ヒモになった理由
「それじゃ、かけ湯しましょうか」
「そうだねー」
四人は身体に巻いていたバスタオルを取り始めた。予想外の行動に俺は思わず、顔を伏せた。
「お、お前ら! よせ! 誰か来たらどうするんだ!」
「何お兄ちゃん照れてるの? 受けるー」
エリックの馬鹿にしたような声が耳に届いた。
「仮に見られたしても、気絶させて記憶を消す魔法を使えば大丈夫だよ」
リブが物騒なことを語った。そんな恐ろしい魔法があるのか。
「それじゃ、早速入りましょう!」
「そうだね! うわ、熱ーい!」
「本当に熱いね!」
「そりゃ!」
四人が温泉に浸かって来た。落ち着けないことこの上ない。
「お兄様。今日はお疲れ様でした」
横にいたグレシアが話しかけて来た。グレシアの方を向くと、温泉の熱さのせいか、いつもの透き通る白い肌とは違い、顔の色が赤く火照っていた。
極力、視線をグレシアの顔の下に移さないように注意した。
「ああ。グレシアこそ今日はお疲れ様。すごかったな。グレシアの魔法。相手を凍らせたりしてさ」
「いえ、私なんてまだまだです。いつものお兄様の実力には遠く及びません」
グレシアの言葉通りなら、俺が憑依しているレインはグレシア達より強いらしい。
そんな俺たち五人を倒した、魔王軍の四天王の一人であるダークエルフに俺たちは果たして勝てるのだろうか。
「お兄ちゃん、うちの魔法も見たでしょ! うちの魔法もすごいよね?」
エリックが俺に同意を求めて来た。
「ああ、すごかったぞ。サンダーストレスだっけ? ディンゴを動けなくさせたやつ」
「サンダーレストレイントだよ! もう! お兄ちゃんったら!」
技名を間違えてしまった俺に対して、エリックはふてくされてしまった。妹達の必殺技名を全て記憶するなんてさすがに無理である。
「もうエリック、そんなことでイライラするなんて子供だなー」
「な、なんだとー!」
リブがエリックを煽り始めた。また、こいつらは。
「ここはどうかな? 大人に成長したかな?」
「ひゃ! ちょっと、リブ......やめてよぉ......」
エリックはいつもの調子からは想像できないような声を出した。
何が起こったのかというと、リブがエリックの胸を揉み始めた。
「おお。前に揉んだ時よりも成長してるっぽい。これは......Cはあるかな?」
ほうCか。いや、そうじゃない。リブのやつ、前もこんなことやったのか。まぁ、女性同士なら誰でもやってそうなイメージはあるが。
「いや......やめてリブ......」
エリックの息が荒くなった。エリックの顔は耳まで赤くなっている。
「ほらほら。兄貴が興味津々そうにエリックのこと見てるよ」
「お兄ちゃん、見ないで......」
エリックが涙目で俺の方を見た。
「な......見てねーし! リブ、変なこと言うなよ!」
俺は顔を伏せた。
すると、グレシアが俺の肩をポンと叩いた。
「お兄様。いつものことですから、気にしないでください。それに私たちは兄妹です。見られたって恥ずかしくなんてありませんよ。私もお兄様になら......えっと、その......」
グレシアが照れくさそうに顔を俯いた。
「ぐ、グレシア。どうしたんだ?」
「お兄様! どうぞ見てください!」
ガバッとグレシアが立ち上がった。勢いで水しぶきが軽く顔にかかった。
「わー!」
俺は水面に顔を沈めた。危うく、グレシアの裸体を見てしまうところだった。
グレシア、四人の中で一番、まとまだと思っていたが撤回しよう。
のぼせてテンションがおかしくなっているのだろうか。
「お、お兄様! ひどいです! 私がこんなにも覚悟を決めたのに」
グレシアが肩を揺すって来た。こいつ、一体どうしたんだ。
「隙アリー!」
「きゃあ!」
標的を変えたリブがグレシアの胸を揉み始めた。
「おおー! これはBくらいかな? エリックよりは小さいね」
「そ、そんな......」
本当、何をやってるんだ、こいつらは。だが、はしゃぐこの世界の妹達を見ていると気分が和んできた。
同時に、元の世界の時の実の妹のことが思い出された。
俺の妹、龍ヶ崎沙也加は俺一つ下の妹であり、身内の贔屓目から見ても美人であり、勉強においても小中高、優秀な成績を修め、名門大学に進んだ。
対する俺は普通の成績で、一応、小学校から高校まで野球部に所属してたが、特にこれといって輝かしい功績を残すわけでもなく、高校卒業後は私立のあまり有名じゃない大学に進んだ。
親からの期待は当然のように、妹の方に強くかけられていた。
そのせいで、少なからず劣等感を抱くこともあったが、あいつは俺に普通に接して来た。
一緒にゲームをしたり、買い物をしたりと、お互いに大学生になってもそんなことを続けて来た。
俺が就職してからは、日々の業務が忙しく、沙也加と連絡を取り合うことも減っていった。
それに、就職前にあいつに彼氏ができたと母親から聞いた。気を使ったと言うわけではないが、なんとなく連絡を残さないようにした。
そして、沙也加が社会人になった年、ちょくちょく沙也加から連絡が来るようになった。
内容はというと、仕事が辛い。死にたいという内容だった。
あいつはマスコミ業界の仕事を希望し、大手テレビ局に就職した。
毎日、深夜過ぎるまで残業させられること、上司から強い叱責を受けていることを沙也加から教えられた。
今考えれば、真剣にアドバイスをすべきだったと思うのだが、自分自身も余裕がなかった俺は「今は辛いかもしれないが、頑張ろう」といった、無責任のもほどがある言葉を送ることしかできなかった。
——そして、沙也加が死んだ日の夜、電話が掛かって来た。
「もしもし? 沙也加か? こんな遅くにどうした?」
「お兄ちゃん。今までありがとうね」
「お、おい! 何を言ってるんだ?」
「愛してるよ。お兄ちゃん」
それが沙也加の最後の言葉になった。沙也加の遺体は河で発見された。死因は溺死らしい。
沙也加の死を知った俺は一晩中泣いた。
これでもかと思えるほど。俺は自分を呪いたくなった。何かしてやれば妹を死なせずに済んだのではないかと。
俺は沙也加が勤めていた会社を訴えた。しかし、証拠不足ということでその会社は何のダメージも受けなかった。
俺は社会に、いやこの世界に絶望しかけた。この世界で働いてくことに嫌気がさし、自分が勤めていた会社を辞めた。
これが、俺がヒモになった経緯である。




