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Takeda Kingdom!甲斐国は世界を目指す  作者: 登録情報はありません
第4章
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1430-1470年熱交換器

熱交換器についてです。


熱交換器とはクーラーや冷蔵庫に代表される熱を捨てる機械のこと。

夏でも涼しく過ごせ、食物を冷蔵出来る便利な装置である。


気体は膨張すると、膨張後の気体の温度は低下する(ジュール効果)。

 これは気体の分子間力に逆らってその距離を広げる(膨張する)仕事をするからである。


亨德森という僧形が石灰石に塩酸をこぼしてしまった。

その時、無色無臭の気体が発生したのを不審に思い、実験した。

それが二酸化炭素だった。この気体は水に良く溶けた。

1418年に発見したものの再発見にあたる。

それを商用に利用しようというのだ。


炭酸飲料水「タケダソーダ」である。

これに果物の果汁を混ぜたものが「武田ソーダ水」であった。

これが大人気で夏の定番の清涼飲料水となった。

これが全国に広まり、一大ブームを巻き起こした。


町人「このガラスビンの蓋の栓のウラには木の皮が付いてるぞ」

通りすがり「アベマキの木の皮から採ったコルクというものだそうだ」

「炭酸水の二酸化炭素は蒸発しやすい」

「密閉構造が必要だからな」


町人「へー、……」

通りすがり「どうした?」

町人「貴様、奇妙寺の者だな!」

通りすがり「ど、どうしてその事を!」


もはや「貴様、奇妙寺の者だな!」は全国的に流行っていた。

それほど浸透していたのだ。


戦場でも曹達馬車がやって来て、潤いをもたらした。

甲斐名産の葡萄を使った葡萄ソーダが人気だった。

「越後の臭水は飲めぬが、甲斐の臭水は絶品なり」と評判になった。


「ええい、敵国の下賤な臭水(くそうみず)なんぞ飲むでない!」

そう言う敵将も誘惑には勝てず、ゴッキュッゴッキュッと飲み干した。


また二酸化炭素と水を若干付加した状態で強炭酸水を作る。

これを、断熱した環境でノズルから噴出する。

 そうすると約半分が、固形二酸化炭素になる性質を利用して、ドライアイススノーを作った。


これを圧縮成形して固体にすれば、ドライアイスが出来上がる。

これは現代の純粋なドライアイスに比べれば、純度は劣る。

だが真夏でも製氷でき、冷却剤として使えるのだ。


ドライアイスは輸送用冷却剤として大変重宝された。

 例えば駿河で陸揚げされたマグロ200kgを現地でそのままドライアイス漬けにする。

富士川を遡って、川路で甲州甲斐に新鮮なまま持ち込む事が可能だった。

山国で刺身!腐りやすいイカも、ダメになりやすい鰯も刺身で食べられる!


中馬の馬稼ぎ「おいコレ、ウソだろ……」

かつてはアワビの醤油漬けが甲斐名物だった。

醤油漬けにしたアワビが荷馬に積まれて、ゆっくりと山道を甲斐に向かう。

馬の体温と揺れで、アワビにいい具合に醤油が染みるのだ。


「どいたどいた!」

いまや駿河の港で馬車鉄道に新鮮な魚介類を積めば、昼には甲斐国に着いた。

勿論、キンキンに冷えた冷却剤に囲まれたお刺身鮮度のままである。


物流は激変した。


 越後から、駿河から、野を越え山越え地の果てまでも、あらゆる生鮮食品が全国各地に普及した。


だがドライアイスは使い捨てだった。

ドライアイスをいつでもどこでも使いたい。

なんとかいつも冷え冷えの状態を保てない物か?

理屈は簡単である。


気体の膨張と圧縮を繰り返して機能する、閉サイクルの回路を作れば良い。

挿絵(By みてみん)

一方で熱を奪い、他方でその熱を捨てれば良いのである。

挿絵(By みてみん)

しかし、そんな都合の良い物質がこの世にあるだろうか?


そうやって考えてみると、身近にその物性に近い気体があった。

奇妙寺化学事業部の僧形たちが、最初に行き着いたのはアンモニアだった。


アンモニアの1気圧下での沸点はマイナス33℃と低い。

これを循環させ、いきなり膨張させて、気化熱で冷蔵室の温度を奪う。

冷蔵室は冷え冷えである。


こうしてアンモニア式冷蔵庫が出来ると、我先に戦国大名が買いに走った。

「冷蔵庫を売ってくれ、ウチは10台買うぞ、値段は言い値でいい」

「ウチは100台買うぞ、倍の値段は出す」


さらにこの熱交換器を利用した空調設備が現れた。

エアコンだ。

室内機で熱を奪い、室外機で熱を捨てる。

おなじみの光景である。

「アイスクリーム?なんだそれは」

堺の行商人が神妙な顔つきで仲間に説明している。

「見たんだよ、オレ、甲斐国の売店で……」

「真夏に食べると極楽の味だそうだ……」


この商品は甲斐国限定の商品で、他では食べられない。

我も我もと、行商人たちは甲斐国に殺到し、アイスクリームに舌鼓を打った。

だが持って帰れない、まだ冷蔵庫は巨大な設備なのだ。


そのレシピは極秘だった。

「そこでしか味わえない」、「旅費を掛けてでも」……。

そう言われると欲しくなるのが人情である。

 人々は諏訪大社詣(もうで)と称して、諏訪大社へ行くがてら、甲斐国でアイスを食べた。


 その為に、勝手に流通が発達し、木曽街道(中山道)が整備され、いつのまにか繁栄してしまった。

人の足では遅すぎる、馬車鉄道があれば、もっと早くいけるのにぃ!


旅客の声に押され、その時地元が動いた!


 太田の渡し:木曽川の幅が広すぎて橋が架けられず、当時の木橋では架けても洪水で流されてしまう。

 木曽のかけはし:断崖絶壁の難所。絶壁に杭孔をうがち、そこに木の杭を打ち込んで木の通路を通した。

 碓氷峠:標高960mの低山だが、山道がきつく、ほぼ登山道。道幅が狭く急な為。雨天時は道が川になってしまう。


太田の渡しには下部構造が石垣で、上部構造が木造の太田橋が架けられた。

挿絵(By みてみん)

24角形の辺と半径の延長を使った、直線素材によるアーチ構造だ。

挿絵(By みてみん)


木曽のかけはしは石垣が組まれ、アーチ構造の幅広な道路が完成した。

挿絵(By みてみん)


碓氷峠には隧道(ずいどう:トンネル)が掘られ、水平道を維持した。

挿絵(By みてみん)


奇妙寺の僧形たちの仕業だった。

地元の木曽の木材を活用した太田橋に、森林伐採業者もぶったまげである。

「な、なんだコレ?」

「どういう均衡で橋が出来ているんだよ、コレ?」

「奇妙寺の僧形はバケモノか」


すべてが水平な道となり、馬車鉄道が行き来する鉄道路線となった。

アイスが地域を救う。

その道は「アイスロード」となったのである。

次回は「ポルトガル海上帝国」です。

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