1586年奥州仕置き(3/3)
「フーンむむむっ」政宗は目を覚ました。
ここは太田城(常陸国)、佐竹義重の居城である。
「目が覚めましたかな」と諏訪勝頼。
「あれ、俺は館山城にいた筈……、あぁっ」
「どうやら状況が飲み込めてきた様ですな」と佐竹義重。
すでに伊達家は降伏し、出羽・陸奥国は武田軍が統括していた。
まさに電光石火、3日間で支配が覆ったのである。
「……」政宗は何だか分からない。オレは狙撃されて死んだのでは?
「悪い夢でも見たような顔ですな」と義重。
部屋の片隅に信勝の姿があった。その眼光は鋭く光っていた。
信親から直伝のマインド・トリック(心理操作)だった。
政宗は「もし思うさまに行動したら」の白昼夢を見せられたのだった。
どれが現実かもわざとぼかしていた。
今も現実ではない、2回目の白昼夢だ。
今回は気を失った勝頼を盾にして脱出を試みるシナリオである。
どうやっても逃げられない、どう策略を尽くしても無駄だと分かるまで続くのだ。
1秒は1分に、1分は1時間に、1時間は1日にニョーォォォンッと引き延ばされる。
政宗が繰り返す脱出劇は実際の時間では1秒もなかったのだ。
100回繰り返しても2分にも満たない、1000回繰り返しても約17分。
なぜこんな遠回りの方法を使うのか?
それは超常の力の限界だ。
超常の者が死ぬと、偏向者はその呪縛から解き放たれる。
ああ、我過てリと偏向に応じたので無ければ、たちまち裏切るだろう。
<1553年上杉謙信>でも述べた通り、心の善なる動きは僅かでしかない。
越後国の御家騒動に明け暮れながら、後ろめたさはあったのだ。
戦国時代だ、下克上だ、弱肉強食だと自分を騙していた。
産業と流通を活発にして民を富ませ、国を豊かにするのが正道だ。
だが育てるより奪うほうが手っ取り早い!
それが家臣たちを騒乱へと駆り立てていた。
その僅かな正道への希望を心の底に持ちながら、心の表層の暴力に明け暮れる。
その僅かな正道への希望を増幅し、自ら納得して動き出す、それを行うのが超常の力である。
武田浅信が死んだ時、全国の偏向者は呪縛から解き放たれた。
自分がどう偏向されたか、どう人生を生きてきたか、すべて覚えていた。
だが、自ら意を決してそうしたのも覚えていた、超常の奴隷ではない。
浅信はそうやって、死後の偏向が解けた時の事まで考えていたのだ。
正宗はまるで無間地獄を巡る霊魂の如くであった。
もう正宗にも分かった、これは悪夢だ!
今は43回目。
土蔵に隠れていて夜陰に紛れて抜け出そうとしている。
「ああ、わかった!もうやめてくれ!」と政宗。
「もう降参ですか、せっかく海外逃亡編も用意したのに……」と信勝。
「なんだと、何が、……ああ、忘れてしまった」
「たしか門番が……、ああ、忘れていく、消えてしまった」
だが、何か恐ろしい夢を見たのだ。
このマインド・トリック(心理操作)の後は、急に伊達政宗は大人しくなってしまった。
「従うしか他に道がないように感じた」後日、正宗はそのように述懐している。
戦後処理は粛々と進んだ。
戦国伊達国の龍と言われた政宗が、思慮深い英傑に変わったのである。
勢いは止まらない、だが猪突猛進ではない。
隙が無い戦術、だが殲滅戦ではない。
敵を追い詰め皆殺しにしてきた戦いぶりは大きく変わった。
逃げ道を与え、降伏の意志があれば、受け入れた。
再度裏切れば、仏門に帰依させ放逐した。
再再度裏切れば、国外追放だ。
「アフリカへ行け」政宗はくやしそうに言った。
海外!
まさか自分が行きたいとは死んでも言えぬ。
ザンビア、モザンビーク、ジンバブエ……。
オレだったら潅漑や土壌改質やら、色々と……。
いや、奥州の平定、まずは隣国だ。
こうして政敵を次々と併呑していく政宗。
頭脳明晰、大胆不敵では誰も政宗に叶わなかった。
とうとう奥州は平定された。
だが最上国の最上義光、陸奥国の九戸政実、北奥羽の葛西氏・大崎氏は服従の兆しが見えない。
武田義信「やがては何かが起きるだろう、それに備えねばな……」
詰めはもうすぐだ、気を引き締めて掛からねばならなかった。
次回は1586年天正大地震です。