一泊
二ヶ月以上更新されていませんってならなくてよかった。本当によかった。
彼女はその時も空を眺めていた。
森の中に建っている石塔の最上階、そこに閉じ込められている彼女は部屋のある箇所に開いた穴から空を眺めていた。
「・・・」
彼女はただ空を眺めていた。
何を見るとも無く空を眺めていた。
それ以外にやることが無かった。
何を考えるとも無く空を眺めていた。
考えるべき事など無かった。
何を感じるとも無く空を眺めていた。
何も感じない。彼女は既に何も感じない。
彼女はただ、生きているだけであった。
もしも『生きている』という言葉の意味が、何かを為すために日々研鑽を積んでいる。あるいは、感情の起伏を体感しながら自身の身に訪れる困難を打ち負かして先に進んでいく。という様な意味であるなら、彼女は既に生きてすらいない。
彼女はただ息をして、時間を消費しているだけだった。
彼女の生活には変化という変化は存在しない。
彼女はただ待っていた。
終わるその時を待っていた。
彼女の人生というのは、彼女にとって見れば、もう終わってもいいものであった。
いずれ訪れるであろう終わりを待つ。
彼女はそれまでの時間で空を眺めているに過ぎなかった。
「・・・」
彼女は今日も見るとも無く空を眺めていた。
その日、その石室の穴から覗く空は曇天であった。
んで、
確か、その辺りです。
石室の彼女が今まで一度も見たことの無い何かがその穴を、穴の外の中空を横切ったのは。
「!?」
なんだろう今の?
彼女はそう思った。
しかし突然の事に驚いたは驚いたけど、それでも彼女は声を、驚いた声を出したりはしなかった。彼女の居るその部屋の外には常に監視が居るので、声を出したりしたら何事かと思って入ってこられる可能性があるし、場合によってはその際に何かしらの折檻を受ける可能性もあったから。
この辺、彼女は流石ですよね。
うん。
伊達じゃない。
しかし、
そんな石室監禁百戦錬磨の彼女でも、次に起こった事には声を上げた。
「あっ!?」
っていう声を上げた。
理由はその得体の知れない物体が、再び穴の所に戻ってきたからだ。
しかもただ戻ってきたどころか、その穴の前を行ったり来たりしだしたのだ。
まあ、そら流石の彼女も声を上げるでしょうね。
ただ幸運なことに、その時は声をあげても部屋の外に居るはずの監視は誰も入ってこなかった。それはもう本当に幸運だった。彼女にとっても私、羽ノ上五ノ井にとってもラッキーだった。その時石塔や、その周りに居た者達も皆、空を飛んでいる得体の知れないその物体に注目していた。
彼らは皆、自分達は見つからないように影に隠れて、空飛ぶ物体を見ていた。
鳥ではない。
虫でもない。
得体の知れないものが空を飛んでいる。
だからまあ、注目を集めるのは仕方ない。
ただ勿論そんな事一切知らない私は、
「なんか中にいる」
って飛ばしていたドローンを一端自分の元に戻してから、今度は、それに龍角散のブルーベリー味の飴の袋をくくりつけて、再び穴のところに飛ばした。
私にとって、穴の中に居る彼女が、彼女だけがドローンのカメラで確認できたから。
飴を持たせたドローンを再度飛ばしている途中で、
「お前さ、何してんの?」
って後ろから勇者さんに声をかけられたけど、でもとにかく龍角散の飴だけは、私のオキニーのブルーベリー味のその飴だけは、あの穴の中に届けようと思った。
友愛の証として。
はい以上、羽ノ上五ノ井でした。
アームスだ。
話はゴノイが石塔にドローンを飛ばした時間と、少し前後する。
俺達に襲い掛かってきたでっけえワームを殺してから、木の上にいるゴノイをおぶって地上に降りると、既に森の中は薄暗く、夕方になっていた。
「おい、今日どうするんだ?」
「ほあ?何がですか?」
「何がって・・・」
俺としてはゴノイに、夜営するのか?夜営するとして道具はあるのか?あるいは家に帰るのか?と、そういう事を聞いたつもりだった。ほあ?何がですか?じゃねえよ。何だその顔。何で何も考えてないの?
すると、ゴノイは自分の服についた葉っぱとか枝とか木の幹とかをパンパンと払ってから、
「ときに勇者さん」
と言って真面目な顔をした。まあ真面目な顔と言っても、ゴノイの真面目な顔は、まったくなんの意味も無いものだ。それはもう俺にだってわかる。ゴノイの真面目な顔は、ふざけていますというのと一緒だ。
「なんだ?」
「この辺、川とか無いんですかね?」
川?何で?っていうかさ、質問に答えて欲しいんだけど・・・家帰るの?帰らないの?どっちなの?もう暗くなるって。暗くなったら危ねえんじゃねえかってよ。お前の事を一応さ、心配してるんだよ?心配した上の発言だぞ?この森の中で一泊するのかって。ワーム出たろ?お前も見たでしょ?
「川で何するんだ?」
「え?だって手は洗わないといけないでしょう?」
「んん?」
何?手を洗う?
「いや、勇者さん、倒したあれを食べるんだからさ、手は洗わないと、あとうがいもしたいし・・・」
「・・・本当に?」
本当に食べる?あれを?ワームだよ?俺が倒したワーム食べるんですか?本当に?
「じゃあ、何のために倒したんですか!」
ゴノイは平然とした顔をして言った。
「ええー」
いやあ、怒るか?普通怒る?なんか怒ること言ったか?大体何でお前が怒れるの?っていうかワームを倒したのお前じゃないし、お前木の上に居ただけだし、それに木登りも出来なかったし、木から下ろしてやったのも俺だし、それなのに怒るの?普通怒る?
「ほら、勇者さん、勇者さんの超人的な感覚で水の音とか、魚の跳ねる音とか、そういうの聞こえないんですか!」
ゴノイの言っている事は分からないではなかったが、でもなんか、
なんだろう、
うまく説明出来ないんだけど、
「聞こえねえよ、ばーか!」
って言ってやりたくなった。あと実際言った。
「今、ばかって言った。ばかって言ったのかお前は!」
「ばーか、ばーか!お前ばーか!」
俺が元々居た世界では、俺は他者に対してそんな事を言ったことはない。だって考えても見てくれ。例え嘘でも勇者であった俺がそれを言うと、シャレにならなかったんだ。知らないが勇者とはつまりそういうものでもあったんだろう。今となってはそう理解している。まあでも敵には言ったかもしれない。でも少なくとも一緒に旅をしてくれた仲間達には言わなかった。命を懸けて一緒に戦った奴らなのだ。どの口が言える?
あと、途中訪れる町々で世話になる人達にも言わなかった。それに無茶なお願い等もなるべく聞いたつもりだ。洞窟にいって魔物を倒して欲しいって言われたら倒した。コレをあっちの町に届けて欲しいって言われたら届けた。この人を護衛して欲しいといわれたら護衛した。あの頃は疑わなかった。勇者というのはそういうものだろう。と思っていた。それにそもそも出来る事、それを出来る奴が限られている世界だった。だから無茶だと思ってもやったし、皆で協力して何とかやっていた。でも、
「お前ばーか!ばーかばーか!」
「謝れ!お前謝れこの野郎!この畑フェチ!畑野郎!」
今、俺はあの時言えなかった事を、すごい言っている。
それもゴノイ一人に対して、だ。
元の世界で、もっとそれを言ってやりたかった奴はいた。勇者をなんだと思ってるんだ?と言いたい奴はたくさんいた。こっちは世界を平和にしようと命をかけて旅をしているんだぞ。と。今にして思えば、どいつもこいつも無茶苦茶な事を言っていたように思う。自分達の利益のために俺達を使っていたように感じる。それに比べるとゴノイなんてたいした事ない。そこまで無茶でも無い。異世界の森の中とはいえ、水源を探すというのは別段おかしいことでは無い気がする。
それにゴノイには世話になってるし、家にも住ませて貰っているし、畑とか出来るし、映画とかも観れてるし、そもそも俺が、魔王を倒せたのはゴノイのおかげだろう。まあ、それはゴノイには絶対に言わないけど。腹立つから。
でも、今、
「ばーか!お前ばーか!」
「畑!この性癖畑が!」
すごい低レベルな感じで揉めている。
異世界の森の中、何が出てくるかも分からないのに、そんな中ですごい揉めてる。あほみたいに揉めてる。
「脳みそ無いのかお前!」
「おしっこまっ黄色、まっ黄色勇者!」
でもまあ・・・いいよな。ゴノイだもんな。仕方ないよ。言ってもいいよな。だってゴノイだもん。
それにさ、
信じられないんだけど、
今、すごい気持いいんだよ。
なんだろうな?
言うのも、言われるのもすごい気持ちいいんだよ。
なんでか分からないけど、でもそうなんだ。
やばいよな。やばいよ、絶対に。もしかして俺、もうかなり毒されているのかもしれないってすごい不安になるな・・・。
その時だった。
「あ!」
「うお!」
ゴノイが大きな声を出した。そして不覚にも俺もそれに連動して声を上げてしまった。
「しっ、勇者さん静かに」
それからすぐにゴノイは人差し指を口に当てて、少し屈む様な体勢になった。
「な、なんだよ急に・・・」
何?何?どうした?何、説明して。
「・・・水の音した!」
ゴノイは大きな声で叫ぶと、森の中のある方角を指差した。
「・・・」
マジでか?俺には何も聞こえなかったけど。
「はい、あっち!行きましょう!勇者さん先頭で、はい、行きましょう。水、多分水。確認しないと!」
そうしてゴノイは急に一心不乱に走り出したりとか、周りが見えなくなる感じになって一人でいってしまうとか、そういうありがちな事も無く、その方角を指差したまま、俺の事を見た。
「・・・」
「早く!」
「本当かよ?」
「お?何か?私のクラーク博士状態をまだ見たいのか?」
「いやまずクラーク博士って誰だよ?」
「ウルトラアルゼンチンバックブリーカーする人ですよ」
「いや、誰?」
わかんねえ。結局わかんねえ。
ゴノイの言った方角を進むと、そこには確かに川が存在した。
「うわあー」
ゴノイはその川を見つけた瞬間後ろで叫び声を上げた為、俺は危うく川に落ちそうになった。
「うるさいぞ!」
「川だよ、だって川!」
なぜだかとても興奮している。
「でも、お前さ、これ一応異世界の川だぞ?大丈夫なのか?」
俺がそういう事を気にするのはなんか違和感があるが、でもまあ一応。
「大丈夫です。私は大丈夫です」
「何で?」
「ほら、これ」
ゴノイはそう言うと鞄をごそごそとして、
「コレがあるから」
「なんだそれ?」
「正露丸。ラッパのマークの正露丸です。コレがあれば大丈夫。コレがあれば大体の事は大丈夫」
と言って、ドヤ顔をした。
イラつく。
「昔、歯が痛い時にコレを歯に埋め込んでその場を凌いでいたんです。で、その後、彼は我が家の常備薬に格上げしました」
「ふ、ふーん」
分からないけど、一つも、何も、まったく分からないけど、まあそうなんだ。
その後、その川で手を洗い、ゴノイがうがいをしていた時、
「あぼ!」
と、また奇声を上げた。
「なんだ?」
「勇者さん、あれ、なんすか・・・」
「あ?」
ゴノイの指差した方向に、何か建っていた。森の中にはあまりに不自然な、それは石の塊、空に伸びる石の・・・、
「塔・・・かな」
「エルフ!?あそこエルフいる!?」
ああ、そうだった。俺はその時思い出した。エルフを探しに来たんだよな。ああ、なんだろ、忘れてた。すっかり忘れていた。なんもかんも忘れてた。
その後もゴノイは川で、うがいを繰り返し、靴を脱いで足まで洗い、そして
「じゃあ、一端、ワームのところに帰りましょう」
と、言った。
「え?あれは?」
「あれは、明日にします。とにかく今はワームです」
「ああ、そう」
そうなの?何をおいてもエルフじゃないんだ。
「あと、この川の水は冷たくて大変にすばらしいので、ペットボトルに入れましょう」
と、ゴノイは鞄から今度は、空のペットボトルを出した。
空のペットボトル2本に水をいっぱいに入れて、俺達は一端ワームの元に帰った。
そして蚊取り線香を焚き、焚き火も起こし、俺が倒したワームの肉を肴にして、俺達二人はそこで一夜を過ごす事になった。
ゴノイはワームを一口食べて、
「生レバーだコレえ!」
と言った。
その後すぐに、奴はごま油と塩を鞄から出した。
更にウイスキーとグラスも二つも出した。
それから俺を見て、
「飲みましょう」
そう言った。
俺達二人は異世界の森の中で、ウイスキーを飲んだ。
ゴノイは、
「生レバーだ、これどう考えても生レバーだ!」
と、連呼している。
俺も食べた。
そこまで美味しいとは思わなかったが、まあ、奴は喜んでいるみたいだし、とりあえず、よしとしようと思う。
正露丸って素敵ですよね。クールですよね。
5,000文字