海月話
インスタントの薄いコーヒーを舐めながら、レースのカーテンがゆらゆら揺れるのを眺めていた。
今日は午後から雨らしく、洗濯物を適当に取り込むのが僕に与えられた使命だった。
温かいだけのコーヒーに救われている。
僕が学校に行かなくなってどれくらい経つだろう。家族の誰もが必要事項しか僕に告げなくなってどれくらい経つだろう。
僕におはようと言ってくれるのは、教員用に学校から当てがわれたメールアドレスで毎日いじらしくメールを作る担任くらいだ。
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おはよう(^-^)
まだ学校には来れないかな?
みんなが**くんのことを待っているよ。
来週には、体育祭があります。
今は、皆で大縄飛びの練習をしていて、昨日のお昼休みには120回を超えました!
……えとせとらえとせとら
そこそこ詳細に書かれた学校生活はあんまり魅力的じゃなかった。
人に笑われたり馬鹿にされたりするのは死ぬほどつらいのに、なんで縄跳びのために学校に行く気になるだろう。
それに縄跳びって苦手だ。運動全般特に苦手ということはないのだけれど、縄跳びはダメだ。逆上がりは出来るけれど、二重跳びは出来ない。
楽しいことなんか、何もないでしょ。
ぼんやりと死んでるみたいに景色を眺めてた。もう攻撃されないだけでよかった。
リビングのゴミ箱には兄の買った服のタグが捨てられている。
あたらしいもの。
洗剤の甘い匂い、新品の服の匂い。
僕は全部憎しみを持って迎えて、呪いをかける。
だからうちの中、こんなに暗くなっちゃったんだ。
先生だって、本当に僕を待っているわけじゃない。学校には僕への皆の憎しみが、家の中には僕の世界への憎しみがあって、どこにいても息苦しい。それなら物理的な痛みのない家を選んだ。それだけ。
頭が悪いわけじゃない。でも皆と同じように、優しい嘘が吐けない。
「あいつってばかだよなあ、この間……気持ち悪いだろ、だってさ、授業中に……」
そうだねと笑えない。気持ち悪いね、俺も見たよしかもさ、と続けられない。
形式的なマナーみたいな嘘が吐けなくて、僕は学校社会のカーストから脱落した。
でもそれは僕が優しいからじゃなくて、徹底的な無関心だった。
仕方のないことなのかもしれない。
僕は頭がおかしくなったとしても、多分虎にはなれない。
くらげになるんだ。
限りなく水に近くて、透明で針を持ったいきもの。
近づかないで、刺してしまう。
できれば誰にも傷ついてほしくない、その傷は僕のつけたものでありませんように。
雨が降ってきた。