1-9 S岳掃討作戦-始まりの朝-
早朝、総一はかつてない困難に直面していた。
今まで昼間に遠出する時は大体が自家用車、或いはヘリや飛行機で移動していたのだ。
だが賀茂家が没落した今、そのようなものはない。そもそも運転できる者すらいない。なのでこの場合、タクシーやバス、電車といった交通機関を利用するべきなのだろうが、総一はまったく経験がなかった。
「どうすればいいんだろう……」
駅舎で途方に暮れた顔のまま、行き交う人の流れをさっきから見送り続けている小学校の制服姿の少年。
そう。改札の通り方が分からないのだ。
今はS岳掃討作戦の集合時間まであまり時間の猶予がないのだ。特急を使っても現地まで4時間はかかる距離のため、早朝から出発して指定された時間にギリギリ間に合うくらいだ。
「やっぱりタクシーで行こうかな……」
未知の体験に対してちょっぴりそんな及び腰になりかけるも、すぐに思いなおす。
「いや、だめだ。こんな事じゃ賀茂家宗主として皆の前に立てない。ここはしっかりやらなくちゃ!」
たかだか電車一本に何を大げさかと思うだろうが、当人は至って真面目である。真面目に宗主としての立場を思い出し、その名に恥じないよう心を奮い立たせていた。
電車の乗り方一つで使われる賀茂家宗主の看板の価値とは、少年の中にある宗主像とは一体。
総一は屋敷を出る前に白梅童女から電車の乗り方についてレクチャーを受けており、それを思い出して背中に背負ったリュックからメモを取り出す。それには白梅童女が電車の乗り方についてまとめられていた。
「よ、よし。緑の窓口っていう所を目指せばいいんだね……」
キョロキョロと辺りを見渡し始めた時、突然の大きな声が駅舎に響いた。
「へーい、そこの坊主。ちょーっと待ーった! そのまま行くと乗り換えにミスって涙目で遅刻するでー! おおっと君のことや、ソーイチ!」
「え?」
総一が振り返ると、そこにはもう夏も近いというのにカーキ色のトレンチコートを着込んだアッシュブロンドとグリーンの瞳の白人男性がいた。年のころは30を過ぎたくらいの壮年で、無精ヒゲを生やしており、その顔にはニンマリとした怪しい笑みを浮かべている。やけに流暢な日本語だが、そのけったいな関西弁は男性のどこか胡散臭い雰囲気を何倍にも増して醸し出していた。
「YO! おはようさん。ワイの名前はバリトンや。防衛庁から賀茂家ご一行様の迎えに上がったでー。あ、これ身分証明証な。あんた、賀茂家宗主さんやろ」
「う、うん……そうです」
軽快なステップでバリトンと名乗った男性が総一との距離を詰め、写真付きのカードを取り出して総一に見せる。だが総一は防衛庁の身分証明証など知らないため、それが本物か分からない。それでもなんとなく勢いに押されて頷き、真実はどうあれ本物だと思いこんでしまう。
「……ところで、坊主は今回一人なんか?」
「はい。僕一人です」
「そうか……ま、そういう事なら仕方ないか」
バリトンは一人納得し、懐から名刺を取り出した。
「さ、あっちに車を用意しとるんや。ワイが運転するさかい、乗った乗った! かっ飛ばして現地まで送るでー! あ、総一くん、今日は単なる使いっ走りなんやけど、本業はしがない『何でも屋』やっとるんや。人探しや悪霊退治、何でも承りまっせ。これからもぜひぜひこのバリトンをよろしゅーなっ」
そう言って、総一の手に名刺を捻り込み、無理矢理握手をしてきた。
☆☆☆☆☆☆
某県の山脈沿いにある村役場近くのキャンプ場では今、大勢の人が集まりつつあった。
それを地元の人は不思議そうに眺めている。
元々夏は避暑地や登山、冬はスキーなどのリゾート地として人気のある土地だが、シーズンオフである今の時期は閑散とした印象を強く受けるのだ。だからこそ、珍しい時期に地元でない者が集まってくると嫌が応でも注目を浴びてしまう。
そんな中、S岳掃討作戦を取りまとめる事になった防衛庁の特殊な部署に所属する一尉、水前寺という三十路前の男性は村役場の大会議室にて寝不足と疲労を耐えながら作戦本部の上司らと最後の打ち合わせをちょうど終えたところだった。
「まったく、一時はどうなることかと思いましたよ……」
「直前に起きた『凄神』だな……あれで亡くなったり負傷したりで外部の人員の大半がキャンセルになるとは」
「慌てて人員確保するために四方八方に声をかけましたよ……求人での多少の要求水準低下には目をつむったため、なんとかこうして今日必要な数は集まりましたがやはり作戦遂行能力の質低下は避けられないでしょうな。どれだけ作戦中にトラブルや遅延が起こるか……本格的に登山者がやってくる山開き前には片付けないといけませんしね」
「それはまあ、自分らがカバーするしかないでしょうな。とにかく、急場凌ぎで寄せ集めた人員が結構な数に上るぞ。予見し得るトラブル、ミスはあらかじめこちらでフォローし、潰しておかねば」
「賀茂家の皆さんが抜けた穴が大きいですね……あそこの人員の質は非常に良かったですから。的確に動いてくれますし、妖怪への対処能力も高かったですしね」
「再募集した参加者リストの中にはこれまでの活動経歴の怪しいフリーランスの輩も幾名か見受けられるようだが、どこまでキチンと動いてくれることか」
「ただ、ドイツの大物の方が参加してくれる事になったのは正直助かりましたね」
「おお。確かアズサさんだったか」
「そうそう。ハーフの方で、弱冠18歳で世界でもトップクラスのあのエリート組織、紋章騎士入りを果たした俊英だったな」
「自分も面談しましたが、確かに実力がケタ違いでしたよ。あの子は日本でも上位の力でしょう」
「はは。活躍しているあの望月君といい、若い才能が現れると楽しくなるな」
「さて、そろそろ時間です。自分はこれから現地の拠点に向かいます」
テーブルの上に出していた資料を片付け、各々が会議室を出ていく。水前寺はそれを見送った後で集合場所に指定したキャンプ場へと向かうためにジープに乗り込んだ。
S岳掃討作戦。
それはしばらく前からS岳に複数の地脈の『淀み』が観測され始め、妖怪が発生しやすくなっていたため、その浄化を行うための作戦だ。
しかもS岳山頂付近に大きめの淀みがあるらしく、その付近での妖怪遭遇率が高くなっている。登山客向けの山小屋と呼ばれる宿泊、休憩、避難のための建物が密集している場所に近いため、今も山小屋では三交代十二人体制で24時間哨戒と妖怪の駆除を続けている。これはあくまで一時凌ぎであり、根絶には至らない。
特大の淀みを無くすにはそれ相応の儀式の準備と儀式を行い続ける時間が必要となる。
淀みは放置し続ければ肉体を持って顕現し、周囲に災いを振りまくため放置する事は危険である。
儀式を行うために、山狩り規模の大人数でS岳の妖怪を狩り尽くしながら各所の淀みを一斉に浄化し、周囲を一時的に安定させた上で最終的に山頂の大きめの淀みを浄化する。それがこの作戦だった。
なお、この作戦の攻略規模としてはBランクに相当するとされていた。
さて。妖怪や魔物、或いは魔法といったものによる災害や被害の影響度にはランクが存在する。
まずF級。これは基本的に無害な動物全般だ。犬や猫といった小動物も含まれる。
次にE級。これは猛獣が該当する。虎や獅子、熊などといった基本的に人間より強い動物全般だ。
更にD級。ここからが妖怪のランクだ。妖怪としては最下級とはいえ、一般人には手も足も出ないため専門家が必要とされる。
C級。一般的にメジャーな妖怪だ。大物とまではいかないが、気を緩ませると専門家ですら複数名死亡する危険な相手だ。総一達が一般的に退治するのがこのC級及びD級だ。
B級。大物妖怪がこのランクに入ってくる。強力な力を誇り、高名な妖怪達の名が連ねられる。被害規模は一町村に及ぶ。数が限られるためそうそう遭遇する事はない。専門家が集団で当たる必要があり、日本では天狗や鵺、西洋では飛竜、カトブレパスなどが該当する。
A級。ここからはレアな妖怪になる。一体で都市を滅ぼし得る力を持ち、国家から固体名を与えられ神魔の記録に記される。例えば雷神・菅原道真、九頭竜、ソロモンの72悪魔達などが該当する。
2A級。伝説上の妖怪がここに当てはまる。その破壊規模は広域一帯に及ぶ。蛇神・八岐大蛇やレヴィアタンなどが該当する。
最後に3A級。神話上の妖怪。顕現すれば大国とて存亡の危機に陥ると言われる最強最悪の大災害だ。ただそれほどの力を持つ存在は極めて限られるため、このランクが扱われるのは歴史でも稀である。魔狼・フェンリルや闘神・阿修羅などが該当する。
つまり、今回の作戦は一般的な妖怪を相手取る事とは違い、相当な危険を伴う事を意味していた。そしてそのために日本でも限られた術士を300名近く動員している。更に後方には自衛隊も多数配置し、術士で二重の戦線を引き、最後のラインを自衛隊が受け持つ構えだ。
非常事態でもない、通常としては大掛かりな作戦に水前寺のプレッシャーも大きかったが、それも今日で最後。多少の犠牲は覚悟しているが、それでも最悪十名以下に抑える心積もりで作戦は立案されている。
そしてそれが途方もなく甘い認識になることなど、誰も予想しなかった。できなかった。
☆☆☆☆☆☆
S岳へと至るルートは八つある。その内の北東、東、南西、南の四ルートを使ってS岳へと入り、それから展開して漏れなく周辺の妖怪を駆逐しながら淀みのチェックポイントを全て辿り、山頂を目指して行く。
その内の一つの集合地点に彼女はいた。
椅子が並べられ、一番前にはホワイトボードが立っている野外。様々な術士が集まるそこにショートボブの黒髪にグリーンの瞳をした少女が一人で椅子に座っていた。
彼女はパンツスーツの上にオーバーコートを着込み、スラリとした長い足に編上靴を履いていた。可愛いよりは美人、女性よりもまだ少女と評せられるであろう18歳の彼女は今、冷めた表情で雪が未だ残る遠くの山肌を見上げていた。
スーツの左胸には双頭の鷲が描かれたワッペンがあり、袖口には上矢印のようなマークがある。それがドイツの紋章騎士である証だった。
「気が進まないわね……なんで私がわざわざこんなことしなくちゃいけないのよ。早く終わらないかしら」
流暢な日本語を話す彼女、ドイツ人と日本人のハーフであるアズサはただ今ままならない自分の境遇を嘆いている真っ最中だった。
そもそもアズサは日本とは関係なく、しかも本人は非常に高い競争率を勝ち抜いてトップエリート入りしたという自負があるため、このようなぬるい作戦に放り込まれるのは甚だ不本意だった。しかし、それも命令であれば従うしかない。
「国外の退魔術士の勉強、ね。見聞を広めるっていってもこんな極東の魔法なんて見るべき所なんてあるのかしら?」
そう言って心を慰めるように腰の愛剣、バスタードソードの納まった鞘を優しく撫でる。
なお、アズサの他にも予備戦力ではあるが、アメリカやイタリアも人員を一、二名ほど出してきている。
周りを見渡せば様々な格好をした術士らがあちこちでたむろしていた。集団で固まっている者らもいれば、個人で己の武器の手入れや道具のチェックをしている者もいる。
アズサを含めてこの場にいる者のほとんどがてんでバラバラな格好だった。袈裟姿、着物姿、武者姿、山伏姿、狩衣姿がいれば、神父服姿、スーツ姿、野戦服姿、道服姿もおり、挙句にはシャツ一枚にジャケットを羽織ったラフな姿もいた。
ある意味、この統一感のなさは日本を表していると言えよう。
年齢は二十代から三十代が多い。下の方を見れば十代半ばくらいの男子女子もいた。まだ学生に見えるが、ここに来ているという事はその若さでそれなりに腕が立つのだろう。とはいえ、同じ十代のアズサにとって見れば彼らは軽く捻れる程度でしかないが。
この世界、十代前半で妖怪と戦い始める子供はそう珍しくない。実際、紋章騎士と肩を並べる世界最高峰の退魔術士の組織、バチカンの祓魔師には最近十歳の子供が入ってきている。ただあれは例外中の例外だとアズサは思っているが。
「……って、ちょっと本気なの?」
思わずアズサが眉を顰めたその視線の先には一組の兄弟、或いは親子にも見える青年と小さな男の子のペアだった。
「いいですか、総一様。これは総一様が宗主として初めて受ける依頼となります。何事も最初の印象が大事です。もしこれに失敗すれば、総一様は名前だけの子供相応の役立たずといった烙印を押され、もう賀茂家に大きな依頼が来る事はないでしょう。それが信用、信頼というものです。ですから、必ず今回だけは成功させねばなりません」
「う、うん。分かった……!」
「万が一にも総一様の御身に大事があってはなりません。そのため、まず私は総一様の教育係兼護衛という事にします。そして作戦行動などの矢面には私が立ちますので、総一様はなるべく手出しをせず、私の後ろで堂々としていてください」
「で、でも僕が前に立たないと……」
「大丈夫ですよ。それに総一様は陰陽師です。本来鬼に守られる側が戦場で前に出てどうしますか。それは私の役目です。この仕事が無事に終われば、その時に総一様の事を明かしますから」
「……うん、分かった」
何やらスーツ姿の青年が真剣な顔で平安時代の貴族服のようなものを着ている男の子に何か声をかけて、男の子は神妙に、どこか切羽詰った顔で一々それに頷いていた。
「ま、私には関係ないか。別に誰を連れてきて、魔物に殺されてもこんな所に連れて来たヤツがバカなだけなんだから。けど正直、目の前ウロチョロされると目障りなのよねぇ……」
アズサが二人から興味を失って目を離した時、ようやく現地のまとめ役の自衛官が登場した。
「皆さん揃ってますか?」
キビキビとした動きで一人の男性が代表としてホワイトボードの前にやってきて挨拶と自己紹介をする。それから参加者リストを片手に人数確認を始めた。
「あれ……一人足りない?」
自衛官が椅子に座っている参加者を見渡すと、一人の青年が手を挙げた。
「すいません。私達が呼ばれていないのですが」
「では所属とお名前を教えて下さい」
「賀茂総一です。今日は賀茂家宗主として来ました。召喚状もここにあります」
「え……?」
答えたのは青年ではなかった。
その幼い子供の声に、その発せられた名前に、リストに視線を落としていた自衛官が弾かれたように顔を上げる。
また同時に周囲の参加者も一様に目を瞠り、或いは驚きを顔に張り付けて声の主を見る。
何も知らないアズサは周囲の空気が突然変わった事に不思議に思うが、興味ないので聞き流していた。
「はい。確かめてください」
「あ、いえ、確かに……本物、ですね。いや、しかし、これは、うーむ」
小さな男の子、賀茂総一と名乗る少年が前にやって来て自衛官に召喚状を手渡し、自衛官はそれを持て余すように何度もその紙と少年を見比べていた。
「ああ、そうか。事務でキャンセルが間に合わなかったのか……どうしたものか」
自衛官はその言葉を口に出す事なく、頭を抱える。
賀茂家は日本の退魔術士の世界ではビッグネームに属する。そして当然、先日の一件で賀茂家宗主を初め、一族がほぼ戦死したのは既に退魔術士らの世界では有名な話だ。だから既に参加者リストからも賀茂一族は外してある。
だが、召喚状は既に発送済だったのだろう。そしてまさかこんな子供らが出てくるなど自衛官らは想像だにしていなかった。
周囲もまた総一らに向ける視線は痛ましいもの、呆れたものと様々だが友好的な色は少なく、大多数が迷惑そうにしていた。それも当然だ、もはや周囲、いや日本にとって賀茂家は『終わった』ネームバリューでしかない。
そんな肩身の狭い視線に満ちた中、それでも総一はそれらを真正面から受け止め続けた上で毅然とした態度を崩さない。少し気を緩めれば崩壊しかねない表情を必死に堪え続ける。口を真一文字に食いしばり、真っ直ぐ胸を張り続ける。
「おいおい……いくらなんでも場違いだろ」
「いるよな、こういうガキ……ちょっと他にない力があるからって自分は特別だと思ってでしゃばるんだよな」
そんな悪意ある言葉すら囁かれるも、総一は必死で去ろうとする足を押さえつけ、踏みとどまる。ここで何も出来ずに立ち去ったら、それこそ賀茂家宗主など『宗主ごっこ』にすぎないと自分に言い聞かせ続けながら。
自衛官はとりあえず穏便に宥めて二人にはお帰り願おう、そう考えた。
「申し訳ありません。自分らの方で混乱があり、それはこちらのミスによるものです。わざわざご足労頂き、大変申し訳ないのですが……」
「この子は間違いなく、正式な要請を受けて賀茂家宗主としてこの場に来ております。そして当方はそちらの要求水準を十二分に満たす実力があり、この子もまた一人前の陰陽師としてのライセンスを取得済です。まあこの通りまだ高校を卒業していないため陰陽寮には所属しておりませんが、これでも式神は既に打てますよ」
青年、『賀茂貴博』が総一の前に立つ。
そこで初めてアズサは二人に、いや青年に気がついたようにそのグリーンの目を向けた。
「……ふうん、体捌きはてんでなってないけれど、魔力の方は中々高いみたいね……周りにいる連中よりよほど使うんじゃないかしら」
そうこっそりと内心で評価をつける。
けれどすぐにまたため息を吐いて興味をなくしたように目を閉じた。
「僕一人でもちゃんと仕事はできます。これまでだって何度も妖怪を退治してきました。おじさん達が賀茂家にお仕事を依頼して、そして宗主の僕が来た。問題ありません」
「いえ、そういう事ではなくてですね……」
なおも必死に食い下がる総一に、更に自衛官が我侭を言う子供に言い聞かせるように言葉を続けようとした時、後ろにいた一人の男性がイライラしたように言い放った。
「おい、賀茂家の生き残りだかなんだか知らねえが、二人とももういい加減にしろ。遊びじゃねえんだぞ。そっちの兄さんはまだともかく、手前みてえなガキにこの厳しい作戦行動ができるわきゃねえだろ。とっとと帰れ」
それは総一を、賀茂家宗主を否定する言葉だった。
総一はその言葉に対し、一瞬だけ言葉を喉に突っ返させるもすぐに飲み下し、口を開いた。
「――できます」
空気が固まった。
吐いた言葉は二度と戻らない。それでも総一には「できない」などという言葉を出せるわけがなかった。出してしまえば、そこで引いてしまえば自分は終わりだと悟っていた。
子供の身で大人達と渡り合うためには、自分は有用である事を示し続けなければならない。
そして賀茂家を、年下の子供達を守らなくてはならない。名を落とさず、守り続けなければならない。
だから、総一は心の底で燻る怯えも弱気も表に見せることなく、周りの大人達を真正面から見返す。自分こそが賀茂家を代表し、体現する者だと誇りを背負って。
大人達にとってはそれは非常に傲慢、不遜、身の程知らずと見えたことだろう。場により険悪となった空気が満ちる。それを必死に受け止めながら、総一は二本の足でしかと立ち真正面から跳ね返し続けていた。
そんな時、後ろの方から一人の武者姿の男性がガチャガチャと音を鳴らしながらその場に入ってきた。
「むむぅ……いやぁ、申し訳ない。遅刻してしまったでゴザル」
その男性は太った体を揺らし、陽気な声と笑顔で周囲の「何コイツ」という空気もお構いなしに図太く進み行く。
二十代後半である彼は肩まで伸ばしたロン毛をうなじで一括りにし、その丸い顔には子供のような無邪気な笑顔がある。
どうやら彼は武士らしく日本式の甲冑に身を包み、脇に兜を抱えていた。腰には太刀と脇差がある。一番目を引くのは、前面の胴体部分に『林原め○みLOVE』とデカデカと描いてある事だ。また、隅っこには一昔前に新世紀な巨大人型兵器のアニメで大ヒットを飛ばした『ネ○フ』のマークが描いてある。どうやら手描きらしい。
「……なんか犯罪者臭がするわね」
チラ見したアズサの感想だった。なお、目は真剣だった。
「おお! ぼくちんが一番最後でゴザったか!」
「あ、ええと……」
「おっと。ぼくちんは南宗正! 副業でフリーの妖怪退治をやっているでゴザル! 本業はヒ、ミ、ツ」
「南……南……ああ、確かに。貴方で最後ですね」
自衛官、名前以外は見事なスルーであった。
「おや、何かお取り込みだったでゴザルか? 何やら困ったご様子?」
「……いえ、お気遣いなく。皆さん申し訳ありませんが、今しばらくお待ち下さい。上にお二人の件で確認を取ってきます」
そう言って自衛官は歩いて参加者の前から離れ、無線機で本部とやり取りを始めた。
その間、チクチクとした視線に晒される二人。当然のように針のむしろだ。だがそれでも総一は一歩も引かずにその場に居続けた。
時間としては5分も経たないくらいか、すぐに自衛官は戻ってきた。
「お待たせしました。それでは賀茂さん、よろしいですか。本部の決定をお伝えします」
「はい」
総一はそれを聞いて『気をつけ』の姿勢で固まる。
自衛官は緊張する少年を前に、淡々と決定を伝えた。
「お二方の参加を認めます。ただ、本来予定されていた先発を務める第一陣ではなく、後方第二陣での参加となります。よろしいですね」
「は、はい!」
やや上ずった声が少年から元気よく飛び出した。よほど嬉しかったのだろう、これまで真一文字に結んでいた口と顔が崩れ、明るく輝いている。
そしてそんな少年を見守るように、貴博青年は後ろで静かに控えていた。
その一連のゴタゴタをアズサは時間の無駄と言わんばかりに若干目をキツくさせながら睨み、宗正と名乗る男性はよく事情が分からないものの喜ぶ少年を見て「良き哉良き哉」と勝手に何度も頷いていた。
総一に真正面から「できます」と己の言葉と面子を否定された大人は忌々しげに舌打ちを一つして総一をしばらく睨んでいた。
こうして、賀茂を名乗る二人の参加は認められた。
そしていよいよS岳掃討作戦が始まった。
バリトンのえせ関西弁は許してください……
なお、3A級はうしとらの「白面の者」さんの破壊規模です。簡単に言えばブレス一つで島を砕き、日本列島を縦断して蹂躙するくらい。これでてきたらマジ国がやばい。まあほんと滅多にありませんが。あったら世界がヤバイレベル。
2A級はナウシカの完全版巨神兵かな? 小さな国くらいなら滅ぼしかねないレベル。