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1-2 始まりの平原

「よし……こんなものだろう」

 

 ローネはグレートブルーの背から跳躍し、キャロルの横へと着地する。

 

「す、凄い……! 素材がこんなに沢山!!」

 

 グレートブルーを解体し終わった時には、既に日が暮れかかっていた。

 沼に沈んだグレートブルーの体の一部は、そのままにするしかなかったが、それでも牙や爪、皮、鱗、甲殻など多くの素材が集まった。

 焚火を囲いながら、キャロルは整理されたグレートブルーの素材を、食い入るように見つめていた。

 

「これだけの素材があれば、まぁ全身を覆う鎧は無理でも、胸当てや籠手、それに足鎧なんかも幾らか作れる筈だが……今は、足りない金の足しにする方が先決だな。……もっとも、多分色々拗れるだろうが」

 

「……? どういうことですか?」

 

 不思議そうにするキャロルに、ローネは口が滑った、と内心で反省する。

 

「いや、なんでもない。それよりも、夜も更けてきたし、今日はここで野営をすることになるが……」

 

「ご飯、どうします?」

 

 キャロルは不安そうにローネに尋ねた。

 一日で帰る予定だったキャロルは、食料を多くは持って来てはいない。

 テントはローネが持って来ていたから、寝床の心配はないとしても、食事はどうしようもない……というのが、キャロルの見解であったのだが。

 

「大丈夫だ。肉なら山ほどあるじゃないか」

 

 ローネは、大きな葉の上に積まれたグレートブルーの肉を指さす。

 

「えぇぇぇぇ!? グレートブルーのお肉って、食べられるんですか!?」

 

 素っ頓狂な声を上げたキャロルに、ローネは「勿論」と返した。

 

「中々に美味くて、良い肉質をしている。意外に臭みもない。それに……こうして狩ったモンスターを腹いっぱい食うのも、冒険者稼業の楽しみの一つだろう?」

 

「へぇぇ……そっか。モンスターのお肉って、素材以外は捨てるものだと思っていました」

 

 キャロルの発言をあまり良く思わなかったローネは、彼女の額にデコピンをした。

 額を軽くさすりながら、キャロルは口を開く。

 

「あうっ……今言ったこと、そんなにダメなことですか?」

 

「あぁ。肉を無駄にする思考は、冒険者なら直した方がいい。……さて、それじゃあ焼こう」

 

 ローネはグレートブルーの肉に、鉄串を刺す。

 そしてその上から粗塩、胡椒をふりかけ……焚火で炙る。

 シンプルだとキャロルは感じたが、次第にその考えも改まる。

 ジュウジュウと肉が焼け、脂が滴り落ちるたびに、一日中動いていたためか、キャロルの腹がクウッと鳴る。

 その音を聞いたキャロル本人は顔を赤らめるが、ローネはフフッと微笑みをこぼした。

 

「さて、こんなものか。串が熱いから、こうやって串を葉で包んで食べるんだ」

 

 ローネから肉を渡されたキャロルは、空腹を我慢できずに即座に肉にかぶりつく……しかし。

 

「あ、あふぃ!?」

 

 焼きたての肉の熱さに、キャロルは口を火傷しかかった。

 

「おいおい、冷ましながら食べるんだ」

 

 キャロルを微笑ましく見守るローネは、自分も肉を少し冷ましてからかぶりつき、美味そうに口に運ぶ。

 

「ふー、ふー。……はむっ……美味しい!」

 

 キャロルは目を輝かせながら、肉をもしゃもしゃと一心不乱に食べだした。

 ──粗塩と胡椒だけの味付けだけど、お肉に甘い脂がのっていて、いくらでも食べられそう! 素材の味が活きるって、こういうのを言うのかも!

 新鮮で臭みがなく、それでいてうま味のある肉の味は、食べ盛りのキャロルの舌をすぐに虜にした。

 

「そんなに急がなくても、まだまだおかわりはあるから、落ち着いて食え」

 

 キャロルはハムスターのように頬を膨らませながら、嬉しそうに頷いた。

 また、キャロルのあまりの食べっぷりに、ローネは途中から肉を焼くことに専念するのであった。

 

 

 

「はぁ……お腹いっぱい! ローネさん、ごちそうさまです!」

 

「あぁ、美味かったのなら、何よりだ。……そうだ、これを飲んでみてくれ」

 

  ローネはおもむろに背嚢から薬瓶を取り出し、キャロルに手渡す。

 キャロルは薬瓶の蓋を取って、中身の匂いを嗅いでみる。

 

「この独特な匂いと、赤い色ってことは……これ、ポーションですか?」

 

「その通り。治癒のポーションだ。作った俺が言うのもどうかと思うが……効果はそこら辺の店やギルドで売っているもの以上だろう」

 

「えっ……ローネさん、ポーションまで作れるんですか!? それって結構凄いんじゃ……!?」

 

 キャロルの驚きように、ローネは「そうでもない」と答える。

 

「冒険者なら、現地調達した素材からアイテムを作り出す技能は必須だ。……キャロルは、そういうことはしたことがないのか?」

 

「そうですね……やり方が、分からなくて……」

 

「そうか……まぁいい。とりあえず、それは遠慮せずに飲んでくれ。明日は街に、レイドグラに戻るために、長く歩くことになる。挫いた足は、今日中に治した方が良い」

 

 ローネの勧めに従い、キャロルはポーションを飲み干した。

 

「……苦く、ない」

 

 それどころか、果実の味がして、美味しく感じる程だった。

 ──薬草を元にしてできるポーションは、基本的に苦みが強いのに……どうして?

 ポーションを見ながら目を丸くするキャロルに、ローネは説明をする。

 

「そのポーションは薬草に加えて、この近辺で採れるオーレーンの実の汁を加えてある。オーレーンの実には、ポーションを美味くする効果だけでなく、薬草の回復効果を強める働きもあるんだ」

 

「……もしかしてローネさんは今日、そのオーレーンの実を採ってポーションを作るために、平原に来ていたんですか?」

 

「ご明察だ。見ての通り、テントの中に籠一杯に入っているだろう?」

 

 ローネはテントを指さし、釣られてキャロルの視線もテント内に向かう。

 今までキャロルは気づかなかったが、確かによく見れば、テントの中にある籠の中には握り拳くらいの大きさの木の実が大量に入っていた。


「……さて、夕飯も食べたし、そろそろ休もう。今日はキャロルも、疲れているだろう? 寝袋は使っていいから、先に休んでくれ」

 

「それはありがたいですけど……でも、夜の見張りをローネさん一人にお任せするのはあまりにも……」

 

 いつモンスターに襲われるともしれない野営では、夜の見張り役は必須だ。

 ただし、それを一晩中ローネに押し付けてしまうのはあまりに申し訳ないので、キャロルは交代でやることを……提案しようと思っていたのだが。

 

「大丈夫だ。モンスターが近寄ったらすぐに分かるように、近くの木々に鈴を仕掛けたし、テントの周囲には魔法で結界も張ってあるから、問題ない。俺も暫くしたら、ちゃんと寝る」

 

「い、いつの間に……」

 

 あまりに手際が良すぎないだろうか、と一瞬思ったキャロルだったが、思えばグレートブルーを討伐した時の手際から、只者ではなかったと思いなおす。

 ──ローネさんは装備している刀や鎧に見合わない程にレベルの高い冒険者みたいだし、ここは素直に甘えるのがいいかも!


「分かりました。それじゃあローネさん、おやすみなさい」

 

「あぁ、おやすみ」

 

 キャロルはテントに入ると、鎧を外してから濡れたタオルで体を軽く拭い、その後は寝袋に入ってから……夢すら見ない程に、深い眠りについた。

 

 ***

 

「……寝たか」

 

 キャロルが寝静まったことを確認し、俺は再びポーション作りに戻る。

 昼間は薬草を煮込むところから始めていたが、今はその工程は合成魔法でショートカットしていた。

 器の中に作り出したポーションにオーレーンの実を加えて混ぜ、薬瓶に小分けにしていく。

 

「それにしても、金色の剣皇……か」

 

 キャロルが言っていたその名に、俺は想いを馳せる。

 ──『SSSランク級の冒険者と噂される、正体不明の英雄。単騎で竜と渡り合うほどの実力を持つ、破格の剣客』……とか言う話を、前にギルドで聞いたな。しかし、その実態は……。

 

「……なぁ、金色の剣皇。お前はあの頃、自分の腕に磨きをかけることしか眼中になかった、ろくでなしだったよな。そんなお前に、今や憧れる奴がいるとはな……」

 

 そうして金色の剣皇にまつわる懐かしい過去を思い出していくうちに、一つ……大きな引っ掛かりを覚えた。

 

「素材一つに銀貨二枚……やはり恐らく、そういうことだろうな」

 

 俺はため息を一つ漏らしてから、再びポーションを薬瓶に移す作業に戻った。

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