1460-1500年ワクチン
ワクチンを作ります。
一度感染症に掛かったら、二度とその病気には掛からない。あるいは軽くて済む。
この「二度なし現象」は、古代ギリシャの時代から「免疫」として知られていた。
古代において、ギリシャの植民都市シラクサとカルタゴは交易権を巡って戦争を続けていた。
だが突然のペストの流行によって、両軍は戦闘兵の多くを失い、戦争は終わった。
8年後。
再びカルタゴは新規の兵員を増強してシラクサに攻め込んだ。
シラクサは戦後のペストの生き残りの兵隊がいただけであった。
明らかにカルタゴの戦力のほうが優勢であった。
しかしまたペストが流行し、形勢は一変した。
カルタゴ兵がバタバタとペストに倒れるなか、シラクサ兵は平気で戦った。
ペストの免疫が出来ていたのだ。
こうして免疫が、シラクサを救った事が歴史書「戦記」に記されている。
また古代インド(紀元前10世紀)の聖典にはワクチンの接種が記載されている。
天然痘患者のウミを糸の先端に付けて、健康な人の皮膚を針で突いた傷に垂らす方法である。
10世紀頃の中国でも、天然痘患者の瘡蓋を綿で包んで乾燥粉末にしたものを用いた。
これは鼻に吸引させて抵抗力を付けさせていた。
これらは人痘と呼ばれた。
日本にも中国から来日した医者が長崎でこの人痘について講義が開かれた。
だが日本人の潔癖主義が災いして、人痘は広まらなかった。
生前の松戸彩円を除いては。
熱心に講義を聞いた松戸彩円は人痘がトルコでも行われているのを知った。
日本でも3人に1人は天然痘に掛かる時代である。
だが人痘は強烈な副作用で、死者も少なからず出ている。
感染症菌を弱体化させて接種する方法はないものか?
あることはある、ホルマリンだ。
炭焼きで出来るものに、木炭と木酢液と木タールというものがある。
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木タールを蒸留して、木精が得られることは知られていた。
また、6ヶ月静置する事で分離する事も知られていた。
これを空気中にほったからしておくと酸化してホルムアルデヒドになり、さらにギ酸になる。
このホルムアルデヒドの水溶液が、「ホルマリン」と呼ばれる消毒や保存に使う薬品である。
元来、イネのイモチ病やジャガイモの黒あざ病に使う殺虫の農薬としての用途であった。
殺虫?……使えるな。
松戸彩円のこの短絡思考は間違っているが、この場合は結果論として正しかった。
彼の死後も、ワクチンの可能性は実験が続けられた。
実験動物で継代培養して、弱体化したワクチンの研究も始まった。
1人の僧形が、自分のムスコを実験材料にしようとして羽交い締めにされた。
「ええい、離せ離さんか!」
「いいや、離さん。実のムスコを実験動物にはさせん!」
「実地の可能性が!実際の検体が!」
「いや、ダメだ」
西洋では美談でも、日本では事情が違った。
そんな事は神が許しても、奇妙寺が許さん。
「ならば、神とも戦うまで!」
僧形たちが彼を押さえつけた。
なんかちょっとおかしい。
長年の努力と忍耐の結果、ついにワクチンが次々と開発され始めた。
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狂犬病:ウサギで継代培養し、弱体化したワクチンを使用した。
破傷風:芽砲になると煮沸しても死なず、厄介な感染症菌。
どこにでも存在し、目に見えない微細な皮膚の傷からも感染する。
病原菌ではなく、放出する毒素が症状の原因。
毒素原性の感染症なので、ホルマリンで外毒素を不活性化して、処方する。
ジフテリア:破傷風と同じく、ホルマリンで外毒素を不活性する。
百日咳:破傷風と同じく、ホルマリンで外毒素を不活性する。
天然痘:ウサギの睾丸で培養、弱体化したワクチンを牛に接種して牛化人痘ワクチンとした。
結核:結核菌は凝集するため、薄めるのが不可能だった。
たまたまウシの胆液で凝集を解く事が偶然発見された。
これにグリセリンで弱体化の方法が発見でき、継代培養が始まった。
5%グリセリン加ウシ胆液で70℃煮沸したジャカイモ薄片にて継代培養を繰り返した。
こうして苦節13年目、231代目で無毒化に成功し、種痘が始まった。
流行性感冒:ウイルスは細菌ではない。
ブタやニワトリを飼う事で、突然変異のウイルスが人間を襲った。
光学顕微鏡では見えない。
ウイルスが小さすぎるのだ。
また種が違うとウイルスは感染しないのも問題だった。
実験用ラットにもウサギにも、人間のウイルスは感染しなかった。
その時歴史が動いた!
いや、フェレットが病気になった!
なんと甲斐の国中でペットとして飼われていたフェレットが感染した。
フェレットは人間の病気になる動物だったのだ。
やがて発育鶏卵でインフルエンザウイルスを増殖させる方法が発見された。
増殖したウイルスは將尿液に出てくるので、これをチューッとシリンジで採取する(15ml)。
これを遠心分離して得た濃縮液をホルマリンで無毒化する。
これがインフルエンザのワクチンである。
これらの情報は開示されていない。
ただでさえ、迷信深い戦国時代には、無理解と畏怖、蔑視に警戒すべきであった。
接種には「修行道の厳しい試練」の名目で「鬼の角(接種針)に耐えれば大病平癒」として接種を行った。
発熱(副作用)を克服して元気になる。
種痘の跡がケロイドとして残る(平癒の印)。
霊験あらたかであると大評判になり、我も我もと殺到した。
こうして奇妙寺の僧形たちは、お布施を頂きながら、全国行脚で種痘をして回った。
「私の村にも来てください」
「私の村にも!」
「町の庄屋で御座います。何卒ご来訪を御願い致します」
「俺たちは山賊だ!俺たちのアジトにも来てくれや!」
「Por favor, venha para casa.」
ワクチン接種により、病原菌が我が物顔で蔓延していた時代は終わった。
赤ん坊の時期に弱体化したワクチンを接種する為に、赤ん坊の生存率は跳ね上がった。
だが病原体の毒には外毒素と内毒素がある。
これらについて奇妙寺はさらに追求するが、それはまた別の話になる。
しかし、ワクチンは予防だ。
罹患した場合はもう効かない。
治療には抗生物質を発見せねばならない。
次回は1460-1500年抗生物質です。




