やじりのやは殺るの殺なんだってよ
「うわあ・・・」
羽ノ上五ノ井です。
私が石塔らしきところにドローンを飛ばしてから、
「何してんだ?」
って言って困惑顔の勇者さんが来て、それから更になんかたくさん来ました。
「なんだ、お前なにした?」
勇者さんはそう言って若干二日酔い顔のドローンを持った私を後ろにどけて、前に立ちました。優しさ!さりげない優しさこの野郎!
「・・・」
そこにたくさん出てきたのは、人型の何かでした。人型。とりあえず人型。布切れを着た人型で、髪の毛は総じて金髪で、何名かは弓とかを構えており、鼻が高くて、目は青くて、そんでお耳が・・・、
金髪に隠れているけど・・・でも、その髪のベールを突破してなんか皮膚みたいな色が外側に出てて・・・あれ耳かな・・・耳だな!耳が、
尖ってる!
尖っているんだ!お耳が尖っているんだ!
ホワイ?
それは・・・、
エルフだからだ!
「エルフだ!」
私は叫びました。エルフでした。それはエルフの群れでした。エルフが大挙して私たちの元に来たのでした。新橋あたりで選挙演説するんじゃねえんだからさ、そんな大挙してこなくてもいいのに。
「うるさいぞお前!」
ションテンの上がった私に勇者さんは言いました。どうやら勇者さんも若干テンパっているようでした。
「だってエルフだもの!」
だって私人間だもの。エルフを見たら、それはもう叫ばずにはいられない。だって人間だもの。
「黙ってろ!」
もしかしたら勇者さんもこれほどの群れをなしたエルフを見たことはないので、テンションが上がっているのかもしれません。
勇者さんはデーモンの・・・娼館でエルフを見たこと以外エルフなんて見たことない。エルフなんていねえって言ってたし、なんかドヤ顔で大口叩いていたし、だからあれだ。エルフ見てションテン上がってんでしょお!いるじゃねえかよ。わんさかいんじゃねえか。おい!おいお前え!この野郎!
エルフいっぱいいんじゃん!
そんな思いで、勇者さんの脇腹を肘でういいい!ってやっていると、
「ばか野郎!」
って、勇者さんの持っていた包丁の柄でガンってされ私はあぼ!って叫んでその場に倒れました。頭蓋骨が陥没するかと思いました。
いや、実際陥没したかもしれない。
「・・・」
エルフ群はその間もずっと、私達に弓を構えながら、その場に立って私たちから目を離さずに動きませんでした。なんでしょう?どうしたらいいんですかね?私、外交ってやったことないし、こういう時どうすればいいのかわからないんですけど・・・。
でも、とにかくエルフはいたよ。わんさかいた。群れでいた。いんじゃあーんって思った。うん。見れる見れるって言われて見れないより、見れないと思って見れたほうが、喜びが大きい。大きいな。今そういう感じですよ私。
アームスだ。
糞馬鹿野郎を黙らせてから、俺はエルフの群れに向き合った。ゴノイには分からないらしいが、そのエルフ群は明らかに殺気を放っていた。
まあ、弓とか構えてるからさ。普通は黙ってるもんだと思う。それなのに糞馬鹿野郎は、ふざけてくるからイラっとした。だから包丁の柄で小突くのも仕方ない。それはもう仕方ない。弓で射られた事がねえからそういういうことができるんだ。痛えんだよ。鏃刺さるの痛いんだから。本当痛いんだよ。やじりのやなんてもう殺るのやなんだよ。それに返しもついてんだからな。刺さったら抜けねんだよ。挙句ひでえ奴はそこに毒とか塗ってんだからな。どうすんだよそんなもんが飛んできたら。俺はいいかもしれねえけど、お前に刺さったらどうするんだよ。死んじゃうぞ!死んじゃうんだぞ!それが群れで来てんだぞ!たくさん飛んでくんぞ!
だから黙ってろよ今は!せめて真面目な顔をしとけよ!馬鹿野郎!その気色悪い半笑いの顔を引っ込めろ!
「・・・あなた方は、どちら様ですか?」
そんな中、エルフ群の中にいた長老みたいなのが、群れから一歩前に出て俺たちに向かって言った。
「うわあ!老い枯れだ!」
ゴノイはすごく失礼なことを叫んだ。俺はすかさず拳骨を見舞った。
「う痛い!」
もうコイツ本当に馬鹿なんじゃないの?
それは確かにさ、俺だって見た目が老い枯れだから奴が長老的なもんなんだろうとは思ったよ。思ったけど、それ言う?言わないでしょう?お前自分の世界でそういうこと人に言わないでしょう?なんで言えるの?見ず知らずの、会ったばっかの人・・・エルフにさ。言う普通?思っても言うなよ!
「・・・こんなところに人が来ること自体珍しいのですが、あなた方は一体・・・」
その老い・・・長老的なエルフは、ゴノイの発言を聞いたのか聞かなかったのか分からないが、とにかく尚も対話をしようとしてくれていた。感謝だった。うかうかしていたら矢が飛んでくる。
しかし、
「お、俺たちは・・・」
そこで、俺は止まった。
な、なんて言えばいいんだ、俺はここで。この世界で俺は自分の事をなんていう?
勇者ですっていうのか?
それはどうだ?
少なくとも俺はこの世界の勇者じゃない。それに勇者なんて名乗るのこと自体、なんだか頭がおかしい気がする。そもそも勇者って名乗ること自体、俺は好かなかった。性に合わなかった。
魔王のいる世界だったら、俺が元いた世界だったらそれでも我慢した。俺一人じゃなかった、仲間たちがいてくれたし、俺自身少なからず勇者としての勤めを果たそうとしていたから。
しかしこの世界はどうだ?魔王はいるのか?魔王の居ない世界で勇者なんて名乗ったら、それはおそらく相手の精神的な圧力となるに違いないだろう。魔王の居ない世界では勇者だって魔王と同じくらい邪魔な存在だろうから。面倒な存在だろうから。平和な世界には勇者なんて不要だし、求められてもいないだろうから。
「・・・」
旅人ですとでも名乗ったらいいのか。しかし俺は旅人の人生を知らない。商人の人生も知らない。ほかの誰の人生も俺にはわからない。自分を勇者だと信じられずにやってきた人生しか俺にはない。
いつだったか、ゴノイが言っていたことを思い出した。
『勇者としての過去がちらつかないっすか?』
っていうの。あれってこういう事か?そうなのか?
「この方は、勇者様です」
その時、後ろから声がして、それは当然の事ながらゴノイだった。
「・・・おい!」
俺は小声で奴を止めたものの、
「なんとこれが勇者様なんですよ!」
ゴノイは止まらなかった。そう言いながら俺に両手のひらを向けて、それを小刻みに振っていた(後でその意味を聞いたら、幼稚園のお遊戯会できらきら星をやった時の手、と言われて、全く意味がわからなかった)。
「・・・勇者・・・様ですか?」
老い・・・長老的なエルフは驚いたような顔をした。俺だって驚いた顔をしていただろう。
「いやあ、そうなんですよお」
ゴノイの言葉には全く真実味がない。それに軽いし。まあ、重かったら重いで、それも嘘くさいけども。
「勇者様がなんのためにこんなところへ?」
「ここに薬草を取りに来たんですよ」
「はあ?」
つい俺はそういう反応をした。いやだって聞いてないし。打ち合わせとかもしてないし。ゴノイがあまりにもつつがなく、間も開けずにいうからさ。そしたら間髪入れずに後ろからゴノイに膝蹴りされた。
「薬草ですか・・・」
老い枯れも若干の困惑を見せている。そらそうだ。しかしゴノイは止まらない。
「勇者様が訪れたある街で、こちらの方に大変貴重な薬草があると伺いました。黄金に光る薬草です。それは失った命を復活させるほどの薬草だと。ただ嘘か本当かはわからないとのことでした。でも、もし本当なら勇者様が旅をする上でそれは重要だと、そんなものがあるなら是非手に入れたいと、そう思い、こちらに来たんです」
なあ、どこで考えたのそれ?言ってよ。先に。
「なるほど、そうですか、そうでしたか・・・」
老い枯れは納得したようで、周りのエルフ群に向かって手を上げた。
すると周りのエルフ群は俺達に向けていた矢を下ろした。
「わざわざこんな人里離れた所まで来ていただいて、大変申し訳ないのですが、その噂はデマでしたな」
老い枯れはそう言って、微妙な顔をした。神妙を保つような、安心したような、でも、なんというか、そういう顔だ。
俺の経験上その顔する奴は・・・俺が元いた世界では・・・、
「ところで、あなたは勇者様とどのような関係で?お仲間ですかな?」
それは老い枯れからゴノイに向けられた言葉だった。
「こ、こいつは・・・」
俺は反射的にそう言ったが、しかしまた固まった。俺以上に、自分のこと以上に、ゴノイは、コイツのことはなんて言えばいいのかわからなかったからだ。
異世界から来たんです。
っていうわけにはいかんだろう。
「私は・・・」
ゴノイは口を開いた。こいつのことだから、異世界からきたんでーす♫とか言いそうで、言ってしまいそうでドキドキした。
が、
「私はこの勇者様の奴隷ですね」
「うわあ!」
なに?なんて!?
「ど、奴隷ですか・・・」
老い枯れはあまりのことに半笑いだった。周りのエルフ群もざわざわしだした。
「ええ、しかも性の奴隷ですね。ほら、これは多分常識なんですけど勇者様ともなると、その、なんというか性欲もすごいわけですよ」
なになに、なんの話?やめて、ちょっとお前、この野郎。説明!説明しろ!
「はあ、なるほど・・・」
老い枯れに限らず、そこにいたエルフ群の表情は引き攣って固まっていた。
「だから私みたいのがいないと、もうそこらへんの方々に手を出しまくって大変なんです。それに勇者だしね。腕っ節も強いし、世界を救うためだし、命かけてるし、なんともならないわけですよ。そんでまた・・・そっちの技も・・・それはもう・・・筆舌に尽くしがたいわけです。だから私がいなかったら、エルフの方々も危ないと思いますよ」
「それはそれは・・・」
老い枯れがそう言うと、エルフ群の中の見目麗しい方々が、ちょっと後ろに引いた。
「ただまあ、ここには薬草を探しに来たのですが、それがないとなれば、もうここにいる必要もないですし、帰りましょうか勇者様」
「あ・・・ああ」
なんか背骨が取られたようなそんな気持ち俺、今。
「ここにいると、私がいても尚エルフの方々にも手を出してしまうかもしれませんもんね?」
なにその笑顔?でも、
「え、あ、う」
もはや母音しか声にならない俺。
「どうも、お疲れした」
それからゴノイがエルフ群に向き直り、深々と頭を下げた。それを見て俺も頭を下げた。ゴノイが下げたから、俺も下げたみたいなもんだ。頭が働かないんだもう。
「今から、帰れますか?」
老い枯れは一応みたいな感じで、そういった。しかしその言葉には早く帰って欲しい感がにじみ出ていた。
「大丈夫です。来れたんだから帰れます」
「そうですか、薬草のことは残念でしたな」
殊勝なことをいうものだ。さすが老い枯れだ。
「いえいえ、元々噂で、イチかバチかみたいなもんでしたから、それよりも突然来て警戒させてしまって申し訳ないです」
「ここに来るものは滅多にいませんからね、いやいや、こちらも勇者様に大変失礼なことを」
「いいんですよ、勇者っつったって毎回毎回どこぞかしこぞ顔パスだなんて思われても困りますからねえ。たまには分からせてやらないと。はっはっは!」
楽しそうだなお前。俺のイメージをぶっ壊して楽しそうだな。
「それじゃあ、勇者様、帰りましょう」
ゴノイに手を引かれ、俺たちは元来た道を・・・、
「ところで、先ほど飛んでいたものは一体なんなのですか?」
老い枯れが、そんな俺達の背に声をかけた。
「あ、あれは勇者様の魔法です、勇者様ともなれば、それはもう色々な魔法を使えるんですよ」
お前のドローンじゃねえか。ゾンアマで買ったやつだろ。っていうか、お前今も手に持ってるし。
「なるほどそうですか。分かりました。さすが勇者様だ。いや、お引き止めしてしまって申し訳ない。我々も及ばずながら勇者様のよりいっそうの活躍と、世界の平和を願っております」
「ありがとうございます」
「・・・」
どうして老い枯れは、そんなものを気にしたんだろう?俺がそう思った時、
「ところで、エルフの方々も日本語でしゃべるんですね」
とゴノイが言った。
「はい?」
老い枯れは、不思議そうな顔をした。
「あと、耳はそれ、三角定規かなにかですか?」
「なんですか?」
「それから」
ゴノイの次の言葉で、俺も皆もまた一気に緊張状態に戻された。
「あの石の塔の中にいるのは誰ですか?」