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平の国の物語  作者: 野井壮馬
1/1

1.曇る空の国で

そこに日常はあるのか。

僕は夢の中で問いかける。汗ばんだ手に握るものは何か。望む未来か、はたまた落ちてゆく闇か。

誰かがその闇の中で問う。

「何のために生まれ、どこへゆくのか。」

答えはない。それは、永遠に問い続けるのか。それとも…。


ガラスのコップに僅かに残った、濃い味のビールを飲み干した僕はしみの付いた原稿用紙をなぞる。

「はぁ。」

ため息は幾度出るともその一片の紙に文字が書き足されるわけでもなく、外の曇天がさらに僕の憂鬱さを増す。


一介の学生である僕がこの薄暗な空の国、ポーランドに来たのは半年前。

ある日風邪で寝込んだ僕は、一週間、二週間、と講義をサボるようになり、そのまま大学を休学した。なんの事はない、いわゆる"ただの引きこもり"になったのだ。そしてそのままなんとなくポーランドへ来ることを決めて、来てしまった。


親は、反対も賛成もしなかった。むしろ母親は少し安堵しているように見えた。僕が引きこもってしまったから、多分、何か行動を起こすだけで嬉しかったのだろう。


「カナタが海外の、しかも"ポールランド"に行くなんてねぇ。」


と、全力の間違いをしながらしきりに頷いていたのだった。

僕はそんな家族の反応をよそに、なんとなくいだいていた海外への希望と期待を無理やり押し込んで平成を装っていた。


しかし、来てみるとその期待は途端に戸惑いへ変わることとなる。降り立ったクラクフ空港には誰も迎えが来るわけでもなく、東欧独特の訛のある英語と、一見するとアルファベットとみまがうような文字達が僕を惑わせた。


「ヨーロッパに行くの?いいなぁ、東欧美人がたくさんいるんだろう?」


なんて言っていた、数少ない僕の友人を殴り飛ばしたい。

そこに美人がいたとてどのような僕との接点がある?この国では僕は"外国人"であり得体の知れない"アジア人"なのだ。その僕に自分から来てくれる美人のポーランド人女性がいたのなら喜んで迎え入れよう。ただし、日本語が話せるのが条件だが。

しばらくそんなとりとめのない回想をしていると、寮のドアがノックされた。

「誰だ、こんな時間に」と思う隙もなくギーとたてつけの悪いドアが開く。

「あぁ、ピヨトルか。こんな時間になんだ?」

「カナタ、ごはん、たべますか!?」


デカいウォッカの瓶とキウバサの入った袋を持ち、おしかけてきたこの男はピヨトル。典型的なポーランド人に見られる、色素が薄くそれでいて鍛えてあげられたガタイのいい身体。このピヨトルという男は俺の住むこの寮生ではないのだが、ある日ふらっと入ったバーで知り合い、何故か意気投合してよく遊びに来るようになったのだ。

「ごはん食べるといってもお前の持ってるそれはただのソーセージだろ?肉は栄養にならんぞ。」


という俺に対し、

「キウバサは、おいしいです。ごはんを、たべましょうか。」

と強引にその大きなソーセージの塊を机に置くピヨトル。まったくこいつのマイペースさには、いつもやられる。

「今日はまたなんで急に押しかけてきたんだ?」


そう、問いかける僕にピヨトルはニヤッと笑いながら

「宿題、もう、できましたか?」


と返す。そうだ、忘れていた。ヤツに先週、ポーランド語の宿題がわからないと愚痴っていたのだった。


「いや、まだだ。今ちょうどやってたんだがもう何がなんだか。」

「Ok.休みましょう!飲みましょう!はい、これ。」


ピヨトルはそう言いながらウォッカを注いだ小さなグラスを渡してくる。

やれやれ、こうしてヤツのペースにはまっていくのか。呆れながらも俺は心の何処かで安堵していた。そうだ、こういう人との交流って前はなかったよな。

日本に暮らしていた時は、大学へ行き、授業を受け、バイトをして家に帰るという生活で、そこそこ楽しくはあった。しかし、どこかでこの日常を捨て去り、ある日突然、フッといなくなってしまったらどうなるのだろうという感情もそこにはあった。大学を卒業したらどうするのか。社会人になり、結婚をして、家族ができ、やがては死んでいくのか。俺がいなくなったら、誰が悲しむのか。家族か。しかし、せいぜい俺のまわりの人々だけだろう。そんな感情が、やがては大きく膨らみ、現実化し、その結果大学へ行くこともやめ、ひたすら自分の殻にこもることとなってしまったのだろう。俺はそんな以前の自分と、今の自分を比べ、行く文化、変わったのだろうかと自分に問うのだった。


「ピヨトルっていつも楽しそうだよな。でも、なんか別にそれも嫌な感じじゃなくて。なんて言うかなぁ、素直だよね。」

つい、思ったことが口に出てしまった。


「楽しい?ぼく?それはですね、えぇっと…」

日本語に詰まるピヨトルに、「英語でいいよ。」と促す。

「僕は楽しいのが好きなんだ。でも、僕だって楽しくない時がある。」

「えぇ、そうなんだ。どんな時?」

「僕は昔、イジメられていた。」

「そ、そうなのか…!?」

俺は、まずい、地雷を踏んだかと躊躇した。こういうことにはあまり触れない方が良いと思う。


「ピヨトル、そのことについてはだな、また今度ゆっくり…」

という俺の声を無視して、ピヨトルは語りだした。


「カナタは、見えない者の存在は信じる?僕は、信じるよ。例えば、僕のこの手。なぜ実態があるかわかる?そして、なぜこうして腕につながり、関節一つ一つの機能に意味があるかわかるかい?そこには、"何か意図して作られた"ようにしか見えないんだよ、僕には。わかるかい?」

「ああ…そういうのって、よくアニメの設定とかであるよな。」

「設定ではなく、これは事実をもとにした科学的推測なんだ。昔の科学者たちは、宗教や哲学、そういった思想や目に見えない不確定的要素を馬鹿にしていたんだ。特に宗教と科学とは対立したものとして見られてきた。でもそれは、僕は間違っていると思うんだ。僕は長年、そういった対立や、昔からの固定観念というものに疑問を持ってきた。でもさ、そういうことを考える少年って、いかにも"イカれたヤツ"だと思わないかい?自分でも、僕って人と違うなとは思っていた。だから、そうやって僕を異端として扱い、イジメてくる奴らの存在は至極当然のことだと受け入れていた。」

「なるほど…。でも、それと今の楽しそうなお前とはギャップがあるよな?」



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