(6)
「さぁ迦具土、ちゃんと説明してもらおうか」
迦具土凍也は自身の生活の拠点、常盤寮に帰っていた。
そして玄関にて正座。本日二回目。
目の前には巨大なダンボール。おそらく、新城麗羅が送ったと言っていた『才覚者用セキュリティプログラムセット』だろう。着くの早過ぎだろ!と、ちゃんとつっこんでおいた。
正座している迦具土を、仁王立ちで見下ろすのは、この常盤寮の管理人…の、娘。上下緑のジャージ、亜麻色ポニーテール、整った顔、抜群のプロポーション、巨ぬー、思春期の少年に会わせるのは教育上よろしくないお方。名は楠木咲子。
常盤寮の管理人夫婦が静養中なので、現在は彼女が管理人をしている(法に触れないかどうかは怪しいが、常盤寮は『常盤寮』という名の『下宿』なので、規模も小さいため彼女1人でもなんとか回せているようだ)。
突如送られてきた大型の機材。迦具土の後ろには桜色の長髪、真紅の瞳を持つ幼女。そしてビニール袋から溢れんばかりの___こんにゃく。
説明しなければ分かってもらえるはずもない。
「あの~…蓮神会の仕事……としか言えないんですけど~…」
「小さな女の子連れて来るのが?」
「ん~……諸事情ありまして…」
「………」
「………」
冷めた目で見下ろす楠木に、汗が吹き出て止まらない迦具土。気まずい沈黙。
「……まぁいい。あんたは嘘をつくようなヤツじゃないしね」
「_____?」
「で?どうすればいいんだい?」
えらく物分りがいいな…と、逆に不信感を覚える程あっさり許されたが、それを言うとなんか話がもつれる気がしたのでやめた。
「あ…。とりあえずこの子をここで預かりたいんです。その機材は俺と『師隈』でなんとかします」
「そーかい。で?…そのこんにゃくは?」
「………研究材料です」
「こんにゃくについて何の研究すんの⁉」
「……実用性?」
「はぁ?」
「………」
「………」
また沈黙。
男性用ヘルスグッズを作るためだなんて言える訳もなく、当然作る気も無い。
泣きながらスーパーに入り、泣きながらこんにゃくをカゴいっぱい入れて、泣きながらレジに並んで、泣きながら金を払った(約5000円)。店員の目が痛かった。
スーパーから出て、「ただの変態じゃねぇか!」と、こんにゃくを一つ、べちん!と地面に叩きつけた。通りすがりのおばちゃんに、「食べ物で遊ぶんじゃないよ!」と怒られ、謝った。
普段はクール(?)な迦具土だが、この一連の変態行動を起こす程に、新城の言葉がキツかった。
「いやなんか…無性に食べたくなっちゃって…」
「無性に食べたいで買う量じゃないけど?」
「…当分の間はこんにゃくを主食にしようかと」
「ダイエットか?」
「……そっスね~。最近下っ腹が」
「そーかい。まぁ、がんばんな。だらしなく腹が出てる男は情けないしね」
「……ぅい」
はしたない胸してるあんたに言われたくない。と、言う訳がない。
因みに言うと、中肉中背(背高め)な迦具土には、特にダイエットは必要ない。
「……ったく。急に新城のお嬢ちゃんから電話が来たときはびっくりしたよ」
「………ぇ?」
「『迦具土の仕事の関係で、大型な機材と女の子が向かう。仕事に必要な道具と関係者だから、申し訳ないが、追い出したりせず、協力してあげてほしい』ってね」
「……知ってたんスか」
だから物分りがよかったのか。と納得。同時に、あれ?じゃあなんで俺尋問されてんの?。とも思ったがやっぱり言わない。迦具土は基本的に話がもつれるのは苦手な人種である。
「ん~。でも空き部屋が無いからねぇ。その子はあたしの部屋でいいね?」
「あ、はぃ。お願いします」
「じゃあ案内するかね。おいで」
楠木が迦具土の後ろで突っ立っていた少女、マリアに手招きをする。
マリアは特に警戒する様子もなく、てててて、と楠木に寄っていく。
「あぁ、このでっかいの、早めになんとかしとくれよ」
「分かってますよ」
それだけ言うと、楠木とマリアは奥へ進み、管理人室へと入って行った。
迦具土は立ち上がり、田中ジャージのポケットから携帯をとりだす。そしてアドレス帳から電話をかけた。
『……はい?』
「師隈?どうせ居るんだろ?ちょっと頼みがあってさ。下に来てくれ」
『……イヤです』
「会長の激レアな『居眠り』の写真が」
『少々お待ちを』
~~~~~~~~
「なんですかコレは…」
「仕事で使うんだけどさ、俺だけじゃセット出来ねぇんだわ。頼むよ」
「…約束をお忘れにならぬよう」
「わぁってるよ」
常盤寮の玄関にて、人が一人ちょうど収まりそうな大きさの、巨大なダンボールに唖然とするのは、『師隈天嶺』。寮の一員である。
高校一年生。禊月学園の生徒では無いため、迦具土の直接の後輩ではない。
高校一年生とは言っても、通信制学校なので、寮からは出ない。迦具土が『どうせ』と言ったのはこれが故にだ。
身長低め、やや童顔、所々くすんだ青髪(地毛)、長さは肩程。でっかい黒縁メガネ、目元には常に隈。柄なしの黒Tシャツにベージュのパンツと色気の無い格好に____白衣。
『何の研究してんの?』と訊かれるが、『いや、アニメかネットゲームですけど』と即答。
自分が堕落している事に何の劣等感も抱かない自宅警備員(一応まだ学生だが)である。
初恋の相手は新城麗羅。迦具土の仕事関係で、たまたま常盤寮に訪れていた新城に、すれ違い様に笑顔で挨拶されてフォーリンラブである。
因みに迦具土は新城の居眠り写真など持っていない(というか絶対撮れない)。
「で?どうしろと?」
「いや、お前なら分かると思ってな。___よッ」
___キン。と、カッターを探すのが億劫だった迦具土が、ダンボールを氷の剣で切った。
「____これは…ッ」
「知ってんのか?」
ダンボールから姿を現したのは、規模の小さい鉄塔の様な物だった。
「『SPSS』…ですね」
「え?なに?スペシャルシークレットサービス?」
「特別なSSってもはや誰の護衛ですか⁉」
「じゃあ何なのさ」
「……|supernatural phenomenon sense systemです」
「………」
「わかってませんねその顔。そのままですよ。『超常現象感知システム』です」
「……あぁ~」
名前のイントネーションから何となく分かる程度だが、『才覚波を感知するタイプではなく、空間の異常を感知するタイプだ』と言っていた新城の言葉を思い出した。
「まぁ、SPS…超常現象感知器とも呼ばれますがね」
「……すっげぇどーでもいい…___んしょ」
とりあえずダンボールから、小さな鉄塔を引きずり出す。見た目の通り重たいが、思った程ではないようだ。カーボンの様な、軽くて頑丈な素材なのだろう。
「しっかし、何に使うんだ?こんなもん。対才覚者用のセキュリティなら、才覚波を感知するタイプの方がよくないか?」
「当然です。でもこれは___
_____貴方達専用のセキュリティですよ」
「あ?」
「『才覚者』を超えた存在、『神業』用のセキュリティです」
「………」
「中央銀行や証券取引所など、政治にとっての重要拠点や、『中央統括行政区』のごく一部のみで使用されている物ですね」
「………ヘぇ~。ずいぶんといい扱いですこと」
「まぁ当然ですよ。才覚者以上に強大な存在なんですから、扱いも慎重になりますよ」
「………けっ」
「しかし、よくこんな物手に入りましたね。生産されたのは極少数だし、当然市場には出回ってない。買えば億はくだらないって話ですよ」
「億いっちゃうの⁉ こんなミニ鉄塔が⁉」
「それだけ高度なプログラムなんでしょうね。億単位のプログラムなんて聞いたこともないですけど」
億を…はした金だと…?と、羨望を通り越して憎悪を感じ始める迦具土。
『お嬢様』という単語がトラウマになりそうだった。
「でも…これだけでは…」
「ん?何かマズイのか?」
顎に手を当て、考える姿勢を取る師隈。
「えぇ。これは名前の通り『感知するだけ』の物です。LANやネットを介して他のセキュリティ機器やプログラムに繋げる事で、初めて効果が現れます」
「………じゃあコレがそうか?」
「?」
迦具土が見つけたのは、ミニ鉄塔が入っていた箱の片隅にあった小さな箱だった。その中身は…。
「………」
「……報知器?」
早押しクイズのボタンの様な形をした、白くて丸い物が一つ。
「…どう使えと?」
「………あ、待って下さい」
上下右左様々な角度から見ていた師隈が何かを見つけた。
別になにもしてねぇよ。と、心につぶやく迦具土をよそに、発見報告を始める。
「これはネット接続が可能なタイプの様です」
「……だから?」
「ネット、もしくはLANを介してコレと接続できるって事ですよ」
ポンポン、と、ミニ鉄塔を叩いてしめす師隈。
「まぁ、この報知器は凍也さんの部屋につけるとして、この鉄塔は屋上にでも置きますか」
「俺の部屋⁉」
「当たり前じゃないですか。凍也さんの仕事で使う物でしょ? それなのに、仮に真夜中に鳴ったりして僕達が迷惑被るのは筋違いです」
「ぬぐ…」
「あ、防音もちゃんとしといて下さいね。当然自費で」
「…くぅ」
今日は色んな人から攻められる日だ、と、若干泣けてきた迦具土であった。
~~~~~~~~
物置から電動ドライバーを取り出し、報知器(?)を自室の天井に取り付けた。
その後、ミニ鉄塔を屋上へ持ち上がろうとしたが、扉で突っかかってしまった。
…じゃあ、お願いします。と、師隈は一人屋上へ出てしまい、協力してくれる様子はない。迦具土は仕方なく外から運ぶ羽目になってしまった。
「あ~も~めんどくせ~」
鉄塔を背負った、なんとも間抜けな格好の迦具土は、玄関から出た後、屋上を見上げていた。
ヒラヒラと手を振る師隈が見えてイラっとした。
「もう絶対に写真などやらん。いや、絶対撮れないけど万が一撮れてもやらん」
ブツブツいいながら、足で地面を蹴りつける。するとそこから、長さの違う『氷の柱』が作られていき、氷の階段が出来た。
無駄が多いので、エネルギーの消費も辛かったが、しょうがない。
空中に氷の足場を作ればいいように思えるが、そんな事は不可能だ。サイコキネシスが使えるならまだしも、迦具土にその力はない。
空中で氷を作る事は可能だが、当然、重力に負けて落下する。
「ん…しょっと」
ゴトン、と、背負って来た鉄塔を置いた。
すると師隈が、自室から持ってきたノートパソコンを鉄塔に繋げ、パソコンにCDを入れた。
「そーいやこれ、電源とかはいらねぇのか?」
「それは大丈夫です。簡単に言えば、全体がソーラーパネルと同じ構造になっていますから」
「晴れてねぇと意味ねぇじゃん」
「心配いりません。『紫外線』を集める物ですから、曇りだろうが雨だろうが、問題無く動くはずですよ」
「ほぉ~…」
元々屋外に置く物みたいですね。と付け加え、師隈はコンピューターの画面に集中する。
画面を覗くと、おびただしい数のアルファベットやら数字やらが次々と流れていく。
これを見て何を理解しているのか、師隈はカタカタとキーボードを弾く。
分かる訳もない迦具土にとっては、ただ適当に打っているにしか見えない。
「……どの位かかる?」
「思いの外簡単ですね。初期設定位ならあと30分程あれば」
「…あっそ。じゃ、任せるわ」
「はい」
何をしているのか、訊いても分からない気がした迦具土は、その場は師隈に任せて、寮に入っていく。
(政治の重要拠点で使われるようなプログラムを『思いの外簡単』ね…。流石と言っていいのかどうなのか…)
まぁいいや。で済ませ、多忙な一日を過ごした自分を労うために、自室に戻ることにした。