再度
もう終わったと思っていました?
「あえ・・・ついてくるんですか?」
あ、羽ノ上五ノ井です。どうも。
これから再び異世界に行こうとしています。でも、今はまだ我が家の玄関です。そんでオキニーのショルダーバックを肩にかけて、靴を履いたところです。もうあと玄関を出るだけ、飛び出すだけ、という状態です。エルフに会いに異世界に行くのです。あと、小説家になろうwikiに名前が載りたいから異世界に行くのです。
で、
「当たり前だろう?一人で行こうと思ってたのか?」
現在、私の家に居候している畑仕事フェチの勇者さんも、今回の異世界探訪についてくるつもりみたいなんです。
それで今、少し揉めている感じのところです。
ええ。
いや、胸じゃなくて。
尻でもなくて。
協議が、お互いの協議が!
揉めています。
島はどっちのものなんだ?どうしたら領土を返してもらえるのか?基地はどうするんだ?原発はどうするんだ?残業の過労死とかどうすればいいんだ!地震とかどうしたらいいんだ!異世界に行きたいって言ってんだ!行ってもいいから俺も連れて行け!何でだよ!
っていう感じで、揉めています。
「え?まあ・・・」
そうですけど?私は一人で行こうと思っていました。異世界。エルフ・・・エロフに会いに。だって理由が・・・。
「お前・・・一人でそんな所に行って何かあったらどうするつもりだ!」
勇者さんはなんか、そんな感じのいかにも真人間みたいな事をおっしゃいました。そうして私の返事も待たずにいそいそと靴を履き始めました。もう既に止めても聞かない感じでした。止めたら逆ギレされる感じでした。いくら元勇者とは言っても、現在は県営畑で日々、鍬や鋤などの農耕具を無双OROCHI2くらい振り回ている勇者さんに逆ギレされて、こないだアマゾンで買ったばかりの包丁を振り回されても困るので、とりあえず黙っていましたが、でも内心私は『この真人間風情があ』って思ったりしました。あと『お前は私の父親かよ?』とも思いました。
「何があるって言うんですか?」
私は単に異世界に行って、お耳が二等辺三角形みたいな形になっているエルフに会いたいだけなんですけど、そんでちょっと、エルフのお耳をちょっと・・・させていただきたいだけなんですけど、何があるって言うんですか?
「お前は何も知らないでエルフに会いにいくってのか?いいか?奴らは早々会えるものじゃないんだ。エルフは滅多に姿を現さないんだぞ」
勇者さんは、靴の紐を結びながら、仮にも家長である私に対して、そういう非難じみた声を上げました。一昔前、江戸明治大正とかだったら蔵に閉じ込められる発言です。こいつは、とんでもない奴です。昭和だったら押入れの冒険になる可能性大です。
「えー、でもスマブラにいるし・・・」
うん。リンクとゼルダいるからさ。現代人にとってエルフというのはそこまで難しい、なかなか会えない、ツチノコみたいな認識の存在じゃありませんから。だから行きゃあ会えんじゃね?パチスロみたいに回せばそのうち当たるんじゃね?
「ゲームだろそれ!」
「これだって創作物じゃん!」
おっふ!私の創作者ならではの発言うわーい!ケレン味いえーい!メタ発言やふー!
んで、
この様な感じで揉めています。玄関先で揉めています。
「・・・」
っていうか・・・勇者さんさあ・・・。
「お前、靴履くのおせーなっ!」
「やっかましいっ!」
「・・・とうっ!」
私は玄関に座って靴を履いている、靴流通センターで買ってあげた靴を履くのに、なんかしらねえけどすげえ手こずっている勇者さんの首に、自分の右手を手刀にして振り下ろしました。
「でっ!・・・おい、なにすんだ!」
勇者さんは一瞬黙って、それから怒った声を上げました。
「いや・・・もしかしたら気絶するかと思って・・・」
「お前・・・頭おかしいのか!」
こういう時って普通気絶するんじゃねえの?普通は?うぐっ!ってなって気絶するでしょう?これだから勇者は困るんだよなあ。私は思いました。あと、なかなかうまく行かないもんだなー。とも思いました。
「ところで異世界探訪期間中、畑はいいんですか?」
異世界に向かう道中、ふと思って勇者さんに聞いてみると、
「まあ明日は、雨らしいからとりあえず」
とのことで、私は心の中で『そうか次は雨じゃない日に行こう』と思いました。あとそれを愛用のメモ帳にメモしました。で、更にその下に赤線を二重で引きました。アンダーバーを。
「ところで今、何処に向かっているんだ?」
「とりあえず郵便局ですね」
本当は勇者さんに鍵を預けるつもりだったのですが、勇者さんも行くって言うし異世界。だから最初と同じく郵便局の私書箱にこっそり入れて、それで異世界に行こうと思っておる次第です。この勇者の野郎がさ。ついて来るって言って聞かねーもんでよ。強情で。強情糞野郎で。
「ふーん」
気の無い返事だなおい!
そう思って振り返ると、私の後ろをぴったりとゾーンプレスのようにマークしている勇者さんは、街々を、ただぼんやりと眺めていました。
「・・・」
最初の頃は、街に出ると毎回毎回、田舎ものみたいにきょろきょろとしていた勇者さんもこちらに来てから二ヶ月も経つと、すっかり普通の感じになってしまい、今ではもう、街に出ても電車に乗っても新宿御苑で外国の人に出会ってもきょろきょろしたり、おろおろしたりしなくなっていました。PASMOだって改札のところにピッ!って出来ますし、御苑で券を買うのだって平気です。それに今では私のタブレットとかを持ち出して画面をスワイプしていたりしますし、たまにdTVやらdアニメストアやらアマゾンプライムやらで映画とかも観ています。
私のドコモIDとか私のアマゾンPASSとかを入れてさ!←ここ重要。私の月500円とか、私の年間3900円とかでさ!←超重要。
これで最初に得た不労所得が無かったら私だって、このニート!金稼げこの野郎!体売れ!内蔵売れ!とかって言ったと思いますが、とりあえず畑をやっているし、まあいいかと思っている感じです。それに履歴書とかどうやって書かせるって言うんですか?学歴も職歴も書きよう無いでしょう?趣味だけは畑仕事とか、映画鑑賞とかって書けるかもしれないけど・・・。
「ところで勇者さんは、冒険していた時、エルフに出会った事は無いんですか?」
「無いな」
勇者さんはこちらを向いて即答しました。
「え?無いんですか?」
「無いよ。だってエルフってそういうものだろう?エルフって言うのは姿を現さない」
マジで?そんなにいないもの?えー、でも、ロードオブザリングとかに出てたよ?エルフ。
「エルフですよ?エルフ。勇者さんなんか勘違いしてたりしませんか?世界を冒険してたんだったら、エルフの一人や二人見たでしょう?」
エルフに秘薬とか貰った事無い訳?剣を作ってもらったりとかさ。仲間にいなかったの?『ending』の回のスタッフロールでエルフいなかったっけ?
・・・いねえ・・・。
「簡単に会えたら、エルフって名乗る意味がまったく無いだろう。会えない。少なくとも簡単には会えない。だからエルフなんだ」
おいお前、私の夢を壊すつもりか?ドリームブレイカーなのかきさんは。わざわざ異世界からこっちに来て私の前に立ちはだかる役目の奴か?
「あとさ、エルフってお前がPIXIVで見てたあのいやらしい体つきの耳がとんがっている金髪の奴だろ?森に住んでるとかって奴だろ?」
「な、何で知ってんだ!」
何こいつ、何、なんだ?何したんだ?何してくれてんだ!何、暴露してくれてんだ!公衆の面前でええ!
「お前のクロームの履歴見りゃ分かるさ」
「お前ええ!」
異世界から来た勇者が、クロームとか、グーグルクロームとかって言うんじゃない!っていうか適合してんじゃねえ!適合してもいいんだけど、でも、そこまで適合してんじゃない!そもそも他人の履歴とか見てんじゃねえ!
私は、勇者さんを車道に押し出そうとしました。
「な、なんだお前、俺を殺す気か!」
しかし勇者さんの足腰はカッチカチで、とても私ごときの細腕では殺す事は出来無そうでした。お酒に砒素とかエタノールとか混ぜるしかなさそうでした。
同棲ってこういう事なの?
同棲ってこういう事だよ。
私はその時、改めてそう思いました。
同棲とは、パソコンの履歴を消したり、ちゃんとログアウトする事と心得たり。
「ところで、エルフって本当に森に住んでいるんですかね?」
「・・・俺もまあ見たことは無いが、そうだったと思う。俺の居た世界で見た文献には、そういう事が書いてあったような気がする・・・」
ウィキにもそうやって書いてますよ。あ、なろうウィキじゃなくて、ただのウィキね。それじゃあ、私がピクシブで見てた森の中で行われているいやらしい狂乱の宴ってあれも、あながち間違いでもねえんだな。
「あと森にはエルフ以外に、モンスターとかもいるもんなんですかね?」
「そらまあ・・・」
勇者さんは腕を組んで上を向いて、考えていました。
「いますか?」
「いるだろう。獣チックなやつとか、鳥系とか、あとは・・・オークとかいるかもしれないし、オーガとかもいるんじゃないか?」
「モルボルとかは?」
リボンとか買ったほうがいいんですかね?
「・・・モルボルってなんだよ?」
あ、さすがに勇者さんとは言えども、それはまあわかんねえか。そりゃそうだよな。むしろ分かったらびっくりするわ。
「・・・」
「なんだよモルボルってなんだよ!おい、なんだそれ?おっかねえ!名前がおっかねえよ!なんだそれ!ニヤニヤ笑ってないで説明しろよ!モルボルってなんだよ!」
「あ」
私はふと、その時、どうして勇者さんが異世界について行くって言って聞かないのか?その理由かも知れない事に思い当たりました。
「勇者さん、貴方が私の異世界探訪についてきてくれるって言うのは、そういうモンスター関係で私が危ない目にあうかもしれないから、それでわざわざついて来てくれるという事なんですかね?」
「あ?・・・」
そうなの?
「私のためですか?」
「ま、まあ・・・そうだろう。っていうか、そうなっちゃうだろ!お前が死んだら俺はこの世界で一人どうすりゃいいんだよ!」
あ、そうなんだ。へーそうなんだー。今まで全然気がつかなかったそれ。
「うひひ・・・」
なんだろうこれ、今NTRとかされたら、それなりにヌける感じになるんじゃないのかな?
「何だ、気持ち悪いぞ」
勇者さんは上半身を若干後ろにのけぞらせながら、まるでホラー映画で、怖いのが角から出てくるのを予感して目を細めるみたいにしました。
「キスしてあげましょうか?」
そこはもちろん外でしたけど、屋外でしたけど、脇の車道を車とかバンバン走っていたし、子供とか、子連れとかの歩行者もいたし、学生連中の自転車も走っていたし、完全なる公衆の面前でしたけど、でも、私は勇者さんにそう言って、両手を広げました。鷲みたいに。
キミキスの二見さんみたいに公衆の面前で、キスしてあげましょうか?
「いらん」
勇者さんは左を見て言いました。そこは駐車場で、なぜか子供の群れがおり、皆、DSから一旦目を放してこちらを見ていました。
「あー、そうですよねー、キスしたら子供出来ちゃいますもんねー」
私もその子供達を見ながら、言いました。
「キスしたくらいで子供は出来ねえよ」
一人の子供がそう言いました。
「・・・そうだ、そういえば昔、俺一度だけエルフ見たことあるわ」
勇者さんは私ではなく、前を見てそう言いました。
「どこで見たんですか?」
私も勇者さんを見ないで前を見たまま、聞き返しました。
「・・・娼館にいた」
「デーモンの?」
「デーモンじゃねえよ」
「しょうかん?どういう字?」
脳内で、しょうかんという文字が、召喚以外の漢字になりません。
「だから・・・お前の世界で言うと・・・えっと・・・」
勇者さんも私も前を見たまま、お互いに見合うことなく会話を続けていました。
「風俗」
「ああ、娼館かあ!」
「・・・」
「・・・」
私達の前方には見渡す限り木々が乱立しており、そこには濃厚な自然の匂いが立ち込めていました。新宿御苑の何倍もの草や木々、土の匂いです。
私達は異世界にいました。
「あ」
「どうした?」
私はカバンからオロナインを取り出し、とりあえず露出している腕とか顔とかに塗りました。
「私、子供の頃アトピーだったんですよお」
だから森はちょっとね。
それではこれから、エルフに会いに行きたいと思います。
私はもう終わったと思っていました。
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