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2-3 双撃の雪山

「ローネさん、あの洞窟ですか?」

 

 キャロルが指さしているのは、山頂の辺りにぽっかりと大口を開けている洞窟だ。

 暫く撫でていたら機嫌が元に戻ったキャロルに、ローネは少しほっとしながら「あぁ、そうだ」と答える。

 

「この洞窟は、この山の魔力が集中する場所になっている。だからこの奥からは、魔法石の一種である氷蝶鉱石が多く手に入る。今日の目標は十個だから、頑張って掘るぞ」

 

「了解です!」

 

 そうして、ローネとキャロルは洞窟の中に入ろうと……するのだが。

 先行していたローネがぴたりと動きを止め、ジェスチャーでキャロルに動くな、とサインを送る。

 足音を立てないように気を付けながらローネが洞窟内の様子を窺う。

 

『グルゥ……』

 

 洞窟の内部が入り組んでいることもあって、ローネの視線の先にはまだ何も見えてはいないが、それでもかすかな獣匂と小さく唸る鳴き声を、彼は感じていた。

 

「キャロル。洞窟の中に、恐らくは中型、または大型モンスターがいる」

 

「……ローネさん、どうしますか?」

 

「ふむ」と唸りながらローネは空模様を確認する。

 安全を考えれば、この洞窟の中にいるモンスターが腹を空かせて洞窟の外に出てから、氷蝶鉱石を採集しに行くのも悪くはない。

 だがあいにくと空模様は、これから天気が荒れそうな雰囲気でもあった

 この雪山には、吹雪が起こると非常に厄介なモンスターが現れる。

 できる限りそのモンスターと遭遇せずに、この依頼を終えるには……今洞窟の中に入るしかないだろうと、ローネは考える。

 それに、あまり安全に依頼を終えてしまっても、キャロルのためにはならない。

 

「今から洞窟の中に入って、中のモンスターを倒す。いつでも武器を抜けるように……準備をしておけ」

 

「……分かりました」

 

 例え狩猟依頼でなくとも、モンスターと遭遇しない訳がないということは、キャロルにも十分に分かっている筈だ。

 しかし、いざ実戦が近いとなると緊張をしているのか、キャロルの表情は硬かった。


「……怖がったら、いけない」

 

 その一言と共に、キャロルは気を引き締めたらしい。

 ローネは自分の後ろからキャロルが付いてくるのを感じながら、洞窟内に足を踏み入れた。

 

 

 

「意外と明るい……ですね。なんだか神秘的です」

 

「それは、この洞窟全体が帯びている濃密な魔力が、光となって大気中に放出されているからだ。……そろそろ何かが出て来てもおかしくはない、無駄口はここまでだ」

 

 ローネの小さな注意に、キャロルは思わず自身の口を閉じた。

 そして……それと同時にローネは腰から刀を引き抜いて一閃し、襲い掛かって来たモンスターを両断する!

 

「きゃっ!?」

 

「慌てるな。ただの小型モンスターだ。……成る程、カンザンバサミか」

 

 ローネを襲ったのは、人間程もあるカニムシのようなモンスターだった。

 真っ二つになった体から体液が流れ出ていて……少し、グロテスクではあった。

 

「奥にいるモンスターに追い出されたのかもしれないな……まぁいい。ところでキャロル。このカンザンバサミからは良い殻が採れるから、回収するといいかもしれない」

 

「い、いや……でも私、あまり昆虫型モンスターの解体経験が……」

 

 キャロルは明らかに昆虫型モンスターには触りたくなさそうな様子だった。

 

「何事も、慣れだ。やってみないと話にならない」

 

 ローネの単純かつもっともな発言に、キャロルは渋々といったふうに、カンザンバサミの体から殻を回収した。

 

 

 

「この先には……まだいるのか」

 

 暫く進むと、カンザンバサミが更に三体群がっていた。

 昆虫型モンスターがわさわさと三体集まっている光景に、キャロルは「ひっ!」と声を上げるが、ローネは構わず彼女に指示を出す。

 

「キャロルは左にいる一体を仕留めてくれ。俺は後の二体をやる。いくぞ!」

 

「は、はいっ!」

 

 ローネは腰から引き抜いた刀を二回振り、瞬く間にカンザンバサミを真っ二つにしていく。

 しかし、一方のキャロルは。

 

「えいっ! この……っ! やぁっ!」

 

 安売りしていた切れ味の悪い短剣のせいか、それともキャロルの技量か、はたまたその両方か。

 キャロルの攻撃はカンザンバサミの殻にいなされ、中々ダメージにはならない。

 せめてもの救いは、キャロルは意外とすばしっこく、カンザンバサミのはさみによる攻撃が全く彼女に当たらないという点だろうか。

 

「カンザンバサミの弱点は、腹と胸の下側だ。上からじゃなく、下からの刺突で仕留められる」

 

「成る程です……! それならっ!」

 

 ローネのアドバイスで、キャロルは体を大きく沈ませる。

 カンザンバサミのはさみがキャロルへと向かうが……その前に、彼女の短剣がカンザンバサミの体を貫いていた。

 

『ギ、ギィィィィィィ……』

 

 力なく崩れ落ちたカンザンバサミに、キャロルは「やりました!」と素直に喜ぶ。

 

「やったな。この先も、こうやってモンスターを倒す方法を覚えていけばいい」

 

「……それと、また殻は回収するべきですよね?」


「勿論だ」

 

 キャロルは顔を曇らせながらも、三体のカンザンバサミから殻を回収し、最初の一匹目の殻と同じように背嚢に入れたのだった。

 

 

 

「さて……あぁ、あいつか」

 

「あれは、一体……?」

 

 洞窟の最深部に辿り着いた二人は現在、岩陰に隠れてモンスターの様子を窺っているところだった。

 遂に正体が判明したそのモンスターは、言ってしまえば、巨大な熊だった。

 薄い青の体躯に、鋭いかぎづめと口の外まで飛び出した、下あごから伸びる長い牙。

 更に目を引くのは、爛々と赤く輝く双眸だ。

 

「Cランクモンスター、ノザノウス。この雪山での捕食者の一角だ。サイズの区分で言えば、六メートル前後……中型程度か」

 

「Cランク……グレートブルーよりは、下なんですね……」

 

「でも、キャロルは油断をするな。Fランクの冒険者からすれば、強敵には違いない」

 

 手痛いところを突かれたキャロルは「うっ……」と小さく声を漏らすが、その声を聞きつけてか、徘徊していたノザノウスが二人の方へと頭を向ける。

 キャロルは急いで顔を引っ込め、小さくなった。

 

「ちなみに俺が氷蝶鉱石を掘りたいのは、丁度ノザノウスがいる辺りの壁際だ。……やはり、倒すしかないな」

 

「……!」

 

 キャロルは息を飲みながら、短剣を引き抜いた。

 遂に始まる死闘の予感に、キャロルの緊張感が最大限に達する。

 だが、ローネはそんなキャロルを手で制する。

 

「いや、キャロルは前に出なくてもいい」

 

「……良いんですか!?」

 

 間違いなくローネと共に戦うことになると考えていたキャロルは、小さく、上ずった声を出した。

 

「カンザンバサミとの戦いを見て分かったが、やはりキャロルはまだまだ動きが甘い。今のまま戦うのはあまりに無謀だし、俺が鍛える間もなくやられるだろう。だが……ただ見学するだけ、というのはあまり身にならない。そこで代わりに、あることをやって欲しい」

 

「あること……ですか?」

 

 ローネは説明をしながら、自身の背嚢をキャロルに手渡し、身軽になった。

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