第一楽章-1
「僕は君のアルトサックスの精霊、トルアだよ」
今、私の目の前に立っているのは金髪ショートの美少女である。
もちろん、こんな外国人めいた美少女は、私の知り合いではない。
「ま、待て…私は、引っ越してきてから一段落して楽器でも吹こうかなーと思って楽器ケースを開いただけだ。なのに何故こんなイベントが発生しているんだい?」
確かに今言った通りだった、だから突然目の前に美少女が現れるなんてありえない。
「だからー、僕は君のサックスの精霊なのっ!!ここは僕みたいな楽器の精霊たちが具現化できるように作られた特別な場所なんだよっ、知らなかったのー?」
そんなこと知っていたら今頃こんなに驚いてはいないはずだ。
そう、私はただ「楽器を吹いている学生限定のシェアハウス」と聞いてここに来ただけだ。
詩乃も月那も、そんなことは聞いていないはずだ。
「…信じてないの?」
目の前のトルアと名乗った少女は、わざとらしく上目遣いをして首を傾げた。
ただ…これは、悪くないっ!!むしろ大歓迎だっ!!!
だって…これなら、中学時代に夢見たはっぴー百合らんどができるじゃないかっ!!!
「神様ありがとうございますっ!!!」
「え、何この人想像してたのと全然違うんだけど気色悪い…」
喜びのあまり叫んだ私に対してトルアは、さっきの態度とは打って変わって冷たい視線を向けた。
少しラブコメ展開を期待したこっちとしては少しショックだった。
ただなぁ、私のアルサクはなんとなく男の子だと思ってたんだけどなぁ、まさかこんな美少女とは思ってもみなかった!!
でもいいっ!!美少女大歓迎っ!!
「これからよろしくねっ!トルアちゃんっ!」
そう笑顔で手を差し出した私にトルアは先程よりも冷たい視線を向けて言った。
「待って、さすがにちゃん付けはないよ…」
そう言いながら両手を顔の左右で振る行動に理解が追いついていなかった。
「え?でもこんな美少女…っ」
「僕、普通に男性なんだけど」
夢にまで見た楽器の擬人化は、想像してたものとは全く違った、美少女すぎる男の娘でした。
「全く…こんな完全2次元脳でクズな人が僕の奏者とか、本当に勘弁してほしいんだけど」
毒舌男の娘キャラ、本当に想像の斜め上を行く現実なんだけど…こっちが勘弁してほしいよ。
「まぁ、仕方ないでしょ、私のサックスとして生まれてきちゃった以上」
そう無理やり仕切るように会話を中断させようとしたが、トルアは大きく溜息をついて私の方を見た。
「…はぁ…、だったら名前くらい聞かないとなの?」
…無駄に可愛いのが余計に腹立つなぁ。
少しくらいは私に好感を持ってくれればと思いながらも適当に自己紹介をする。
「なんだいその嫌々感は、私の名前は江角 真由莉、アルトは中学から吹いてる」
「はいはい、ド変態のクズでしょ分かりましたよー」
やっぱり、興味は全くないようだった。
「はぁあ、本当…リネッタが羨ましいよ…」
聞きなれない名前だったので、とりあえず聞いておくことにしよう。
「リネッタって誰?」
「何その彼氏の浮気を知った彼女みたいな聞き方、君の友人?のクラリネットの精霊だよ」
私の友人…ってことは、月那のクラリネットっ!?
おっおっおっ百合展開来ますかねこれは…?
「あと言っとくけど彼氏はいるからな」