キラキラ石と双子妖精アニーとサニー
大きな森の、大きな木の、ぽっかりと空いた穴の中。
双子のちいさな妖精アニーとサニーは今日も喧嘩中。
「大切なドングリを捨てるだなんて!
食べたならまだしも、捨てるだなんて!」
壁に頭を打ち付けながら泣き声をあげたのがアニー。
トンボよりも透明で輝く6枚の羽根と、くるりと巻き込み自在なリスの尾っぽが自慢。
「何度も何度も言いましたよアニー。
虫が湧くから寝床の下にはいれないで下さいって」
枕を抱いたまま、瞼を閉じたまま答えたのがサニー。
くるくる巻き毛の髪ははタンポポの綿毛よりもフワッフワ。
羽根は秋色・枯葉色。
尻尾は先だけ白いキツネ柄。
自慢はしないけど、季節感によって変化は大事と思ってる。
「アニー、そもそもドングリを集めてどうするつもりだったのですか」
「聞いてくれてありがとう私の大切なサニー。あのね、森のクマさんが冬眠から覚めた後にお腹を空かせてはいけないと思って」
「あなたに所有権はありませんよアニー。世の中はまだ秋です。
熊は普通に寝ているだけです」
「あらでも今朝はとても冷えたわ」
「その無駄にでかい尻尾を自分巻いたらどうですか。寝床で私を尻尾で巻き込むの前に。おかげで私は汗だくです」
「あら、いいのよお礼なんて。ふふ」
お礼なんて言ってない。
つい先ほどまで泣いていたのに
アニーが尻尾を振って、しきりに照れているのは目を開けずともわかっている。
顔の近くでぶんっ!ぶんっ!と尻尾を振る風を感じるからだ。
毛が舞う。やめて欲しい。
「うふふ。サニーが秋だと言うなら今は秋なのね。あぁサニー大変よ!
お散歩に行かなくちゃ!秋の実りを収穫してしまくって!キノコを挟んで踊らなくちゃ!お祭りを開催しなくちゃだわ」
枕=尻尾を抱いたまま、サニーは枯葉色の羽根をモゾモゾと動かして自分をくるりと巻き込んだ。
「まぁ!まぁ!可愛くてよサニー!
ミノムシさんにそっくりだわ!」
少しだけチラリとはみ出した真白の綿毛がチャーミングよと大喜びのアニー。
枕=尻尾を抱きしめすぎて、先っぽの毛が鼻に突っ込んでしまい、かるく咳込むサニー。
サニーの改良に改良を加えた羽根はとても優秀で。
保温性にに優れ通気性がよく、
かつ防音効果がばっちりある、とても都合のいい出来だ。
嫌だけど。熊の巣へ謝りに行かなければいけませんね。
アニーのことだから、寝ている熊の周囲をドングリで囲むぐらいはもうやっているかもしれません。
サニーは十日前、リス夫妻に謝ったところなのに。
「子リスさんがね、頬袋にいっぱいの木の実をいれていたのよ!とっても可愛いかったわぁ!もちろん、サニーの方が可愛いけどね!」
三本隣の木に住むリス夫妻の子はもう巣穴から出るようになったのかと、
小さなリスが木の実を齧る姿を見てみたいなとサニーも思ったのだけど。
ガリガリガリッガリガリガリッ
「すみません!本当にすみません!」
巣の入り口いっぱいに、ぎっちぎちに詰められたクルミと、必至に掻き出そうとするリス夫妻。
サニーも手伝ってクルミを崩したのだが、夫妻から冷たい目を、子リスからは怯えた目を向けられてしまった。
森の妖精アニーとサニーは、
森の動物達からとっても冷めた目で見られている。
妖精のいる森は実り豊かな加護の森。
それは間違いない。
日々アニーとサニーが森の中をふわふわと舞うだけで、緑はいきいきと、獣達も健やかに育つのだから。
もっとも、健やかに育った動物達をイラっとさせているのも妖精なのだが。
自作の殻にいつまでも閉じこもっていられないと、サニーはため息ひとつ、ふたつ、みっつ目でようやく羽根をほぐして外に出た。
「お、ようやく姫さまが起きてくれたぞ」
「起きた起きた」
「すまんねぇ、邪魔してるよぉ」
「蛇さん、トカゲさん、蛙さん。どうしたんですか三人揃って。いや三人揃っていいのですか種族的に」
いつの間にかサニーの部屋には、
アニーの代わりに客が来ていたようだ。
「すみませんお茶も出さずにっ、あ、お菓子、お菓子ありますよ」
「いいからいいから。大丈夫だよ姫さん。途中で腹が空かないように、飯は食ってきたからさ」
蛇はそう言って首を持ち上げ、恐らく丸呑みした卵?を消化途中の腹を見せてくれた。
「それならよかった、のかな?」
なんだかわからないが、来客など滅多にないのでサニーはムズムズ、わくわくしている。
「十日ほど前から泉で見なかったからねぇ。また落ち込んでるんじゃないかって蛇の旦那と心配してたんだよぉ」
「トカゲもトカゲも」
「あぁそうだな。トカゲの坊主もだな」
のんびり癒し系の蛙さん。
話す度に口を開けて固まっちゃう可愛いトカゲさん。
いぶし銀な口調が格好いい蛇さん。
毛皮を持たない彼らはアニーの
「なんて可愛いの私の森のお友達!」
攻撃からの対象外。
大好きな大好きな狐一家にアニーが悪戯をして、怯えられてしまったサニー。
悲しみのあまり飛びこんだ泉の住人達だ。
もっとも、三匹とも魚と間違えて一度は丸呑みしかけたが。
「ありがとうございます。皆さんとお会いできて、本当に心が安らぎます」
三匹と妖精は、いつも泉のほとりでそうするように、お喋りを楽しんだ。
最近食べた美味しい虫。
南の木で美しい蜘蛛の巣が完成した。
熊が謎の失踪。
渡り鳥達が昨日の朝に川に到着した。
リス一家の新居は蛇が登りにくいよい場所だ。
サニーの涙を持ち帰った人間がいた。
アニーが勝手に托卵した卵が大きすぎて親鳥が巣から落ちた。
「ちょっと待って下さい。私の涙って何ですか?」
「泉で泣くサニー、泉で泣いたサニー」
「妖精の涙はねぇ、水に溶けないからねぇ、キラキラ光る石になるんだよぉ」
「小さい、小さい石」
ちいさな妖精の流す涙は、スミレの花の朝露よりも小さな雫だ。
とても人間が見つけられる大きさだとは思えない。
「妖精の涙は水に溶けないけどな、水の中では涙同士をくっつけることができるんだってさ」
「はぁ、初めて聞きました」
「うちの息子達がねぇ。発見してねぇ、オタマジャクシのいい運動になってたよぉ」
小さな小さな息子達は、キラキラ光る石を見つけてはくっつける遊びに夢中になっていたらしい。
しかし彼らはオタマジャクシから成長して蛙となるので、みんなで遊んでいるわけにもいかなくなった。
そこで、欲しいとおねだりしたのがトカゲらしい。
トカゲは、水の中で少しずつ大きくなるキラキラ光る石が好きだった。
バッタ4匹で取り引きは成立したらしい。
トカゲは、サニーに涙の石をあげるつもりだったのだ。
こんなに綺麗な石になったよと
教えてあげたかったのだ。
それが10日前の事。
けれどその頃、サニーはリス一家の引っ越し先を探すのに忙しくて、泉へ行く暇がなかった。
石は、トカゲが咥えて運ぶには少しだけ大きかった。
なので蛙に頼んで粘膜をつけてもらい、
身体にくっつけて、サニーの家まで運ぼうとした。
「鳥、盗った。鳥、盗った」
「ただでさえ光る石に、わしの粘膜をつけたから、空から見てもよく光ったんだろうねぇ」
「石違う妖精の石」
「あぁそうだねぇ。森の住人なら、
それが妖精のものだとすぐわかるのさぁ、鳥がねぇ、エサを横取りしたのならいいんだよ。トカゲだもの、自分が食べられないだけよかった話だけどね」
息子達も、トカゲがサニーにあげたいと言ったから協力してもう少しだけ大きくして、陸に運んだのだ。
トカゲは協力のお礼にバッタをあげた。
妖精の物は妖精の物。
けれどキラキラ光る石は、鳥が大好きな物だから、我慢できずに取り上げて巣に持ち帰ってしまった。
トカゲは鳥に叫んだ。
見せてあげて!サニーの涙は綺麗な石になったよと、持って帰ってもいいから!サニーに涙の石を見せてあげて!
無理矢理、背中にくっつけた石を剥ぎ取られ、鋭い爪で尻尾を傷つけられてしまったトカゲはしばらく動けなかった。
でもきっとサニーはあの石を見たはずだ。あの石は妖精の石だから、
鳥はサニーに見せるはず。
きっときっとよろこんで、
キラキラ綺麗ねとサニーが笑うのだ。
けれど、トカゲはサニーに会えなかった。
…サニーはこの十日間、アニーに振り回されっぱなしだった。
リス一家に始まって、うさぎと鹿にも謝って、ドングリから湧いた虫とも戦って。
大事な大事な友達が、サニーを想ってくれていたのに。
「アニーは、ひどい。大嫌いです。
アニーなんて」
悔しくて、悲しくて。
自分勝手で話を聞いてくれないアニー。
森の住人達に迷惑ばかりかけて、ちっとも反省してくれない。
悔しくて、悲しくて。サニーは唇を強く噛んだけど、涙だけは我慢した。
トカゲと蛙はそんなサニーを静かに見守り、何も言わなかった。
けれど蛇は、ここからは俺が話をしようと、しゅるりと舌で話し出した。
…空から見つけたキラキラ石は、
鳥の宝物にするつもりだったのだろう。
鳥はキラキラ光るものが好きだから、
他の鳥に自慢でもしたかったのか
いつもより高く飛んで、
いつもと違う森の端から帰ってきた。
小さな妖精のために、小さなトカゲが運ぼうとした、小さな石。
鳥でなければ見つけられなかっただろうその石を咥えて飛んだ空は雲ひとつなく、
それはそれは目立ったらしい。
猟師に見つかるほどに。
「巣の上であれだけ旋回すりゃな」
この森は妖精が守護する、妖精の森。
人間も知っているから、妖精の森で狩猟はしない。はずなのに。
光る石を咥えた鳥は、人間を誘い込んでしまった。
「トカゲには勝てても、猟師には負けたよ。あっさり巣は見つかって、矢で射られて番いも一緒に死んだよ。石は奴らの死体ごと猟師が持ち帰っちまった」
「なんて、なんてこと」
妖精の守護する森で、妖精の石を巡って
森の住人が人間に殺されてしまうだなんて。
巣には卵が三つ残っていたらしい。
温める親のいない卵は孵ることはできない。
「だから俺が食べたのさ」
しゅるり。
サニーは震えていた。怒りのあまりに震えていた。
自分に、アニーに怒っていた。
アニー!アニー!アニー!
許せない!アニーなんて大嫌いだ!
気がつくとサニーは叫んでいた。
アニーなんて大嫌い!
大嫌いだ!
「サニー、サニーや。アニーは光る石を知らないよぉ」
「でもっ、アニーが狐一家に悪戯しなければ私は泣きませんでした。
私が泣いたから石が出来て、
トカゲさんは怪我をして、森に猟師もっ、
アニーがいなければ!」
こんなに森の住人に嫌われることもなかった。
アニーのひどい悪戯に、必至に謝っても誰も許してくれなかった。
アニーとサニーは森の妖精なのに。
「俺、失敗した。俺、失敗した」
トカゲがおんおんと泣き出した。
失敗した。失敗したと繰り返し、
おんおん、おんおん泣いている。
「トカゲさん⁈どうして⁈」
トカゲがどうして泣くのだろう。
トカゲは頑張ったというのに、
サニーのために、頑張ってくれたのに。
「サニー、サニーやぁ。トカゲはな、
笑って欲しかったんだよ」
「それはもちろん、嬉しいです。トカゲさんがたくさん、たくさん頑張ってくれたのですよね」
「俺、失敗した。俺、失敗ぁ」
「いいえ、いいえ!私はトカゲさんが大好きですよ?お友達ですよ?」
サニーはトカゲを撫でて、抱きしめるが、
トカゲはいやいやと、クネクネと身体と尻尾をよじらせて泣くばかり。
「サニーはトカゲさんが大好きですよ、蛙さんも大好きですよ、蛇さんも大好きですよ」
何度も何度も繰り返すのに、
サニーの言葉は伝わらない。
何度も何度も繰り返したのに、
サニーの言葉はアニーに伝わらない。
「サニー、サニーやぁ。トカゲはサニーが大好きだよぉ、蛙も蛇も、大好きだよぉ。だけどなぁ、だけどサニーは楽しい時に、泉に来てくれないだろぅ?」
「………」
困ってしまった顔のまま、綿毛頭が蛙を見た。
そんな、そんなはずはない。
泉の住人達はいつも楽しくて、サニーは泉では楽しくて。
「蛙の言う通り、俺達はサニーが好きだよ。真面目で、頑張り屋で、可愛い森の妖精だ。サニーが俺たちを大切に想ってくれているのもわかってる。
でもな、サニー。
サニーは俺たちに会おうって時は、どんな気持ちの時だい?」
「え?」
「最初は狐一家だったな。次は?その次は?」
それは、それはっ、
困ってしまって、どうしようもなくて、誰かに話を聞いて欲しい時。
自分は悪くないのに、嫌われてしまって、悲しかった時。
腹が立って、上手く言葉にできなくて
でも、サニーは間違えてないよって
言って欲しかった時。
「俺や蛙のじぃさんは、長生きだからね、わかってるさ。
頼りにされている、自分はサニーの大切な相談相手だってわかってる。
だってサニーはちゃんと笑うだろ?
俺たちとのお喋りで、腹を抱えて笑うから、それでいいんだぞ。
って、坊主に言い気かせたんだけどなぁ」
「でもでも!サニー笑って帰っても、泉にくる時、笑ってない!」
蛙の舌がするりと伸びて、開きっぱなしのトカゲのアゴを閉じた。
「トカゲはなぁ、サニーに、笑いながら泉に来て欲しかったんだぁ。わしはちょっとそれは怖いと思うたがなぁ、
光る石を見れば、サニーはすぐに笑ってくれると考えたんだよなぁ」
光る石があれば、サニーは笑ってくれる。
困った事がなくても、きっと泉に来てくれる。
きっと僕らに、今日も石は綺麗だよって、教えてくれるんだ。
「トカゲ、トカゲの坊主やぁい、
サニーは今、悲しそうかぃ?」
トカゲはくるりと首を回して、サニーを見つめる。
「わからない。でも、笑ってくれた。
光る石は無かったけど、トカゲと、蛙と蛇が遊びに来たって笑ってたね?」
くるり。首を逆に回しす。
キラキラと光る石は何色だったのだろう。
トカゲと蛇と蛙は、妖精とは色の見え方が違うから、別々の色に見えたのかもしれない。
でもきっと、不思議そうにサニーを見つめるトカゲの瞳の方が綺麗に違いない。
「また、遊びに来てくれますか?」
ぱかっとトカゲの口が開き、桃色の舌が見えた。
「私も、遊びに行きますね」
うんうん!腕の中のトカゲは身体全体で頷き、喜んだ。
・
・
・
「今日は、ありがとうございました」
「構わん、構わん。邪魔したのぉ」
「ぁー、姫さん、あんまりアニーを怒ってやるなよ。まぁ気持ちがわからんでもないが。奴は筋金入りの…バカだからな」
「でもっ」
「森の奴らはわかってるんだろうけどなぁ、まぁ、あれだ。アニーがしでかした事を、お前が代わって謝るのはもうやめるんだな。お前、森の奴の前でも、そうやって眉間にシワ寄せてんだろ?たまには笑ってやれ」
「…そういえば、そうかもしれません」
「えぇ〜、嫌じゃぁ、サニーの笑顔は泉の愉快な仲間達だけが見るのじゃぁ」
「うるっさい!暴れるなハゲ!」
「ワシのはイボですぅ、ハゲって言うお前の方がハゲ〜!お前の母ちゃんヘソ無しぃ〜」
「やめて下さい。種族特性で罵り合うのはやめて下さい」
子どもであり、夜行性ではないトカゲが眠ってしまったので、
蛇が背負って帰ることになった。
蛇の上に眠ったトカゲが乗り、トカゲの上に蛙が乗って、蛇から落ちないように腹でトカゲを支えつつ、粘膜を使って手足を固定し、蛇にしがみついている。
何度もサニーが送りますよと申し出たが、大丈夫大丈夫。蛇に乗った蛙を襲う奴はいねぇよ、皆逃げると言われてしまうとそんな気がして、
結局、サニーは家の玄関で手を振るだけになった。
蛙を乗せた蛇が、その身をうねらせながら大木をほぼ垂直に降りてゆくさまはなかなか見応えがあった。
・
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・
部屋に1人、ぽつりと残ったサニーは自分の尻尾を抱きしめてベッドに座った。
私は、私は。
私は、森の妖精だから。だから、何をしただろう。
自分を受け入れてくれた泉の友達に、
つらい、悲しいと愚痴ばかり。
優しい友達は、サニーが喜ぶようなお話しをいつもしてくれたのに。
自分から、楽しい出来事を報告しないせいで、ちいさなトカゲに心配をかけてしまった。
…アニー。
迷惑をかけてばかりのアニー。
サニーが謝る原因のアニー。
けれど、森の出来事を教えてくれるのもアニーだ。
毎日森を飛び周り、可愛かったもの、美味しかった果実、大好きな、毛皮を持った獣たちの話。
いつもご機嫌で楽しそうに笑うアニー。
いつも困って謝ってばかりのサニー。
ふと、トカゲから石を奪った鳥を思い出した。
猟師に見つかり、殺されてしまった番いの鳥。
巣にあった3つの卵のうち、ひとつは蛇が食べたという。残りの2つは、いまどうしているだろう。
・
・
・
・
夕暮れ時の森の中、コウモリ達に聞いて鳥の巣まで案内をしてもらったサニーは、
奇妙な光景を目にすることになる。
「ザマァ!ザマミロ!サニーに怒られてやんのー!」
「うるさいわね!サニーは可愛くて優しくて最高なのよ!」
木の上、枝を組んだ鳥の巣からドングリを投げるアニー。
負けじとドングリを投げ返しているのは、熊。
やいのやいのと囃し立てている狐。
せっせと熊にドングリを運ぶリス。
「おや、どうしました?お探しの巣はあれですよ」
案内役のコウモリが、ドングリ合戦には触れずに「あの下手くそな巣ですよー」とサニーと並んで飛んでいる。
「いや、だって、あれ」
戸惑うサニーに気づかない森の毛皮達は、びしばしびしばし、ドングリを投げ合う。
「アニーはサニーに嫌われた!やぁいやぁいザマミロアニー!」
「森の端まで聞こえたぞ!大嫌いよアニー!」
「うるさいわね!腹を下したまま冬眠しやがれ不潔熊!」
「腐った木の実を夜な夜な投げてたのはやっぱりお前か!」
振りかぶって投球されたクルミを、アニーの羽根がスパンッと横真っ二つに割って弾く。
木の下では、リスやウサギの子ども達が割れて食べやすくなった木の実をカリカリと一心不乱に食べながら
おいしいねー。ねー。と楽しそう。
「知らなかったです。アニーが、あんなに森のみんなと仲が良いだなんて」
「めちゃくちゃ仲は悪いですよ。まぁ全部アニーが悪いんですがね。朝から晩まで獣の住処でサニーはいかに可愛いか、いかに羽根と尾っぽが可憐かノロケ話をするもんだから、羽根連中と尾っぽ連中といつもあんな調子ですよ」
めまいがした。
「私のサニーが森で1番よ!」
「うちの息子が1番だ!」
「俺様の毛皮だろうが!」
よく見れば、木々の枝では鳥達がズラリと並び、勝敗を賭けて賑わっている。
「今年の親バカ会場はこちらでしたか」
「おや渡り鳥の旦那、間に合いましたね」
「今年もアニーが勝ちですか?なにしろ熊はコントロールが悪いから」
「心理戦をけしかけているようですがね、アニーには通じてないですな」
アニーと熊の後ろには、それぞれにブドウの房が括りつけられており、
ドングリはお互いにぶつけているわけではなく、ブドウの粒を狙って、全て落とした方が勝ち。
何をやっているんだ何を。
「ふぉっふぉっ、とうとうサニーに見つかってもうたか」
「フクロウさん!」
「アニー、ザマァ」
「フクロウさん⁇」
森の賢者のまさかのザマァ発言に、サニーは目を丸くした。
「おぅおぅ、サニー。蛇から聞いたぞ」
「何がなんだか」
「最初に言っておくがな、お主を嫌っておるものはおらんよ。
お主は動物達が冷たいと嘆いていたそうだが、ありゃチラ見して照れとるだけじゃ。お前は可愛いからのぅ。
嫌われてるのはアニーだけじゃよ」
「そんなっ、」
「もちろん心底嫌ってはおらん。ウザいがな。仲良き喧嘩相手だよ。ウザいがな。」
遠くを見渡せるフクロウは、ドングリ合戦から目を背けて遠い目をしている。
「サニーは優しい子だから、鳥のことを悲しむかもしれんと、蛙も言うとった」
だがなぁ、サニー。
間違えたのは鳥なんだ。
妖精のいる森は実り豊かな加護の森。
妖精の物を奪った鳥は加護からは外れてしまう。それを奴は知っていたはずだと。
「でも、そもそも、私が泣かなければ」
「石でなくとも、お主の羽根が光っていたら、奴はちぎっていただろうよ。
いけない事と知っていて。守るべき巣があってもな」
「……」
「ほぅほぅ、決着がついたようじゃな」
勝者っ、アニィィィ!
アニーすげえ!アニーうぜえ!
「勝ったわ!勝ったのよサニー!」
サニー可愛い!アニーうぜえ!
「ほら、勝利の踊りが始まるよ。行っておいで」
「え、でも」
「よいから、よいから」
フクロウはサニーの尻尾をひょいと咥えると、
勝利の踊りを舞いだしたアニーへと投げた。
「きゃぁぁぁぁ!」
「さ、サニー⁈」
突然投げつけられた茶色の固まりを、アニーは自慢の尻尾をびよーんと伸ばして空中でキャッチ、そして巻きこんで自分の腕にがっしりホールドした。
(サニーだ、サニーが来た)(綿毛頭かっわいぃ)(ふさふさの尻尾だわ)
(アニーの奴め、焦ってる焦ってる)
「ササササッサニー!あのっあのっ」
「……離して下さい」
「っ、は、はい」
(…やっぱり嫌われたんだな)(アニー泣くんじゃないか)(騙されるな。奴は変態だ。冷たいサニーに悶えてるだけだ)
両手と膝を地面につけてうな垂れるアニーからそっと離れ、
サニーは森の仲間たちが囲んだ輪の中を進んだ。
謝ってばかりで、遠くから見つめるだけで、ちゃんとしたお話しをしたことはなかった。
あぁ、あぁでも、サニーはトカゲと約束したのだ。泉に遊びに行くよって。
楽しいお話しをしに行くよって。
サニーは、力一杯、笑った。
「…み、皆さん、こ、こんばんは。
あのっ。私、皆さんとお友達になりたいです……い、一緒に踊ってもいいですか⁈」
泉のほとり。お気に入りの岩の上。
クゥクゥと心地良く眠っていたトカゲは、地面の震えに飛び起きた。
「地震だ!地震だ!」
慌てて岩の上をくるくる走り回るトカゲに、蛙がゆったりと答える。
「地震じゃないよぅ」
「え?え?」
確かに震えているが、揺れてはいない。まるで獣の集団が遠くで走り回っているようだ。
「でもでも!獣達が吠えてるよ!鳥達が鳴いてるよ!」
泉から遠い森の奥で、たくさんの獣達が騒いでいる。
「そうさな。でも地震じゃないぜ」
蛇がとぐろからゆったりと頭を持ち上げ、しゅるりと笑う。
「何だろうね。何だろうね」
「さてね。明日サニーに聞くがいいさ」
「来てくれるかな、…サニー」
ぽつり。夜空に向かって呼びかけたトカゲの瞳は月の光を浴びて
キラキラ、キラキラ光っていた。
・
・
・
・
・
「ただいま私たちの愛の巣!あぁサニー私の可愛いサニー!踊る姿もとっても素敵だったわ!」
家に帰ってもアニーの興奮は収まらず、ひらひらと羽根で浮き、ふりふりと尻尾を回していた。
「あの綿毛コール!わ・た・げ!わ・た・げ!おーほほほほっ!
さすが私のサニーだわ!あいつらの蕩けた目といったら!まさに眼福!
いつも盗み見しかしない尻尾どもめ参ったかっ……って、いう、あー」
サニーを抱きしめようとしたアニーの両腕は、そっと降ろされた。
ついさっきまで、にこにこと微笑んでいたサニーは、両眼を閉じ、姿勢正しく座っている。
羽根を閉じ、尻尾も巻き、アニーもちょこんとその場に座った。
これは、ものすごく、ものすごくサニーが怒った時の定位置である。
泣いてすがって甘えてねだっても、
サニーは固く両眼を閉じてアニーを見てくれなくなる。
1番良いのは、ちゃんと謝ることなのだけど、心当たりがありすぎて、どれのことだかわからない。
「……アニー、」
「あ、あのね!とても素敵なものがあるのよ!ほらっ、これ!」
「アニー、話があります」
「とても綺麗なの、ほら、目を開けて?キラキラ光る石なのよ!」
石?
思わずパチリと開いた瞳にうつったのは、キラキラ光る石を差し出した、笑顔のアニー。
「黙っていてごめんなさい。今日ね、猟師からもらったの。…森に猟師をいれてしまうなんて、妖精失格よね、ごめんなさい」
「…今日?…もらったって?」
アニーはサニーの手の中に、光る石を落とした。
「猟師はね、隣の山で飛んでいた鳥を追って、森へ入ってしまったの。
とても大きな鳥を番いで手に入れて、
猟師は喜んでお家に帰ったそうよ。
とても珍しい鳥だから、羽根はよい値で売れるだろうし、肉は子ども達も喜ぶって」
そして奥さんに、光る石を渡したそうだ。飾り物ひとつ贈ったことがなかったので、きっと喜んでくれるだろうと。
「でもね、奥さんに怒られちゃったって。これは妖精の石だから妖精に返さなくてはいけないって。
そこで初めて妖精の森で鳥を射ってしまったことに気づいたって」
手の中でほんのりと光る石を黙って見つめるサニーに、アニーはまた謝った。
「何もせずに帰らしてはいけなかったかもしれないけど、でも、とっても、たくさん謝ってた、から」
サニーは、アニーの自慢の羽根6枚のうち、2枚無くなっていることに気づいていた。
きっと、奥さんへの贈り物として、石と交換したのだろう。
「どうして、あの鳥の巣に?」
「巣?あぁ、まだ心音がした卵は、
知り合いの鳥が育てたいって言うから渡してあげたの。残りのうち、ひとつは蛇に、もうひとつは熊公にあげたわ。持って運べないし、あいつは木登りが下手くそだから
上から口に落としたの」
それがどうかした?
きょとんと不思議そうなアニーは、
やっと目を合わせてくれたサニーに
とっておきの笑顔で、
とっておきの提案をした。
「あのね!この石を見て、とても素敵なことを思いついたの!
ほら、あなたのお友達、トカゲさんに贈るのはどうかしら?
あの子は毛皮はないけれど、虹色のとても綺麗な尻尾をしているもの。
きっとキラキラ石を、好きになってくれるわ」
「ふふふっ、素敵ですね」
「あぁサニー!あなたの笑顔が1番素敵よ!…そろそろ足を崩してもいい?」
「ふふふ。駄目ですよ」
「あんっ!その笑顔も素敵、なんだけど、
しびれがっ」
「ふふふ。駄目ですよ」
「あぁ、サニー、サニー………
明日は森の泉にお出かけだ。
森の双子妖精アニーとサニーが揃って現れたら、
きっとみんなびっくりするに違いない。
そして、小さな友達は、キラキラ石を見て、とびっきり驚いて、
そして、みんなで笑うのだ。
・・・・・おわり・・・・