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NHEX03 お家再興のため奮闘します  作者: mesotes
1章 賀茂家の栄華と没落、そしてS岳掃討作戦
13/21

1-13 S岳掃討作戦-山頂へ-






 時間はしばらく前に遡る。

「Cチーム、応答ありません!」

「だめです。Dチームも応答無し!」

「妖怪の反応多数発生! 主にDランク及びCランク! 現在麓にて展開中の各隊と交戦中! 至急の応援要請です!」

「『淀み』なおも急激に増加中! 魔界化の兆候あり!」

「やはりダメです! S岳に突入できません、黒い雨により負傷! この状態でこの数の妖怪と戦うのは……厳しいです!」

 阿鼻叫喚。

 作戦本部の天幕はまさに蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 交わされる声も固く、切迫している。次々と上がってくる情報は指揮官たる水前寺一尉の苦悩を増やすものでしかない。

「くそっ……山中の部隊は全滅か……!」

 突然の異変。山を覆う黒雲と振り出した黒い雨。急増する妖怪達。

 事態は混迷の度合いを一気に深めていた。

 そして何よりも目の前に魔界化しつつある山があるという事が作戦本部の絶望感を際限なく煽っていく。

 もはや天幕も安全地帯ですらなく、いつ山からあふれ出した妖怪達に防衛ラインを突破されて襲われてもおかしくないのだ。それでも逃げず、なおも踏みとどまっているのはただただ使命感ゆえだった。

 山の麓に配置していた自衛隊の第三陣は今、まさに対妖怪用の重火器を必死にぶっ放し続けている最中だった。次々と山を下りようとする妖怪を阻むべく、激しい音と銃弾の雨をバラ撒いている。

「上からの応援要請の返答は?」

「ハッ。第十二旅団から返答がありました。退魔自衛隊が現在急行中です。到着予定は――」

「そうか……応援が来るまで決して防衛ラインを抜かれるな! 妖怪一体たりとて山から降ろしてはいかん! そこが抜かれたら後は無防備な民家だ。被害が拡大するだけだぞ! なんとしても食い止めろ!」

「報告します! 県警からの妖怪対策課の応援が現場に到着。物資も届いたとの事です!」

「よし、これでまだ当分は持ちこたえられるか……」

「ほ、報告! 本庁から『五芒桜花』が出動しました! 現在入間基地に向かっています!」

「おお!」

 思わず各所から上ずった歓声が上がり、天幕内の空気が変わった。

 重く暗い雰囲気が吹き飛び、希望で明るく輝く。

 『五芒桜花』とは退魔自衛隊が誇る最強の退魔術士の部隊だ。日本でも精鋭の実力者が集まる部隊であり、防衛庁最強の切り札である。中でも部隊最強の退魔術士は高層ビルをも打ち砕く数少ない実力者だ。

 日本最強たる宮内庁の『白菊』に次ぐ最強部隊の一つと評価されている。

 彼らが出動したとあれば目の前の異常もなんとかなる。そんな信頼と実力があった。

 水前寺一尉の顔も目に見えて安堵の色が浮かび、声にも余裕が戻った。

「よし、基地からここまで輸送機で30分もかからない。彼らの到着まで踏み止まるぞ!」

 使用する中型輸送機の巡航速度は時速約650km、最大速度なら時速約800kmにも達する。部隊はまだ基地への移動中だが、それを含めても約1時間だろう。その間さえ持ちこたえられればいい。そうすれば到着した彼らを中心にして目の前の手に負えなくなった妖怪の巣窟を駆逐できる。

 一筋の光明を前にして幾分か軽くなった体で水前寺一尉は声を張り上げた。

「さあ、気を引き締めろ! まだ事態は収束したわけではない、我々は我々の仕事を完遂する。民間人に被害を決して出さないためにも、最後まで妖怪を一体残らず食い止めるぞ!」

「はい!」

 その時だった。オペレーターの一人が通信機を手にして大きく目を瞠ったのは。

「Aチームから連絡有り!」

「何!? 誰からだ!」

「………………アズサと名乗っていました。Aチーム先発部隊は生存者無し。他状況を説明した後、最後にこれから山頂へ偵察に行くと言ってすぐ切れました。後、最後に可能性としてここにAランク妖怪の顕現もあり得ると言い残してました……」

 Aランクという言葉が発せられた瞬間、場の空気が張り詰めた。

 Aランクは非常に重い意味を持つ。それは世界規模で固体、単体で識別するための名前が与えられ、以後神魔の歴史に永久に記される事になる。無論、それを討伐したのであればその事についても詳細な記録が残される。特に中核的役割を果たした者には国から勲章が授与される。

 都市を壊滅させ得る暴威の主であり、倒した者には後世に続く名誉が約束される。

 それがAランクだ。

 それが顕現する。その言葉は一瞬にして天幕に重苦しい重圧をもたらした。

 だが。今ならその重みに潰される事もない。

 例え最悪Aランクの妖怪が生まれていたとしても、『五芒桜花』ならまだ撃破できるはずだ。それだけの威信が彼らにはある。

 だから作戦本部は決して諦めず、現状を少しでも改善しようと奮闘できる。自分らにできる事を必死に模索しながら。

 Aランクだろうが必ず防いでみせる。そう決意して。


 ☆☆☆☆☆☆


 三人は山頂を目指し、襲い掛かってくる敵を蹴散らし続けた。

 先頭はアズサ。薄暗い黒い雨の中、怨霊と化した動物霊や黒い異形の鬼達が次々に湧くように現れ、牙を剥き出しにして彼女の肌へと食らい付こうとしてくる。だがそれが叶う事はない。

「フッ」

 軽い呼気と共に振りぬかれたアズサのバスタードソードの斬撃は鋭い闘気の刃を生み出し、刀身の届かぬ距離であってもその直線上にいる鬼らを(ことごと)く両断していく。その振りぬきのスピードは余りにも速く、並の戦士ではその目に映す事すらできない。

 まるで無人の野を行くかのごとく、アズサは敵を寄せ付ける事なく無傷のまま悠々と歩を進めていた。貴博(たかひろ)もまた、後方及び左右を警戒してアズサのフォローをする。総一は黙々と二人に遅れないよう黒い雨の中、足を必死に動かしていた。

 順調に見えるこの行軍だが、やはり妖怪との遭遇(エンカウント)率が尋常でない。ただでさえ多い敵の数が、山頂へと近づくにつれ更にうなぎ上りに増えていっているのだ。

 またその姿も今では小鬼から立派な鬼へと変わっている。黒い鬼の体長は既に2m近くあり、そこから振るわれる拳や金棒の暴力は鉄板だろうと易々ととぶち抜く威力がある。

 動物の怨霊もまた、小動物だったはずの姿が虎や獅子の如く肥大化した姿となって襲い掛かってくる。

 それでもそんな恐ろしい力を持つ鬼や怨霊を屠り続け、連戦に次ぐ連戦を続ける三人。

 倒しても倒しても次から次へとどこそこから現れる敵。その数だけ積み重なる妖怪の屍の数が増えていく。

 今ではもう数歩進むだけでまた新手が飛び出してくる。もはや一撃で倒さなければ処理が間に合わず、もしそれができなくなれば倒す数より襲い掛かって来る敵の数が多くなってしまう。一体に手間取っている間に別の所から新手が現れ、やがては囲まれ寄ってたかって押し潰される事になるだろう。

 敵一体一体との戦いは文字通り瞬殺ではあるが、予断を許さない戦況だった。

 アズサはバスタードソードを振るい続ける。そしてその斬撃の威力が少しずつ落ちている事に気がついていた。それはわずかながらも自身の体力低下であり、現れる敵達の高レベル化のせいだった。

 今はまだいい。だが、このまま進み続けなお敵達の抵抗力が上がり続けるようならば……

「余力のある内に撤退も視野にいれるべきね」

 そこでチラと後ろの二人に視線をやる。

 そこには頑なに山頂を目指そうとしている小さな少年と、少年に恭しく付き従う青年がいた。

 アズサは総一と貴博の事情を知らず、興味もない。掃討作戦が崩壊した今、ただの行きずりの関係に近い。だから二人に撤退を伝え、そこで意見が別れて一人で山を下りる事になってもアズサとしては何も問題はない。

 そう。何も問題はないのだ。

「……ああ、もう。どうしてこうなったのよ」

 毒づくようにそう小さな声で吐き捨てたアズサはバスタードソードを握る手に力を入れなおし、今までより強い勢いで斬撃を振るった。

 それは障害を排除するというよりも、どちらかといえば八つ当たりや苛立ちを目の前の敵にぶつけるように見えた。

「あんな禁忌(ゲッシュ)なんて立てるんじゃなかったわね。日本(こっち)にいる間は自重するように言われていたけれど……いざとなったらアレを使おうかしら」

 心の内でそう苦虫を噛み潰しながらも、アズサはそれを表情に出す事なく黙々と進み続けていた。

 ゲッシュとは誓約から成る。神と己に誓いを立てる事で、神の祝福と加護が約束される。誓いは一つでも複数でも構わない。だがもし一つでも破れば事故などといった形で死の運命が訪れる。それは決して避ける事ができない。

 アズサが立てたゲッシュは『戦場で12歳以下の人間の子供を殺さない』その一つのみだ。別段、ここで総一を見捨てて帰ってもゲッシュに反する事では決してない。だが、そもそもアズサが何故そんなゲッシュを立てたのか、と言えば……それはここでは想像に任せるとしよう。

 そうして山中を進んでいくと、次第に緑よりも雪や岩肌の占める割合が多くなってきた。

 木々を抜けると視界が広がった。見晴らしの良い開けた高原に出ると、その光景一面に鬼がいた。右を見ても左を見ても鬼、鬼、鬼。それほど密集はしているわけではなく、数m間隔に一体程度の割合ではあるのだが、それでもやはり見渡す限りの鬼の姿というのは地獄の真っ只中に迷いこんだような錯覚を受けてしまう。

 雨の中でもすぐさま生きた人間の臭いを嗅ぎ付け、鬼達が一斉にアズサ達へと顔を向けた。そして猟犬以上のスピードで金棒や大太刀などを片手で振り上げ、走り出してきた。

「オオオオオオオオ――!!」

 空気を震わせる咆哮と共に一目散に迫ってくるその光景は、まるで闘牛の群れのようだった。

「これは、一体ずつ相手にはしてられないわね。あなた達、自分の身は自分で守りなさいよ!」

 その言葉を置き去りにして、アズサはここで初めて颯爽と大地を力強く蹴った。

 そして先頭の一体をバスタードソードで頭から叩き潰す。更にそのまま足を止めず、鬼達の注意を引くようにこれ見よがしに剣についた血を大きく振り撒いた。

「さあ、こっちよ!」

 アズサの編上靴に刻まれた移動のルーンが淡く光輝く。黒い雨でぬかるんだ地面にまったく足をとられることもなく、オーバーコートをはためかせてアズサは疾駆する。

 襲い掛かってくる鬼達からの回避に専念しつつ、時折すれ違いざまに剣を振るっては鬼の巨体を一刀の下に切り伏せる。

 鬼達はその手に持つ2m近い武器で空気を抉るように速く、鋭く突き出し、或いはなぎ払うもアズサの影しか捉えられなかった。

 アズサは完全に鬼達を翻弄していた。

 数体が総一らの方に流れていったが、そちらは貴博の放つ見えない刃によって全て両断されていった。

「……やっぱり武術の心得はないようだけれどかなりの使い手ね。なにかしら、どうも人間の皮を被った何かの感じがするわね……強いて言うならヴァンパイアに似てる?」

 貴博の戦う様子をチラリと視界に収め、その力の強さにアズサ自身も知らない内に向ける視線が強くなる。

 その間もアズサは慎重に己の立ち位置を調整し続けていた。

 軽やかな足取りで走り回りながら、鬼達に包囲されないようにしつつも付かず離れずの距離を保ち、細心の注意を払っていた。

「けれど、後ろのあの子は本当にただのオマケみたいね。どこかのお坊ちゃんかしら。主想いの従者だこと」

 そして、鬼達をある程度一固まりにまとめるよう誘導できたのを見て、アズサは「上手くいったわね」とほくそ笑んだ。

 アズサよりも頭三つ分は背の高い鬼がなおも振り回す金棒を掻い潜り、鬼達と総一らの間に立つ。それは総一らに自分の顔を見られないためにだ。

 そして、ようやく立ち止まったアズサに絶好のチャンスとばかりに鬼達が殺到する。

 鋭い穂先を持つ大きな刺叉がアズサを貫こうと迫る。

 だが、その前にアズサが薄く口紅の塗られた形の良い唇を開き、その奥が明るく輝く。


 灼熱の炎が巻き起こった。


 それは紅蓮の暴風だった。

 薄闇を引き裂き、黒い雨を吹き飛ばし、高原の上を滑るように広がる炎の嵐。その範囲は学校のグラウンドを超えるほど。

 大きな両腕を広げて一箇所に固まっていた鬼達全てを抱擁する。

 辺りが炎の光に照らされたのはわずかな間だけ。

 炎が収まった後、鬼達は一体残らず全身の表面を炭化させ、白い煙を立ち昇らせていた。

 断末魔すら上げられず、鬼達は絶命した。

「……ま、こんなとこかしらね」

 物言わぬ彫像と化した鬼達を前にしばし動きを止めていたアズサだったが、やがて戦闘態勢を解いてハンカチで口元を一度拭う。それからゆっくりと総一らに振り返り、悠々とした足取りで戻って来た。

 その背後に広がるのは暴力の痕。高温の水蒸気の中、踏みにじられた鬼達の骸の列が鎮座されている。動くものは何もない。

 一掃。まさにこの言葉がふさわしい光景だった。

「ほう……これは中々見事ですね」

 貴博もまた、その光景を前に感嘆したように呟く。炎の前にアズサに感じた違和感の正体を密かに考察しながらも、凱旋する紋章騎士(ルーンナイト)を迎える。

 強力なCランク妖怪をまとめて一撃で葬り去ったというのにアズサはニコリともせず、別段誇る事でもないように素っ気無い表情のままだ。

「敵がいないのも一時的に過ぎないわ。今の内に手早く先に進むわよ」

 そう貴博に向かって言うや否や、返事を待たずにすぐさま駆け出した。総一には伝える必要もないと思っているのか、ガン無視だった。

「この分なら少しの間は大丈夫ですね」

 貴博が総一をそっと壊れ物を扱うように抱え上げ、アズサの後に続いて駆け出す。

 その走りはルーンナイトのアズサに劣らぬ速力だった。

 貴博が自分の足についてこれている事を確認し、アズサはまた貴博への評価を上げる。

「やっぱり油断ならないわね……」

 チーターのように俊敏に疾駆する二人は何者もいなくなった高原を駆け抜けようとする。

 その時だった。

「おおぉぉぉい。そこのお二人さんやぁぁぁい!」

 左方から年寄りらしき大きな呼び声が山に木霊した。

 アズサと総一を抱える貴博は即座にストップ。声のした方向に目をやる。すると黒い雨のはるか先には網代笠を被り、お坊さんの僧衣を着たの小柄な男性と明るい金髪の神父服を着た白人男性がいた。

 二人は並んで歩いており、僧衣の男性がアズサらに分かるよう何度も大きく手を振っていた。

「今そっちに行くぞおおぉぉぉい! 待っとれえええぇぇぇ!」

 そう宣言すると、僧衣の男性と神父服の男性が駆け出す。

 ヒョイヒョイと飛び跳ね、500m近い距離をあっという間に詰めてきた。

「よっこらせっと。いやぁ、この通りひどい雨でまいったまいった。おぬしらも山頂を目指しておるのか?」

 笠を被り黒袈裟を着た僧衣の男性はその声から分かるとおり初老で、好々爺然とした人物だった。

 右手には錫杖を、左手には数珠を持っている。足は草履だった。

「あー。アンだよ、ガキばっかじゃねえか」

 そして神父姿の男性は明らかに西洋出身であろう2m近い長身と彫りの深い顔をした三十路過ぎくらいの男性だった。鍛えているのかガッシリとした体つきの上に窮屈そうな神父服を着ているので違和感がバリバリに仕事をしている。オメーどこのソルジャーだよ、と。残念ながら聖書は持っていなかったが、その胸元には十字架のついたロザリオが下がっていた。

 見た目と違い流暢な日本語でガラの悪い言葉を吐くので、目つきが悪い事と相まって女子供には泣かれる事間違いないだろう。

 アズサはそんな二人を前に、バスタードソードの柄に手をかけたまま一歩進み出る。

 アズサの直感はこの二人が油断ならない人物であると告げていた。そもそもがこの戦場を五体満足で闊歩できるだけで相当に実力が限られるのだ。それが見た目無傷のままここまで辿り着けるとあれば、或いはルーンナイトである自分に比肩し得る者かもしれないと見積もっていた。

「……止まりなさい。それ以上近づけば斬るわ」

「おお? そりゃまた物騒じゃのぅ。娘さんがそんな怖い顔するでない」

「あぁん、なんだコラ、やる気かぁ?」

 片方の老僧は困った顔をし、もう片方の神父はチンピラのようにメンチを切る。

 それでもアズサは威圧しながら問うた。

「名乗りなさい。私はこの国、政府の仕事でこの事態を解決するために動いているわ。あなた達は好奇心でやって来た外部の者かしら?」

「む。もしかしてお仲間さんかの? ワシらはBチームで動いていたのじゃが。ほれ、これが識別証じゃ」

「……確かに。本物のようね。ごめんなさい」

「いやいや。疑いが晴れたようで何よりじゃ! ほーほっほ!」

「ったくよぅ、タリーことすんなよ」

 呵呵大笑する老僧に、苛立たしげに地面を蹴る神父の対称的な反応も気にせずにアズサは柄を握る手からわずかに力を抜く。そして改めて名乗る。

「私はアズサ。Aチームだったわ」

「私は賀茂貴博と申します。そしてこちらは我が主の賀茂総一様です」

「賀茂総一です」

 アズサの後に続いて貴博と総一もまた挨拶をする。総一は貴博からくっついて離れず、まるで兄弟というより親子のようだった。

「ほっほぅ……そこの青年は……ふむ、なるほど少年は陰陽師か。もうその年で式神を打てるとはのう。ほぅほぅ。将来が楽しみじゃて」

 そう言って老僧が総一を見る。そして一人納得したように何度も頷いた。

 その老僧の様子と言葉にアズサは小さく首を傾げていた。

「オンミョウジ? シキガミ? 確か……シキガミは(オーガ)を召喚する魔法だったわよね?」

 アズサは基本的にドイツで育っており、日本語を話せるが日本に詳しいというわけではない。

 耳慣れぬ単語に引っかかりを覚えるも、話はアズサに構わず進んでいく。

「ワシは高野重蔵。見ての通り、仏門に仕えておる。とはいえとうに破門され、破戒僧の身ではあるがの。そしてこっちが……」

「ウェルゲン・ルーインだ。オラジジイ、いいからとっとと先行こうぜ」

「そう言うでない。せっかくここで出会ったのも御仏の縁。それに目的も同じようじゃしの。縁は切るのは容易いが、結ぶためには機会が限られておる。一期一会というようにの。その限られた機会の中、良縁は大切にしようではないか、ウェルゲン」

「へーへー。エンもクソも、オレら二人で全部ぶちのめして行けば済む話じゃねえか」

 そんな老破戒僧高野の説教めいた言葉にも、ルーイン神父(ファーザー)は構わず左から右に聞き流しているようだった。

 片やアズサはそのウェルゲンという名前に眉根を寄せていた。

「ウェルゲン・ルーイン……ルーイン……? どこかで、聞いた覚えが……どこだったかしら。ただ者じゃないのは分かるんだけど」

 消化不良といった感じで思案するも、結局は悠長に思い出せる状況でもないためすぐさまそのモヤモヤを振り払った。

 その間も貴博と二人は話していた。

「どうやらここまで登って来たという事は、あなた方も山頂を目指しているのですか?」

「然りじゃ! 青年らもどうやら同じ腹積もりのようじゃの」

「ええ。足元を流れるこの陰の気の流れる先にこの魔界化の大元がありそうなので、それの成長を少しでも止めて時間稼ぎをするつもりですよ」

「ほほ! そんなの生ぬるいわ! 時間稼ぎなどせずとも、顕現した(あやかし)は全て殴り倒せばよかろうて!」

 豪快に笑い飛ばす老破戒僧高野に、その隣のチンピラ神父ルーインも面倒臭そうに頷いた。

「神の敵は全て滅ぼす。そんだけの話だろーが。こんなとこでグダグダやってるだけ時間の無駄だ。早い所片をつけに行こうぜ」

 その余りにも乱暴で物騒な二人の言葉に、貴博は首を横に振りながらどうしてこの二人が一緒にいるのかをおぼろげに察した。

「私達は何よりもこの作戦を可能な限り成功させなければなりません。そのため被害が拡大しかねない選択は避ける必要があります。どうか協力して頂けないでしょうか」

「ふむ。じゃが仮に大元を押さえ込むとしてもどうするつもりじゃ? 術に掛かりきりになっている間、集中する術者は少なからず無防備になってしまうじゃろ。この周り中が敵だらけの状況ではいささか厳しいのではないかの?」

「一日二日の長時間ならともかく、数時間程度でしたら問題ないと断言できます」

「へえ……言うじゃねえか」

 ここで初めてルーイン神父が貴博に正面から視線をやる。その視界に認める。

「ですから大元に辿り着く間だけでも構いません。よろしければお二人にも協力してもらえないでしょうか。お二人が加わって下さればこの上なく心強くなります。この作戦に加わっている手前、あなた方はこの事態の打開に努力する責務があるかと思いますが。そしてその実力も。いかがでしょう」

「おいこら。元々最初に説明された作戦規模はBランクだぞ。こりゃとっくにAランク規模になってる。契約詐欺もいいとこだろーが」

「でも、できるでしょう」

 挑発するように貴博。

「……テメエ」

 犬歯を剥き出しにし、目を据わらせたルーイン神父が貴博を睨む。だが貴博は身じろぎ一つしなかった。

 その貴博の足元にいる総一もまた、恐ろしく凶悪な目で睨みつけてくる大柄なルーイン神父から目を逸らさずずっと真摯に見上げ続けている。

「ちょっと。こんな敵中でいがみ合いはよしてくれないかしら。死にたいの?」

 呆れるようにため息をついてアズサが割って入る。

「まあこんな所で長話もなんじゃ。先に進みながら話していけばよかろう」

 老破戒僧高野がそう提案し、総一が気がついたように辺りを見渡すと既にあちこちの石や岩の転がる山肌から染み出すように陰の気が急速に淀み溜まっていた。新たな鬼が肉体を得るまでさほど猶予はなさそうだった。

 このままでは囲まれるという事で一先ず行軍を再開する事で一致する五人。

 そこへ、更に新たな闖入者が現れた。

「……誰か来やがるな」

 最初に気がついたのはルーイン神父。それからアズサと老破戒僧高野、最後に貴博と総一だった。

 全員が同じ方角を向く。それは小さな豆粒のような人影だった。だが恐ろしい勢いで近づいてくる。

「ぬ。あやつは……」

「知ってんのか、ジジイ」

「うむ。敵ではない。安心するがええ」

 そんな彼らの前に現れた五人目。それはこの場にそぐわぬ陽気な声で話しかけてきた。

「およ? こんな所に人が四人もいるとは珍しいでゴザルな」

 それは腹の出た武者姿の男性だった。鎧の正面には男性の好きな声優の名前がでかでかと書かれており、兜の正面には立物(たてもの)と呼ばれる目立つ装飾品があるが、達筆な文字の『心』が立派に取り付けられていた。

 南宗正。朝、総一らの前でそう名乗った男性だった。







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