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Takeda Kingdom!甲斐国は世界を目指す  作者: 登録情報はありません
第11章
133/169

1583年戦後

駿河幕府は大騒ぎであった。

直ちに五大老が集まり、第二代征夷大将軍を決める会議が開かれた。


 甲斐武田信虎最後の血筋、逍遙軒が候補に上がったが、彼の器は日本国主の器ではない。

そこで今川家には、武田家の客分として武田晴信の嫡男、義信がいる。

信虎は、1574年81歳で入滅していた。


今こそ、嫡男義信が武田家を継ぐ時が来たのだった。

武田義信第二代征夷大将軍の誕生である。


「父上はまさに万が一を(おもんぱか)って……」義信は思った。

18年前、父晴信と今川家との同盟破棄で争っって放逐された義信。


だがその遙かなる遠計が、ようやく義信にも理解出来た。

信友がいる、定恵院(さくら)の息子の今川氏真がいる。

「やれる!」と義信。


部屋の隅からぬーっと武田信親があらわれた。

「あきらめたら、そこで終了ですよ」と信親。

「おわっ、びっくりした!」


このどこからともなく現れる奇妙寺スタイルはなんとかならないものか。


<浅信から聞いているぞ、助けてくれるそうだな>

<はい、浅信お兄さまには及びませぬが>

会話を交わしているのではなく、念話である。


盲目の僧形、信親。

超常の力を持つ信親は義信の誰よりも信頼できる腹心であった。


天下の副将軍・今川義元(65)は腹心とともに全国行脚の旅に出発した。

旅先で印籠を見せては「この印籠が目に入らぬか」をやっているらしい。


身を窶しているため、なかなか動向が掴めない。

これが外様大名を震え上がらせた。


天下の副将軍がいつ自分の城下町に現れるかわからない。

抑止力というのはまさにこのことをいうのかもしれなかった。


現駿河国主・今川氏真は愚鈍だと言われるがそうではない。

母親の定恵院(さくら)に頭が上がらないのだ。

それはつまり、武田筋に頭が上がらないという事なのだ。


武田義信第二代征夷大将軍の就任式は厳かに行われた。

天皇の勅使が駿河に下向して任命の宣旨を伝達した。


日本統一にはまだ奥州が従っていなかった。

特に伊達政宗は若いながらも破竹の勢いがある。


義信「まさか、征夷大将軍が出陣するわけにも……ウズウズ」

義信は放逐の身であったので、1565年以来18年間、(いくさ)に出ていない。

勝頼「私めに下知下さいませぬか?」


義信「おお、勝頼か、父上そっくりになってきたなあ」

勝頼はちょっとムッっとした表情になった。


若者は父親と比べられるのはキライだ。

「おっと、勝頼!」義信は(えり)を正した。

「奥州征伐を命ず!」


奥州は西日本と違い、南蛮渡来の技術や文化に疎かった。

これは武田軍と奇妙寺に接触がなかった事も一因していた。


勝頼「こういうのはキライじゃない」

勝頼は日本文化の香りの残る奥州を蹂躙する気はない。

恭順してもらえれば、それでいいのだ。


諏訪勝頼は奥州(東北)征伐に出発した。

勝頼の嫡子:信勝も同行した。


常陸国国主・佐竹義重は甲斐武田氏と甲佐同盟を結んでおり同盟国だった。

常陸国で佐竹軍と合流し、佐竹武田連合軍となって奥州に向かう。


 二本松城(現福島県二本松)救援のための援軍であったが、実際は奥州仕置きの為だった。

 伊達政宗の父、輝宗の拉致に成功した二本松城主・二本松義継は城に籠城中であった。

それを嫡子伊達政宗が攻め立てている。


政宗は父親の輝宗を取り戻そうとしているようには見えなかった。

 二本松義継を窮地に追い込み、拉致事件を起こさせ、父もろとも二本松を壊滅する。


それが独眼竜政宗(実際には隻眼ではなく、眼帯はファッション)の思惑である。

 全国を行脚した謎の集団によって、4種混合ワクチン摂取により、疱瘡(天然痘)を回避している。

詳しくは<1460-1500年ワクチン>の項を参照されたい。


父もろとも都合良く、因縁を付けて仇敵を排除する……。

佐竹武田連合軍は、怨嗟(えんさ)渦巻く奥州の調停に向かったともいえる.


 1586年、交渉むなしく佐竹武田連合軍50000人と政宗率いる7000人が瀬戸川の人取橋で激突した。


「引かぬ、ひかぬぞぅ……」「ぅうう~ん」とうわ言を叫ぶ伊達政宗。

 満身創痍である。矢四筋、銃弾十数発を受け、もはや自力で立つ事も叶わない状態だ。

「御館さまを後方へ移送して差し上げろ」

近習たちが緊急用布担架に政宗を拘束して、後方へ走り去った。

本陣が破られたのはその3分後であった。


佐竹武田連合軍は勝ったのだ。

だが深淵なる伊達家の調略は、負け戦においてもまだ命脈を保っていた。


武田+佐竹は混成連合軍である。

 混成連合軍ゆえ、何処の誰がどの役目を担っているかが、徹底されている訳ではなかった。


陣中に伊達家の暗殺者が紛れ込んでいたのだ!

 その夜、連合軍陣中で暗殺事件が起こり、佐竹の常陸国で謀反の報がもたらされる。


佐竹軍は仕方なく武田軍と分離して、帰国の途に着いた。

こうして二本松城を解放した武田軍は粛々と進み始めた。

目指すは、出羽・陸奥国を統べる戦国大名伊達政宗の本拠地・舘山城である。

次回は1586年奥州仕置き(1/3)です。

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