1-19 S岳掃討作戦-場外にて-
「負傷者の収容を完了しました」
「現地住民の避難勧告は完了。現在誘導に移っております」
「部隊の再展開完了。いつでも迎撃できます」
「戦線の建て直しは問題ないか」
次々と並行して各種処理をしていた本部天幕の水前寺一尉はひとまずほっと一息をついた。
突如、山頂へ一斉に駆け戻っていった妖怪達は今の所麓へと戻ってくる気配はなかった。それ幸いと水前寺一尉は各所に連絡を飛ばしながらよりしっかりとした防衛ラインの構築を続けていた。
そして山頂付近の鬼神と玄武は未だ暴れており、その戦闘音は離れた場所にある本部にまで響いているほどだった。
彼らには一体何者かは分からないが、黒い雨に阻まれてS岳に進軍できない以上鬼神の注意を引きつけてくれているのは非常に有難かった。また、最後に連絡を寄越して鬼神顕現後もずっと一切の連絡がないアズサの動向や安否も気になるところだった。
「五芒桜花ですが、現在急行中です。先ほど出立し、予定到着時刻は――」
連絡を受け取っていたオペレーターがそう報告してくる。
心強い援軍が向かってきている。それだけで希望が見えてくる。ここでまだ踏ん張れる。そう水前寺一尉を始めとした全員の士気が上がる。
「よし。白菊の方はどうだ?」
「……それが、その」
「どうした?」
途端、歯切れの悪くなったオペレーターに水前寺一尉はその表情が曇ろうとしかけて踏みとどまった。
「はっ。白菊は――」
オペレーターは意を決したように報告を続ける。
その回答はあまりにも不可解なものだった。
「なに……既に出動している……? バカな。要請を出して承認、召集、装備を整えて出動までまだ時間がかかるはずだろう……」
その疑問に答えられる者はいなかった。
☆☆☆☆☆☆
望月陽一は満身創痍だった。
相対する『喜びの魔王』マカーブルは余裕の微笑を浮かべたまま無傷だった。
S岳近くの上空で二人は何度も激突していた。いや、正確に言うのであれば、先へ進みたい望月が微動だにせず阻み続けているマカーブルへと一方的に挑み続けている、と言うのが相応しい。
凪いだ風と薄い酸素と極寒の気温の中、望月が幾度となく距離を詰めて太刀を繰り出しては防がれ、マカーブルから手痛い反撃を食らうという光景が繰り返されていた。
「……クッ!」
「今度はフェイントからの時間差ですか。確かにいい太刀筋です。ですがそれも無駄です。その程度では私の障壁は突破できませんよ」
太刀がマカーブルの首に触れようかとする直前、空間に波紋が広がる。まるで水面に石を投げ入れた時のような景色の歪みが太刀とマカーブルとの間に局所的に発生した。
そして太刀はまた何の手応えもなくマカーブルを素通りする。
まるで実体のない影や幻、幽霊を斬ったかのようだ。
それでも更に振りぬいた太刀を戻して斬りかかろうとする。完璧な魔法などない。どこか穴や抜け道、綻びがあるはずなのだ。
だがその攻略の糸口を探ろうとする望月より早くマカーブルが動いた。
二の太刀を返す前に望月の目の前からマカーブルが消えた。いや、望月の立ち位置が接近前に戻っただけだ。少し離れた所でマカーブルが不動のまま微笑んでいる。
「ではペナルティです」
マカーブルが指を鳴らす。
同時に彼の前面に拳大の雷球が無数に現れる。ズラリと並んだ雷球は半月を描き、一斉に放たれた。
「……!」
即座に弾幕の薄い箇所を探すも、マカーブルの構築した魔法にそのような隙や乱れはなかった。
電撃の華が煌びやかに咲く。
避け切れなかった雷球が着弾すると同時に轟音と衝撃が望月を貫いた。
なんとか闘気の鎧で耐え凌いだものの、体のあちこちから煙が立ち昇り、庇った左腕には大動脈と毛細血管のような跡が浮かび上がる。
遊ばれている。
その事実を屈辱と共に噛み締めざるを得ない。
だが、何度も手を変えて攻撃を加え続けながらも敵であるマカーブルの行動と能力を検証していた望月は、一つの結論を導き出す。
「武人タイプではなく、魔法使いタイプか」
「ふふ」
マカーブルは無反応。だが少なくともその挙動から肉体を鍛え上げているようには見えないし、これまで一度もマカーブルが肉弾戦をしようとしてきた事はない。全て魔法による攻撃のみだ。
マカーブルの能力は今の所竜巻と空間、火、水、雷といったものばかり。
「……自然現象と空間を扱う……仙術か……?」
自然と空間を扱う退魔術士の種類はいくつかあるが、中でも代表的なのは仙人だ。彼らは宝貝といった魔法道具を使って自然現象を引き起こし、或いは幻術を使い、また空間を自由自在に使いこなす強力な退魔術士だ。
だがマカーブルは今まで宝貝も魔法陣を使った形跡がない。
それに仙人ならばもっと高度な空間操作ができるはずだ。それこそ異空間を創造したりする事も可能だ。
仮に仙人であるのなら手札を隠しているのか、それとも使えない理由でもあるのか。
「何にしろ戦闘サンプルが少なすぎる……」
『喜びの魔王』の名前が囁かれ始めたのは三年ほど前。だがこれまで目立った活動形跡は無し。
どんな戦闘スタイルなのか、どんな魔法を使うのか、どんな武器を使うのか。その『魔王』という異名を戴いておりながら、そのほとんどが不明なのだ。
そして退魔術士としての正体も分かっていない。錬金術士なのか、祓魔師なのか、ルーン使いなのか。はたまた西洋人に見えるが実は仙人だったり、陰陽師だったりする可能性もないとは言い切れない。或いは、珍しい才能だがそれらの内の複数の魔法を扱えるのかもしれない。
とにかくデータが不足しているのだ。
『魔王』の実戦データを欲しがる国、組織、人は多い。それこそ高値でも買うであろうほどに。それほど今の望月は非常に特殊な状況下にいて、マカーブルの引き出しを少しでも多く引き出す事にはそれだけで価値があるのだ。
「まだ続けますか?」
「……」
「このまま君の相手を続けるのも少々飽いてきたところです。まだやるというのであれば、そろそろ本気を見せてもらいたいのですが……こんなものではないはずでしょう、君の本気は」
マカーブルは少し困ったように小さく首を傾げてそう言うが、望月は既に本気だった。それでなおあしらわれ続けている。余所見のおまけ付きでだ。
望月はその挑発に付き合わず、傷ついた体をおして再び魔法により構築されたマカーブルの迎撃システムに挑みなおす。
望月の接近を阻む炎の壁に、待ち構える雷球と風圧弾の列。所定の位置にて凶弾が火を吹く瞬間を待っている。
更にマカーブルの両脇に生み出され、空を泳ぐのは氷白鳥と嵐隼。魔法により生み出された自然の具現化。精霊に近い魔法生命体だ。
前髪に隠された目にわずかな苦い色を浮かべながら、望月は呼吸を整えた。
「魔王を倒せなくてもいい。一太刀入れてこの膠着した状況を突破しないと……」
直線距離にして2、30mほどある間合いを、妖刀の力でもって一気に詰める。風の防御膜を纏いながら即座に亜音速に達し、炎の壁を破る。
そこに殺到するのは雷球。破られた炎の壁の箇所へと自動的に五球一組で放たれる。それを見切り、或いは太刀から生み出した衝撃波の壁で打ち払う。更に隙間を縫うように無色の風圧弾が望月へと襲い掛かる。それは侵入者が雷球に気を取られて知覚し難いようなタイミングで密かに牙を剥いた。
そんな望月の奮戦を思案顔で眺めながらマカーブルは嘆息する。
「どうやらこのままではそれが限界のようですね」
氷白鳥から放たれた氷柱が爆散し、氷の飛礫が望月へと襲い掛かる。それを全て一瞬で切り裂き、更に氷白鳥へと肉迫して一刀の元に切り伏せる。
自らの防衛線が着々と崩れているにも関わらず、マカーブルは頓着せず下の鬼神と人間との戦いを眺めながら望月の扱いについて考える。
「さて、どうすれば本気を出してもらえるのか……」
双翼から生み出された嵐隼の突風が望月を急襲するが、妖刀の力の前には何ら障害になる事は無かった。その妖刀の飛空能力は色のない突風を完璧に知覚し、その流れを読む。
接近を許した嵐隼はいとも容易く切り裂かれ、世界から消滅した。
これでマカーブルを守る壁は無くなった。間を置かずに再び挑みかかろうとした望月は、しかし気がつけばマカーブルに背後を取られており、その背に青い炎を叩き込まれる。
炎は風の防護膜を一瞬で喰らい尽くし、望月はたまらず短い悲鳴を上げた。
「ほう。直前で身を捩ってダメージを軽減させましたか。うん。良い反応です」
「く……!」
墜落しかけていた望月が体勢を整えて再び戦いの場へと飛び戻り太刀を持ち上げるも、構えるだけで精一杯だった。
肩で息をしながら、前髪に隠れながらも目の前のマカーブルを睨む目はまだ些かの戦意の衰えはなかった。
だがそれも、次のマカーブルの言葉で霧散する。
「ふうむ……やはり聞いていた話と随分と違いますね…………彼の見込みが間違っていた? しかしそんなはずはない。事実、彼はああして討たれたわけですし。四年前に」
凍てつくような風が吹き抜けた。
「…………彼?」
その問う声はわずかに震えていた。
だがマカーブルはどこ吹く風というように続ける。
「ええ。君のよく知ってる人ですよ」
「……」
「彼とは友人でしてね。少々嗜好は合いませんでしたが、それでも中々に面白い方でしたよ。もちろん君の事も何度も聞かされていました。それはもう嬉しそうにね」
「…………」
「ええ。君の兄弟子の事ですよ。そう、君が四年前に殺した『コレクター』、彼の事です」
「…………だまれ」
「あの世界屈指の彼が君に殺されたと聞いて、彼の言葉を思い出したんです。それで日本にはるばる出向いて君に会いに来たのですが……この程度の実力で彼を殺せるわけがないでしょう。それとも、君が彼を殺したというのは何かの間違い、何らかのカラクリ、もしくは不幸な事故でもあったのですか?」
心底沈痛そうに語るマカーブルに、望月は静かに答える。
「――もうその口を閉じろ、魔王」
底冷えする声に空気が張り詰めた。
変容した空気はマカーブルへと伝播し、『魔王』をしても無視できない小さな重圧となって圧し掛かってくる。
「ふむ」
あからさまに変貌した望月の様子に、ようやく手応えをつかんだとばかりにマカーブルは内心膨れ上がる好奇心を抑えられなかった。
だから、続けた。
「ああ、確かに君にとっては不幸な事であったのでしょう。ですがその結果はきっと彼にとってはこの上なく幸せな事だったのです。彼は常々君の才能を褒めていましたよ。それはもう大層に嬉しそうに、愛おしそうに。だから、そんな彼を君が殺した事は何ら悲しむ事ではないのです。正に君は彼の望みを叶えてあげたのですから。ですから――」
魔王は慈愛溢れる微笑を浮かべ、優しい声音で言った。
「そう嘆かずとも良いのですよ」
「……」
その返答は閃く白刃だった。
これ以上ないというくらい、明確な殺意。怒りを乗せて。
「おっと」
これまでと同じように紙一重の見切りで身をかわすマカーブルは、やはり微笑を浮かべていた。
「いいですね。今のは実に素晴らしい剣の冴えでした……っと、おや」
「……」
望月は止まらなかった。
二撃、三撃と太刀が伸びてくる。それら全てが芸術的なまでに鋭く美しく、マカーブルもまた感嘆の息を漏らすほど魅入られるものだった。
「おお」
無言のまま次々と振るわれる閃光の如き追撃の刃に、初めて気を引き締めて事に当たるマカーブルの姿があった。
「むむ」
唸るマカーブルが戦艦を灼く炎を広範囲に放つも望月はそれ以上のスピードで逃れ、捉えられない。速度自体は以前と変わっていない。違うのはその動き、その反応速度だった。
マカーブルが引き離せない。
空間歪曲で斬撃を無効化し、氷壁の盾で太刀を防ぎ、新幹線に近い数万馬力の爆風で殴打する。
だがどんなにあしらっても即座に食い下がって来る。
突き。払い。薙ぎ。斬り下ろし。斬り上げ。
白刃が走り、迫るのを止められない。
「っと、これ、は」
『魔王』が防戦一方になっていた。
それは瞬間の連続。
首を狩る刃。
袈裟懸けに肩口から両断する刃。
意識の間隙を突いて背後から振り下ろされる刃。
「……」
まるでようやく眠りから目覚めたかのように冴え渡る望月の太刀捌き。
見違えるような動きは今までの攻防など準備運動と言わんばかりに『魔王』へと追い迫る。
いつの間にかマカーブルは回避で手一杯になっていた。
気を散らせば命を取られる。そんな鬼気迫る太刀の切っ先が何度も眼前を切り裂いていく。
ここに至り、さすがのマカーブルも軽口を叩く余裕がなくなった。真剣に、細心の注意を払ってその攻撃を的確に魔法で捌いていく。
しかし望月のそんな怒涛の攻勢を以ってしてもマカーブルの壁は厚く、ついに一太刀も浴びせられる事はなかった。
「ふう」
幾多の攻防の果てに強烈無比な稲妻に打たれ、望月の姿が遠くF6竜巻の中に吸い込まれ消えるのを見届け、一息つくマカーブル。
秒速140m超えの風速という史上屈指の竜巻を維持し続けるのは、彼をしてもさすがに骨の折れる魔法だった。
「いや、今のは素晴らしい。本当に斬られるかと思ったのは久し――」
冷や汗混じりの掛け値なしの称賛。
その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
「――!」
初めて魔王の表情が凍りつく。
目の前で暴威を奮う竜巻の光景への一瞬の違和感。
『逃がした』。その直感が全身を走りぬけた直後、それが正しかったのは次の瞬間に証明された。
前方上空から雨あられと降り注ぐ衝撃波の弾雨。その一発一発が非常に重く、強い。
避けるには間に合わないタイミングで、マカーブルは咄嗟に広範囲に渡る衝撃波を発現させて迎撃する。
「しまっ――!!」
そして気がつけば脇を取られていた。
確実に竜巻へと押し込んだはずだった。だが、望月はそこにいた。マカーブルの上空横手から躊躇いも迷いもなく一直線に最速最短で迫ってくる。前髪に隠れたその奥の瞳に必殺の意志を秘めて。その手に構えた妖刀は既に振り下ろしの初動へと入っている。
その瞬間、確かに望月は『喜びの魔王』の上を行っていた。
それでもマカーブルとて最強の一角。すぐさま空を蹴って間合いを取り、右手で空間歪曲の魔法を行使すべく動いていた。それは刹那の判断。素晴らしい反応速度だった。
しかし一拍遅い。
振り下ろされる太刀。
その太刀に篭められた力の強大さに、マカーブルの背が粟立った。
太刀の方が速いと見るや、即座に右手の魔法を捨てる。ミリ秒の世界で左手に可能な限りの魔力を回し、同時に体を半身にズラしながら太刀の軌道上から逃れようとする。
魔力制御を放棄し自爆同然に左手に集めた魔力が純粋なエネルギーとして発現する。前へと出しながら己の左手が膨大な魔力エネルギーに晒されへしゃぎ、折れ、砕ける。
そして、そうまでして発現させた魔力エネルギーと望月の渾身の一撃がぶつかり合う。
「おお……!!」
マカーブルが喜色を露わに震える。
太刀は彼の抵抗など無きが如く、『魔王』の左腕を両断した。
そして太刀の描いた軌跡はそのまま空を裂きながら彼方の地上へと飛び去っていった。
「…………なるほど」
地上に落ちて行く左腕を一瞥すらすることなくマカーブルは得心がいったとばかりに小さく頷いていた。
腕の切断面から血が零れ落ちる事はない。
「確かに彼の言っていた通りでした。最後の一太刀、あれほどのものを体現できる者など世界に十人といないでしょう。あれは私であっても脅威足り得る。まさに至高の剣。ええ、ええ、そうです」
マカーブルは祈るように残った右手を胸に当て、これ以上ないくらい至福の微笑みを浮かべて言った。
「君は条件付きではありますが、私たちに匹敵する力がある。『魔王』候補よ」
一方、『魔王』と同格との評価を受けた望月はといえば。
「はぁっ……はぁっ……」
息を荒げ、冷たい汗を顔から流しながら項垂れている。
先の爆発的な攻勢に全力を費やしてしまったのか、もうろくに顔を上げられなくなっていた。更に姿勢制御も不安定で、小刻みに浮き沈みを繰り返し、前後左右にふらついていた。
そんな無防備に近い状態の相手を前にしても、片腕を切り落とされたばかりのマカーブルは上機嫌のまま何ら手出しをしようとはしなかった。
「とはいえ、今の段階ではあくまで瞬間的なもの。まだまだ不安定な点がウィークポイントですね。実力にムラがあります。しかも全力を出せばすぐにスタミナ切れになるなど……もっと精進なさい」
出来の悪い教え子にするように人差し指を立ててマカーブルはそう言った。
「しかし、ああ、実に愉快です。こんなに楽しい気分になったんは久しぶりですね。真にいいものを見せてもらいました。最後の最後で良い収穫でした。君のあの最後の一太刀をこの目で見れただけでこの国に来た甲斐があったというものです。ふふふ。あの彼が嬉しそうに『自分を確実に超える子がいる』とまで評し、あまつさえ私と同格になり得るなどと言うからどんな子かと思ったのですが……最初は正直落胆していたのですよ。この程度なのか、と。確かに強いであろう事は認めましたが、それでも到底『魔王』に及ぶべくも無いと思っていましたので。それが、あの最後ときたら……はぁ。今日は本当に素晴らしい日です」
そこでマカーブルは一旦言葉を切る。目の前にいる望月から視線を外し、明後日の方向を見ながら物憂げな表情をした。
「さて。別口の客も到着したようですし、君との語らいもお仕舞いですか」
「客……? まさか!」
望月もまた力を振り絞って面を上げる。その瞬間、周辺一帯の空気を大きく震わせる衝撃が二人の間を走りぬけた。そう、まるで雷鳴が轟くように。
マカーブルは笑う。
そこに今まで望月に向けていたような好意的な色は一切なく。
マカーブルは哂う。
浮かべた穏やかな微笑はそのままで、ひどく酷薄に、冷めた目で。
そして、彼らは戦場へと入って来た。
菊の紋章を背負い、白の荘厳華麗な羽織を纏った偉大なる退魔術士達が。
初撃は国産携帯式ミサイル三発。赤外線による誘導とカメラの画像認識機能を用い、約マッハ2の飛翔速度でマカーブルを狙う。
更にミサイルには文字が彫りこまれており、退魔術士が所定の手順を経て力を篭める事でそれは魔弾と化す。
使用した魔法は幻影。一発のミサイルに対して同じ姿形をした偽りの幻影を約50本分生み出す。結果、三発で合計150近い数の虚実入り混じったミサイルの弾幕が一斉に襲い掛かる。
「……!」
さすがに顔を引きつらせた望月が急いでマカーブルから離れる。今の弱った身にあのミサイルの火力はかなり厳しい。
当のマカーブルは即座に高速で迫るミサイルの本体がある空間に大雑把な当たりをつけ、無数の雷球を放つ。
一発約1500万円の盛大な花火が三つ、誘爆を含めて空中に華々しく咲いた。
音と爆風が鼓膜を破るほどに一帯の空域を激しく震わせた後、その次にやってきたのは蛇に似た姿をした霊獣、白龍に乗った六名の男女だった。
「見ぃつけたあああああああ!!」
白い羽織の男性が、まずは挨拶代わりに両手に持った50口径の重機関銃を乱射する。銃本体には軽量化の魔法が、銃弾である焼夷弾には火力をより高める魔法が付与されている。
約8mもの給弾ベルトが機関銃へと飲み込まれ続け、次々と空の薬莢が反対側から飛び出していく。銃口からは火を吹き続け、リズミカルで軽快が音が白龍の背から鳴り響き続けていた。
銃弾の雨が降り注ぐも、マカーブルはそれすら涼しい顔で無効化していた。
マカーブルの正面に銃弾が届く度に、池に垂らした一滴の雫が如き波紋を次々と空中に残して銃弾は着弾する事無く何処かへと消えていっていた。
「さすがにこの弾幕を防ぐのは面倒ですね」
いかな『魔王』とて音速の鉛弾を無防備にくらえば痛手だ。被弾箇所によっては致命的になる。
正面に展開した『防壁』を片手間で維持しつつも、マカーブルが極大の火炎放射を放つ。戦艦をもすっぽり呑みこむ大きさのそれが白龍へと走る。
「うぉ、やべっ!」
男性が慌てて機関銃を止める。火炎放射の中に突っ込んだ銃弾が次々と爆発する。その一発一発の威力は大砲の砲撃となんら遜色なかった。
そこで白龍の背に乗る一人の女性が立ち上がり、手を胸の前で横なぎに払う。
「水剋火」
現れた水の膜が火炎放射を覆い包み込むように広がる。それは呆気なく火炎放射を消し去った。
「おぉ?」
マカーブルの声に小さな称賛が混じる。あの火炎放射は一流の退魔術士でも防ぐのに手を焼くくらいの威力を篭めていたのだ。それを事も無げに処理した女性はさぞ名のある退魔術士に違いなかった。
一方の女性は堂々とした立ち居姿で、射抜くような視線をマカーブルへと向けていた。
女性は四十代頃だろうか、長い黒髪を後ろで結い上げて古びた簪を挿している。その眼差しは雪女もかくやというほどに冷たい。
職人芸の結晶とも言うべき気品ある着物を着ており、その上に白い羽織を纏い、首には美しい勾玉の首飾りがかけられていた。
着物は紫を基調としており、退魔術士ならば一目で分かるほど尋常ではない霊格を有している事に気付く。それも当然。聖なる力が満ちる神域で織神によって一本一本の霊糸を丁寧に、神の力を篭めて織られた最上級の品だ。着物に編みこまれた魔術式は十を超える。そのどれもが強い加護を秘めている。伝説に残る神の武具となんら遜色ないだろう。
「ああなるほど。その魔法、その衣服、上着の紋章……さては君が『勾玉』ですね」
「ええ、初めまして『喜びの魔王』」
「ふむ。となると、そちらのもう一人の紫色の民族衣装を着ているのが……」
次にマカーブルが目を向けた男性はというと、空を悠然と泳ぐ白龍の背から身軽に飛び降りていた。あわや地上までダイビングかとも思われたが、その足に白い雲が現れ、それが足場となって空中に降り立っていた。まるで西遊記にある金斗雲のようだ。もっともあちらは仙術であり、こちらは魔法道具である靴による魔法だったが。
その男性は2mにもなる野太刀を片手に下げ、ふらふらの撃沈寸前の望月へと声をかけていた。
「なんだなんだ。随分と派手にやられてるじゃねえか、陽一よぉ」
「……『剣』様」
「もうちょいしっかりしろや。あの方の直弟子だろうが」
『剣』と呼ばれた三十代ほどであろう男性はガハハと豪放に笑い飛ばしていた。
『勾玉』と呼ばれた女性と似たような、けれどより赤紫に近い葡萄色の戦装束に身を包みんだ、がっしりとした体躯の男性だった。鍛え抜かれた肉体は力強さと生命力に溢れ、山男のような顔にはひどく好戦的な笑みがあった。
元々は平安朝の武将装束だった直垂姿で、名を『葡萄本大和錦二ツ引両勝見襷鳳凰立涌』という。大相撲の行司姿に近いそれは、現代において新たに仕立て直されてより戦闘向けにカスタマイズされている。
その腰にはヒモにくくられた鍔が揺れている。三羽のスズメが中心に向かい合っている意匠が彫られた鍔だ。
『剣』、『勾玉』、『鏡』。これらは日本を代表する退魔術士に与えられる、日本最高位の称号だ。
日本の数ある退魔術士組織の中でも最強である『白菊』。その中で随一の力を誇る者に与えられる名誉ある地位。
つまりそれが意味するところは日本筆頭の実力者。日本の威信を背負って立つ者。日本に属する全退魔術士の頂点に立つという事だ。
その内の二人が揃ってマカーブルの前にいる。他、『白菊』の四名を従えて。
その様は威風堂々。百戦錬磨の貫禄は近くにいるだけで息を詰まらせるほど。
「まあとはいえ、さすがに今回はちょいとばかり相手が悪いか……んーで、手前が魔王か。はっ、確かにこりゃあ中国や欧米の奴らと同じ臭いがすらぁ。とんでもねえやばい化け物の臭いだ」
緊張が走る。
既に『剣』は戦闘態勢に入っている。後ろの白龍に乗ったままの『勾玉』以下四名もまたマカーブルの挙動に最大限の注意を払っていた。
「ううん、皆さん怖い顔をしていますね。そんなに怒らせる事をした覚えはないのですが……しかし見たところ紫はお二人のみ。あと一人の『鏡』という方はここには来ていないのですか?」
「手前が気にすることじゃねえよ」
「つれないですねぇ」
苦笑するマカーブル。
「しかし、ここで油を売っていてもいいのですか? あなた方『白菊』の相手はどちらかというと今まさに暴れているあちらの鬼神の方が先決ではないかと思うのですが。おそらくは2A級……放っておけばとんでもない災禍を振り撒き、大勢の死傷者を生み出しますよ」
「はっ」
そのマカーブルの尤もな提示は一笑に附された。
「何言ってやがる。ぶっちゃけあっちで暴れてる鬼神より手前の方が脅威度は上だっつーのが俺らの総意さ」
2A級の鬼神・両面宿儺。戦車を蹴散らし、戦艦をひっくり返し、城砦をも一撃で叩き潰す伝説の怪物。
都市を炎に包み、広域に渡って破壊を振りまく悪夢の権化。
それを、『剣』と呼ばれる日本最強格の男性はマカーブルより下だと言った。
それ以上に危険だと、そう断言した。
それを受けて『魔王』は哂う。
「それはそれは……随分と過大な評価をしてくれているようで」
「正当な評価といいな。こっちはずっと手前を張ってたんだよ。大体この辺りに出てくるってーのは分かってたからな。それにあっちにゃあ『血塗られた名刀』がいるみてーだしな。そんなわけで、手前はここで討つ。覚悟しろや」
一触即発の空気が流れる。
もはや問答は無用とばかりに『剣』が臨戦態勢に入り、その全力を解き放つ。
大気が震え、大空が悲鳴をあげる。
更に、日本最強を冠せられた武と魔道の二大巨頭を先頭に、その後ろに付き従うは同じく最強の退魔術士達。
霊獣使いの若き女性が。
付与魔法の使い手の壮年の男性が。
糸使いの初老の男性が。
尖った犬歯を持つ幼い姿の幼女が。
それぞれ空を踏みしめ一歩分、軍隊のように整然と前へと進み出る。
それだけで天は乱れ、どんなに屈強な精兵でも膝を折るほどの戦意が周囲に満ちる。
勇壮なる益荒男。雄雄しくも可憐な戦乙女。
彼ら、日本最後の護国の防人を前にしたマカーブルは構えるわけでもなく、ただ暢気に思案顔を浮かべながら口を開く。
「そうですね……」
チラリと眼下のS岳の方角を見やる。
足元の黒雲は急速に散り散りになっていっており、不穏な空気も払拭されつつある。
「どうやらあちらも終わったようですし、今日はいいものが望外にたくさん見れました。それに今はこの通り分が悪いのでこのまま退散するとしますか」
にっこりと笑ってそう言った。半ばから先がなくなった右腕を皆によく見えるように上げ下げしながら、それはいっそ清々しいまでの爽やかな笑顔だった。
「……ぬかせ」
噛み付かんばかりに獰猛な唸り声を残し、『剣』が野太刀を振るう。
斬撃が空気を切り裂き、巨大な真空刃が呆気なくマカーブルを直撃する。
「なっ!?」
驚きの声は望月。
マカーブルが笑顔のまま頭上から股間まで唐竹割りにされ、左右に分かたれた半身が重力に引かれて自由落下を始める。
だがマカーブルを倒したはずの『白菊』の面々は未だ戦意を収めず、逆により警戒を強めた。
そして、それは半身の自由落下開始とほぼ同時だった。
その瞬間、『勾玉』が結界を張る。
その瞬間、半身から青白い炎が噴き出す。
それは一瞬で直径1km四方を包む巨大な火球となってその場の全員を飲み込んだ。
”では皆さん、ごきげんよう。望月陽一君。次に会う時を楽しみにしています”
「追うぞ!」
消え行く気配と飛び出す気配。
炎が消え、誰もいなくなった空域で望月は一人妖刀を握り締めていた。
これにてS岳掃討作戦における全ての出来事は幕引きを迎えた。
様々な出会いを生んだこの戦いは、賀茂総一にとってはかけがえのない財産となる。
そして『喜びの魔王』の活動が次第に活発化していくのも、この件以降であった。
氷白鳥と嵐隼はまた後で出てきます。二体の活躍を乞うご期待。ちなB級。




