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Takeda Kingdom!甲斐国は世界を目指す  作者: 登録情報はありません
第9章
107/169

1573年京都上洛

織田軍は降伏、織田信忠は投降した。

織田信忠死んでない。


武田軍はゆうゆうと京都に上洛した。

その数6万人。


その後ろに延々と兵站部隊が連なっていた。

甲斐から駿河、三河と物資が続々と送られてきていた。

飲料水から食事、排泄物の強熱乾燥まであらゆる兵站が整っている。


 ただバキュームカーと飲料水車はデザインが同じなため、尾張の民に胡散臭いと思われていた。

いや、本当に臭いと思われていた。


武田軍は超化学で排泄物を食料に変えている……。

そういう風評がどこからともなく流れてきた。


ウンコ食べてる……。

ウンコ……。

ウ……。


清信と浅信が足利義昭の歓待を受けたのは言うまでもなかった。

朝廷も最高の歓迎の意を表明した。


遂に朝敵、織田信長を打ち破ったのである。

投降した織田信忠と秀吉は武田軍預かりとなった。


信長がいかに室町幕府と朝廷にとって悩みの種だったかがよく分かる。

織田信長1人以外は有象無象、烏合の衆という位置づけである。


清信は正・従二位、浅信、信繁は従三位叙位者となった。

 正・従二位は右大臣、織田信長がかつて得た、太政官の事実上の長官(定員1名)である。


 こうして清信は京都に残り、足利義昭の後見人として「シン・室町幕府」を支える事となった。

浅信は戦後処理に奔走した。以下所領の「あてがい」は以下の通り。


織田信忠-西日本遠征軍に参加。九州制定後に所領決定。

織田信雄-西日本遠征軍に参加。九州制定後に所領決定。

羽柴秀吉-西日本遠征軍に参加。九州制定後に所領決定。


徳川家康-三河領。

北条氏政-武蔵領。

長野業盛-上野領。

北条氏康-相模領。

佐竹義重-常陸領。

今川義元-駿河領。

斎藤龍興-美濃領。

浅井長政-近江領。

朝倉義景-越前+加賀領。

松永久秀-大和領。

織田家四天王-清州城要塞攻防戦にて戦死(内、光秀行方不明)。

織田領は武田領となり、分国を行う。


清信「九州平定後は、織田一族及び秀吉は改易、九州に転封だ」

浅信「我々でさえ駿河に出るのに30年を費やしています」


「西日本平定はさらにかかるでしょう、事実上の改易ですな」

戦っている内に寿命が尽きる、そういう目論見であった。


徳川家康以下、全員が浅信に訴状を申し立て、全員が浅信と単独交渉を申し出た。

援軍を出したのだから「モットクレ!モット!」状態に陥ったのだ。


もう少し「色」を着けてくれぬか?

「モットー、モットー」


そういった懇願、歎願、哀願の(たぐい)だ。

浅信はわざわざ領地に出向いて、交渉に応じた。


勿論暗殺を全員が企てたが、浅信はそしらぬ顔だった。

ある夜の事、浅信は、とある戦国大名の屋敷の一室で南蛮茶を楽しんでいた。


なんでもインドの山奥で採れた「紅茶」という蒸して発酵させたものだそうだ。

「んー、いい香りだ」


「浅信!覚悟!」

ガラッと襖が開き、銃を構え、日本刀を振りかぶった刺客が雪崩れ込んできた。


バンッバンッ!ガンッ!

必殺必中の至近距離である。


命中!

浅信の顔面に血飛沫が上がった。


首に日本刀が食い込み、血沫が天井まで吹き上がった。

「ざまあみろ、浅信!思い知ったか?」


「御館様にみしるしを」

「うむ」


浅信の首を布で包み持って、暗殺集団は去って行った。

哀れ、浅信の胴体は翌朝まで捨て置かれたままだった。


翌朝。

浅信「さて、件の訴状ですが」

大名「…!……!!」


大名も家臣もぶったまげであった。

俺達は夢でも見ているのか?


浅信!昨日の夜、貴様は死んだのだぞ?

何食わぬ顔で訴状の件について述べるでない!


「鳥羽に一大観光地を築きまして、伊勢参りの客を……」

「相島で真珠の養殖を致しまして、真珠島として売り出し……」


「流通と観光で儲け、所領のあてがいより数段……」

「武田軍と奇妙寺が鉄道を敷設し……」


秀吉以外に超常の者はいなかったのだ。

全員が、自ら理解承諾して、武田配下に馳せ参じた。


「武家の誉れなんぞ古うござった!」

「恩賞の領地よりこれからは産業と流通革命だ!」

「伊勢射和で紙幣を印刷して、貨幣革命するぞ!」

「カジメからヨードチンキを量産して一攫千金!」

……。

これからは領内は平和である。

流通と産業で儲け、農業革命で石高を増やす事が出来る。


私札の流通を奇妙寺は促していた。

これは全国郵便制度と定額小為替と銀行制度の布石である。


さらに未来に向けて、奇妙寺は紙幣の流通を考えていた。

それには私札の発行と運用で、簿記制度に慣らさなければいけない。


いくらでも伸びしろはあった。

戦国時代が異常だったのである。


駿河にある武田今川ホールディングスのプラントはフル操業となった。

元織田軍配下の堺港には、織田側のプラントがあった。

こちらも技術支援が入ってフル稼働となった。


作られた産業半製品は各地に輸送された。

輸送の為に東海道に鉄路が建設される事になった。


大阪-小田原間の東海道本線である。

江戸は湿地帯の農村、横浜は百軒余りの寒村だったため、伸延は見送られた。


鉄路、アスファルトの道路、機関車、馬車……。

インフラの整備に莫大な人力と費用が費やされた。

こうして戦後の一大景気が訪れる事になった。


庶民A「信長様の楽市楽座も良かったが、武田+奇妙寺は凄すぎる」

庶民B「電気、ガス、水道、病院、いんふらというモノだそうだ」

庶民C「鉄路、機関車、馬車、電信…仕組みはわからんが、これは使える!」


元来、日本人は基礎が固まれば、応用は速い、迅速である。

あっという間に新しい技術に馴染み、使い勝手を考え出した。


武田領でだけ。


西日本と東北地方は未だに戦国時代である。

次回は1574年四国中国地方征伐です。

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