表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集 【三題話】

【三題話】のら猫・福引・三者面談 『のらみみ』

作者: 秋乃 透歌

 『のら猫、福引、三者面談』

 この三つのキーワードからどんな物語ができるのか、ご自分で想像してから、本編をお楽しみください。


【予告】

 学園祭恒例の超「福引」の引換券を巡り、年末の宝くじ以上の予算がつぎ込まれた豪華賞品の獲得のため、第三次学園大戦が勃発する。解決に乗り出した生徒会メンバーである僕は、しかし、それどころではなかった。

 今年の4月からずっと先延ばしにしてきた問題――それは、担任がどっからどう見てもただの「のら猫」だということだ。

 来る「三者面談」の日――クレーマーの母親と猫担任が顔を合わせ、そして後に学園大戦最大の武力衝突と言われる、しょうもない戦いが繰り広げられる。


 『のら猫、福引、三者面談』、お楽しみに。


(この予告は、……まあ、いつもどおりです)

 田中武美たなかたけみの三者面談は、実のところ二者面談だった。



「やれやれ、無駄に疲れた」

 制服のブレザーに、学校指定の靴と鞄。高校の校舎を出ると、5月の風を感じる。

 さわやかな風が、さらりと彼の前髪を揺らす。

 同じクラスの女子達から『二年の中で二番目にイケメン』などと言われる整った顔立ち。ため息一つ吐いて前を見る、その眼差しは確かにキリリとしていて、『イケメン』と称されるのに相応しいかもしれない。

「あ、武美先輩」

 声に武美が振り返ると、そこにいたのは知り合いの女子生徒だった。特に部活が同じとか、委員会が同じという訳ではない――二人の関係を端的に表すとすれば、同じ高校の先輩後輩といったところだ。

 ただし、彼女の方は、それなりに有名人である。

樫木かしき。何か用か?」

 樫木みかん、というのがその女子生徒のフルネームだった。

 まず目が行くのは、その長い黒髪。緩い三つ編みにしてまとめているのに、その状態でスカートの裾よりも髪が長いのだから、かなりの長さになるはずである。

 どこかふわふわした、平和そうな表情を浮かべている。

 この高校が位置するA県樫木市は、その中央に有名な神社――樫木神社を有しており、この樫木みかんこそ、その神社の一人娘なのである。

 高校の制服姿と同じくらいの頻度で、巫女服で歩き回っているので、高校内で知らない生徒はいないくらいの有名人となってしまっている。

 ちなみに今は、武美と同じく制服姿だ。もちろん、彼女の方はスカートなのだが。

「特に用はありません。でも、武美先輩は顔が良いから、見かけたらつい話しかけたくなっちゃうんですよ」

 みかんはそう言って、笑顔を見せる。

「そいつはどうも」

 武美としては、顔立ちのせいで苦労もしている訳で、素直に喜べないところではある。まあ、この樫木みかんに関しては、言い寄ってくる訳ではないことは分かっているので、肩をすくめて見せるにとどめる。

「そう言えば。先輩の学年は、そろそろ三者面談でしたよね」

 何気ない会話のチョイスとしては、タイムリーだ。

「今日だったよ。まあ、俺の場合は、三者面談じゃなくて二者面談だったけどな」

「? ああ、そう言えば、先輩のご両親はお仕事で海外でしたっけ」

「そろってイタリアだ。で、仕方がないから、担任相手に一人で三者面談だ。親相手の報告事項とか連絡事項も直接俺が聞かなきゃいけないからな。仕方ないとは言え、無駄に疲れたよ」

「なるほど」

 ふむふむ、とみかんは頷いて見せる。

「先輩、一人暮らしは寂しくないですか?」

 その問いに、武美はきょとんと後輩の顔を見た。

「そんなこと、思ったこともなかった。一人で気楽だし、うるさい両親もいない。これほど自由なこともないだろ」

「ふーん、そんなものですか」

 みかんは、そう言って頷く。そして、唐突に何かを閃いたように、にんまりと笑う。武美に向かって、右手を差し出して見せた。

「では、そんな先輩にこれを差し上げます」

 反射的に手を出して、渡されたものを受け取る。それは一枚の紙片だった。

「何だこりゃ? ……福引券?」

「はい。うちの神社で、お祭りがあるんです。先輩も、ぜひ福引をお楽しみください」



   ◆ ◆ ◆



「特別賞、大当たりー!」

 係りのおっさんが、がらんがらんと手持ちの鐘を鳴らす。その音の唐突さに、武美はびくり、と肩を震わせた。



 もらった物を無駄にするのも悪いしと、武美は学校帰りにそのまま樫木神社に足を運んだ。

 そして、人の多さに驚いた。武美が前に樫木神社を訪れたのは初詣の時で、その時も人は多かったのだが、厳かな雰囲気がない分、賑わって見えた。

 福引の順番待ちの列に並びながらも、一回しか回せない福引に大した期待はしない。ティッシュでも洗剤でも良いが、自転車とかテレビとか当っても困るなぁと思う。どうやら、ここ数か月の一人暮らしで、所帯じみた考えが身についてしまったらしい。そう思って、一人苦笑する。

 それが、がらがら回してころんと出た途端、である。

 特別賞、当り?

「そんなことってあるのかよ……?」

 半ば茫然としながら、それでも武美は商品一覧が書かれた紙を見る。

 五等がポケットティッシュ、四等が台所用洗剤、三等が洗濯用品詰め合わせで、二等が折り畳み自転車。そして、一等が薄型ハイビジョンテレビ、極めつけが『特賞』のハワイ旅行二名様である。

「ん?」

 特賞? 特別賞じゃなくて?

 しかし、確かに係りのおっさんは、特別賞って――。

「はい、特別賞」

 手渡されたのは、中身の薄そうな茶色い封筒だった。

「おお!」

 つまり、言い間違い。この封筒は、どう考えてもハワイ旅行二名様。

 急に訪れた幸運に戸惑いながらも、顔がにやけてくるのを止められず、しばらく封筒を持って、人でにぎわう神社の境内を歩く。

 ふと思い立って、その封筒の中身を取り出してみることにした。しかし、予想に反して入っていたのは、かわいらしい便箋だった。

 広げてみると、そこには女子高生が書いたような妙に丸い筆跡の文字でこう書かれていた。



『のらねことはなしができます』



「…………なんだこりゃ?」

 ハワイ旅行はどこへ行った。

 さっきの係りのおっさんに説明を求めようと、振り返って一歩足を進めたその時。

「おい、踏んだぞ」

 低い押し殺した声がして、武美は思わず飛び上がった。

「す、すみません! ちょっと考え事をしてい――」

 反射的に頭を下げかけて、そこで気づく。

 たまたま人通りが途絶えたタイミングだったのか、至近距離には、誰もいない。

「あ、れ?」

 確かに声が聞こえたはずだが。

「聞こえないのか? 踏んでいる、と言っている」

 武美は踏み出した自分の右足を見下ろした。

 確かに、彼の右足は、それを踏んでしまっている。

 しかし、それは――。

「足をどけろ、人間」

 猫の、しっぽ。

 どこかふてぶてしい顔立ちの、灰色の猫につながっている。



 武美は、その時大声を出さなかった自分を褒めてやりたいと、後々冷静になってからではあるが、そう思ったのだった。



   ◆ ◆ ◆



 樫木市では、不思議なことが起こるんです。

 そんな風に言っていたのは誰だったか、雑談中のクラスメイトの女子生徒だった気もするし、時々妙に意味ありげなことを言う樫木みかんだった気もする。

 何はともあれ、その『不思議なこと』の真っ最中にいる武美としては、冷静な判断が求められる。

「遅かったな。待ちくたびれたぞ」

 ふてぶてしい顔の野良猫が言う。

 こいつと初めて顔を合わせてから『そろそろ3週間が過ぎようとしている』6月の雨の日。校舎を出て帰途に着こうとした武美を待っていたのは、つまり、そんな野良猫の声だった訳だ。

「人の高校の校門先で、何をしてるんだ?」

「雨宿りに決まっているだろ」

「まさか、俺を待っていたのか?」

「馬鹿を言うな。待っていたのはむしろ、お前が手にしている傘の方だ。雨に打たれずに移動できるなら、それに越したことはない」

 すっかり普通に、猫と会話してしまっている。

 まわりに誰もいなくて良かった。

 とにかく、冷静な判断が必要だったはずだ。

 武美は、どうやらあの時から、野良猫と話ができるようになってしまったらしい。正確には、この野良猫限定で声が聞こえるのだ。他の猫に関しては、飼い猫野良猫どちらも、「にゃー」としか聞こえない。

 状況の整理はともかく。

 よく考えるまでもなく、例の福引の特別賞が怪しいわけで――何しろ『のらねことはなしができます』である――福引係りのおっさんに聞いてみるとか、どう考えても無関係ではない樫木みかんを問いただすとか、色々できることがあるはずだ。……あったはずだ。

 しかし、実際に武美にできたことと言えば、現実逃避気味にその事を意識から締め出しつつ、気づくと彼の周りに出没するようになったふてぶてしい野良猫と会話を交わして、結果として友好を深めることだけだった。

 冷静な判断と対処が必要だったタイミングはとっくの昔に過ぎ去ってしまい、今あるのはずるずると野良猫と話せる現実を受け入れてしまっていることへの、軽い自己嫌悪だけだった。

「……何をやってるんだろう、俺」

「雨の中、頭を抱えていても仕方ないだろ。ほら、帰らないのか」

 ちゃっかり、傘の中に入って来る。ずうずうしい猫である。

「まあ、雨だしな。仕方ないな」

 武美が歩き出すと、器用にその歩みに合わせて野良猫も歩き始める。

 大通りを一本外れた川沿いの道。人通りが少なくて楽なので武美はこの道を通学路にしているが、野良猫と雑談しながら歩くにはうってつけだった。

「やれやれ」

 ため息を一つ。

 どうも話ができるせいか、この野良猫とは妙に馴れ馴れしい関係になってしまっている。窓の外から声をかけられて家に上げ、牛乳をやったこともある。買い物に出かける途中で、友人とするような言葉の応酬を楽しむともなく楽しみ、物のついでと煮干しを買ってやったりもした。

 つまるところ、こんな野良猫でも、話し相手がいるというのは良いものだ、と言ったところか。

 ふと思いついたことがあったので、武美はもののついでとばかりに聞いてみる。

「おい、野良猫。お前名前はなんて言うんだ?」

「名前などない。そんなものを持つのは飼い猫だけだ」

 そうかよ。

 武美は憮然と口をつむぐ。

 生意気な猫である。

 灰色のあんまりきれいじゃない毛並に包まれた、若干太り気味の体をのっそりと揺らして隣を歩いている。

 もっとかわいい、見ているだけで癒されるような、愛くるしい猫なら良いのに。語尾に「にゃん」とか付けて喋れば良いのに。

「お前は……武美とか言ったな。お前くらいの年齢の人間には珍しいが、あの家に一人なのか?」

 唐突に、野良猫が聞いてくる。もののついでに聞いてみた、というやつだろう。

「そうだよ。両親は海外なんだ」

「それは寂しいな」

「な……」

 思わず足元の野良猫をまじまじと見てしまう。

「親猫と離れなければいけないというのは、存外に寂しいものだ」

「お前……何、分かったようなこと――」

 その時。

 何かにピクリと反応したように野良猫が足を止めた。

「? おい? どうした?」

「今の――聞こえなかったか?」

 言われて、耳を澄ます。雨は土砂降りと言わないまでも激しく降っていて、大抵の物音は雨音にかき消されてしまう。

 そうでなくても、雨で増水した川の音が、ごうごうと音を立てている。

 何の音もしない。

 いや――。

「いかん!」

 そう叫んで野良猫が走り出す。のっそりした体のどこにそんな俊敏さを隠していたのかと、目を疑うような速さだ。ほぼ同時に、武美の目はそれを捕えていた。

 増水した川の上流から、段ボール箱が流されてくる。その蓋から顔をのぞかせた、仔猫――。

「この先には、落差が――」

 滝がある。

 いや、滝と言うのは大げさなのだが、街中を走る河川なので当然舗装されており、ところどころで流れに落差が設けられているのだ。沈みかけの段ボール箱など、流れに飲み込まれてしまう。

 それに思い至った時、武美は川沿いの道を走り出していた。邪魔だったので、傘もそのまま手放す。

 とっ、と肩に重みを感じると、走り戻ってきた灰色の野良猫が武美の肩に着地していた。

「武美、オレをあの箱まで投げろ」

「は?」

 あまりと言えばあまりな提案に、川と並走しながらも武美は声を上げてしまう。

「オレはあそこまで跳べない。だが、人ならばオレくらいの重さのものを投げるのは造作もなかろう。オレが仔猫を助け出す」

「で、できるかよ!」

 もしも手元が狂ったら、野良猫は濁流に真っ逆さまである。そうでなくても、仔猫をくわえてこの川を泳ぎ切れるのか? こいつは、この野良猫は無事に戻れるのか?

「ちっ。止むを得んな」

 その声を残して、野良猫が肩から飛び降りる。

「オレは、あの箱までたどり着く。お前は、下流に走って、オレを回収する方法を考えろ」

 その言葉を言い終わるや否や、野良猫は上流に走る。そして、橋の欄干にあざやかに飛び乗ると、そのまま一直線に川に飛び込んだ。

 いや、まさにタイミングを計っていたのだろう。段ボール箱の中に着地した。

 そのまま一動作で中にいた仔猫の首をくわえると、泳ぎだすという予想を裏切って、仔猫を放り投げた。

「うわ、わ、っと」

 武美はよろめきながらも、なんとかそれをキャッチする。手の中には、間違いなく仔猫の温かみがある。

「やった! すごいじゃないか――」

 思わず声を上げて野良猫を見る。すると、そいつは濁流の中、段ボール箱の中にふてぶてしく座りながら、こっちを見ていた。

 目が、合った。

 こちらの川原から、段ボール箱まで飛び移れないと言っていた。狭い箱の中から、助走もなしに、こちらの岸まで跳ぶことは、無理だ。

 すっと背筋が冷えた気がした。

「ふ――っざけるな!」

 仔猫を放り出さずに地面に下したことは覚えている。だが、あとは真っ白だ。

 走る。走る走る走る。

 無我夢中とはまさにこの武美の状態を指すのだろう。

 濁流に加速しつつある段ボールに追いつき、徐々に追い越す。

「おおおおおおおっ!」

 自分が、何か叫んでいるのがわかったが、とても遠いことのように感じる。

 すぐ目の前に、河川の落差が見える。時間がない。

 手すりを飛び越えた。

 そのまま左手で手すりを掴み、体を思い切り濁流へと乗り出しながら、右手を伸ばす。右手には制服のブレザーの袖が握られていた。それを、ムチのような要領で振るい、ぎりぎりまで伸ばす。

 これが、武美が伸ばせる最長距離だ。

「跳べえっ!」

 その声と同時に。

 とぷん、と段ボールが沈んだ。

「あ――」

 武美の意識が、その事の意味を認識する前に。

 ずしり、と右手に重みがかかった。

「何をしている、早く引き揚げろ」

 言われるまでもなかった。

 野良猫は、ブレザーの袖に爪を引っかけている。段ボールは、こいつが跳びあがった反動で沈んだのだ。

 河川にしりもちをつくように倒れこみながら、武美はブレザーごと野良猫を抱きしめた。

「無茶しやがって」

 雨に打たれながら、寒さだけではない震えに耐えながら、武美はつぶやく。

「お前がいなくなったりしたら、俺は、また一人になっちゃうじゃないか――」



 やがて、武美は口を開いた。

「なあ、野良猫。お前、俺の家に来いよ。飼い猫になるってのも、悪いことばかりじゃないだろ。

 お前の名前も、もう考えてるんだ――」



   ◆ ◆ ◆



 河川敷に、古風な和傘を差して、一人の女子高生が立っていた。

 一見した印象が強すぎて――何しろ、長く美しい黒髪の上に、神社でもなんでもない街中にありながら、一分の隙もない巫女服姿である――高校生には見えないが、まぎれもなく樫木神社の一人娘、樫木みかんであった。

 その腕の中には、小さな白い仔猫が一匹。

「どうやら、何とかなったみたいですね、先輩」

 みかんは一人、にっこりとほほ笑む。

「寂しいなら寂しいって、素直に言ってくれれば、私としても色々してあげたのに」

 相槌を打つように、仔猫がにー、と鳴いた。

 それにほほ笑んで、みかんはもう一度川原に目をやった。

「まったく、素直じゃないんだから」



   ◆ ◆ ◆



「――どうだ、なかなか良い名前だろ? ふてぶてしいお前にぴったりだ。気に入らないなんて言っても――」

 そこで、武美は腕の中の野良猫を見た。

 野良猫も、じっ、と武美を見ている。

 いつの間にか雨は小降りになり、止みかけている。

 武美は、改めて、素直な気持ちを言葉にする。

「俺の飼い猫になれよ」

 そして、野良猫は、全く可愛らしくない、全く癒されもしない、全くもってふてぶてしい表情で――それでもどこか憎めない表情で、ひと声返した。



「にゃあ」


 お楽しみいただけましたら幸いです。

 なお、お題の3つのキーワードは、友人達によるリクエストです。


 近いうちに、このような形でお会いできることを楽しみに。


 あ、ちなみに。来週の投稿からは、短めの連載小説(ミステリー)を予定しています。そちらも合わせてよろしくお願いします。

 それでは、また。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 話の展開のテンポが良くて、読みやすかったです。 [一言] 楽しく読ませていただきました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ