100歳で大往生したら魔王に転生したんだけど、もう生き疲れてるからさっさと勇者に倒されようと思う
「魔王様! 勇者がやってきました!」
「来たか……丁重にもてなして、ここに連れて来てくるのだ」
「ハッ!」
とうとうこの時が来たかと、部下の報告に私は瞑目して感慨に浸る。
(長かった……これで、これでようやく――)
――再び眠りにつける。
元々、私は人間だった。
しかもこの世界ではない、現代日本が存在する世界で生きていた。
そう、生きていたという言葉通りに、私は既に一度その生を終えている。
享年100歳。孫どころか玄孫にまで囲まれて死ねた大往生だった。
未練も何もなく、そのまま成仏してあの世までの特急快速列車に乗るつもりだったのに、気付けばこの世界で第二の人生、否、第二の魔王生を歩む事になっていた。
いやもうね、最初はしんどい以外の何物でもなかった。
飯は美味しくないわ、部下の四天王を筆頭として魔物達がやたら世界侵略をしようと言ってくるわ、飯は美味しくないわ、周りの国から攻められまくるわ、飯は美味しくないわ……。
こちとらただの元ジジイだぞ? 生前はチワワとスコティッシュフォールドとミニブタと一緒に縁側で昼寝していたくらいには動物好きでのんびり屋だったんだぞ? いくら一撃で人間の城が吹っ飛ぶ魔法が使えるからって、そんな恐ろしい事ポンポンできるか!
正直何度も自殺を考えたのだが、流石魔王というかなんというか、なんとこの体、四桁近くの寿命以外で死ぬには、勇者による攻撃でないと死なないのだという。ハハハ。ふざけるな。
しばらく絶望に浸っていたが、よくよく考えれば「じゃあさっさと勇者に倒されればよくね?」という事に気づき、私は早速行動を起こした。
「ほう……ここが勇者が住む村か」
部下達に勇者の居場所を探させると、私は単身そこに乗り込んだ。
一人では危険だと止められそうだったので、部下達から姿が見えなくなる隠蔽の魔法を使った。うん。便利。
あと村人達を刺激しないよう、これもしっかり魔法で魔王である事を誤魔化して訪れている。ふむ。この世に生まれてから初めて魔法というものに感謝している気がする。
「頼もう! 勇者がいると聞いて来たんだが……」
「おや、観光かい? 勇者様ならあそこよ?」
そういって案内された先にいた勇者を見て、私は愕然とした。
「まだ赤子ではないか!?」
「ええ。半年前に生まれた際に神託を受けたんですよ」
スヤスヤと寝ているあどけない女児の姿に、思わず膝をつく。いくら勇者とはいえこんな赤子では私を殺すのは不可能だ。
ショックのあまりすぐに魔王城に直帰してそのまま寝込んだ。
しかし、諦める訳にはいかない。
一晩寝て気力が復活した私は、方針を切り替え、少しでも早く勇者に殺されるように行動を開始した。
まず、間違っても勇者が私を殺す前に死んでしまわない様に手配する事にした。
「いいかお前達。勇者が成長しきる前に手を出す事は絶対に許さないからな?」
「何故ですか?」
「む、何故かだと? そ、それは……ゆ、勇者を倒すのはこの私の手によってでなけばならないからだ! 万全の状態である勇者を倒してこそ我が力を示せるというものだ!」
「なるほど流石魔王様! 一生ついていきます!」
少しボロが出そうになったが、なんとか誤魔化せてホッとする。あとね君、私に一生ついていくって、下手すると千年近く生きる事になるけど大丈夫? 生きるのって結構しんどいんだよ?
続けて、勇者を常に監視する為の密偵を放つ。先の「自分自身が倒す!」宣言をしていたおかげで「育つまで見守れ。もし勇者がピンチに陥ったら絶対に助けるように」という指示もすんなり受け入れてくれた。うむ。これで一安心。
かと思っていたのだが。
「勇者の村に隣国が戦争を仕掛けるようです」
「ハア? 国が村に? 何故また?」
「それが勇者の存在を羨んで奪い取ろうとしているみたいで……」
「……アイツら私を目の敵にしているはずなのだよな? 人類共通の敵の討伐という大儀を前に、何故内輪揉めをしようとしている? 阿保か?」
「いかがいたしましょう?」
「間違っても今勇者に死なれては困る。私の獲物を横取りしようとする企みはすべからく潰せ」
「御意に」
「魔王様! 勇者の国にてクーデターが計画されているとの情報が!」
「ぬ? それは……何か問題があるのか?」
「それが、反乱側の首謀者が無宗教主義者で『これからは神ではなく人間が時代が作る! 神が遣わした勇者など不要だ』と普段から公言しているらしく」
「即刻阻止しろ! いや、もう二度と神を信じない人間が現れないよう、凄絶な死に方をさせた後にさも神罰であったように世に知らしめてやれ!」
「魔王様! 有名なロリコン剣士が勇者を囲おうとしているという報告が……」
「どこだそんなクソ野郎! 私自らひっ捕らえてくれる!」
何故魔物より人間の方が勇者の脅威になっているんだ!? というか、もしかしてこの世界は魔物が支配した方がマシなんじゃなかろうか!?
と、ひっそり経過観察を見守るはずが、次々と降って湧いてくる勇者の障害を排除するべくてんやわんやしている内に数年が経過したある日。
「魔王様、勇者について少し問題が……」
「今度はなんだと言うんだ?」
「いえ、大したことではありません。ただ、勇者の戦闘指南役がいないそうでこのままだと旅立ちが遅れ、魔王様との決戦が遅れそうとの事です」
たしかに大したことではなかったが、さっさと楽になりたい私としては少し困った事態だった。
「む、そうか……しかし、彼の国はそこまで人材不足だったか?」
「いえ、その……以前捕らえたロリコン剣士を覚えていますか?」
「ああ。去勢だけは嫌だと言ったからサキュバス達にくれてやったあの……まさか?」
「はい。どうやら彼奴が指南役になる予定だったようです」
あのロリコン剣士そんなに強かったのか……ついノリと勢いだけで戦ってしまったが正直そんなに強く無かったし、今じゃ幼女より500歳越えの熟女達に夢中で、剣じゃなくて腰を振るだけしか能がない猿にしか見えないが。
「一応、指南役を公募したそうですが……どうやら裏で候補者たちが脚の引っ張り合いをしたらしく、そこそこ腕の立つ者は皆死ぬか再起不能になったそうです」
「ああ、うん。知ってた」
相変わらずくだらない事に心血注いでんなあ人間……元同族としては涙も出ない。
「……よし。ここは私が一肌脱ごうではないか」
「魔王様?」
前世では虫も殺せなかったが、そんな私を心配して両親は近くの剣道場に入れていた。
これがまた厳しい道場で、子供の頃から泣きながらしごかれ続けた結果、高校の時には全国大会に出た経験があり、実戦で通じるかどうかは別として腕だけならば覚えがある。
魔法に関しては言うに及ばず。なにせ、今の私は魔王だからな。
「師と思っていた男が自らの宿敵だった、というのも興があるだろう?」
「たしかに……流石魔王様! さっそくそのように手配いたします!」
きびきびと動き始める部下達。最近それらしい台詞がするする口から出てきて、自分でも最近魔王が板について来たなあ……と思っていたりする。
……でも、たしかに自分の先生が宿敵だったらちょっとショックが大きすぎて可哀そうかな?
いや、しかし、ここは鬼になるべきだ。
私を倒せれば勇者だってその後は薔薇色人生の筈だ、せいぜい派手な踏み台役になってやるさ。
そんなこんなで部下達の仕込みもあってか、私は首尾よく勇者の指南役の人間に擬態する事に成功した。
「よろしくお願いします。師匠!」
「ああ。よろしく」
勇者は年相応の闊達で可愛らしい少女へと成長していた。
正直初めて生まれた前世の娘を思い出してクラっと来そうになったが、なんとか堪えて剣術の指導をした。
割と本気でしごいた。
うん。長い人生何があるか分からないからね。
正直、あとは勇者はできるだけスムーズに魔王城に誘導するだけだから、剣の腕なんて要らないんだけど、どうもこの世界は物騒みたいだし、この子には手を汚させるんだ。自分で身を護れるくらいまでは親心を加えても罰は当たるまい。
この子もこの子で泣かずにちゃんと付いてくるから指導しがいがある。
というか、流石勇者だな。前世で同じ年齢の時の私より遥かに根性があって筋が良い。
毎日毎日、彼女をボコボコに打ち据え続け、動けなくなるまで筋トレを課しつつ、前世の記憶にある剣の型を根気よく仕込んでいく。
魔法も、教えられる範囲の限りを尽くして寝る間も惜しんで伝授した。
そんな感じで私の元で数年修行をした後、いよいよ勇者は旅立つ事になった。
「今までお世話になりました。ありがとうございました」
彼女は美しい女性に成長していた。
鍛え上げた身体によって均衡取れた肢体に、短く切りそろえた髪。野性味溢れるネコ科動物のような彼女の瞳は年相応の瑞々しさを湛えていた。
「礼は要らない。それより絶対に死ぬな。絶対に生き抜いてまた私の前に現れなさい」
「は、はい!」
何やらジーンとその大きな瞳を潤ませて感動しているようだが、私としてはそうでないとここまで面倒見た意味がないというだけの話だ。
……本当に生きて魔王城までたどり着いてほしい。マジで。
「……あの一つ良いですか?」
「む? なんだ?」
「ええっと……もし、また会えたら、その時私のお願いを聞いてもらえませんか?」
「お願い……?」
勇者は真剣な眼差しでこっくり頷く。
正直、次に会うとしたら魔王城での最終決戦時のはずなので、お願いなんて聞けるはずもないんだが……。
「……再会した時の私ができる事なら。いつまでも同じ状況とは限らないからな」
しばらく同じ時を過ごしたせいか情が移ってしまったらしく、条件付きであるとはいえ、つい受け入れてしまった。
「はい! できるだけ早く会えるように私頑張りますから!」
そうはにかんだ笑顔を最後に、私と彼女は別れたのだった。
あれからまた数年が経過して、現在に至る。
彼女は魔王城を目指して各国を旅して来たのだが、その間も我らが魔王軍は休む暇が無かった。
なにせ、どこもかしこも彼女の力を利用しようと要らん厄介事押し付けようとしたり、自国に取り込もうと強引に囲おうとしたりと、油断ならない国ばかりだったからだ。
ふざけんな何の為にあそこまで育てたと思ってんだ! せめて魔王を倒すまでは要らんちょっかい掛けんな阿保人類共が!
彼女を助ける為の裏工作として、とある国には物資援助を行ったり、ある国には武力を提供し、またある国には政権交代してもらったり、またある国には……魔王国領土として併呑させてもらったりした。
て、手出ししたのは貴族だけだし! 一般人には危害が及ばない様に徹底させたからノーカン!ノーカン!
兎にも角にも紆余曲折を経て私は今再びようやく終わりの時を迎えようとしていた。
王座に座っていると、玉座の間に彼女がゆっくりとした歩みで入ってきた。
長らく旅を続けていたせいか髪が伸びており、活発なベリーショートの髪はしなやかなポニーテールに変貌を遂げていた。
「……! せ、師匠……」
「久しぶりだな。それとも、魔王として初めましてと言うべきかな?」
魔王として姿を現した私を見た時、彼女は一瞬驚いたような顔を浮かべたものの、すぐにフッと和らいだ表情を見せた。
…………ん? なんだ?
「ご無沙汰しています。師匠」
「ああ。しかし、あんまり驚かないんだな?」
「いえ、驚いてますよ。でも……なんとなく、そんな気もしてましたから」
「ほう?」
彼女の言葉に逆に驚かされてしまう。
彼女の前に直接姿を現したのは、生まれてすぐの時と修行の時のみだ。
それ以外の時は全て私は指示を出すだけでほとんど部下に任せるだけだったから、どうして私の関与を想起させたのか本当に分からない。
「私、家族からも友達からも、生まれてからずっと勇者としてしか見られてなかったんです。親切にしてくれる人はみんな勇者としての力や権威しか興味が無くて……師匠だけでしたから。勇者という色眼鏡で見ずに、私と真摯に向き合って鍛えてくれたのは」
微笑む彼女の言葉に、少しバツが悪い思いもする。なるほど、私が転生したこの魔王という存在が厄介な物であったと同じように、彼女もまた勇者としての役目が錘になっていたのか。
しかし、私とて彼女が勇者だからこそ鍛えて裏で手助けをしたのだから、色眼鏡で見ていないというのは違うだろう。自分を殺させようなどという、エゴ以外何物でもない願望の為に動いていたのだから。
「お前が勇者じゃなければ私はお前の師として姿を現さなかったと思うが?」
「そうかもしれません。でも、私の為に鍛えてくれたのは本当でしょう? 他の人は、みんな自分の都合の良いような知識や情報ばかり教えたり、酷い時にはそれが真っ赤な嘘でしかない時だってありましたから」
それは私が魔王という立場であり、一度は天寿を全うした転生者だったからだろう。大抵の物は望まずとも手に入る地位に居たわけであり、また既に私の心は満たされていて必要以上に何かを望むほど強欲でもなかったというだけだ。
「私が訪れた国の多くで魔物が暗躍していましたが、結果的にはその暗躍が無ければもっと解決が遅れていたり、居合わせた私が解決に動かなきゃいけませんでした。……魔物の行動が師匠と同じなんですよ。どの国でも決して甘くは無いんですけど、結果的には多くの人の為になっていましたよ?」
「……私としてはさっさと終わらせたかっただけだ。だが、どいつもこいつも要らぬことばかりしでかして長引かせようとするからな。本当にいい加減にしてくれって感じだったよ」
「ええ。まったくもってその通りだと思います。愚かな事を繰り返す人間よりよっぽど魔物の方が利口だと私も思います」
思わず本音を吐露すると、彼女もまた旅の間に思う所があったらしく私の考えを肯定した。
……いやいや。お前一応勇者なんだから、もう少し人間側のフォローしてやれよ?
などと内心ツッコミを入れていると、ふと前世のどこかで聞いた、とある魔王の有名なセリフを思い出し、気付いた時には既に冗談交じりに口にしていた。
「ははは。そんなに人間たちに文句があるのならば、もし私の仲間になれば世界の半分をお前にやろう、と言ったらどうかな? まあさすがに受け入れるとは――」
「本当ですか! 喜んで仲間になりますよ!」
…………んんん!?
え、いや、あの、ちょっと? 今この子なんて言った?
「あ、でも世界の半分より欲しいものがあるんで、条件はそっちでお願いしようと思います!」
「い……いやいやいやいや!? 私魔王。お前勇者。お前私倒す運命、オーケー?」
「そんな運命変えてみせます! 師匠と共にある為なら神様だって殺してみせます!」
「いやなにその男前過ぎる覚悟!? 女の子をこんな風に育てたのどこの誰!? ああっ!? 私か!」
「えっ……師匠。私の事、ちゃんと女だって見てくれていたんですか!? 嬉しいです!」
私が鍛え上げた脚力で瞬時に接近し、彼女が抱き着いてくる。
「こ、これ放しなさい! はしたないではないか!」
彼女の身体を離そうとするも、全くビクともしない。クッ……なんという馬鹿力なんだ!
「独り身の男に引っ付く未婚の女があるか馬鹿者!」
「大丈夫ですよ! 夫婦になるんですから問題ありません!」
「魔王と勇者が夫婦になるとか無理があるだろう!」
「無理じゃないですー! 逆に魔王と勇者の結婚が無理な理由があるなら教えてくださいよー」
「そ、それは……」
魔王と勇者が結婚が駄目な理由……あ、あれ? おかしいな? そんな事絶対にありえないと思っているのに、その根拠が見つからないのは何故だ!?
い、いや、しかし。ここで認めてはならない! ここでこの子との婚姻を認めてしまえば彼女に殺される機会を永遠に失ってしまう! そうなれば私はこれから千年近くも生きなきゃいけないんだぞ!?
「え、えっと……と、年の差が」
「実年齢は知りませんけど師匠見た目私と一回りも違わないじゃないですか」
「ぐっ……!」
「師匠。まさかとは思いますけど、約束破るつもりなんですかあ?」
なんとか否定の言葉を捻りだそうとしていると、彼女が耳元でねっとりとそんな事をのたまった。
「約束って……あの時はそんなつもりで言ったのでは――」
「私、旅している間気が気じゃなかったんですよ? 早く終わらせて帰らないと師匠結婚しちゃうんじゃないかって。……魔王だったのはさすがに予想外でしたけど、こんなに早く再会できたんで結果オーライです! 仮にも王様なんですからお世継ぎは必要ですよね? 私これでも勇者なんで魔力たくさん持ってますし魔王の嫁に適任じゃないですか? 無理どころか結婚した方が道理なんじゃないですか?」
畳みかけるように彼女に詰め寄られタジタジになっていると「素晴らしい! 流石魔王様!」と突然部下が現れた。
「四天王A!?」
「Bです魔王様。そんな事よりめでたい。まさか魔王様が勇者を引き込む事に成功するとは……! まさかこれまでの工作も全てこのための伏線!? 流石魔王様! 世界征服最大の障害もこれで取り除けますし、万々歳です! これは急いで皆に知らせないと!」
「ああっ!? ちょっと待て! いや、あの、待ってください!」
外堀を全力で埋めようと駆け出す部下を止めようとするも、勇者に腕を組まれ全く身動きが取れない。
「あ、あああ……」
「……元勇者が受け入れられるのかどうかちょっと不安でしたが、問題無いようで安心しました」
もはや言葉を発する気力もない私に、彼女は微笑みかける。
「えっと……改めまして。不束者ですが、よろしくお願いしますね!」
その後、魔王軍は本格的な侵略活動を開始し、十数年の時を経て世界を掌握して世界統一魔帝国を建国した。
魔王に嫁いだ勇者は、その本来の使命である魔王討伐の神託がもたらす魔王が死ぬまで老いず死なないという恩恵によって、いつまでも若くあり続け、国母として多くの子を成してその役割を果たし、自身の力も発揮してその統治に貢献した。
そして魔王は絶対帝王として君臨し続け、千年近くもの治世を敷いた名君として、永くその名を轟かせる事となる。
そんな彼が今際に遺した言葉については、後世において数多くの専門家から様々な解釈が成されているが、未だ説得力のある考察は無い。
彼の最期の言葉は、次の物だったとされている。
「こ、今度こそ……やっと、本当に、眠れる……!」
あらすじでも宣伝していますが、作者連載中の
「リード~魔法もスキルも使えないけど死に物狂いで生きていく~」
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