1-21 とあるフリーターのバイトの一日
グロ注意。
残酷描写注意。
流血表現注意。
心臓の弱い方は読まない方が吉。閑話みたいなものなので読み飛ばしても大丈夫。
それはS岳掃討作戦よりずっと前、ようやく冬が去りつつあるとある晴れた休日の出来事だった。
敷地内に流れる陽気でコミカルな音楽は訪れた人々のテンションを上げ、刺激的なアトラクションからは楽しげな悲鳴や歓声が聞こえてくる。
家族連れや恋人の男女が笑顔でお喋りしながらあちこち行きかい、時折迷子やイベントのアナウンスが放送される。
ここはとある海沿いにある遊園地。ただし千葉ではない。もっと小ぢんまりとした所だ。
その園内で、とあるマスコットの着ぐるみが子供と一緒に写真を撮り、手を振って別れていた。
一人と別れたらまた次のお客がやって来る。子供だけではなく、女子大生のグループといったお客たちも相手にする事がある。そうやって概ねハイテンションな皆に愛嬌を振りまいて、ようやく人波が落ち着いて一息つける時間ができた。
「ふう。いやぁ、額に汗して働くというのは実に心地よいですねぇ。社会に貢献するというのはやはり生活に潤いを与えてくれます。労働の後の食事は美味しいですしね」
マスコットの着ぐるみの中で、その青年は上機嫌だった。
青年の名はマカーブル。
退魔術士達の間では『喜びの魔王』という、本人にとっては不本意らしい仇名をつけられている男性だった。
人畜無害そうな笑顔を常に浮かべている金髪碧眼の彼は自称遊び人で、時たまこうしてアルバイトで日銭を稼いでいた。
「これが終わったら銭湯に行きたいですね。のんびり湯船に浸かって……いやはや日本の文化は新鮮です」
『魔王』、日本文化を満喫する。
もし着ぐるみを着ていなければ爽やかな汗と白い歯がキラリと眩しかったことだろう。
規則正しい生活は健康の第一歩である。もっともこいつほど「死ね」と願われている者はそうそういないのだが。というか既にかけられた懸賞金は億を超えている。米ドルで。もはや歩く金塊の山である。その額の分だけ「殺す」と狙われている者でもある。
最近では懸賞金に釣られた命知らずな裏世界のヤクザやマフィアなどがその命を狙って動いているとか。逆にマカーブルを自勢力に取り込もうと探して接触しようとしている輩もいるらしいが、その試みは今の所一度も成功していない。
その首にここまで高額な値段がかけられている理由の一つが、マカーブルは如何なる組織にも属していない事が挙げられる。他の四名の『魔王』は、真っ当な組織或いは犯罪組織に属しており、管理下に置かれている。だがマカーブルは違う。それは歩く天変地異が野放しにされているという事に他ならない。しかも本人はその力を堂々と白昼の人だかりの中で使う事もまったく厭わない性質なのだ。
「おらー!」
「くらえー!」
「そりゃー!」
そんなマカーブルはといえば、やんちゃな子供達に助走をつけての頭突きを食らわされたり、背後からジャンプしてのコアラ式抱きつきを食らわされたりしていた。
一人ずつ優しく引き剥がし、頭を撫でたり手を繋いだりして抱きしめたりしてマスコットの仕事をする。親御さんに手を引かれて去って行く皆に大きく手を振ってさよならする。
「ばいばーい」
子供のそんな声が小さくなり、ようやく人の波が途切れた。
休憩の時間がきて、マカーブルは一旦裏に引っ込んで別の着ぐるみのバイトと交代する。
客の目に触れない奥の休憩室で休んでいても良かったのだが、マカーブルは着ぐるみを脱いでから外の風を浴びに行った。
「強い風が吹くとまだまだ肌寒いですねぇ」
目の前をたくさんのお客様が歩き、時には走って行く。
道路脇ではポップコーンやドリンクなどを買おうとしているカップルがいた。
そんな風景をベンチからニコニコと楽しそうに眺めていたその時だった。
「……おや?」
ふと、怪訝そうに一度首を傾げた後、動きを止める。
それから顎に手をやって中空を眺める事少し、好奇心を刺激されるままに軽い足取りで何処かへ歩いていった。
その日、小学校低学年くらいの女の子が父親と手をつなぎながら遊園地を楽しんでいた。
地味なよれよれシャツとセーターを着た小太りの冴えない風貌の男性は元気の有り余ったパワフルな娘につれまわされ、あちこちのアトラクションを踏破させられていた。
「お父さん、次あれ乗ろう、あれ!」
「はいはい……おうふ、今度は回転系か……」
父親の視線の先では観覧車のように円状に連なった席が勢いよくグルグル回っていた。
「これ終わったら次はあっち!」
「……」
女の子が指差した先にはホラーハウス。父親の体力ゲージはもはやレッドゾーンに近いが、そこはそれ、可愛い愛娘のためならばと気合を入れなおして受付へと並んだ。父親は娘には甘いのだ。
女の子は「すごーい」を連呼しながら満面の笑顔で中へと入っていく。
「こら、先に行くんじゃない!」
「えー。じゃあはやくはやくー」
「ほら、手を繋いで」
「はーい」
そしてたっぷり絶叫系アトラクションを満喫した後、二人はホラーハウスへと入って行く。
おどろおどろしい恐怖に彩られたゲートをくぐる親子。
……ややあってでてきた二人だったが、中で涙目……というかガチ泣きして座り込んで動けなくなった娘を父親が背負ってのゴールとなってしまっていた。
「よーし、そろそろ休憩しような。ずっと歩きっぱなしで疲れたろう。ほらほら、あそこが空いてるぞ」
これ幸いとばかりに父親が休憩のために広場のベンチへと向かう。声もちょっとばかり弾んでいた。
女の子は反論もできずにその背中でぐったりとしたまま「うー」と唸り声とも同意ともつかない声を漏らすだけだった。
「ほら、ジュースだぞ」
「…………おいしい」
すっかり大人しくなってカップを両手で持ち、ストローからちゅーちゅー飲む娘の小動物的な姿に父親もついついほっこり。
ベンチで二人がそうしていると、遠くから駆けて来る人の姿があった。
それはまだ若い、高校生くらいの男子だった。髪は脱色し、ゴールドやシルバーのアクセサリーをじゃらじゃら身につけている。カーキ色のカーゴパンツにシャツとパーカーを着た彼はブーツで息も絶え絶えに広場を駆け抜けようとしていた。
それだけなら「まだ待ち合わせ場所に急ぐ若者なのかな」と思う事もできた。それができなかったのは、彼の顔や手足に浮かび上がる青アザやボタンが千切れて乱れたシャツのせいと、何よりもその男子の逼迫した表情が異様さを際立たせていた。
「なんだ、トラブルか……? やだなぁ」
ボロボロな風体の男子がちょうど二人の前を通り抜けた時だった。
閃光。
そして爆発。
暴風に叩きつけられた親子は何が起きたのか分からないまま、ベンチの上から吹き飛ばされ地面へと投げ出された。
「……うぅ……ぃたい……いたいよぅ」
地面に投げ出された時に打った痛みで女の子が呻く。
擦った頬と腕の皮膚が小さくずる剥け、血が滲んでくる。
なんとか顔を上げると、すぐ隣に父親が同じように投げ出されていた。
一瞬ほっとして、そのまま女の子は目を大きく見開き、息を小さく飲む。父親のセーターの脇腹部分が急速に赤く染まっていっているのだ。女の子はその光景に恐怖する事しかできなかった。
「ちっくしょう……こんな人だらけの遊園地で宝貝を使うなんて、マジかよ」
同じく近くに倒れていたボロボロな男子が悪態をつき、その体を震える腕で必死に起こす。
宝貝とは中国の退魔術士である仙道が作る魔法道具だ。武器はおろか日用品の形をした物に、実に様々な魔法の力が一つだけ篭められている。有名な物では空間系の『大極図』や雷系の『雷公鞭』などがある。
彼へと放たれたそれは遊園地の広場に大きな黒ずんだ焦げ跡を残し、その火力の強さを証明していた。
「ようやく鬼ごっこも終わりか、陳。ったく、手ぇかけさせやがってよぉ。えぇ、おいこら」
「わ、王さん……」
新たに現れたのは三人の男性だった。王と呼ばれた二十歳前くらいの青年を先頭に、脇に二人引き連れている。三人とも同じ年頃でサングラスのスーツ姿をしており、そのあまりにもラフな着崩し方も相まってチンピラとかその筋関係の人にしか見えなかった。
王ら三人と陳と呼ばれたボロボロの男子が距離を開けて向かい合う。そして女の子と父親は陳のやや後方に倒れていた。
「さーて……うちから勝手に宝貝を持ってバックれたんだ。どうなるか分かってるんだろ?」
「ちくしょうちくしょうちくしょう! 王さんが相手だろうと、関係ねえ! こうなったらやってやる! 『九雷金蜂』!」
「俺の宝貝『赤霊神火鈴』がそんな量産宝貝に負けるかよ。仙骨もないくせに。疾っ!」
気合の声と共に、それぞれの手の中の玉と鈴から魔法が放たれる。
九雷金蜂と呼ばれた宝貝からは九匹の金色の蜂が飛び出して獲物を目指す。
赤霊神火鈴と呼ばれた宝貝からは目が眩むほどの閃光と共に人一人を丸ごと呑み込んでなお余りある大きな火球が放たれる。
火球が数匹の蜂と接触した瞬間、爆発が起きた。爆発は近辺にいた人らをも巻き込ながら、蜂全てをいとも容易く消し炭に変えた。同時に陳の手にあった宝貝の玉はボロボロに崩れ去っていった。
「あ……ひぃ……」
己の宝貝が壊れるのを恐怖に引きつった顔と声で眺めていた陳は、もうただただ震えているだけだった。
「まさか……本当に、殺すつもりじゃあ……」
「おいおい今更震え声で何そんな事言ってんの? 殺すに決まってるだろ。えー、まさかこの業界に片足突っ込んでおいてリンチで済むとか考えてたの? ねえよ。ちょっと簡単な魔法が使えるようになったからってのぼせ上りやがって。お前が知ってるちゃちな魔法なんてこの世界の表層もいいとこ、神魔の世界の奥深さを知らないから、そうやってほいほい便利道具扱いで宝貝を使って金巻き上げたり、手当たり次第に脅したり女を好き勝手やろうなんて考えができるんだよ。はぁ、うちの宝貝であちこち勝手されると他所から色々と苦情とか問題が出るんだよな。だから勘違いして浮かれたバカは自分の手で消すしかない。分かったか」
「い、嫌だ……」
「もう十分好き勝手しただろ。その宝貝で殺傷した人数は一般、裏問わずゆうに二桁いってるしな。そこまでやられちゃ俺達も動くしかねえんだよ。放置したらそれこそもっと上の元締めの組織の人たちが出てくる。あの人たちにわざわざそんな手間かけさせてみろ、俺らの方が使えないクズって見られちまうだろうが」
一歩、王が歩み出る。
それだけで陳は肩をびくつかせ、後退る。
「いやだああああああ!」
背を向け、一気に駆け出す。未だ意識を失ったままの父親と、その父親を必死に揺すりながら声をかけている女の子のすぐ脇を駆け抜けようとした時だった。
「疾っ!」
王の横にいた男性の一人が陳と同じ『九雷金蜂』の宝貝を使った。九匹の金蜂が銃弾のように飛び、逃げようとしてた彼の胴体にいくつもの風穴を空ける。内、一つは心臓を穿っていた。
陳は走る勢いそのままに転ぶように倒れ、しばし痙攣した後に物言わぬ骸と化した。
「よーし、これで一件落着。さー撤収撤収。はい、お前ら死体持って」
「はい」
派手な音と光に何事かと集まってきた人々を横目に、王らは手早く死体を処理しようと動く。
それは同時に女の子と父親の方へ近づく事になり、女の子はその余りの恐怖に身を縮め、体を固くする。
更にいやいやをするように顔を横に振った時、それが目に入った。
恐怖に引きつった死体の目が、女の子を見ていた。
それが引き金となった。
「きゃああああああああああ!!」
両手で頭を抱え、絶叫。ただひたすら叫ぶ。
感情が暴発するままに任せたその叫びは、悪い事に王らの注意を引き寄せる結果となった。
「ちっ、やかましいな」
「黙らせますか?」
「いや、いい。お前らは早くそいつを袋に詰めとけ。警備員が来たら宝貝使って動き止めろ。殺すなよ、後が面倒だからな」
王がそう言って女の子へと足を向ける。
女の子はまだ叫んでいた。もう言葉にすらなっていない。ただ首を激しく振りながら、甲高い音を響き渡らせ続けている。
「おい、ガキ。うるせえよ」
乱暴な蹴りが腹に突き刺さり、たまらず女の子の息が止まる。お腹を抱えて蹲り、開いた口から唾液が漏れ出す。
そこでふと気がついたように、王は女の子の側で倒れている父親の方を見やる。
「ん? なんだこりゃ。血か。死にかけてんのか?」
「…………お父さん…………」
「ああ、なんだ。こいつお前の親父かよ。あーあ、こりゃもうすぐ死ぬな。こいつ楽にしてやればテメーも泣き止むか?」
「や、止めて……」
口元に冷笑を浮かべながら、王は動かない女の子の父親を何度も足蹴にする。
「止めてよ……お父さん、死んじゃう……」
「聞こえねーなぁ。ははは!」
くしゃりと女の子の顔が歪む。目の前ではずっとサンドバックのように蹴られ続けている父親の姿がある。
「どうして……」
女の子は目の前が真っ暗になりながら、信じられない思いで一杯だった。
どうして自分たちがこんな目にあうのか。
どうしてこんな痛い思いをしなくちゃいけないのか。
どうしてこの男の人はこんなひどい事ができるのか。
どうして……どうして……
問いと共に内へ内へと沈んで行く。
頭の中がぐちゃぐちゃになり、悔しさと恐怖とで涙が次々に溢れてくる。
渦巻く感情の坩堝。数多の感情がうねり、押し寄せる中でその中に小さく注がれたものがあった。
それは一滴の黒い雫。ほの暗い衝動。絶望、諦観、そして……
芽生えかけた『それ』に気付く事なく、女の子はただ助けを、救いを求めて手を伸ばす事しかできなかった。
「た、助けてよぅ……お父さんが死んじゃうよぉ……」
その哀願に――
「助けが欲しいのですか?」
応える声があった。
女の子の真正面からしたそれは静謐な声だった。
「え……」
涙で汚れた顔を上げる。
そこにはいつの間にか中肉中背の、見知らぬ外国人の男性がいた。ニコニコと微笑みながら女の子を見下ろしている。
マカーブルだった。
「おい、なんだてめえ」
王がマカーブルに気付き、誰何するもマカーブルは女の子だけを見ている。
「どうしました、助けが欲しいのでしょう?」
「た、助けてくれるの……?」
「ええ」
それはこの上なく慈愛に満ち満ちた聖者の如き微笑だった。
「お、お願い。助けて。お父さんを助けて! 死んじゃう!」
必死にすがる女の子の姿に、彼は満足したように一度だけ頷く。
魔王は一度、嘲う。
「では、助けましょう」
マカーブルが膝を折り、女の子の顔を覗きこむ。
息が触れ合う距離で、女の子とマカーブルの視線が交わる。
その一瞬、マカーブルの碧眼が光った。
更にマカーブルは立てた人差し指を己の唇に当て、そっと息を吹きかける。それからその人差し指で女の子の額を突く。
女の子の体が羽のように軽くなった。
「おい、いきなり出てきて何をして――」
苛立った声色で王が上体を少し折ってマカーブルの肩を掴む。
それと同時に素っ頓狂な声が下から上がった。
「……えっ?」
気がつけば、女の子の小さな手が王の喉を抉っていた。それはあまりにも鋭く、速く、一切の躊躇がなかった。首の肉はまるでゼリーのようだった。
彼の顔はきょとんとしたまま、サングラスの奥の瞳は何が起きたのかすら分かっていないようだった。
ただ口だけが金魚のようにパクパクと動いている。
女の子はそのまま中の頸椎を握り締め、捻り折り、白骨を力任せに引き千切る。有り得ない握力だった。
「え? え?」
ゴトンと中身の詰まった重い塊が地面へと転がり落ちる。
真っ赤な噴水が空へと舞う。
それが何なのか理解しきれないまま、女の子の体は主の意思を置いてきぼりにして次々と目まぐるしく動いていく。
「こ、このガキ!」
「王さん! よくも!」
激昂した残りの二人が宝貝を取り出そうとする。
「ち、違うよ――」
口ではそう否定するが、女の子は既に次の行動に移っていた。
何かに操られたように動く自分の体を女の子は信じられない思いで、むしろ底知れぬ恐怖を覚えながら眺め続けるしかできなかった。
猟犬のように飛び出し、男二人へと肉迫する。
腕を引っ張れば肩から千切れ、掌底は腹を突き破り、手刀は背の皮一枚を残して脇腹を深く切り裂く。
その度に生々しい感触が女の子の手から伝わる。
真っ赤な血が滴り落ち、管のような何かが絡みつき、ぬめりと臭いと脂とが手の平にべっとりと付いて離れない。
「ひぃっ!?」
死体が三つ、新たに転がっていた。
あっという間だった。
女の子の紅葉のような手が今まさに作りだしたばかりの死体が太陽の下に並んでいる。
そうなるまでの経過をこの上なく間近で目の当たりにした女の子は、再び半狂乱になって悲鳴を上げた。
「いや、いや、いや、いやっ、いやあああああああああああああああああああ!!」
涙が溢れ出す。
それは先ほどとはまた異なる涙だった。
正気と狂気の境目が崩れ、死と血と罪に怯え、己の行為の結果をあらん限りに否定する。
「なんでっ! なんでっ! あたしじゃない! あたしがやったんじゃないのに! どうして! やだ、やだよ! 違う、あたしじゃない、あたしはこんなのやりたくなかった!」
「本当に?」
ピタリと叫びが止まる。
幽鬼のような囁き声がした。
それは毒。
蛇のようにスルリと心の間隙に入り込む。
背にヒヤリとした感覚。ツララを差し込まれたようなその感覚に、女の子は戦慄きながらも咄嗟に否定した。
「ち……違うよ…………あたしは……違う……」
「そう? 本当に君は思わなかった? こんなやつら死んでしまえと。こんなひどい事するやつなんてこの世から消えてしまえと。本当に君は心の奥底で一片たりとも思わなかったのですか?」
周囲のざわめきと人だかりがどんどん大きくなっていく。そんな中、二人のいる場所だけが静けさを保っていた。
マカーブルが女の子の前へと悠々と歩いてくる。
できた血溜りを意に介さず踏み渡り、厳かな聖職者の如き威を纏って。
その顔は最初に会った時から変わらず笑顔のままだった。
「違う……違うよ……違う……そんなの……嘘…………」
女の子は首を振り、必死に否定する。
けれど言葉に力はない。ただ溺れるように「違う」と繰り返す事しかできなかった。
「そうですか」
そんな女の子にマカーブルはさして頓着する様子もなく、あっさりと引き下がった。
一度倒れ伏す女の子の父親の傍にかがみこみ、脇腹に手を当てるとそこから淡い光がした。それは父親へと染み入るように弱くなっていき、消える頃には落ち着いた呼吸になった父親の姿があった。
「けれど良かったですね。これでもう君に危害を加える者はいなくなりました。安心していいのですよ」
マカーブルの足元から青い炎が噴き出す。
それは渦を描き、最初に殺された男子と三人の男性の体をゆっくりと呑み込んだ。炎の中で死体は灰へと還っていく。
ただ一つ、王の生首を残して。
「はい、これを」
まるでメロンかスイカのように拾い、そのまま女の子の前へと差し出す。
女の子の両腕は勝手に前へと伸ばされ、それを受け取る。本来であれば十歳にも満たない女の子にとっては手に余る重量が加わる。
「私が君を助けた証です。君が生を願い、勝ち取った証でもあります。よくできました」
出来のよい生徒を褒めるかのようにマカーブルは女の子の頭を撫でる。
「君に神と精霊の祝福のあらん事を」
女の子の頬を優しく一撫でし、笑顔を向けた。
その笑顔は最初から今までずっと、変わる事はなかった。
「ひっ!」
女の子の手がゆっくりと動く。
その手は赤ん坊を優しく抱くように、それを抱え上げた。
「あ、あ、あ……」
視界一杯に広がるそれは、つい先ほどまで言葉を喋り、動き、息をしていたもの。
今は徐々に温かみが失われつつあり、血の気もなくなっている。
かつて王と呼ばれた男性の残滓。この世に残された唯一の本人たる証。
生首。
鼻や口からは勢いを失った血が流れ、その目はあらぬ方向を向いている。
「はっ……はっ……」
その生首をそっと抱きしめた女の子は、ふと目の前のそれと目が合う。
光を宿さぬ濁った虚ろな目が、女の子を見つめていた。
「あ…………ああああああああああああああああああああああ!?」
絶叫が空気を震わせ、天を突き刺す。
喉が裂けんばかりのその大音声はいつまでも止まず、涙を流し続ける。
マカーブルはそれを微笑ましそうに見守っていた。
女の子、春宮陽奈は覚めない血色の悪夢の中で悲鳴を上げ続ける。
声が枯れてもなお。
ずっと、ずっと。
ずっと。
☆☆☆★★★
『……それでは次のニュースです。今日昼過ぎ、○○○ワールドにて火災が発生致しました。これにより……男性四人が死亡。男性一人が重傷を負いました……また、近くにいた小学生の女の子が巻き込まれ……』
グロ表現はなるだけマイルドにしたつもりです。
なお、王達は遊園地に入る時はサングラスを外してました。
さて。これにて一章完結となります。
二章から仲間となるキャラ達の登場です。
まずはガリヒョロ栄養失調寸前の借金双子姉妹から。
花見-1-から始まって、花見-2-で終わる予定。




