第一楽章-2
「え…っと…、誰、ですか…?」
引っ越してきて数日、そろそろクラリネットを吹かないと楽器に悪いかな、と思っていたところ。
目の前には綺麗な黒髪ロングの少女が立っていた。
「私は貴方のクラリネットの精霊、リネッタといいます。貴方は私の奏者の方ですか?」
まるで女神のような透き通った声で丁寧に説明をするリネッタと名乗る少女。
だが、正直に言ってしまうと全く理解が及んでいなかった。
とりあえず…自己紹介した方がいいのかな…?
「えーっと…長谷部 月那です…」
私が言い終わると、リネッタさんは微笑みを返した。
「…それで、…精霊…?奏者…?何のこと…?」
率直な疑問を述べただけであったが、リネッタさんはそれが予想外だったのか、数秒間なにも動かなかった。
「…リネッタ…さん…?」
「待って待ってごめんなさいいいいいっ!!!!説明するのが苦手で、あああの…そのっ、ごめんなさいっ…!!」
突然大声をあげて走り出すものだったので、こっちも驚いて何をすればいいのか全くわからなくなっていた。
リネッタさんの大声の中、辛うじて聞こえたのがノックの音だった。
「詩乃ちゃーんっ?真由莉ーっ?」
できる限りの声で言ったのだが、生憎私は大きな声を出すのは苦手なので、聞こえているのかどうかはかなり怪しかった。
だが、数秒後扉が開くのが見えてひとまず安心した。
「月那ー、無事かー?」
いつもの呑気な声で私を呼んだのは真由莉だった。
そしてあとから入ってきたのは…金髪の美少女…?誰だろうこの人…。
そして、金髪の少女はさっきから叫び回っていたリネッタさんをとめていた。
「やっぱり、リネッタはこうなってると思ってたんだよねー」
「あ…あのっ…貴方も、楽器の…精霊…?か何かなんですか…?」
全く理解していないのは未だに変わっていないが、全体的に黄色っぽいので真由莉のアルトサックスの精霊なのか…?
「ほらリネッタ、全然伝わってないよ。君は昔から混乱するとすぐこうなるような正直言ってうるさい精霊なんだから、気をつけてって言ったじゃん」
なんだこいつ、めっちゃ毒舌じゃん。
リネッタさんに言い聞かせるようにそう言っていたが、それに対してリネッタさんも涙目になって謝っていた。
本当に、初めの女神オーラが台無しだった。
「…で、真由莉…この子達は一体何処の迷子かな…?」
精霊らしきものたちを眺めていた真由莉は振り返って私に説明を始めた。
「こいつらは私たちの楽器の精霊なんだってさ。このシェアハウス自体がこういう精霊たちが具現化できるように作られてるんだってよ」
わかりやすい説明だ。理解は追いつかないけど。
そして、金髪の精霊の説教が終わった頃に再び口を開いた。
「で、こいつは私のアルトの精霊。トルアって言うんだってよ」
ほう、トルアちゃんか…可愛い子だな。
「おい、可愛い子だなー、みたいな顔してるけど僕は普通に男性だよ?分かった?」
「え、なんでわかったの、でも…小動物みたいで可愛い~っ!!」
「えっ!?ちょっ…」
私のとこの精霊は、残念な美少女…って感じかな。
高校生活始まって早々、私たちの生活はより一層騒がしくなりそうです。
「ってことは、詩乃のとこにも精霊が…?」