3話 友達
お主に覚悟はあるか? 命を賭けて恋を成就させる覚悟が――
まぶしい、そう思って目を開けるとカーテンの隙間から太陽の光が入ってきていた。ベッドから起き上がり、時計を見ると一気に目が覚める。もう、学校へ向かわなければならない時間になっていた。
昨日は名前も知らない少女と会え、名前まで教えてもらった嬉しさの余波が夜中まで残っていて、全く眠りに着くことができなかったのだ。
――覚悟。
夜中出てきた言葉が脳裏に浮かぶ。夢よりもリアリティがあった気がする。むしろ現実よりも迫力があって気持ち悪かった。思い出しただけでめまいがする。
しかし、一刻も早く学校に行かなければ面倒なことになる。今日は球技大会であるためジャージに着替えて鞄を乱暴に取り、朝食も食べずにドアを開ける。家を出ると走っている橘と出会った。
「あっ、お、おはよう」
「おはよっ」
彼女は息を切らして苦しそうな顔をしていた。止めてしまったことに罪悪感を覚える。彼女は遅刻をしたくないのだろう。
「俺も走る」
無駄な会話は避けようと思い、走って学校へ向かう。
風を切り、髪を揺らし、地を鳴らす2人は学校に着く頃には汗だくになっていた。体育館には全校生徒が学年ごとに整列し出席点検をしている最中で、ギリギリ遅刻にはならなかった。
「お腹痛いです」
そう先生に申告すると、体育館端に行くよう指示をされた。端まで行くと橘の姿が。
「え、相原......? まさか......」
仮病するのは冗談だと思っていたらしく、不意を突かれたようで唖然とした。
「今日、朝からお腹痛いんだよだから仕方ないよね」
お腹を押さえてあるはずもない痛みを主張しながら笑った。
「たしかに。それなら仕方ないね。じゃあ、私の話相手になってくれない? 丁度暇を持て余していたところだし」
「もちろんいいよ」
彼女の隣にパイプ椅子を持ってきて座り、心を落ち着けて話の内容を考える。これは仲良くなるチャンスだ。絶対に失敗するわけにはいかない。
「何でこの高校入ったの?」
その質問に対して橘は少し抵抗するような顔を見せた。変な質問をしてしまったかな? と不安と共に汗が溢れ、瞳が硬直する。
「親が厳しくて。この学校以外認めてくれなかったから」
しかし、それは気のせいだったようで、普通に答えてくれた。
「そっか、いろいろ大変そうだね。俺なんて家が近いからここにしたんだけどさ」
この後もクラスや部活、趣味などのいろいろな話をした。そうして彼女のことを一つ一つ知る度に、自分と似ているなと思うのだ。
彼女の家は厳しく、何もかも親に決められる。そして、自分の意見も価値観も全て否定される。彼女はそういう家庭環境に辟易していて、自分で決めることのできない人生を無意味に感じているそうだ。
これが運命ってやつなのか? とまで思ってしまう始末であった。昼食を共に食べ、午後も話した。思いのほか話題が尽きることはなかった。
橘の希望になりたい。俺の希望が橘であるように。お互いに支え合っていきたい。橘がいる限り絶望することはないだろうから。
この時間が永遠に続けばな......なんて思ってみたが、その願いも儚く散ってゆき、球技大会はあっという間に終わり、世界はオレンジ色に飲み込まれた。
暗くなっていく空に不安を感じた竜人は橘を駅まで送った。少しでも長く一緒にいたいという理由もあったが。
またねと言い合って手を振った。彼女の背中が視界から完全に消えるまで動けなかった。彼女が曲がり角を曲がると、疲れがどっと溢れてきた。
友達になれただろうかと、心配になる。考えれば考えるほど辛い。今度会ったらすぐに挨拶を交わそうと決心した。おそらく、そんなことをしなくても話しかけていただろうけど。絶対に、この恋を成功させる。そう意気込んだ。
未来を見るなんてできない。神様ですら未来を知ることはできない。