起床
夜が開け、鶏が叫び、日が昇る。
空全体を眺めることはできない。世界は広いから。人が小さすぎるから。
頭によく響く音が騒ぎ出し、朝であることを告げる。
竜人は反射的にアラームのボタンを押し、「うー......」と喉を震わせる。
まだ眠いまぶたを擦って、ゆっくり起き上がり、あくびをしながら大きく体を伸ばした。
一息ついて昨晩のことを思い出す。
「あの夢は何だったんだ?」
あそこまで現実味を帯びている夢は初めてで、気味が悪い。
あんなのを信じるなんて馬鹿馬鹿しいと思う。しかし、本当なら嬉しいけど......揺れる感情に流されるまま思考が往復する。
本当だったということを信じたいが故に、心の中で呟いた。ゼファー。
言い終わると同時に目の前が明るくなって、目を閉じる。
何が起こったのか分からず、恐る恐る目を開けるといつもと変わらない殺風景な自分の部屋があり、辺りを見渡しても変わった様子はない。しかし、右手に違和感があった。
見てみるといつの間にか手は鎌を握っていた。
竜人の身長より少し短い鎌は、柄は鉄にしては軽すぎる素材でできていて、刃はずっしりとしていた。
鎌を持つ手は黒く甲殻類の殻のような印象を与える。
「へ!?」
自分の変わりように驚くが、嬉しさと非現実さが入り交じって半信半疑だ。
これは本当に自分なのか? まだ悪い夢でも見てるのだろうか? それとも本当に俺は化け物になってしまったのか? といろいろ考える。さっきまでの眠気なんか完全に忘れてしまっていた。
夢から覚める為に頬をつねるが殻のせいで思うように掴めない。
次は自分の顔をおもいっきり殴ってみる。すると、殻の擦れ合う音を立て、軽く痛みを感じる。
少し落ち着き理解する、あの夢は本当で、神化は見た目も変わるということを。
鏡を見ると全身が手と同じような感じになっていて、顔は人の原型を留めていなかった。まるで怪物のような恐ろしい顔で表情すらわからない。
左肩には星を、真っ二つにしたマークが彫られている。
次に鎌を詳しく見てみようとした瞬間、部屋をノックする音と母親の声が鳴り響く。
「竜人! 早く学校行かないと遅刻するわよ! さっさと起きて学校行きなさい!」
母親が怒り気味で呼ぶ。この姿を見られたらどうなるか予想はつく。とりあえず部屋に入らないようにしないと......そう思い
「はーい! 今出るから大丈夫だよ!」
大きな声で言ったつもりだったが聞こえなかったらしく返事がない。
部屋中に響き渡るノックの音は強くなってくる。何度返事をしたことだろうか、母親の耳には届かなかった。
吹き出してもおかしくない汗は一滴たりとも出てこない。
「もう、さっさと起きなさい!」
勢いよくドアを開けられ、頭の中は真っ白。しかし、母親は部屋中見渡して
「あれ? もう学校へ行ったのかな?」
と独り言を言いながら部屋をでていく。今、確かに見られたはずなのに気付かれなかった。
「そういえば神化したら普通の人に見えないだとか何だとか言ってたような......」
誰も見ていなかったから良かったものの、とても恥ずかしいことをしたなと後悔する。
自分の声が聞こえてなかったのもこの能力のせいなのだと理解する。
ため息を吐きながらベッドに座り込んだ。
あの夢と思っていた出来事が現実だったことを証明できて焦りが出る。
そう、竜人はまったく知らない人から命を狙われ、自分もまったく知らない人の命を踏み潰さなければならなくなったからである。
そんなプレッシャーを押し返す想いがあった。その一途な想いを胸に立ち上がって神化を解き、支度をして学校へ走って向かっていった。