1420-1460年水車と歯車(機構学の発祥)
水車と歯車です。
主に歯車です。
水車の歴史は古い。
紀元前2世紀の小アジア(現トルコのアジア部分)が起源と言われている。
それから1500余年、水車は進化し、発達を続けて来た。
水車の回転運動を垂直直線運動に変換して突き臼を杵で突いた。
水車の回転運動を歯車を介して減速し、挽き臼を回した。
水車の回転運動を直線往復運動に変換して、篩を動かした。
ここで特筆すべきは、歯車の存在である。
一体どうやって作ったのだろうか。
現在では「m=d/z」という式を使う(モジュール=基準円直径/歯数)。
だが、戦国時代にそんなものはない。
おそらくは歯数と基準円直径が、ある種の比率を示す事が分かっていた。
例えば直径80mm歯数20の歯車のモジュールmは4だ。
例えば直径40mm歯数10の歯車のモジュールmは4だ。
中心距離は80+40=120(計算値:バックラッシュ無)だ。
これを箇条書きにして
「直径80で歯数20なれば、比率4にて、直径40で歯数10の歯車に合う」
「中心距離は120なり」というところだろう。
こういうのを一覧表にして、一子相伝の秘術として、代々付け継いできたのだろう。
10角形と20角形を作画にて求める。
歯車の歯の噛み合い。
実際の歯車。
では歯と歯の接触が円運動の接触による事はどうして知っていたのか。
すでに中世の西洋の水車では、木製ながら、そういった歯車が作られている。
これは経験則で知っていたとも考えられるが、次のような考察も考えられる。
単純な円の原型とも言える六角形を考えてみよう。
辺の長さは半径で、コレに糸を巻いてほどいた曲線は簡単に書ける。
辺を糸が離れるにしたがって、曲線を描く。
最初は半径r、次が2r、3番目が3r……。
これが円の伸開線で、歯車の歯と歯の接触はこの曲線を描く。
これは現在はインボリュート曲線と呼ばれ、歯の形に使われている。
中世の数学者が紙に書いてみて気付いたのかもしれないが、正史では残っていない。
現物の水車が、そのように加工されて、残っているだけである。
奇妙寺では莫斯利がこの技術を熟知していた。
鍛冶屋の彼は、水車小屋の機械構造にも詳しかったのだ。
「全周は360度です」
「そのため、2や3の倍数でしか歯数は数えられないのですが……」
「さっきの一覧表に5角形あったじゃん」
「う……」
「訂正します、そういうのもあります」
そう前置きして、莫斯利は歯数とその作図法の一覧を見せてくれた。
莫斯利が言ったように円周を等分するのは簡単だ。
2つの円が接する接点を結ぶ線はお互いのの中心の通る線に垂直になる。
3等分。
4等分。
6等分。
8等分。
10等分+20等分。
作図にはコンパスとディバイダを使う。
コンパスは、古代ギリシャのバァジックが考案し、ピタゴラスも使用した。
数学者が幾何学を解くのにはどうしても必要だったからだ。
古代ギリシャのコンパスは木製だったようだ。
だが莫斯利のコンパスは金属製だった。
「鍛冶屋ですから!」
ちょっと自慢げである。
直径と歯数の比率関係を書いた一覧表を元に歯車の諸元を決める。
さらに歯たけ、歯厚の一覧表から歯の諸元を決める。
これを「割り出し盤」というものを使ってフライス盤で加工する。
{加工前に焼き入れする}
以前は大錐で歯元に穴を開けながら、歯末は手加工であった。
切削屑まみれになり切削油まみれになった莫斯利。
さらに手加工でヤスリがけするために金属粉末と油まみれになってしまった。
「これが楽しいんですよね」と莫斯利はニヤけた。
ああ、専業従事者の嗜好は特別だなぁ、と彩円は感じた。
全然、楽しくない。
一人の職人が一台の水車の機構部品を全部手仕上げで製造した。
だから水車小屋の歯車は単品で特注品だ。
鍛冶屋が手作りで、現品合わせでもよかった。
だが、それでは標準化にはならなかった。
同じ歯車でも、他の鍛冶屋が作った歯車とは合わない。
手作りの微妙な手加減が、切削の加減に影響して合わない。
例えば200人の鍛冶屋が、200個の同じ歯車を作ったとしても、1つも合わないのだ。
同じ部品なら、作った職人が違っても合わなければ量産は不可能である。
標準化がなされなければならなかった。
さいわい工作機械のおかげで、この危惧は払拭される。
やがてフライス盤と割り出し板の加工が面倒臭くなってきた。
というわけで、歯切り盤という変態フライス盤が登場する。
その名の通り、歯車の歯を切る事しか出来ない単機能工作機械である。
ホブ加工といい、その機械はホブ盤といった。
ウォームに切り歯を付け、回転運動と真直送りだけで、歯を創成する。
{加工後に歯の部分焼き入れ、研磨を行う}
測定投影機で拡大投影して、透過照明光学検査を行う。
投影レンズはX100まで。
歯車が普及してくると、鋳造やプレスで歯車を作り始めた。
負荷の関係ない機構には、それでもいいのだ。
現代では、市販のハンドドリルの駆動部は鋳造である。
こうして水車小屋の歯車は金属になった。
水車小屋の機構は大きく変わった。
しかし突き臼、挽き臼はそのままだ。
なぜ、そうなのか?
理由は、その方がいいからだ。
現在でも我々は臼引きのそばを食べたがる。
手間が掛かっても、人間の嗜好は、それを好むのだ。
「あれまあ」
松戸彩円と莫斯利は茫然自失であった。
次回はスキとクワです。




