まだ浮かんでこない君の体
次に彼女に会ったのは、海で彼女と話してから(一方的にこちらが話しかけたにすぎないが一週間くらい経ったときだった。彼女は学校の屋上にいた。やはり彼女は黒いヘッドフォンをつけて、膝を抱えて座っていた。屋上は初夏の日差しに照らされて暑いが、彼女は猫のようにうまく日陰を見つけていた。
屋上で彼女を見つけたのは本当に偶然だった。俺は授業をさぼって昼寝でもしようと、人がいなさそうな場所を探して屋上に来てみたら、彼女がいたということだ。
「わっ」
彼女もさすがに不意を突かれたのか、驚いて後ずさりをした。
「ごめん、人がいるとは思わなかった」
彼女は俺の顔をじっと見て、「ちょっと前に海で見た……」と自信なさげに言った。
「覚えててくれたんだね」
「あそこにいた私に、”風邪ひかないように気をつけて”って言ってくれたのは、初めてだったからです。だいたいは変な言葉をかけられたりして、気分悪い思いをするので。海の底にいるみたいな息苦しい感じになるんです」
彼女は無表情で淡々と言った。長いまつげがまばたきで揺れる。
「そ、そうかあ。うれしいなあ」
「ふふっ。面白い人ですね、先輩」
彼女は少しだけ口角を上げて笑った。いつも無表情な彼女が不器用に笑うと、自分の心の中がざわめいて、何とも言えない感情がわいてくる。限りなくよこしまな考えに近い。
「じゃあ、私は少し寝ます。おやすみなさい」
彼女は、ゆっくりと床に横になり、母親の胎内にいる赤ん坊のように丸まって目を閉じた。俺はただ無防備な彼女の寝姿を眺めている。眠り姫のような、おとぎ話の世界に出てくる登場人物のような、少し現実離れした雰囲気を醸し出している。
無防備な彼女をこれ以上眺めているのは悪い気がして、俺は着ていたカーディガンを脱いで彼女の体にかけた。そして急いで屋上を出て、階段を駆け下りた。
彼女は純粋な無防備なのか、無防備を装って誘っているのか。もしも後者だとしたら、姉が気を付けるよう言っていた”小悪魔な女”なのだろうか。
でも、彼女はそんな小細工はできないと信じたい。
屋上を出た後、教室に戻るわけにもいかず、涼しそうな場所をさまよって時間をつぶした。




