1505-1533年インカ帝国000
インカ帝国編が始まります。
1505年。
1人のインカの貴人が聖なる泉タンボマチャイで救出された。
第11代皇帝ワイナ・カパックの皇太子ニナン・クヨチ。
彼は天然痘で死んだと思われていたが、奇妙寺の医療で救われた。
インカの奇跡の儀式で沐浴していたが、すでに虫の息。
ただちに奇妙寺の高度医療チームが対処療法を続けながらワクチンを緊急接種。
奇跡的に快方に向かっている。
この救出劇はニナンの要望で秘密にされた。
一方ここはインカ帝国首都クスコ。
皇兄ワスカルと皇弟アタワルパの間では争いが起きていた。
インカ帝国には継承権といった明確な順位がない。
父親のワイナ・カパックも兄のニナン・クヨチも天然痘で急死した。
アタワルパは自分の首都キトからクスコに陳状に来ていたのだ。
そんな時、アステカ王国大勝利!のニュースは商人によりもたらされていた。
アステカ王国にある特別な地位は「聖職者」と「戦士」と「ポチテカ」であったと言われている。
ポチテカとは、王の保護下にある支配階級の、特権的お抱え商人と見てよい。
なお極秘任務として諜報活動も行っていた。
ポチテカによると、日本の使節団がアステカ王国に味方し、膨大な知識を与えたという。
それによりアステカ帝国は異国スペインの大軍団を木端微塵にしたという。
なお、インカ帝国には文字が無いために、伝言ゲームになったのは致し方無い。
日本!
日本を味方に付け、勝利を我が手に!
どちらも躍起になって日本人を味方につけようと、到着を手ぐすね引いて待ち構えた。
来ない。
いくら待っても来ない。
そんなある日の夜。
死んだ皇太子ニナン・クヨチが枕辺に立った。
「おわいうえあ!」
皇兄ワスカルはガバッと寝床ではね起きた。
「はしゅくるぶっ」
皇弟アタワルパはガバッと寝床ではね起きた。
「これは悪い予兆だ」と皇兄ワスカル。
「帝国に不吉な事が」と皇弟アタワルパ。
これが1週間続いた。
もう偶然ではない、凶兆である。
夢の皇太子は何も言わない。
ただ枕辺に立っている。
静かに立っている。
ワスカルとアタワルパは寝ている。
起きたくても起きれないのだ。
それがもどかしい。
何の意味があるのかはわからない。
お抱えの占い師も頭を抱えている。
「1つだけ可能性が」と占い師。
「いいから話せ!」と皇兄と皇弟。
「しかしこれはあまりにも凶兆……」
「いいから話せ!」
「話すべき未来が無いのです」
「なに?」
「帝国が滅亡して話すべき未来がな……」
「もうよい、去れ!」
占い師はぶったまげて、這う這うの体で退出した。
占い師と入れ替わりに近習が畏まって入ってきた。
「日本の使節団がただいま到着致しました」
皇兄ワスカルと皇弟アタワルパ。
彼らは決して同席しない犬猿の仲である。
その2人が今、玉座に一緒に座っていた。
異邦人に国内の干戈騒乱を悟られてはならぬ。
国家の体制は一枚岩の盤石である事を示すのだ。
そこに現れたのはすっかり不貞腐れた幼い戌千代(浅信)だった。
武田戌千代(浅信)。
1523年武田信虎の三男として生まれる。
のちの浅信である。
10歳の使節団長だ。
<ったくアホじゃねーのか、このインカの兄弟は!>
彼が日数を割いて第5次インカ帝国使節団に同行してきたのは訳があった。
ニナンはインカを脱出して日本に来日していた。
来日したニナンに聞いた話によると、皇兄はクスコを、皇弟はキトを首都にし対立していた。
この内戦で帝国は真っ二つ。
前皇帝ワイナ・カパックは母の出身地キトを帝国第二首都とし統治していた。
これを帝国第一首都クスコ派の貴族は快く思っていなかった。
ワイナ没後、これが原因で帝国はクスコ派とキト派に勢力が分裂したのだ。
こんなところにスペインが攻めてきたらひとたまりもないではないか。
日本に亡命してきたニナンはいつも言っていた。
「もうインカに帰りたくない」
「日本で静かに勉学に勤しみ暮らしたい」
<あー、なんかわかるわー>
<日本もそんなんですごくわかるわー>
幼い浅信は戦国時代の日本に「この馬鹿野郎!」と言ってやりたいのを我慢していたのだ。
インカ帝国も兄弟喧嘩で滅びるなんてけしからん!
この浅信が懲罰を加えてやるぞ!
平伏して感謝するが良い!
私が行って厳しく躾けを教えてやる!
超常の彼は幼い。ゆえに怒ると最も恐ろしい。
<キミたち2人は>
<大きなマチガイをオかしてイる>
突然心の中に音圧が響いた!
2人の皇帝はキョロキョロしている。
聞こえる相手を探しているのだ。
やがて事態が飲み込めたのか、ゆっくりと視線が浅信に戻ってきた。
畏怖と驚愕の表情を顔に浮かべながら。
悪夢の正体は。こいつのせいだったのか?
浅信の目が妖しく光る!
「アリイン スカ」
「クスイクニン カンタ レクスィスパイ」
浅信は日本語で挨拶し、皇帝たちはケチュア語で聞いた。
頭がどうにかなりそうだった。
皇兄ワスカルと皇弟アタワルパはただただ呆然と聞き入っていた。
周りは日本語しか聞こえないので何を言っているのか分からない。
「フランシスコ・ピサロとディエゴ・デ・アルマゴロの部隊が迫っている」
「ピサロの軍はわずか168人だったが、今や独立派の衛星都市国家を巻き込み、数万人の大集団だ」
「ピサロ本隊は士気の低い徴集兵であり、ピサロとアルマグロの2人が消えれば、瓦解する」
「日本軍の狙撃兵が2人を倒す」
「後は人民を衛星都市国家に帰還させるよう諭すのだ」
「わかったな」
「アリ スゥトイ」と2人の皇帝。
「チャイリャ」と浅信。
会見は終わった。
次回はインカ帝国001です。