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(3)



『才覚者』。

この神都に存在する『特異な力』を持つ者。

脳内にて異常な脳波『才覚波』をエネルギーの消費によって任意に生産し、体内器官や物体、自然現象などに干渉させ、変化を生じさせる事ができる者。

筋肉に干渉させる事で筋力強化、骨に干渉させる事で骨密度を変動して耐久性の向上、内臓に干渉させる事で免疫力強化…など、その効果は多岐に渡る。

体内器官以外では、手を使わずに物体を動かしたり、植物の種の成長を急速に促進させたり、小規模な風を起こしたりなども可能である。

また、己を己と確証するための『自己理想郷(ピア・パーソナル)』を確立している者は、才覚波による現象を『超能力』として昇華させる。

『小物を少し動かす程度の能力』は『念動力(サイコキネシス)』へ。

『小さな火を灯す程度の能力』は『発火能力(パイロキネシス)』へ。

『考えがなんとなく分かる程度の能力』は『心理掌握(サイコメトリー)』へ。

それぞれが確立するピア・パーソナルによって、発現する超能力は異なる。

そして、どの程度の超能力が発現するかも、それぞれが確立するピア・パーソナルにかける『想い』や『信念』といった、精神的な物が強く呼応する事が分かっている。




そして_____。






____ギィィィン!!と、時代劇で刀と刀をぶつけ合う様な音が響いた。


「____ッ⁉」


蠢く剣を振り下ろした男は、目の前で起きた現象に戸惑っていた。

左肩辺りから斜めに真っ二つにしたと思った少年には、傷一つついておらず、それどころか少年の右手に突如現れた、鍔の無い『氷の刀』に蠢く剣が受け止められていた。


「………」

「…何ビビってんだよ。『いきなり氷が現れた事』か?『たかが氷に剣が受け止められた事』か?」


男は訝しげに眉を寄せ、迦具土は余裕の笑みを浮かべる。


「____神都じゃ別に、珍しい事でもねぇだろ」


ギィィィン!!と、一際強い音が響いた。

上から押さえつけられる形になっていた迦具土が、上空に拳を突き上げる形で剣と剣をぶつけていた右手を激しく横に凪いだ。それにより男の右腕が剣ごと激しく後方に弾かれた音だ。

男は素直に驚いた。

人を真っ二つにするというのは、切れ味のいい剣があったとて簡単な事ではない。

ギロチンの様に圧倒的な質量で叩き切るならまだしも、剣ごときで真っ二つになるほど、人の体は脆くはない。

だからこそ男は、涼しい顔をしていても、『叩き潰す』くらいの力を込めていた。

それがいとも簡単に受け止められた挙句、弾き返されたのだ。

迦具土にとっては、氷の刀の発現と同時に、才覚波を生産し、右腕・僧帽筋・胸筋・背筋に干渉し、単純な腕力を向上させていたに過ぎないが、その仕組みを知らないのであれば驚くのも無理はない。


「ハァ‼」


ヒュッ!と、氷の刀が空を切った。

右下から左上へ、鋭い剣閃が突き抜けたが、手応えは全くなかった。

朧な残像を残し、男は10m程後方に移動していたのだ。


「______ッ!!」


しかし、男に体制を立て直す暇はなかった。

男の視界は突如、夕日より鮮やかな橙と紅に染まる。

当然、そんな時間ではない。



____2mにもなろうかという男の全身が、『紅蓮の炎』に包まれた。


「ぐぉ!」


炎に包まれただけのはずの男の体は、大きく後方に吹き飛ばされた。

迦具土の左手から発せられた小さな『火種』は、圧倒的な質量・熱量で燃焼し、空間すらも飲み込む形で次々と連鎖的に発火を起こす。

もはや『爆発』と呼ぶべきそれは、巨大な『熱の壁』となって男に叩きつけられた。




____炎と氷。正確には『一定空間の気温と湿度、酸素及び水素の密度操作』。

そして、炎と氷という両極端の力を振るい、敵を蹂躙し殲滅するその超能力は、『燃える氷』になぞらえ、こう呼ばれる。




____能力名、『紅蓮氷河メタンハイドレード』。




「おいおい、終わりかよ。俺はまだ一歩も動いてねぇぞ?」


迂闊に動ける状況でもねぇが…と、言葉を発しながらも思考に付け加えながら、前方に倒れている男を注視する。

相手は一人ではない。今この状況にも、迦具土とマリアという少女は10近くの人間に囲まれている。

しかし…。


(……全く動かねぇ。…そもそも生きてんのか?)


周囲の人影には、『存在感』こそあるものの、置物の様に微動だにしない。『生気』というものが微塵も感じられないのだ。


(…操られてんのか?それとも本当に人形か何か…。だとしたら『操人形劇マリオネット』? テレポート系の能力と共存することはないはず…)




「___フ…フハハハハハ……ハハハハハハハ」

「!」


倒れたままの男が不意に笑いだした。

そして、メキメキメキ…。と、軋む様な音をたてながら、重力を無視した動きで、起き上がり小法師の様に起き上がる。


「なるほど…。『神都』か。確か三貴神さんきしんとやらが創ったという。それなら稀有な力を持つ人間も珍しくはないか」

「………?」

「……くだらんな」


男がその右手を、蠢く剣を掲げると、まるで花が開く様に剣が割れ、毒々しい程の紫の炎に包まれた『剣身』と呼べそうな形をした物が現れた。


「人間相手に使う事などないと思っていたが……ちょうどいい、試しておくとしよう」

「_____!」


バサバサバサ…。と、乱暴に衣服を脱ぎ捨てた様な音がした。

迦具土が振り向くと、 周囲の者達が身に纏っていた修道服の様な衣服が抜け殻の様に乱雑に地面に落ちていた。

かろうじて視界に捉えたのは、修道服の顔の辺りから、青白い『何か』が抜き取られる様に出て行き、完全に出きったところで周囲と同じく、乱雑に衣服が落ちるところだった。

そして、抜き取られた『何か』は、紫の炎に包まれた剣へと吸収されていく。

周囲の人数分の『何か』を吸収し終えた剣は、花弁の様に開いていた元剣身を、男の腕へと巻きつけていく。




_____ヴン…。という機械の始動音の様な音を迦具土が認識した時には、すでに男は迦具土の目の前で、その禍々しい剣を振りかざしていた。


「____ッ!!」


避けるのは間に合わない。そう直感的に判断した迦具土のとった行動は『受け止める』だった。

だが、この判断を愚かな判断だったと悔いる事になる。


____キンッ。と、フォークとナイフを打ち合わせる様な軽い音と共に、剣をも受け止める程の硬さを誇る迦具土の氷の刀は、あっけなく切り捨てられた。

それと同時に、左肩から右下腹部へ、焼ける様な鋭い痛みが突き抜ける。

体が二つにならなかったのは、氷の刀が切られた瞬間に、本能的にバックステップをしていたからか。


「______ッ⁉」


痛みに対する叫びをあげる前に、次の異常が始まる。

傷口から噴出する血液が、先ほどの『何か』と同じ様に、紫の炎に包まれた剣へと吸収されていくのだ。明らかに傷口に見合わない程の量の血液を引き摺り出して。

何が起こっているのかわからないが、これ以上血を吸われるのはマズイ。そう判断した迦具土は、倒れゆく体で受け身を取ろうともせず、応急処置を始める。

まずは才覚波を大量に生産。それに伴うエネルギーの消費も鑑みるべきだが、今はそんな暇はない。

生産した才覚波を、大脳の『中心後回』へ干渉。『外部からの刺激を痛みとして認識』する機能を抑制。自身の体を、一時的に麻酔にかかった状態に。

さらに、全身の骨、主に骨盤の『腸骨』に干渉。骨髄の『造血作用』を急速に強化・促進。失血死の可能性を下げる。

そのまま下半身の全ての筋肉に干渉。脚力を瞬間的に超強化。地面を蹴りつけて宙へと翻る様に後方へ移動。『血液を吸収する』剣の効果範囲から脱出した。

この間、およそ3秒。これは迦具土の実戦経験、体内構造の熟知、生産可能才覚波の絶対量の多さにより実現できた『技術』と言えるだろう。


(___痛ッ…。…マズイな…)


並の才覚者には到底できない技術を見せつけたが、事態は何一つ好転してはいない。

痛覚を遮断しはしたが、最初に受けた痛みの余波が重苦しい痛みとして全身を包む。

傷口に才覚波を干渉し、血液の凝血作用を強化した。これにより出血自体は止まっているが、あまりの出血量に造血作用が追いついておらず、視界が眩む。

斬撃を受けた際に鎖骨を切断された、もしくは砕かれたか、左肩が全く動かない。

そして立ち位置。大きく後方へ移動したため、自身と男の間にマリアを置く形になってしまっていた。護衛対象を敵の前に差し出すという、普段なら絶対に冒さないミスだった。


「ケツァル……あんた…ッ」


敵の前に晒された少女は、それでも力強く男を睨みつけていた。


「ははっ。中々おもしろいですね姫。人間は『血』が『魂』の象徴であり、『罪』の証とでも言うのでしょうかねぇ」

「何…考えてるのよ…。実体を持つ人間にそんな物振り回すなんて…ッ」

「おやおや、そんな恐い顔しないで下さいよ。好奇心ですよ、好奇心」

「………」


少女は力なく俯き、だまってしまった。

その手は強く握りしめられ、小刻みに震えている。

言い返せないのだろうか。道徳的な観点から追及すればいくらでも言う事はあるはずなのだが。

少し振り向き、横目に迦具土を見た少女は、申し訳なさそうに目を瞑った。


「………」


その顔は当然、迦具土にも見えていた。

そして、迦具土がその『決断』をするのは、それだけで十分だった。


「さぁ姫、帰りましょうか。いや、還りましょうか」

「………」




「______ゴメンな」




____ブゥン!と、長い物を無理矢理振り回した音が響く。

それと同時に、少女の体が宙に浮く。


「ふぇ?」

「なっ⁉」


ザッパァァァン!!と、少女は近くの噴水の中へ一直線に落ちて行った。

迦具土の手には、物干し竿を限界まで伸ばしたよりも長い『槍』が握られていた。

使い物にならなくなっていた左の鎖骨を、氷でつなげる事で無理矢理動くようにした。痛覚を無視できる今だからできる芸当だ。

そのまま即座に槍を生成。少女の服に引っ掛け、投げ飛ばした。

怪我をしないか懸念されたが、今は少女を噴水に放り込むのが『安全』だと判断した。


「貴様ぁ‼」

「はっ。叩っ切ろぉとしてたお前に、激昂する資格があんのかよ」


迦具土は右腕を水平に横へ。槍を手放すと、空気へ溶け込む様に解けて消えた。


「よかったなぁ。見ず知らずのヤツに見せんのは初めてだぜ?」

「……」




「おぁぁぁぁあぁぁあぁあぁぁぁぁぁ!!!!」




ゴォォ!!と、腹を震わせる様な重低音を響かせながら、迦具土の右手から尋常じゃない程の質量の炎が噴出する。そしてその炎は、太陽のプロミネンスの様に迦具土の手へと戻って行き、手の中で何かを形どっていく。


通常、迦具土が力を使う際、炎なら、酸素密度を操作し、相手へと濃い酸素で出来た『酸素の導火線』を作り、湿度を下げ、温度を極限まで上げる事で自然発火を起こして導火線に着火させる。

氷なら、酸素と水素の密度を操作し、水分子を生成。湿度を上げ、温度を極限まで下げる事で氷を作る。さらにそれを年輪の様に何層にも重ねゆく事で、鉄の様な強度を作り上げる。

『才覚者』はあくまでも『超能力者』だ。『魔法使い』などではない。

質量保存の法則は絶対だし、物理法則も軽々と無視はできない。テレポートの様な例外もあるが。

当然、無から有を創り出す事などできないし、物質を異なる物質へと作り変える事はできない。紙から鉄は作れないのだ。

しかし、今の迦具土はこの全てを無視していた。

自然発火ではあり得ない程の量の炎。さらにそれを不自然に捻じ曲げる。そしてその炎は、迦具土の手の中に何かを創り出す。非物質のはずの炎が、物体としての実体を持つ何かに。


「なんだ…それは…」


炎の噴出が収まり、迦具土の手には一振りの『刀』があった。

今までの氷の刀とは違い、鍔もあるし、刀身もれっきとした金属である。その刀身は、相当な熱を帯びているのか、ポツポツと周囲の空気を発火させていた。

赤黒い柄の先端からは、橙色の紐が伸びており、さらにその先端には、ルビーの様な真紅の珠がついている。


「なぜ貴様が…『神器じんぎ』を持っている!!」

「……うるせぇな。知るかよそんなモン。これ出すの疲れんだ。一瞬で終わらせるぞ」


神器とは何かを問いただしたかったが、すでに迦具土は疲労困憊。面倒事は少しでも避けたかった。

腰を低くし、居合い斬りの姿勢で力を込める。言葉通り、『一瞬』で終わらせるために。


「あぁ、加減は出来ねぇからさ、死にたくなかったら頑張れよ」

「___ッ⁉」




「_____獄焔ごくえん一文字いちもんじ




ヒュッ!と、迦具土の刀が真横に一直線に振られた。

その時点では何も起こらず、馬鹿にされたと思った男が、迦具土を斬るための所動を起こそうとした____その時。



___ッボガァァァァ!!と、迦具土を起点に、刀を振った軌道になぞる様に扇状に『爆発』が起きた。プラスチック爆弾を扇状に敷いて爆発させるのを想像するとわかりやすいだろうか。

測った場合、長さは20m程あるだろう。爆発に『厚さ』という概念はないだろうが、これも測った場合は30cmあるかないか。

その『爆炎の扇』は、迦具土の視界にある木々の、少し離れた位置にある噴水の像の、真ん中辺りから上を吹き飛ばした。

そして…。


「____ゴッ……ガッ…!……」

「……だから『頑張れ』っつったじゃん」


パシュッ。と、迦具土の刀が光の粒子となって霧散した。

男のダメージは、誰が見ても深刻だった。

口からは酷く粘着質な血液が溢れ、腹部は当然ズタズタ。

『腹部に爆発が当たった』ではなく、『腹部も含めて爆発した』のだ。外も中も激しく掻き乱された。無傷な臓器はないし、元の位置にあるかもわからない。

直撃したので迦具土も内心肝を冷やす思いだったが、体が『千切れて』いない所を見ると、何らかの防御をしていたのか。

男は、自身が吐いた血の中へと倒れた。それと同時に、男の持っていた剣が地面に突き刺さる。


(……これで懲りたろ。とりあえず…『黄泉の門番』に預けりゃなんとかなるか)


迦具土がポケットから携帯を取り出し番号をプッシュする。

コール音が鳴っている時に、少女が噴水の淵から頭を覗かせていたのが見えた。安否確認が出来たので電話に専念する。


『…はい?』

「あぁ、先生?俺。迦具土だけども」

『……僕個人用の携帯番号…教えたっけ?』

「まぁまぁ。ちょっと時間なくてさ。急患一人お願いしますわ」

『……あのね…今日はものすっごく久しぶりのオフなんだよ?』

「あんたいっつもオフでしょ。社会的に」

『……なんか疲れちゃったなぁ』

「おおおいおい、すんませんすんません、マジで急患なんだって。______!」


迦具土が振り向くと、そこにあるはずの男の体は無く、剣も消えていた。


「……やっぱいいや。オフを満喫しておくれ先生」

『え?ちょっ___』


無理矢理電話を切り、身構える。

10秒ほどで身構えを解く。男は『瞬間移動テレポート』の力を使っていた。攻撃するつもりなら、電話中にいくらでも出来たはずなのだ。


(…逃げた?反撃のチャンスならいくらでもあったのに?……まぁ、逃げる元気があるなら大丈夫か)


____ブブブブブ…。と、携帯のバイブが作動する。


「ん?_______!!!!」


着信。その画面には『会長』と表示されている。


「………やべぇ……」


真夏の午後。

迦具土はこの一瞬で風邪をひいたかの様に身震いし、命のやりとりの時よりも嫌な汗が身体中から溢れ出た。

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