさえ忘れてしまうのである。
だが何かが邪魔をして甲斐信濃への食指はもう動かない。
本人は知る由も無いが、大脳新皮質が拒否していたのだった。
そしてこの時期より後、上杉憲政は二度と信濃に攻め入らなかった。
次回は1548年村上義清攻略です。
村上不死隊登場!