(4)
「どういうことかしら?」
「…いや…その……」
迦具土は、禊月学園高等部校舎2階南端、会議室に居た。
通常の教室2部屋分の広さに、びっしりと並べられたシステムデスク、正面には巨大なモニター、最新鋭の設備が導入されている教室だ。
そして迦具土は今、その最新鋭のシステムデスクにつく訳で無く、中央の通路的な所に正座をさせられていた。
「はっきり答えてみなさい」
「いや…だからですね会長……事の顛末は今言った通りで…」
通路正面、教卓に座り、脚を組んだ姿勢で問いただすのは『会長』と呼ばれる女生徒。すぐ横にはマリアが居る。
その名の通り、禊月学園の生徒会組織『蓮神会』の会長こと、新城麗羅である。
高等部3年。蓮神会会長。成績優秀・スポーツ万能・眉目秀麗・品行方正。
身体的特徴は、黒漆の様な上品かつ滑らかな黒髪パッツン。大きな瞳は常に余裕を醸し出す。巨でもなく貧でもない女性特有の母性の象徴。太すぎず細すぎない健康的な肢体。黒ニーソ(制服限定)。『褒め言葉』とされる物を幾ら並べてもお釣りが来そうな純和風大和撫子だ。
さらに、新城は『財閥』のお嬢様である。神都の一二を争う程の大財閥で、その財閥が手がけた物を見ない日はない程だ。
禊月学園は新城財閥の全面バックアップを受けているため、施設も設備も全てが新城財閥製である。
そんな完璧お嬢様は、教卓に座り脚を組むという、はしたないにも程がある格好で迦具土を見下ろしている。
「だからね凍也…。私が聞きたいのは…」
「………」
「____なんでこの子がケガしてるのって事よぉぉぉ!!!」
____ゴン!!と、迦具土の顎が蹴り上げられる。
んがぁ!と、情けない声を上げてそのまま後ろに倒れる。正座の脚はそのままに。
ニーソの脚を振り上げるもんだから、秘部を包む悩ましい布が見えてしまったが、脚アッパーカットの威力は5秒程の記憶を飛ばし、思考を停止させる。
「ごめんねぇ、この出来損ないの蛆湧き生ゴミヤンキーが。痛かったでしょう?本当ごめんねぇ」
新城は横に居るマリアを抱き寄せ、頭を撫でながら頬をスリスリしている。大きな目をパチクリさせて唖然としているマリアはされるがままだった。
脚を組んだまま体を傾けているので、体のラインがなんとも艶かしい事になっている。
(こ…の…女…ッ。いつか絶対痛い目にあわせてやる…)
新城は簡単に言ってしまえば、『かわいいもの』に目がない。物や動物はもちろん、『美少女』ならなおさら。品行方正キャラが完全崩壊デストロイである。
その大好きな美少女が右ひじにケガをしていた。
原因は、迦具土がマリアを謎の男から守るために、あるいは自分の力に巻き込んでしまわない様に、一番安全だと判断して噴水の中に投げ込んだ際に軽く打ち付けたと思われる打撲であった。
「噴水に投げ込むなんて…どんな神経してるのよ。風邪引いてたらどうするつもりなの?」
「……」
迦具土は最早言い訳がめんどくさくなっていた。
噴水に投げ込まれてびしょ濡れだったマリアは、迦具土の『気温・湿度操作』の力でちゃんと乾かされてはいた。
むしろ打撲程度で済まされているのは褒めるべき成果だ。普通に地面に投げ飛ばしたりしていたら大怪我は当然だったし、子供がプールとして遊ぶ程巨大な噴水だったので、水のクッションを利用出来た。
『獄焔・一文字』を繰り出す時も、水の中なら安全圏だった。噴水の像が壊れた時はひやっとしたが。
「さぁ、凍也」
「?」
うっかり惚れてしまいそうな美しい笑顔で呼びかけられる。
いつまでも変な格好で寝ている訳にもいかないので、首をかしげながら起き上がる。
「土下座」
「ハァ⁉」
「あぁ?」
「申し訳ございませんでした」
実に滑らかな動きで頭を下げた。怖かった。
我ながら完璧な土下座だ。と、情けない評価をしてしまった時点で『プライド』が引き千切られた気がして……涙が出た。
「さて、おふざけはこの位にしましょう」
「⁉」
ふざけてやがった!!と、心に思うだけにした。
マリアの頭を優しく撫でながらも真顔になる新城。
「さっき蛆湧き生ゴミヤンキーが言ってたその男…気になるわね」
(あれ?まだふざけてんのか?)
「具体的に教えてくれるかしら?」
「…はい」
蛆なんて湧いてねぇしヤンキーでもねぇ。と、これも心に思うだけにした。
「基本は『瞬間移動』だと思われます。急に武器を出現させたのは『距離差間移動』か『可逆圧縮』。周囲の人間と思われる者たちの状態からみて『心理掌握』を疑いましたが、人間ではなかったと判断して『操人形劇』系の能力と判断しました。……いずれにせよ、共存するはずのない能力を幾つも使用してました」
「多重才覚者……が存在するということかしら?」
「いや……超能力では説明しきれない現象も幾つかありました。特にあの男が持っていた剣は意味不明だったし…」
「………『神業』…?」
「……まさか。『それ』は10人しかいないはずです。____俺と会長を含めても」
「……そうね。…まぁいいわ。とにかく、その男にマリアちゃんをまた会わせる訳にはいかないわね」
「そっスね。もし次があるとしたら同じ風に撃退出来るとも限らないし、仲間がいる可能性もあります」
「という事で、マリアちゃんをよろしくね。凍也」
「………へぁ?」
語尾にハートがついていそうな語調に一瞬心臓が跳ねた。そして意味を理解し、素っ頓狂な声を上げて恥ずかしくなる。
「いやいやいや!!会長のとこに居た方が安全でしょ!!」
「相手が普通の人間なら…ね。確かにうちの対一般人用のセキュリティ技術は世界一の評価を頂いているわ。でもあくまで対一般人。超能力を振るう才覚者に対してはふすまも当然よ。だからこそ、貴方と『あの三人』が居る常盤寮に預ける方がよっぽど安全だとは思わない?」
「…そりゃそうかも知れませんけど…」
「それに私、仕事が忙しいから中々家に居ないしね」
「……」
あんたが俺に仕事押し付けるせいで、出席日数足りなくなって補修受けてんですけどね。と、やっぱりこれも心に思うだけにした。
「じゃあ、私はそろそろ仕事に戻るわね」
「……因みに、今日の仕事は?」
「今日はただの書類整理よ。次の定例会に使う資料のね」
「……じゃあもう一個因みに、なんで俺を呼んだんスか?」
「書類整理してたら爆発音が聞こえたんだもの。面倒だったから貴方に処理させようと思ったら、貴方がやった事だって言うから」
「………なるほど」
あんな技使うんじゃなかった。心から後悔した瞬間だった。
「またね、マリアちゃん」
「!!」
新城はマリアの頬に軽い口づけをして揚々と会議室から去って行った。マリアは顔を真っ赤にして『はわわわわ』となっていた。
(『リスト』の事言うの忘れてたな…まぁ、会長なら察してくれるだろ)
『リスト』とは、各番区が管理する住民票の様な物で、住所・年齢・連絡先・所属などが事細かく記されている物だ。
閲覧・検索に際し、中央統括行政区へ使用申請をしなければならず、使用目的を細かく記載した申請書類と、悪用しないという誓約書と、結構な額の使用料を納める事で初めて『申請』が完了する。
それから『許可』が下りるまでかなりの期間が空いてしまう事もあり、許可されない事もある。その場合は当然、納めた使用料は返還される。
(…この子がどこから来たのか…自分の口からちゃんと言ってくれれば助かるんだが…)
「まぁいい、行こうか……マリアちゃん」
「ふぇ?ふぁ、ふぁい!」
家出の理由なんて言いたかねぇわな。と適当に見切りを付け、常盤寮へ戻る事にした。
マリアが動揺している姿がかわいいと思ったのは、そっと心の奥に閉じ込めた。
「と、その前に…保健室寄って行くな」
「?」
〜〜〜〜〜〜〜〜
「ん〜〜…。咲子さんになんて説明すればいいか…」
校舎を出て、グラウンドを歩きながら頭を抱える迦具土。その姿は、『田中』というベタすぎる名前が入った、上下青のジャージ姿である。保健室に常備されている、卒業生達が要らないからと寄贈(?)していった緊急時の着替え用体操服だ。
迦具土の制服はバッサリ切られたし血だらけだったので、そのまま出歩く訳にはいかなかったのだ。
「いとこ…?…いや、身内系はダメだな…すぐ嘘とバレちまう」
「……あの…」
「ん?」
申し訳なさそうにマリアが話しかけてくる。
「やっぱり…迷惑…ですよね?」
「………」
「…私の事は…放っておいて下さい」
向きを変え、どこかへ歩き出そうとするマリア。
「…どこに行くんだよ」
「……どこか…」
「わかんねぇよそれじゃあ。行くアテがあんのか?」
その問いに、俯く事で無言の否定をしめす。迦具土には少し震えているようにも見えた。
「…またあの男が襲ってくるんじゃないのか?」
「大丈夫です。今までも逃げて来れましたから」
(……「今までも」…ね…)
「さっきは…守ってくれてありがとうございました」
それだけ言うと、マリアは俯いたままヨロヨロと歩き出す。その背中は、かなりの疲労を伺わせたし、何より行くアテなど無い事を物語っていた。
「まてぃ」
「____!」
ガシッ!と、力強く頭を掴む。迦具土の手は大きい訳でもない普通な手だが、掴んだ頭の大きさは、マリアがまだ小さな少女である事を再認識させる。
「ここで君を見逃すと、俺が会長に行方不明にさせられちまう」
「え…?」
「まぁ、何があったかなんざ知らねぇよ。人ん家の事情は知ったこっちゃねぇしな」
「………」
「だけどあの男は少なくとも『家出少女を連れ戻しに来た保護者』には見えなかった」
「………」
「『狙われてる』…。って事じゃないのか?」
「……」
___頷いた。
やはり無言であったが、初めて肯定の意を示してくれた事に、迦具土は少し安堵した。
(やっぱりか…。この子はあの男にとって何か利用価値のある『力』持っている?…いや、この子は『コレ』がどうとか言ってたな…)
「……でも…」
「ん?」
マリアが小さく口を開く。その一言は重苦しく、今までで一番申し訳なさそうに響く。
「でもやっぱり、迷惑をかける訳にはいきません。私は大丈夫ですから…」
「……信用出来ないか?」
「……」
マリアは、言葉にあった通り、『今までも』逃げて来た。何度逃げて来たのか、それは彼女にしかわからない。
ただ彼女は、『逃げる』事で初めて『狙われる』中で安心を得ていた。
その中で突然、『保護される』形になってしまうと、彼女は安心を得られなくなってしまう。一カ所に留まるということは、彼女から『逃げる』という行動を奪ってしまうのだ。
だから本心は、『迷惑をかけたくない』というより『逃げられない不安』の方が大きいはずで、彼女にそれは耐えられなかった。
「____会長はよぉ」
「……?」
「あ、さっきの女の人の事な。あの人はすっげぇ強ぇ。俺が本気で挑んでも、10秒で3回は殺されるね」
「………」
「鴻薙っつって、長い白髪でほっそいヤツ居たろ?あいつのテレポートはすげぇ。本気出せば500mくらい飛べるらしい。そこまで飛んだの見た事ないけど」
「………」
「あと…柴崎っつって、君がつかまってた木の下に居たあの気持ち悪いヤツ。あいつとは絶対に本気でケンカしたくねぇな。ガチで闘ったら絶対に勝てる程の自信がねぇ」
「………」
「とは言っても、俺だってそこそこ強ぇ自信はある。並大抵のヤツなら負ける気がしねぇぞ」
「………」
「それに…あれだ…。常盤寮って所にもさ、すげぇヤツは居るぞ。色んな意味で」
「………違うんです」
「ん?」
終始黙って迦具土の言葉に耳を傾けていたマリアが口を開いた。
「強いとか強くないとかじゃないんです。あの男…ケツァルは……『人間』に勝てる相手じゃない」
「……」
「さっきもそう。あなたは決して勝ってなんかない。あれは『器』が傷ついてしまったから『還った』だけ。また何度でも追ってくる。今度はあんな油断する訳がない」
訳のわからない事を…と、思う迦具土だが、同時に、今この状況で嘘など言うはずがない事も察していた。だからこそ…。
「じゃあ…あいつは何なんだ?…いや、君もか。『姫』とか呼ばれてたな。それも何か関係あるんだろ?」
「………」
(答える気はナシ…か)
「………あいつは…私たちは…」
「?」
この訳のわからない事をぬかす少女をどうやって連れて帰ろうか、と、本格的に悩み始めた(誘拐的な意味じゃなくて)迦具土の耳に、さらに訳のわからない事がぶち込まれる事になる。
そして、今日という日をこれから一生後悔する羽目になろうとは、迦具土は知らない。
「______こちらの世界で言う、『神』……です」