1505-1533年インカ帝国002
インカ帝国編最終回です。
哀れ、残された衛星都市国家の反逆の主謀者達。
2000人が見せしめの為に斬首された。
「まあ、日本と同じだなあ」と浅信。
重税と暴力による統治は国家が通る道である。
インカ帝国滅亡の危機は回避された。
武田の使節団はアステカ王国の時と同じく、インカ帝国も教化し始めた。
だが首都クスコは海抜3399mの高山、富士山8合目にある大都市である。
なんでこんな高地の平原と誰もが思った。
だが海岸線は不毛な砂漠地帯が延々と続く荒れ地であった。
河川に沿って細々とオアシスがある程度である。
クスコのあるアンデス高原が唯一住める場所だった。
雨季と乾期があり、1年中涼しい。
作物は育たないがリャマやアルパカを放牧は出来る。
近郊にあるウルバンバ川は、雄大な川面が特徴のだだっ広い河川で、水車が回ってくれない。
おそらく蒸気機関も、気圧の関係で全力稼働しないだろう。
奇妙寺の技術僧形はその為の準備も怠らない。
過給器である。
気圧が低ければ、上げればいいじゃない!
とにかく標高が高すぎる。
道路は山道で、クスコ-チチカカ湖間はどちらかというと甲斐-諏訪間に似ている。
これは2車線道路と鉄路を引くことが出来よう。
畜産は長いまつげが特徴的なパッチリした瞳のかわいいラクダ科の動物、リャマ。
食用モルモットのクイ、ウールが貴重品のアルパカといったところだ。
ピクーニャ、グアナコ、ビスカッチャ(アンデスウサギ)、みんな寝てるみたいな顔でかわいい。
う~ん、観賞用というか、かわいいのはいいんだが。
武田浅信と奇妙寺はインカ帝国に畜獣として馬を持ち込んだ。
山岳地方に強い木曽馬だ。
「おお、ぶっといリャマだ!」
「グアナコより太い!」
全高1.5m体重150kgのリャマ、グアナコ。
全高1.3m体重350kgの木曽馬。
うまくやっていけそうな感じだ。
だが気を付けなければならない。
南米で馬が全滅した理由が分かっていないのだ。
病気で絶滅したのなら、それを避ける事はできない。
注意深く観察する事が必要だ。
食料で特筆すべきは農作物。
高山栽培に適したジャガイモだ。
クスコより少し標高が下がった地域で作付けされている。
何種類も栽培されていた。
聞くと疫病が来ても全滅を避ける事が出来、かならず収穫があるからだという。
きっと何度も全滅して、人口が激減した歴史があるのだろう。
これはこっちが教えられた感じだった。
農薬と肥料については教える事がありそうである。
灌漑についてはよく考えられている。
段々畑の水路は芸術的でもあった。
それだけ水については苦しい歴史があったろう。
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文字が無い。
いや、あることはある。
キープだ。ヒモにこぶを作り、情報を編み込む。
色と繊維の種類、編み込む方向で情報を伝える。
これがモールス信号のように詳細な情報を伝えていた。
という訳で、モールス信号で文字を教えた。
イ「・-」。
ロ「・-・-」
ハ「-・・・」
……
「ふむ、微妙なニュアンスは消えるが、意味が速く伝わるな」とインカ人A。
「簡潔明瞭で分かりやすい、いい!いいぞ!」とインカ人B。
「ほほほー、ほほーほほーほ、ほーほーほーほー」とインカ人C。
工業は金銀の精錬に秀でていた。
インカ領内にはアユビル、チョクトコチャ、カイヨマ、ポトシ鉱山など豊富な金山銀山があった。
これを佐渡金山で使った技術で徹底的に掘り尽くす。
取り分は日本3割、インカ7割で出資は日本が行う。
クスコは海岸線から300kmも離れている為、海産物が皆無であった。
周辺はとんでもない山岳地帯で、山道が縦横無尽に広がっている。
これはリャマなどの駄獣や人足が歩くものだったので、幅が狭く直線的であった。
全長は5万kmでとんでもない長さの道路網であった。
道路は王道カパック・ニャン、広道ハトゥン・ニャン、狭道フチュイ・ニャン、庶民道ルナ・ニャンの4種類。
ちょっとかわいい感じだ。
これとは別に海岸線までの2車線道路と鉄路を建設する。
チチカカ-クスコ幹道とは別ルートの大工事である。
天然痘の接種も行った。
これはスペイン人が持ち込んだ外来の病気で、最大95%の人口減少に繋がる可能性があった。
こちらも学ぶべき医療の技術は多かった、実に多かった。
キナの木から採れるキニーネはマラリアの特効薬であった。
コカの木から採れるコカインは植物毒の局所麻酔薬であった。
とくに天然の局所麻酔薬は世界のここにしかない。
これを利用した高度な手術(形頭術:トレパネーション)も存在した。
手術用具は使い捨てで、感染症が無い為、70%と生存率もすごかった。
これらは直ちに奇妙寺に持ち込まれ分析される事となった。
こうしてアステカ王国、インカ帝国ともに日本の友好国となり、通商が始まった。
スペインは南アメリカの太平洋側を植民地にする事に失敗したのだった。
一方、南アメリカの大西洋側は既に両国の支配が及んでいた。
スペイン領ベネズエラとポルトガル領ブラジルである。
ムイスカ連邦(現コロンビア)は奇妙寺の教化がうまく進まず、スペインとの争奪戦となった。
しかし、黄金郷の伝説が偽りと分かると、スペインは急に撤退した。
ムイスカの民にも領土にも、何の興味もなかったのだ。
グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、コスタリカ、パナマ。
これらの国はスペイン領となり、ここにあったマヤ文明は消えてしまった。
マヤはチチェン・イッツァが衰退した13世紀当たりから、謎の衰退を見せていた。
マヤ消滅の原因は諸説あり、現在も定説が定まっていない。
アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイはまだ両陣営とも未着手である。
長大なアンデス山脈がインカ帝国を自然の要害として守っていた。
6000m級の山嶺が立ち塞がり、何者も通さない。
インカ帝国は滅亡しなかった。
あえて言おう、アタワルパ死んでない。
次回は1519年マゼランです。




