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Takeda Kingdom!甲斐国は世界を目指す  作者: 登録情報はありません
第3章
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1420-1460年解剖図と印刷技術

解剖図の完成。

血液の循環の発見。

顕微鏡手術マイクロサージャリー。


松戸彩円はようやく中国の解剖図を手に入れた。


「う」

なんだこれは……ナンダコレ?

全然違う……絵を描く気あんのかコレ?

中国のエリート層である進士の医師が描いたのだそうだ。


これには悲しい経緯(いきさつ)があった。

明(現中国)でも同じ事が起きていたのだった。


進士の医師はようやく西洋の解剖図を手に入れた。

「う」

なんだこれは……ナンダコレ?

全然違う……ナンダコレ?

中国のエリート層である進士の医師たち。

彼らは西洋の医学を知り、その緻密で詳細な描写に愕然とした。

ペン画で描いた細密画をそのまま銅版画に引き写して印刷したモノだった。


中国伝統医学の書は「素問」と「霊枢」の2書(紀元前100年)であった。

陰陽、三才、そして五行の概念である。


だが西洋の医学は違った。

人体は、「生きた部品」で構成された、「生きた機械」なのだ。

脳が決断し、神経が命令し、血液が燃料を運び、筋肉が動く機械なのだ。


我々は別の方向を見ていたのだ!


先進的な若い進士たちは伝統を重んじてはいた。

しかし、それが時代遅れになった事は認めていた。

そして、最新鋭の解剖図をなんとか広めようと腐心していた。


このままではダメだ……。

今、何とかしなければ……。

周回遅れになってしまう……。

こうして作られたのが「内景図」であった。

 西洋解剖図を参考に、中国伝統医学に引き合わせ、破綻しない様に説明したものだ。

彼らにとっては、これが限界だった。


伝統とはこのように一夜にして覆す事が出来ないものなのだ。

{実際、内景図には尿道の横に2つの穴が見えるが、これは精管と思われる}

絵は稚拙に見えるが、内容はそうではない。


折衷案であり中途半端であり現実的ではなかった。

松戸彩円は決断した。


やはりこの時代、自分でやるしかないのだ。

奇妙寺で異彩を放つ絵師といえば、菜昴納多(らいあなどぅ)がいた。

彼に頼むと二つ返事で承知してくれた。

彼の弟子10人も協力する。


彼らが解剖図を描くのである。


戦国時代であるから戦死者が出、死体には事欠かない。

僧形が戦場にさらされている死体を引き取っても怪しまれる事はない。


検体に冥福を祈り、系統解剖する。

すぐさま絵師が書き写す。2人で同じ場所を描き整合性を保つ。


1日1人1か所だけ系統解剖し、解剖した遺体はすぐに荼毘に付す。

巨大な慰霊碑が建立(こんりゅう)され、戦没者の冥福を祈った。


こうして2年、図面はおよそ600枚に及んだ。


原本は保存され、写本がとられた。

だが、写本では間に合わない。

600枚(1200ページ)の図版付きなのだ。

1日1枚書き写しても2年は掛かる。


もはや印刷しかなかった。


南蛮にはもともと木版画という印刷技術がある。

聖地巡礼の護符などの簡単な印刷と配布に使われていた。

1370年頃のプロタの版木が有名だ。


その後、技術が進化して、木版は銅版になった。

銅版画という精密な図版に適した写実技法である。

写真がないため、これしかなかった。


この南蛮技術に多くの僧形が注目していた。

絵心のある僧形の何人かが、日本画を捨て、専門に銅版画を習った。

すぐに習得して、静止画の写実を始めた。


日本人は凝り性なので、やり始めるとトコトンやった。

解剖図なのに骸骨がちょっとしゃれたポーズをとっている。

いや、そこまでせんでもいいと思うが……。


まあ、いいケド。


鉄筆で銅版に傷を付けて描くため、原版は凹版であった。

凹版画を印刷で写し取るには凄まじい圧力が必要である。


これは鋼板圧延工程の多段圧延機が既に経験済みだ。


銑鋼一貫製鉄所の下流にあるプレス工程そのままの印刷設備が出来上がった。

これは両面印刷機ではなく片面だった。

印刷速度は毎時1000枚、これで図版は印刷出来た。


問題は解説文のページである。

日本語の文字は多いのだ。

これは鉛の彫刻をした活字を、莫大な時間と労力を使って制作した。

こうして図版を印刷したページの反対側に活版を印刷した。


右ページ図番、左ページ解説文で見開き校正が成された。

1200ページの長編解体新書である。


甲斐国で、解剖図の印刷に成功したウワサは、野火のように広がった。

「印刷機を売ってくれ、ウチは10台買うぞ、値段は言い値でいい」

「ウチは100台買うぞ、倍の値段は出す」


いや、解剖図を買ってくださいよ……。

解剖図は南蛮人に飛ぶように売れた。

日本の優れた輸出品となった。


だが今ひとつ考えなければならない問題があった。

ある恐ろしい考えが頭を(よぎ)るのである。


戦傷者を多く治療してきた僧形も感じていた。

戦傷者からは出血するが、死体からは出血しないのだ。

それは、なぜか?


身体の内部に血液を送り出すポンプがある筈だ。

死んだ人間ではその機能は失われている。

脈拍が止まる前に解剖すれば?

生きた人間を解剖すれば分かる?


「ああ、やめてくれ!」

若い僧形は悶え苦しんだ。


だが、やがて魚や動物の生体解剖でも実態は掴めてきた。

心の臓だ。

これが全身に血液を送り、全身から回収しているポンプの正体だ。


また、ヘビなどの生体解剖で調べてみた。

ヘビは血液の成分分析をしている僧形が何匹も仕入れていた。

ヘビ毒の坑毒血清についての研究の分野である。


心臓の近くの静脈を結紮(けっさつ)するとしぼんでしまう。

心臓の近くの動脈を結紮するとパンパンに膨れてくる。

動脈が血液を全身に巡らせ、静脈がすべて心臓に引き戻すのだ。


「よし、わかった!」

若い僧形は得心した。


血液は血管を通って体内を循環し、一方通行で逆流しないのだ。

自分の腕をヒモで結紮すると静脈が浮いてくる。

 これは深部動脈を経て、指先まで循環した血液が、静脈を経て心臓へ帰るのを妨げているからだ。


古代ローマのガレノスは既に体内循環について知っていた。

肝臓で調整された血液は肝臓から出る上下の静脈を通り、全身に栄養を運ぶ。

消費された血液は静脈を通り、右心室に達する。

心臓の隔壁の子孔から左心室に移行し、肺動脈を通って肺に向かう。


これは現在では間違っている。

心臓の心房中隔に子孔は無い。

ただ胎児の場合は卵円孔という孔があって左右の心房は繋がっている。


母親の臍帯の静脈から酸素と栄養をもらっているからだ。

胎児の肺動脈は狭窄している。

胎児の肺は機能していないからだ。


ガレノスはこの胎児の循環を、どこかで見聞きしていたのかもしれない。

そして成人も同様だと推測したのかもしれない。

間違ってはいた、がしかし、この洞察力は素晴らしい。

奇妙寺では正確な解剖図があったので、論理的推測は簡単だった。


心臓が唯一の血液ポンプであるという事。

血液が体内を循環している事。

一方通行で逆流はしない事。

動脈が往路で、静脈が復路である事。

脈拍があり、血圧があり、血液型があるという事。

血液には型があり、合わないと凝集や溶血を起こす事。


血液を専門に研究する僧形もいた。

血液を静置すると血清+血餅に分離した。

血液を遠心分離に掛けると血漿+血小板+白血球+赤血球に分離した。


これが血液の成分なのだ。

奇妙寺の僧形たちは確信した。

奇妙寺の追求は続く。


血管を縫合する技術を追求する僧形もいた。

戦死のほとんどは失血死であった。

血管の体内の円環循環が分かった以上、止血すれば助かるのだ。

止血と血管の吻合と創傷部の縫合。

これは後日、血管外科(マイクロサージャリー)へと進化する。

手術用双眼顕微鏡と特殊吻合手術器具で血管も神経も吻合する。


戦国時代である。

足やら手やら指やらはビュンビュン飛び散った。

それを吻合する従軍マイクロサージャリー軍医は不気味な装束であった。


頭には双眼の手術用顕微鏡。

手にはリーバーマン開瞼器。

その姿は医用というより異様である。


「痛いですよ~」

本当の事をいいながら、有鈎鑷子で創傷をギュッと掴む。

「おわいてあひいいっ」

「ほ、本当にいで~っ」

どんな猛将も悲鳴を上げ、泣き叫ぶ。

麻酔がないので吻合は時間との勝負になる。

まだ抗生物質はなかった。

成否は五分五分であった。


解剖図と血液の体内循環の発見は奇妙寺を大いに躍進させた。

矢傷、槍傷、刀傷は治せる範囲に入ってきた。

だがどうしても手を付けられない部位があった。

内臓を含む胴体と脳を含む頭部である。


これには絶対、麻酔と抗生物質の発見が必要であった。

だがこれには時間がかかる。

今は今ある技術で何とかしなければならないのだ。

次回は「甲斐国守護不在2」です。

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