1-4 入学
総一が都内の私立小学校に入学した。
それにより生活サイクルがどう変わったかといえば、まず朝起きたら早朝訓練へ行く。
正確な体内時計でまだ太陽が昇る前に起きて、顔を洗って着替えた後に専任のトレーナーの元へ行き、作られた訓練メニューに従って体を動かす。
「さあ総一様、ではランニングに行きましょう」
「はい」
訓練内容はランニングを始めとした基礎体力系を中心にしている。
訓練が終われば汗を流して身支度を整え、座敷へ。そこで待っていた母と向かい合って朝食をとる。賀茂家ではどちらかというと和食が多い。今日も和食だった。
「今日は良いタケノコが入ったんですって。晩御飯は楽しみにしててね」
「あの、兄様と父様は? 家にいるって聞きましたけど」
「皆さんは既に発たれました。明日の夜にはまた会えますから、いい子だから辛抱してちょうだい」
「はい……」
「さあ、あったかい内に食べましょう。今日は総一さんの好きなお吸い物を作ったのよ」
「わぁ! 嬉しいです、母様!」
「さぁ、お食べなさい。でも好き嫌いは許しませんよ」
「はい!」
母自慢の手料理に満足したら、次は小学校への登校だ。
「ではお願いします」
「はい、奥様」
母に見送られながら女中にエスコートされて大きな黒い車に乗り込む。車の中には既にランドセルが置いてあった。
少し離れている学校への送迎は車を使う。ゆったりとしたスペースの車内で総一は到着まで勉強に励む。
ドライバーの腕が良いのか、車の性能が良いのか、総一には走行中の振動はまったく感じられず快適だった。
「ありがとうございました」
「いってらっしゃいませ。下校時間となりましたらまたお迎えにあがります」
「はい」
学校の駐車場に着いたらランドセルを背負い、運転手にペコリと頭を下げて靴箱へ向かう。
「おはようございます」
「おっはよー!」
「ねーねーえんぴつ削り貸してー」
「宿題のプリント見せてー」
あちこちでお喋りが交わされれ、落ち着きのない賑やかな教室へ入り、魔法を知らない普通の子供と混じって授業が始まる。
両親から「学校や人前で魔法を絶対に使ってはいけない」と厳しく言い含められているため、総一は式紙も式神も使う事は無い。もし無闇に魔法を使い、しかもそれで一般人を傷つければ国から厳重なペナルティを課せられる事になるためだった。
学校の授業は平均よりも速いペースで進むも、総一は賀茂家次期宗主として恥ずかしくないよう必死で取り組む。その努力や屋敷でのサポートもあり、総一は振り落とされないくらいには授業に食らい付いていけていた。ただ音楽の授業だけは『もうすこし』だったが。
お昼になれば給食。
給食当番になった総一は帽子とエプロンを着てご飯やおかずの入った大きな容器を教室まで運んで来る。
フタを開けてご飯を食器によそって皆に配っていく。
「いただきます」
ご飯を残すのは悪い子、と躾けられている総一は素直に全てを平らげる。
苦手なおかずがあっても、そこは我慢する。ちょっと目尻に涙がでてもすぐハンカチで拭き、食器が空になるまでお箸を動かし続けた。
給食が終われば昼休み。
食器を片付けて、仲の良い男子や女子の所に行って長い休み時間の事を明るくお喋りする。
そうしている内に次々と食べ終わった友達が集まってきて、男女の輪ができる。
「ねえねえ、今日は何で遊ぼうか」
「かくれんぼは?」
「ドッジボールやろーぜ」
遊びが決まったら皆でわーっと外へと走っていく。
「だ、ダメだよ。廊下は走っちゃ」
「いいから賀茂くんも早く早くー」
「ま、待ってよ」
今日はドッジボールで遊ぶ事になった。
普段大人しい割には運動性能が高い賀茂総一は、こういった対戦ゲームになると中心になりやすい。
「じゃー、賀茂くんと三石くんでジャンケンね。勝った方からチームつくってこ」
「総一ー。俺指名しろよー」
「あたしは三石くんがいいなー」
グループの中で総一と三石の二人が組めばゲームバランス崩壊もいいところなので、子供達はこうやって自然と分散させて遊ぶようになっていた。
こうして、総一にとっては数少ない遊びの時間が過ぎて行く。
掃除と午後の授業も終わり、迎えに来てくれた大きな車に乗り込むとまた復習。
総一が広い屋敷に帰り着き、女中を伴いながら門をくぐると庭にはまだ小学校に上がる前の従弟妹達がいた。
「あ、お兄ちゃん!」
「あれ、みんなどこか行くの?」
真っ先に駆け寄って声を掛けてきた一つ下の従妹、伏見貴美恵に総一は首をかしげて問うた。
彼女らはお出かけ服に帽子、肩からカバンを下げるといった遠足ルックだった。少し離れた屋敷の方では分家の親たちがなにやらパンフレットらしき紙を手に談笑していた。
「うん、これから皆でお山の動物園いくのー」
「そうなんだ」
「ねえ、お兄ちゃんも行くでしょ。一緒に行こうよ、ねえ!」
「にーちゃんも一緒に行こうよ。でっかいゾウとかライオンとかいるんだよ!」
少しだけ年が下の従弟妹達が顔を輝かせながら、総一の周りに集まってくる。
「ううん。僕はこれから訓練があるから」
「そうなの? またー?」
「うん。だから僕は行けないんだ」
「えーつまんなーい」
そうしていると従弟妹の親達が総一の元にやって来て挨拶をする。それから門の前に新たな車が着いた。
「じゃあ行ってくるねー」
ぶんぶんと元気に明るい笑顔で手を振る貴美恵達に、総一もまた手を振り返した。
「ばいばい」
車は総一を置いてすぐに見えなくなった。
「さあ、僕も行かなくちゃ」
従妹弟らを当然のように見送り、総一は屋敷へと入って行く。
着替えを済ませ、気を引き締めて外へと出る。
広大な庭園の一角にある道場に入ると、そこには陰陽術の教師役がいた。
「今日は昨日に引き続き『祓え』の練習です。今日からは『鳴弦』に入ります。さ、こちらが総一様の弓です」
「はい」
そうして今日もまた、総一は夜遅くまで陰陽師としての訓練と勉強の時間が待っている。
それは従弟妹達が動物園から笑顔で帰ってきてからもずっと続いた。