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「………ぁん?」


 迦具土かぐつち我ながら酷い顔だと思っていた。少なくとも自分より小さな女の子に向けるような顔ではない。なぜなら、この顔は日頃、柴崎に向ける顔だったからだ。


「信じてませんね。完全に」

「……あ~…いや~…」


 口を尖らせたジト目でふくれるマリア。が、特に気に留める様子もなく続ける。


「ケツァルは…あの男は『ケツァルコアトル』。こちらの世界では『豊穣神』として崇められる存在です」

「…ヘェ〜。実りに感謝も糞もねぇ豊穣神ですこと」

「むぅ…。私たちの事を訊いてきたのは貴方ですよ?」

「あ~へいへい。何?君は『聖母マリア』です。とでも言うのか?」

「その通りです」

「やったー当たったー。ってバカっ!!」

「みゅっ⁉」


 突然の怒号に跳ね上がり、小さなお手々で頭を抱え、子犬ばりにプルプル震える、ピンクロングヘア・クリクリお目々・純白ワンピース少女マリアを見て、やりすぎたか?と、一瞬思った迦具土だが、なんか可愛かったのでどうでも良くなった。


「……ったく…。その手の『お話』が大好きなヤツが寮に居るから、そいつとゆっくりお話して下さいな、聖母様」

「むぅ~…」


 少しぷんむくれて迦具土を睨みつけたマリアは、何を考えたか、てててて、と迦具土から距離をとった。


「わかりました。そこまで言うなら……見せてあげますよ」

「?」


 すぅ…。と、距離をとったマリアが、迦具土に向けて右手を向ける。

 直後。


「ッ⁉」


 ボ…ボボ…ボボ…。と、マリアの右手に渦巻く様に『紫色の炎』が現れた。

 それは、ケツァルと呼ばれる男が持っていた『蠢く剣』にまとわりついていた物とまるで同じ。明らかに不健康な色で燃えていた。


「____えいっ」

「ッ!」


 ___ゴォォ。と、マリアの右手から、毒々しい炎が放たれ、迦具土へとまっすぐに向かって来る。

 それに対し、迦具土も同じく右手をかざし、『一定空間の温度と湿度、酸素及び水素の密度操作』の力を使い、空気中に水分子を生成。温度を下げ、湿度を上げる事で『氷の板』を生成した。

 しかし、ただの氷ではない。年輪の様に、この場合はミルフィーユのように何層もの氷を重ねる事で、鉄並の強度を実現した『氷の盾』だ。

 マリアの攻撃(?)は、規模も小さく、遅かったので、真正面から受け止めるに足ると判断したのだ。

 しかし…。



 ___マリアの右手から放たれた毒々しい炎は、初めからそこに何もなかったかの様に、迦具土の氷の盾を()()()()()



「なぁ⁉」


 完全に予想外の事態に、回避が遅れ、迦具土は紫の炎をまともに浴びた。


「……?_____!!」


 だが、不思議と熱さを感じなかった。

 目を開け、自身を見ると、確かに燃えている。___()()()()()()()()()


「な…んだ…これ…。何がどうなっ」




 _____ドクン。




「!!__ッごあぁぁぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁ!!!!!」


 突如、迦具土の体に、おおよそ人間が経験し得ない程の激痛が走る。

 焼かれ、殴られ、刺され、斬られ、裂かれ、すり潰される様な痛み。

 これは耐えられない。そう判断した迦具土は、『才覚波』を生産。大脳の『中心後回』へ干渉。痛覚の麻痺を試みた。


(_____ッ⁉。効かない⁉。なん…で…!)


 __ゴワッ。と、のたうちまわる迦具土の視界が突如、眩しい程の銀色に染まる。それと同時に異常な痛みが嘘のように消えた。


「……?」


 自身を見ると、体を燃やしていた(?)紫の炎は、水銀の様な『銀色の炎』に変わっていた。


「これは…?」

「____『煉獄れんごく』って知ってます?」

「____ッ」


 声のした方に振り向くと、距離をとっていたマリアが歩み寄って来る。その左手には、銀色の炎を放った名残であろうか、ポツポツと銀色の火が残っていた。


「……天国と地獄の間にあるっつう…」

「正解。正確には『天界』…天国寄りです。じゃあ、何をする所だと思います?」

「……あいにく、神話には詳しくない」

「簡単に言えば、『堕界』…地獄に行く程でもない、魂の『罪』を浄化して行く所です」

「…それが?」

「私が今使った炎は、その煉獄の物です」

「………」

「紫の方が、『罪』を焼き払うための『浄化の炎』。銀の方が、罪を持っていた魂の、()()()()を焼き払い、天国に入るにふさわしい物にするための『調和の炎』です」

「……そんなものを信じろと?」

「信じる信じないは勝手ですけど、私は訊かれた事を答えているだけですよ」

「………」

「地獄には『断罪の炎』というのがあります。これは、魂を罪もろとも焼き、罪と同化した魂に永遠の苦しみを与えます」

「……怖い怖い」

「で、『浄化の炎』は『断罪の炎』の劣化版だと思ってくれていいんですけど、それでも力が強すぎるんです。魂ごと焼き兼ねない。そこで『調和の炎』です。相反する特性を持った物をもって中和し、魂本体が焼かれるのを防ぐんです」

「……酸とアルカリみたいな?」

「何ですかそれ?」

「……ゴメン。続けて」


 中和を知っといて酸とアルカリは知らないのか。と、訳のわからない神様話にぶっちゃけついていけない迦具土。

 そんな事よりも、今はこの家出少女を保護するための言い分が思いつかなくてプチパニックである。


「簡単な事です。今の苦しみは、罪を焼かれる苦しみ。もっとも、魂の状態であれば、直接的な苦しみなんて無いですけど」

「………」

「よかったですね。断罪の炎だったら、今ここで悶え苦しんで死んでましたよ?」

「………」




「_____『人殺し』は最上の罪ですから」




「………」


 少女は笑顔を崩さない。友達と遊ぶ様に。好意を寄せる人と共に過ごす様に。

 その笑顔は、迦具土の心境を知ってか知らずか…。


「……適当な事言ってっとよぉ、いくら小さな女の子でもシバくぞ?」

「適当じゃないですよ。私は魂を司る種族ですから」

「……そーかい。もういいか?とにかく君を連れて帰んないと、会長にシバかれちまう」


 呆れたように迦具土は立ち上がり、両手を広げる。

 するとマリアは、晴々しい笑顔を挑発するような笑みに変えた。その口から…。



()()()()()()()()()ですよね?」




「____ッ!」


「ん~…1()8()4()…人? 名前も知らない人達。見るも無惨に虐殺の限りを尽くした」

「………」

「これは酷い。罪のない人達をこんなに。それでも同じ人間ですかぁ?」

「………」


 迦具土の顔を覗き込む少女は、その愛らしい顔を、醜悪とも呼べる笑みで歪めていた。


「___ははっ。ははは…はははははは!」

「____⁉」

「『罪のない人達』…ねぇ。確かにそうかもな。そいつらは指示された『()()』をしてただけなんだもんなぁ」

「……仕事?」

「あぁ。とってもとっても悪趣味なお仕事をな。……でもしくじったな。ちゃぁんと全員殺ったと思ってたけど、1()6()()()逃がしてたか」

「……え?」


 少女の顔に笑みは無かった。話の主導権を握っていた少女は、全てが迦具土に傾いていくのを感じていた。

 今、醜悪な笑みを浮かべているのは、迦具土だ。


「わかった。信じてやる。神かどうかじゃなくて、『超能力』じゃ説明出来ないその力を。『神業』にも、他人の過去を覗けるヤツ居るしな」

「……?」

「もしその話が本当なら、残りの16人もちゃぁんと()()()()()な」

「……え?」


 先程までとは一転、少女は明らかに、迦具土に対して怯えを抱いていた。

 迦具土は、醜く歪むその口を、手で押さえ込んでいた。




 ____ブブブブッ、ブブブブ…。


 『田中』のジャージのスボンから、携帯の着信バイブレーションが作動した。


「おっおっお?……会長?」


 携帯を手に取ると、その画面には、『会長』とある。蓮神会会長、新城麗羅しんじょうれいらからだ。


「はいもしもし」

『あぁ、凍也? 今、常盤寮に『才覚者用セキュリティプログラム』を送っておいたから』

「……へぁ?」

『機材も送ったわ。セッティングは任せても大丈夫ね?』

「いやいやいやいや、何スか急に⁉」

『貴方の言ってた『男』に用心してって事よ。安心なさい。『才覚波に反応する』物じゃなくて、『空間に非常識的な動きがあった場合に反応する』タイプだから』

「なるほど。了解です。……珍しいですね。『都城みやこのじょう』に頭下げたんスか?」

『馬鹿な事言わないで、誰があんな男に。馬鹿言ってるとすり潰すわよ』

「すんませんしたぁ」

『…ちゃんと買ったのよ。『客』としてね。言えばくれるんでしょうけど、借りの一つも作ろうものなら、何を言われるかわからないもの』

「確かに。…因みにお幾らくらいで?」

『0が一つ二つ三つ四つ五つ六つ七つ八つ…』

「あ~、もういいっスわ。流石金持ち」

「はした金よ、この程度」

(あんたに実は彼氏が居ないのはその狂った金銭感覚と人の話を聞かない癖が絶妙にかつ最悪にマッチしてるせいだと僕は思います)

「…何か失礼な事考えてないかしら?」

「とんでもございませんですとも。えぇ」

『…まぁいいわ。今度シバく(コロス)から』

「えげつない副音声が聞こえたんですけど⁉。どっちにしてもヒデェ!」


 ったく。と、息を吐き、更に酷な罵声が来るだろうと考え、精神的な柱に耐震リフォームを施す。


「あのですね会長、一つ頼みが…」

『何?』

「いや~、マリアちゃんなんですけど~、ウチに来るのを渋っちゃって~、会長の華麗な説得術でなんとかして頂きたい所存です」

「………」


 キリッと勇ましい顔で言葉を切ると、少し腰を落として身構える。

 その後ろでマリアは「?」と首を傾げる。


(来るかッ!来いッ!今の俺なら何を言われても___)

「はぁ。いいわ、言ってあげるからさっさと代わりなさい。貴方はさっさと帰ってこんにゃくで作ったオナ◯ールで喘いでるといいわこの童貞」

「………はぃ」


 涙腺決壊。優しい微笑みの輪郭をダバダバダバ…と、溢れかえる涙で濡らした。

 そんな顔のまま携帯を差し出されたマリアは、先程までとは違う怯えで恐る恐る携帯を受け取り耳に当てた。



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