1-1 始まりの平原
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「よし、いい匂いだ」
小鳥のさえずりを聞きながら木陰に腰掛け、ポーションの素材……その中でも最も重要な採れたての鮮度がいい薬草を、手元の鍋で煮込んでいく。
魔法で省略することのできる過程ではあるものの、俺はこうやってじっくり薬草を煮込むのが好きだ。
何より、完成したポーションの味が若干まろやかになる。
「後はこの実を加えれば……何だ?」
木の実を手にしたところで、遠方から耳に届いたのは、大地を揺るがす足音と鳴き声。
恐らくは、この付近でよく見かけるあのモンスターのものだ。
……大方、昼寝中に小型モンスターにつつかれて、怒ったのだろう。
放っておけば、大したことは……。
「た……助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「……何だと?」
誰かの声がモンスターの足音に混じって聞こえたことで、俺は鍋を火から降ろして蓋をし、土をかけて火を消した。
どうやら、声の主はモンスターに襲われているらしい。
それも……声の質からして、まだ少女だろう。
何故少女がこんなところにいて、モンスターに襲われているのか……気になるところではあるが、今はそれよりも、だ。
「装備はこれしかないが……仕方がないか」
俺は今装備をしている鎧や剣について、小さくため息を吐き……声の聞こえた方へと駆けるのだった。
***
どこまでも緑の広がる、草原の大地。
吹き抜ける爽やかなそよ風が、青々とした草原を揺らし、木々にカサカサという心地よい音を奏でさせる。
生命の息吹を濃厚に感じるこの大地から、物語は始まっていく。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
──待って待って待って待って待って! で、デタラメすぎるわ!!
覆い茂る深い林の中から、尋常ではない悲鳴と共に転がり出るようにして現れたのは、白い髪の毛を少し短く切り揃え、くりっとした大きな瞳が特徴的な新米冒険者の少女、キャロルだ。
彼女は今、その十七年の人生の中で最も素早い全力疾走をしていた。
それも、決して軽くはない皮の鎧を身に纏いながらだ。
だが、それは無理もないことだろう。
何故なら……彼女は今まさに、捕食対象として追われているからに他ならない。
『グルォォォォォォォォォォ!!』
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
耳をつんざく恐ろしい咆哮に、キャロルは半泣きになってしまう。
木々をバキバキとなぎ倒しながら、林の中から巨大な影が現れる。
その正体は、全身を青い鱗で覆う、全長は八メートルにも迫る巨大な四足歩行の地竜種……グレートブルーである。
こののどかな丘陵に住むモンスターの中では、ひと際荒い性質で知られる本種は、今まさにキャロルを標的として定め、怒りのままに追いかけまわしているのだ。
……平原の頂点捕食者の一角である自分の昼寝中に、いきなり襲い掛かって来た不届き者として。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいーーー!」
『グォォォォォォォォォォォ!!』
どんなにキャロルが全力で疾駆しようとも、人間とグレートブルーのような地竜種との間には、遮蔽物のない平野で出せる速度に絶望的な差が出る。
「い……いーーーやーーーー!!! ……きゃっ!?」
『グォォォォォォォァァァァァ!!』
どんな駿馬の脚にも勝ると謳われるグレートブルーが、足をもつれさせて転んでしまったキャロルに追いつき、その矮躯を噛み割かんとした……その時。
「ハァッ!」
『グォァ!?』
何者かがグレートブルーの脇腹に斬りかかり、血しぶきが飛ぶ程に深い一文字の傷を残す。
グレートブルーは素早い動きで獲物を捕らえるため、その体は自らの動きを阻害しないよう、頭部と尾の先を除いて甲殻で覆われていない。
更にグレートブルーの脇腹は、全身の中でもひと際柔らかい部分である。
自身の弱点を唐突に叩かれたグレートブルーは、苦悶の声を上げながらその場でたたらを踏む。
「大丈夫か、しっかりしろ!」
グレートブルーに一撃を与えてキャロルに駆け寄ったのは、全身を銅色に輝く鎧で武装し、刀を装備した男……そう、キャロルの同業者である、冒険者だ。
「は、はい……! 痛っ、あ、足が……!」
転んだ時に足を捻ってしまったらしいキャロルは、上手く立ち上がれない。
また、男はグレートブルーが落ち着き、こちらを観察するようにぎろりと見ていることを確認すると、キャロルを背にして刀を構えた。
「む……無茶です! そのグレートブルーはBランクのモンスターで、個体によってはAランクに相当するモンスターです! 貴方は装備が整っているとはいえ……それでもそんな装備では……!」
キャロルの言うことはもっともだ。
男の装備は確かに一通り揃ってはいるが、街の鍛冶屋で高い金を出せば買う事のできる……いわゆる、初心者セットの一つだ。
F~Dランクモンスターの狩猟には耐えうる装備であるが、断じてBランクモンスターの相手ができる代物ではない。
……通常であれば。
「あぁ、そうだな。それにこの鈍も、鉄とそこいらで採集できる、鉱石類を素材にして作られたものだ。グレートブルーの討伐には、役者不足も甚だしいかもしれないな……それでも」
男は魔力を解放し、刀を強化する。
「やりようによってはこの鈍でも……十分にやれるさ」
キャロルは男が頭部鎧の下で、笑ったように思えた。
そして男の刀が……炎を帯びる!
「嘘、これ……属性魔法!?」
生まれてこの方、たった数回しか目にしたことのない魔法の使い手に、キャロルは目を見開く。
魔法。
それは古より伝わる自然の力にして、半ば伝説と化しつつある存在。
通常、魔法が使えるのは生まれつき魔力を持った者のみで、今では数千人に一人程度の割合でしか存在しない。
更に、その中でも属性魔法を使用できるのは……ほんの一握りの、研鑽に次ぐ研鑽を積んだ者のみだ。
「行くぞ!」
『グォォォォォォォォ』
グレートブルーは男を踏み潰さんと跳躍するが、男は紙一重でそれを避け、その脇腹を再度、すれ違いざまに回転するようにして斬りつける。
『ギャォォ!』
炎が鱗を焼き、斬撃が深々と肉を抉る。
グレートブルーは再び受けた手痛い傷に、体をのけぞらせる。
「まだまだっ!」
グレートブルーがその全身を苦悶でのけぞらせる間も、男の斬撃は止まらない。
動きを止める為に脚を狙い、転倒させながらも更に弱点の脇腹を抉りにかかる。
『グルォォォォォォォォォ!!』
しかしながら、男の一方的な蹂躙で幕は下りない。
グレートブルーの青い背中に、赤の模様がくっきりと浮かび始めたのだ。
「いけない、状態変化!?」
キャロルの言う通り、生命の危機を感じたグレートブルーは、極度の興奮状態に陥りその姿と動きを大きく変えた。
頭を中心にして体を丸め、自慢の甲殻で覆われた尾を大回転によって振り回し始めた。
「だめ、避けて下さい!!」
高速回転するグレートブルーの体に当たれば大ダメージを受けることは明白だが、ひと際頑丈な尾に当たれば、悪くすれば命を落とす可能性もある。
だが、キャロルの必死な叫びも虚しく、男はグレートブルーから距離を取るばかりか、炎を纏った鈍を構えたままだ。
寧ろその体から溢れる闘気は……反撃の一撃を与えんとしているようだった。
「いや、これは……チャンスだ!」
『グルォォ!!』
グレートブルーの尾があわや自身に届きそうになったタイミングで……男は驚異的な脚力で大きく跳躍し、その背に飛び乗ると同時に、深々と剣を突き刺す!
『グギャォァ!!??』
切れ味などたかが知れている鈍とは言え、男の体重と鎧の重さ、そして力で押し込むことで……グレートブルーの体表を容易に貫通する!
刺突の深手と体内から自身を焼く炎に、グレートブルーは声にならない悲鳴を上げた。
回転を止めたグレートブルーは、男を振り落とそうと、全身から血を流しながらも必死でもがく。
「す、凄い……! このまま背に乗って攻撃すれば、グレートブルーもいずれ力尽きるわ!」
「いや、一旦降りる」
「え、えぇっ!?」
背の上という有利をあっさり捨て、グレートブルーから飛び降りた男に、キャロルは目を見開く。
「ど、どういうことですか!?」
「まぁ、見ていろ」
グレートブルーは、自身の背から飛び降りた男を忌々しそうに睨む。
捕食者としてのプライドが、男を何としても……自身の命に代えても叩き潰さんと、その体を駆り立てる。
「俺を食いたいか? なら……ついて来い!」
『グォォォォォォ!!』
刀を納め、背を向けて走り出した男を逃がすまいと、グレートブルーは口から血を垂れ流しながらも走り出す。
男は丘陵の少ない高低差を巧みに利用しつつ、そして決してグレートブルーの得意な直線的な走りをしないようにしながら、頂点捕食者をある場所へと誘導する。
「よし、この辺りだ……!!」
男は一旦林の中に入り、木々を避けながら疾駆する。
そして目的地が見え、後ろからしっかりとグレートブルーがついて来ていることを確認した男は……横に跳ね飛んだ。
『グルォォォォォォォォ!!』
視界が悪い林の中、グレートブルーは男を追いかけようと急遽方向転換をしようとするが……その前に、浮遊感に襲われることになる。
冷静な状態であれば回避できたかもしれない男の罠に……グレートブルーは、まんまとはまったのだ。
『ギャォォォォォォォ!?』
グレートブルーが落ちたのは、小さな崖の下にある沼地だった。
小型モンスターならまだしも、自重の重たいグレートブルーが、一部の冒険者から「底なし沼」と呼ばれるその沼から脱出できる道理は一切ない。
『グォォ! グォォォォ!!』
グレートブルーはもがき続けるが、もがけばもがく程に、その体はずぶずぶと沈んでいく。
また、もがくことで男につけられた全身の傷から出血し……その体が半分程沈んだところで、グレートブルーは力尽きた。
「……終わったか。まぁ、この装備でここまでやれれば上出来か」
「そっか……この沼には、こんな使い方があったんですね……!」
「……うん? そうか、ここまで歩いてきたのか」
男はけがを負いながらも自分を追いかけてきた少女の姿に、感心したような声を発した。
そして片足を引きずりながらも男を追いかけてきたキャロルは、こと切れたグレートブルーを見て、感嘆の声を漏らした。
この狩猟依頼において、自分よりも遥かに格上のモンスターを小細工なしの正面から打ち破らんとしていたキャロルからしてみれば、沼のような地形を利用するという狩猟方法は、目から鱗だったのだ。
「その足……大丈夫か?」
「はい、何とか……そうだ、まだ自己紹介をしていませんでしたね! 私はキャロルっていいます。貴方のお名前をお聞きしても……いいですか?」
「あぁ、こちらこそ、自己紹介が遅れてすまない。俺はローネという。見ての通り、君と同じ冒険者をやっている」
ローネと名乗った男は、頭部鎧を外して顔を晒す。
その顔を見て、キャロルは息をのんだ。
何故なら、その顔立ちは予想以上に若々しく……その上女性と見まがう程に、中性的だったからだ。
髪の色は赤色で、年齢はキャロルよりも少し上くらいだろうか。
……そしてこれは蛇足かもしれないとキャロルは思ったが、一応聞いておくことにした。
「その……すいません。そのローネってお名前は……」
キャロルの言いたいことを察したローネは苦笑する。
「あぁ……そう、普通は女につける名前だ。でも、師匠が俺を拾った時、女だと思ったらしくてな。……全く、どこに行っても初対面の人にはそう聞かれる」
「あぁ、そういうことだったんですね……」
自己紹介がひと段落したところで、ローネは眼下の崖下にいるグレートブルーを眺めた。
「見たところ、あのグレートブルーはAランクには届かないとはいえ、十分に成熟した固体だ。……どうして君は、いや、キャロルはあのグレートブルーに追われていた? 採集依頼の途中で、腹をすかせたあいつに遭遇してしまったのか?」
キャロルはばつが悪そうな顔をして「えーっと……その……」と、しどろもどろとしていたが、遂に観念して、両肩を落としながら語りだした。
「……実は……狩猟依頼を受けたんです」
「……何?」
ローネの眉間に、小さく皺が寄る。
キャロルはローネの顔を見て、詳しく話す必要があると判断し、ことの全貌を話すことにした。
「その……私、武器を新調しようとして、新しい素材を買う約束をしたんですけど……。それが、思っていた以上に高い値がついていた素材で。それでも約束した以上は、きっちり払わなくちゃいけなくて。それで……」
「報酬目当てで、無茶な依頼を受けた、と」
キャロルは苦い顔で頷いた。
それを見て、ローネは深いため息を吐いた。
「……ちなみに、その素材の値段は?」
「……銀貨二枚です」
「銀貨二枚って……革の鎧を身に纏っている、駆け出しの冒険者が素材に払う値段じゃないな。またどうして、そんなに高い買い物を?」
「そ、それは……」
今度はもじもじとしだしたキャロルに、ローネは不思議そうな表情になるばかりだ。
「これも何かの縁だし、言ってみればいいじゃないか」
「そう……ですね。なら……笑わないでくださいよ?」
キャロルはそう確認し、ローネが「分かった」と言うと、自身の胸に手を当てて、ゆっくりと語りだした。
「私、目指している冒険者がいるんです。……三年前、私の住む……レイドグラの街が、とある強大な力を持った竜に襲われた事件、覚えていますか?」
「……勿論」
三年前の事件……黒塵竜と呼ばれる強力な竜がレイドグラの街を襲い、甚大な被害をもたらした「黒塵竜事件」は、冒険者達の間では有名な話だ。
「実は私、その時に家族を亡くして……私自身も、竜の襲来で、命を落としかけたんです。でも、その時……とある冒険者に助けられて、私もあんなふうに強くなりたいって、思ったんです」
そこで話を一度切って、キャロルは小さく微笑んだ。
「私は、あの時私を助けてくれた、あの人みたいになりたいんです。……黒塵竜を撃退した、世間では金色の剣皇と呼ばれている、その人に。だから私は……その金色の剣皇に少しでも近づけるように、その人が駆け出し時代に持っていたと言われている、とある剣を作りたかったんです。だから……」
「高価な素材が欲しかった、か……」
ローネは再度ため息を吐いた。
「キャロルに金が必要なのはわかった。それでもだな……冒険者っていうのは、身の丈に合わない依頼を一人でこなすものじゃない。今度からこういう時は一人でやろうとせず、報酬金が山分けになったとしても、仲間を募れ。……それでも武器や鎧を一人で作る気なら、無理のない方法を考えた方が良い」
ローネのもっともな意見に、キャロルは目を伏せ、黙って頷いた。
「……さて、説教はもうよそう。とりあえずは、あのグレートブルーを解体して、素材ごとに分けよう。ちなみに、今回の依頼の報酬は?」
「えーっと……銀貨一枚です」
「やっぱり、そんなものか……。いやでも、あのグレートブルーの尾の甲殻は立派だったから、素材を全部売れば……追加で銀貨一枚、良くて二枚くらいにはなるか。そうすれば、足りない金もどうにかなりそうだ」
ローネが頭の中で金銭の計算をしていると、キャロルが声を上げた。
「あ、あの……! くれるんですか!? グレートブルーの素材も、報酬金も!?」
ローネは後ろ頭を掻きながら、呆れた、といった顔になった。
「いや、そうしないとキャロルが困るだろう。それに、今の話を聞いてグレートブルーの素材や報酬金を横取りするような輩は、助け合いが重要なこの冒険者稼業では生き残れないさ」
ローネは崖下のグレートブルーの背の上にぴょいと飛び降り、解体用のナイフを腰から引き抜いた。
「俺がここから素材を投げるから、キャロルも降りてきて投げた素材を仕分けてくれ」
キャロルは痛みの引いてきた足で、少し遠回りをして崖を降り、ローネの言う通りに素材を仕分け始めた。
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