1400-1440年火器002(ライフル)
戦国時代ですが銃身にライフルを切ります。
奇妙寺謹製の銃を組み立てる。
銃身を木製の台架に固定する。
カートリッジ式の弾丸を後装する。
弾丸を固定する(ボルトアクション方式)。
引き金を引いて撃つ。
バンッ!
いりょくは、ばつぐんだ!
こうして奇妙寺は1430年なのに、うっかりボルトアクションの銃の製作に成功した。
1467-1477年の応仁の乱はまだ40年も先の話であった。
だが彼らがそれを知る由もなかった。
甲斐国で銃の生産に成功したウワサは野火のように広がった。
多くの戦国大名が甲斐国に使者を送り、実射を体験し、その威力を知った。
だが多くの使者は、その性能と威力に懐疑的だった。
雷のとどろくような音。それはすごい音だ。
そして命中すると小指ほどの穴が鉄板に空いた。
「ほ~ん」
<当時、射創(銃創)が衝撃波を伴いながら、肉体を圧排する事は知られていない>
なんだ、たいしたことないじゃん!
しかも弾丸の火薬は、原料の硝石が手に入らない。
銃身や引き金機構の構造が複雑だ。
火薬の材料も少なく、威力も凄まじいとは言えない。
「こ、こんな複雑な精密加工を……」
「理解が及ばぬ……」
同行していた他国の若い刀鍛冶も茫然自失である。
他国は戦国時代、真っただ中の乱世であった。
工作機械を見て、これまたぶったまげた。
「こ、こんな複雑な精密加工を……」
「出来るわけない……」
「ほへええぇっ!ほへえ~っ」
他国の刀匠が突然シャウトし始めた!
「お師匠様っ!」
「いかん、発作だ」
理解が及ばなくなった老師が爆発した。
無理もない、複雑な機構、斬新な工作機械……。
刀鍛冶としての自負や哲学が崩れ去った瞬間だった。
古来、刀は芸術品であり、大名が家来の功績に応じて与える褒賞である。
刀匠の魂であり、それゆえ武士が心酔する家宝でありえるのだ。
それが砕け散った瞬間だったのだ。
焼刃土、浸炭触媒たる梅灰や髪の毛の灰、焼き入れの水に生じる泡加減と刃紋……。
それらの知識が、生き物のように集まってきて、一振りの日本刀に結実する。
流派によって加減が違い、銘刀となる所以である。
それが!
老師のカラダが固く反り返って痙攣した!
ビクッビクビクッ!
「持病の癪が!」
「ああだめだ……」
そこへ松戸彩円がまったりと現れた。
「これをお飲みなさい……」
にっこりと微笑みながら、1錠の錠剤を渡す。
若い刀工たちが、老師の口をこじ開けた。
「舌の裏に含むようにさせればよい」と彩円。
それはニトログリセリン錠という舌下錠だった。
老師はいびきをかき始めた。
「お師匠様……」
彼らは老師を運び去っていった。
当時、多くの戦国大名たちの目は、南蛮渡来の最新兵器に目を奪われていた。
それは銃ではなく、弩弓だった。
最大有効射程50m、誰でも扱え、貫通力も強く、照準も合わせやすい。
その弩弓の試射を見ていた戦国大名の使者には、インパクトは薄かった。
構造も弩弓と比べると、銃の構造はまったく分からなかった。
だいたい音がでかすぎる。
さらに弩弓には、連弩というものもあり連射性能にも優れていた。
大型化も簡単で、古代ローマではバリスタと呼ばれる攻城用弩弓兵器も存在した。
実は弩は弥生時代から実用化されていた。
10世紀に弓箭に武器の座を奪われ、軍事から外され消滅している。
14世紀になって、再び注目を集めた時、弩弓は外来兵器と化していた。
こうして、早すぎたボルトアクションの銃は、顧みられる事なく、歴史の表舞台から消えた。
だが奇妙寺では、銃は密かに研究され、進化を続けている。
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僧形「弾丸に回転を与えると軌道が安定するようだ」
一人の僧形がとんでもない事を言い出した。
たしかに「コマ回し遊び」ではコマは回転する事で安定して回っている。
「そんなんどうやって回転運動を弾丸に与えるのだ?」と別の僧形。
「それをこれから考えるのさ!」
かくて回転作戦は実地された!
弾が銃身内部で回転しながら、発射されるにはどうしたらいいか?
理屈は簡単だ。らせん運動をさせればいい。
弾に螺旋を切るか、銃身内部に螺旋を切るか、どちらかである。
形状は球形で、これだとライフリングによるジャイロ効果が少ない。
宮天はさっそく円筒形と球を足したドングリ型にした。
宮天「密着性が欲しいね」
ドングリ型の弾頭の後ろにへこみを付けた。
発射時の炸薬爆発の圧力集中で、銃砲身内部にぴったり密着する。
宮天「ヨシッ」
試行錯誤の後、弾芯を包む被甲という構造に落ち着いた。
なかでも恐れられたのは被甲先孔弾という種類だ。
当時の目標物は馬や大鎧を着た人間などの生物だ。
大鎧は小札を紐で組み合わせたモノ。
小札は牛の皮革、鉄の短冊にウルシを塗ったモノだ。
跳弾ならまだしも直撃に耐えられる装甲とは言えなかった。
着弾後に体内で先端が裂けるこの弾丸は実験でも恐れられた。
体内で弾頭が広がり、組織を傷つけ出血を強いた。
宮天「恐ろしいモノを発明してしまった・・・・・・」
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とうとうカートリッジの弾丸が完成した!
「弾に螺旋を切ってみよう」
苦労して被甲に螺旋を切って、撃ってみた。
バアンッ!
速すぎて見えないがジャイロ効果で弾は直進しているようだ。
百発百中だ!
かいてんのこうかはばつぐんだ!
「じゃあ、今度は銃身内部に螺旋を切ってみよう」
「いやそれ、どうやって切るんじゃ?」
「そうだそうだ」
「外側から切るのも、あんだけ大変だったのに」
「そうだそうだ」
「内部に刃物ははいらんぞ」
「そうだそうだ」
「」
「そうだそ……」
螺旋は回転運動と真直運動の組み合わせだ。
これを2つに分けて考えれば良い。
全く同じ往復運動を繰り返せる真直運動機構。
一定の角度の送りが正確に出来る回転運動機構。
切り終わったら、角度を変えて、また切る。
真直往復運動だけなら、ピストンとシリンダの運動を使えば、簡単である。
回転往復運動だけなら、ラックとピニオンの運動を使えば、簡単である。
角度切り替えだけなら、ラチェット運動を使えば、簡単である。
ただ、いままでこれを組み合わせようと考えた事がなかった。
いやむしろ、運動機構に頭を悩ませる構造が、今までなかった事が問題だ。
機構学、これを始める時が来たのである。
銃身にライフルを切るマシーンは①~⑤の工程を行う。
①コネクティングロッドが回転を直進運動に変える
②スライダーが刃物を直進させる
③その動きに合わせて、ラックがピニオンに回転を与える
④刃物は直進と回転を同時に行う
⑤1往復切る度に、60度回転させ、6回切る。
スッコチャコッ、スッコチャコッ。
ヘタレな切削音が工作室に響く。
プー、クスクスッ。
押し殺したような笑いが工作室に充満した。
「ぶわーっはっはっは」
全員が大爆笑である。
世界初のバレル・ライフリング・マシンが完成し、工作は見事に成功した。
銃身には、60度づつ、6条のライフルが刻まれている。
そして試射。
バアーンッ!
いりょくはばつぐんだ!
結局、銃身に螺旋を切る方法が採用された。
後装式ボルトアクション・ライフル銃の完成である。
もう日本特有の煙るような霧雨でも、滝のような豪雨でも撃てる。
奇妙寺の僧形たちは満足していた。
床に倒れて動かなくなった僧形。
机の下から足だけが見えている僧形。
椅子を並べて、その上で横になっている僧形もいた。
死力を尽くした技術者の愉悦、満足感がそこにはあった。
「真っ白に、真っ白に燃え尽きちまったぜ……」
しかし、1人の若い僧形がボソッっとつぶやいた。
「これ、連発式にしたら凄くね?」
「スゴクネーヨ!!」
全員がジト目でこちらを睨み付けていた!
次回は高速度鋼開発史です。