寝た子を起こしたら火が付いたように泣くみたいな回(こらえ性のない親が殴ったり蹴ったりして虐待で逮捕されるレベルで)
石塔の最上階で、彼女は空を眺めていた。
いつも彼女はそこにある穴から空を眺めていた。彼女にはそれ以外にすることがなかった。
騒いだところで、どうせ殴られた叩かれたりという折檻を受ける。だから黙っていることが彼女にとって最善であった。最善で賢明であった。
動く時は機械的。
動かないとまた責め苦を与えられる。
だから動いた。
動けと言われたから動いた。
食べろと言われたから食べた。
それ以外なかった。
ずっとそうしてきた。
本当にずっとそうしてきた。
時間が止まったようにずっと。
ただ、
彼女の目は、彼女の思いは、彼女の感情は、その日少し違っていた。ほんの少し、いつもとは違っていた。
あの穴の前をなにか得体の知れないものが通った。
その時から、変わった。
何かがいつもとは違う。
「・・・」
彼女にすら、ずっと石室の中にいて自分が生かされている意味もわからない彼女にすら、そう思えた。
彼女はずっと見ていた空から視線を外し、自分の脇に置いたものを眺めた。
そこにあったのは『龍角散 のどすっきり飴 カシス&ブルーベリー 75g』。
それは先ほど穴の前を通った、通ったどころか何往復かした空飛ぶ飛行物体に紐でくくりつけてあったものだ。
「・・・」
もちろん彼女にはそれがなんなのかなんてわからない。
でも、彼女がそれを取るまで、空飛ぶ物体はそこにいた。
だから取った。
手を伸ばした。
顔を石壁に押し付けて、手を穴の外までいっぱいに伸ばして、片足は宙に浮かせて、必死で。限界まで伸ばした。
顔は半分位陥没するんじゃないかと思ったし、手はそれ以上伸ばしたら肩から取れるんじゃないかと思ったし、足は痙った。そうしてギリギリだったけど、本当にギリギリだったけどなんとか取れた。
何なんだろう?
今、彼女は石室のいつもの定位置に戻り、それを『龍角散 のどすっきり飴 カシス&ブルーベリー 75g』を手に取って眺めながら考えている。
いくら考えてもわからなかったけど、それでも考えた。
両手で掴んでみると、ガサガサと音がする。
つぶつぶの何かが入っている。
「・・・」
あの謎の飛行物体が穴の前を行ったり来たりしたとき、私は声を出した。
「あっ!?」
っていう声だった。
私はまだ、声を出すことが出来るんだ。
彼女は『龍角散 のどすっきり飴 カシス&ブルーベリー 75g』の袋を揉み続けた。
さっきからずっと揉み続けている。
「・・・」
石室の定位置に座り、空を眺める穴を前に、謎の飛行物体が置いていった龍角散を揉み続けながら、
彼女はずっと考えている。
すると突然、外が騒がしくなった。
様々な音に、騒音に彼女は反射的に立ち上がった。
普段そんなことはない。
一度もなかった。
初めてのことだ。
彼女は再び穴の前に行った。
外の状況がどうなっているのか、少しでも知りたいと思ったから。
その時、それまでで一番大きな声が聞こえた。
「すごーい!勇者さーん!御家人斬九郎みたーい!!」
アームスだ。
今、とんでもない状態になっている。
それとあと、俺は森の中を走っている。異世界の鬱蒼とした森の中を超ダッシュしている。理由は、
「捕まえろー!」
「逃がすなー!」
「追えー!」
「殺せー!」
エルフ群に追われているからだ。
で、
原因はもちろん、
「うわああー!パツキンのエルフ群に追われてるうう!矢が飛んできてるうう!さっきからビュンビュン飛んできてるうう!これはもうビュービュー系だあ!ビュービュー系っていうことでいいですかあ!ピクシブのR-18のタグのお!あのタグっていうことでえ!いいですかあ!いいですかあ勇者しゃん!」
これ、
ゴノイだ。
噛んでんぞ。
「ゆうひゃひゃあーん!」
だから噛んでるって!
「お前が追われるようなことを言ったんだろ!」
異世界でエルフ群に、せっかく出会った大量のエルフ群に追われるような事をお前が言ったんだろ!
「はああ!?言ってねーし!私、あの塔にいるのは誰ですか?って言っただけだし!純粋な興味からだし!それってとても純粋だし!純白高潔だし!高潔の証だし!そういう感情からだし!私穢れなき眼で純粋な興味で言ったし!目えキラキラしていたし!キラッキラだったし!きらきら星だったし!きらきらアフロだったし!星屑のディスタンスだったし!」
「うるせえ!半笑いだったろ!お前え!」
半笑いの、ヘラヘラした感じで、緊張感の欠片もない、半分溶けたような顔つきで、アホ顔で、
「あの石の塔の中にいるのは誰ですか?」
とかってええ!
そしたらエルフ群が矢とか放ってきたんだろうが!
「でも、でもでも純粋だったし!そういう純粋な興味がなかったら、研究者とかあんな面倒な事とか研究しないし!研究者が面倒な研究しなかったら、世の中にこれほど便利なものはできてないし、美味しいものとかだって食べれてないし!病気の原因も解明されないし!ノーベル賞とか取れないし!」
「それで死んだら意味ねえ!」
「意味は・・・それはわかんないけど、でもこの生き様によって、誰か他の人の生き様を変えることができて、それでその人が後任になって、夢を叶えてくれるかも知れないし!」
「どこにいんだ!」
この異世界に!
異世界だぞ、おい!ここは異世界だぞ!エルフ群に殺されかけているこの状況の中に!そんなやついるか!
「でも日本語しゃべっているし!」
「はあ!?」
「あのエルフの老い枯れだって勇者さんだって日本語しゃべっているし!だからもしかしたら」
「バカじゃねえの!同じ言葉喋ってたって、殺す殺されるってあるだろが!」
「それはあるね。うん。あるある。毎日ヤフーニュースとかに載るね」
「大体お前の夢なんて知らねえよ!」
「エルフに会うことと・・・エルフの耳と・・・あと、なろうwikiに名前載ることだ!あと楽に暮らすこと」
「死ぬぞ!今死ぬ!もうすぐ死ぬ」
ほんとに。死ぬよ。矢が飛んできてるよ。お前が言ったとおり、これはビュービュー系だよわかったよ。とにかく飛んできている。
だから今、夢云々じゃない。それは今じゃない。今なわけねえ。
「しっかし、エルフって野蛮ですねえ。もっとレディースエンジェントルメーンな感じかとおもったけどなあ・・・リンクとゼルダみたいな・・・」
「うるさい馬鹿野郎!お前緊張感!緊張感は!?走ってないんだからせめて緊張感は失うなよお前!」
ちなみに信じられないことだが、俺は今、ゴノイをおんぶして走っている。つまりゴノイは走ってない。だからゴノイは元気だ。とても元気。長いセリフ言いたい放題。思案し放題。食べたい放題飲みたい放題みたいな感じだよ。バーミヤン火鍋、全部セット100分食べたい放題飲みたい放題みたいな感じ。
そもそも、ゴノイが去り際に炎上発言をしてエルフ群の目の色が変わった瞬間、
「ライドオン!」
っていって、ゴノイがおぶさってきた。それから間髪入れずに、
「行けえ!ヤックル!ダッシュ!」
「ヤックルじゃねえ!」
ヤックルってなんだよ。っていうかまずなんにせよ、ヤックルじゃねえよ俺は。20万トン何してんだこの野郎!
とにかく俺達はそうしてその場から逃げ出した。俺たちは、っていうか、まあ主に俺が、俺の足が逃げてる。
そしてその後ろからはエルフ群が大挙して追ってくる。
矢とかも飛んでくる。
バンバン飛んでくる。
だからとにかく逃げている。
それなのに、
「ジュラシックパークでTレックスからジープで逃げた時もこんな気持ちだったのかな?」
「知らねえ!」
ゴノイはそんな事しか言わない。放り投げてやりたい。
あと、俺的にはこれが一番重要なんだけど、俺は今、心が痛んでいる。とても痛んでいる。エルフ群に対してゴノイに性欲の権化みたいな紹介をされた傷がまだ癒えていない。全く癒えない。癒えるわけがない。いやむしろ癒えない。一生癒えない。一生涯俺は癒えないだろう。そんなもん癒えてたまるか。
俺が勇者として頑張っていた時も、もしかしてそう見られていたのかもしれないって思ったら、もう無理だ。メンタルがもう。何のために命をかけていたんだか。何のためにあんなに頑張っていたんだか。何のために魔王を倒したんだか。
「ヤックル、ヤックル前!」
ゴノイの声がした。耳元で。大きな声。怒号。鼓膜が破けるんじゃないかと思った。
気が付くと、少し先の地面が途切れていた。え?崖?マジで?
「ジュラシックパークであったこういうシーン!ジープをTに落とされるシーン!」
流石にゴノイも叫んでいた。
「うるさい20万トン!」
「ひゃひゃひゃーん!ひゃーひゃあひゃああーん!!?死ぬ!落ちたら死ぬ!!死んじゃう!吐いちゃう!ゲボ吐いちゃう!だってジープの男の子吐いちゃったもん!字幕で言ってた!字幕でそう書いてた!戸田奈津子先生がそう書いてた!」
しかしもう止まらない。だから俺はゴノイをライドオンしたまま、その崖から飛んだ。
「ぱあああああああ!」
ゴノイは耳元で叫んでいる。あと、それに加えて、
パシャ!パシャ!
っていう音が連発している。
ゴノイが携帯で写真を撮る音だ。
俺はその時、ふと思った。
絶対にゴノイより先には死ぬまい。
一秒でもいい。
できたら十分から一時間。
でもとにかくゴノイよりも先には死ぬまい。
絶対に先に死にたくない。
もしも死ぬなら、こいつの死を確認して、それから死にたい。
って。
そう思った。俺は心からそう思った。
元いた世界で、そんなことを考えた事はない。なんだったら誰よりも先に死にたかった。勇者じゃないとばれるのが怖かった。
仲間内でも俺が一番最初に死ねば、俺が勇者じゃないという事実はもう俺には関係なくなる。だって死んだんだから。死んだら終わり。死んだらもうどうなったって関係ない。死んでごめんなさいだ。嘘ついてましたけどでも死んだので許してくださいだ。それに仲間だって俺が死んだだけだったら立て直しは楽だったはずだ。本当の勇者を探せばいい。何よりの恐怖は、俺が、勇者だと思われていた俺が最後まで生き残ってしまう事。仲間が俺のことを勇者だと思って、信じたまま自分の命を投げ出しても助けようとする事。そうして最後まで生き残って、その結果自分が勇者じゃないとばれる事。
そうなる、いつかそうなるんじゃないかと、そう思っていた。
その想像は恐怖だった。
恐ろしい量の恐怖だった。
あとさ、
「吐いちゃうう!吐いちゃううう!」
ゴノイが吐いちゃうんだって。
知らねえな。
それから、
ジュラシックパークであったんだってこういうの。
知らねえ。
「エンドオブキングダムのおおおお!ジェイコブス長官みたいになりませんにょうにいいいいいい!」
ゴノイはずっとなんか言ってる。叫んでいる。
でも俺が思うに、これはあのワームに弾き飛ばされた時と何が違うんだ?
あの時はお前、全く普通に、
「ご飯にしますか?」
とか言ってたじゃん。
何が違うんだ?
ゴノイの感覚がわからない。
「・・・」
しかしとにかく、とにかくこれが重要だ。
色々と問題はある。でもまず今、これが重要だ。
俺はゴノイより先に死ぬまい。
そう、決めた。
ゴノイの言っているジェイコブス長官っていうのがどんなものなのか、当然俺にはわからない。しかし、その口ぶりから察するに何かしらあるんだろう。こういうのが。
死ぬまい。
ゴノイは最悪死んでもいい。
でも俺はゴノイより先に死ぬまい。
俺はゴノイの死を確認してから死ぬぞ。
絶対に。
飛び出した崖の下から、強い上昇気流が吹き上がっている。
「カイル殿下あああああ!」
ゴノイは叫んでいる。
落ちている間も俺は背中に背負ったゴノイを掴んで離さなかった。勝手に人のことを性の化身みたいに紹介して、勝手に焚きつけて、勝手にライドオンして、俺が戦っている最中踊りにかまけ、ワームと戦っている時もドローンを飛ばし、勝手に異世界に行くとか言い出して、目的もはっきり言わない。あと、スタンガンも浴びせられた。
だから、
死ぬまい。
絶対に死ぬまい。
俺はゴノイを掴んで離さなかった。20万トンを掴んで離さなかった。
羽ノ上五ノ井です。
えっと、もうあれなんですけど。もうすぐ今回も終わりなんですけど、ちょっと言いたいことがあって、出てきました。まあ正直に申し上げますと、文字数を5000文字にするために出てきたんです。
ええ。
最後の微調整ですね。
ほら、ぐるナイであるでしょう?デザートでそういう部分調整するでしょう?
あれあれ。
んで、カイル殿下って言ったじゃないですか私。
あれは天は赤い河のほとりのカイル殿下です。で、カイル殿下って風を使文字数。