1430-1470年二極真空管
白熱電球の失敗から二極真空管を発明します。
この真空白熱電球の実験中に偶然発見された現象がある。
真空白熱電球の失敗で白熱し、溶けたフィラメントと、断線した導電プレート。
この断線した真空空間に通電した(電子が飛んだ)のだ。
僧形A「断線しているんだぞ!」
僧形B「だがカエルビクッビク電流計は明らかに通電表示だ」
熱電子放出効果(放射現象)である。
①プレートを陽極、カソードを陰極にして電圧を加える。
②プレートとカソード間は真空中で断線して真空空間が空いている。
③カソードをヒーターで加熱する。
すると熱エネルギーを与えられた電子が飛び出してくる。
④電子はマイナス電荷なので、プレートに向かって移動する。
この現象は極性を逆に(プレートを陰極、カソードを陽極に)しても電流は流れない。
二極真空管(整流器)の発見であった。
発電機は性質上交流で、一定周期で電圧、電流の向きが変わる。
永久磁石とソレノイドの反発を利用して回転し発電するためだ。
これの向きを揃えるのが整流器の役目であった。
こうして強力な交流を直流に整流して強力な直流にする事が出来た。
ここまでくると次のように考える僧形が現れる。
僧形C「これ、三極にしたらいいんじゃね?」
誰かが火鉢で餅でも金網で焼くような勢いで作ってしまった三極真空管。
構造も、熱源カソードとプレートの間に金網を置く形だ。
これには増幅・抑制作用があった。
こうなると四極真空管、五極真空管とアホみたいに作り始めた(多極真空管祭り)。
いずれも金網を増やして飛んでくる熱電子を制御しようという試みである。
制御が難しく、信号増幅よりも、電力増幅に向いていた。
こうして真空管で熱電子放出効果を応用した研究が進む一方、スピンオフもあった。
僧形の盖斯勒が研究していたガイスラー管であった。
真空白熱電球にはさまざまな不活性ガスが詰められては実験に失敗して、断線した。
しかし、そこでガスによって放電する色に違いがある事に気付いた。
さらに研究を重ねた。
結果、棒状のガラス管に希ガスを密閉して両端から放電すると光り輝くのだ。
ガス圧、ガスの種類、電圧によって色も照度も変化した。
ネオン:だいだい色。
アルゴン:赤紫色。
ヘリウム:バラ色。
水銀蒸気:青緑色。
……。
ガラスの形状は、どんなに曲がりくねっても(両端に電極があって放電すれば)、光り輝いた。
「これで文字を組んだら面白くね?」とある僧形が発想したからたまらない。
あっという間に「ネオンサイン」として広まってしまった。
「かいのよる ネオンサインに まどわされ」
甲斐国の夜の街で、ネオンサインに惑わされて、つい夜のお店に……。
当時の甲斐信濃の夜の喧騒を歌った狂歌が残っている。
混合希ガスと水銀蒸気を封入した蛍光灯はすぐに開発された。
内部温度1万度に達する超高温発熱灯だが内圧が低いので熱伝導が少なく、ガラス管が溶ける事は無い。
点灯にはグローランプ(スターター)点灯方式を用いる。
1)電源を入れるとグローランプの接点が閉じる。
バチッと短絡電流が流れ、エミッターを予熱する。
2)グローランプの接点が開く。
安定器からインダクションキック電圧という高電圧が両電極間に掛かる。
3)点灯後はランプ電流による熱で放電が続く(点灯し続ける)。
白熱電球のフィラメントの熱損失敗や希ガスによる熱伝導率の抑えの研究。
失敗や試行錯誤の偶然の発見がなかったら、とてもここまでは来れなかった。
だが、これらはガス灯に色を付けたもの、として蛍光灯は秘匿された。
二極真空管も蛍光灯も、海外への喧伝はされなかった。
「いけません」
奇妙寺の諜報機関は海外の不審な動きを捉えていたからだ。
次回は空中元素固定装置です。




