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第一章『邂逅 〜煉獄の王妃〜』(1)

「はぁ…」


 と、通話状態の携帯電話を切り、迦具土凍也(かぐつちとうや)は深く小さくため息をついた。

 ベッドの上であぐらをかきつつ、自室の天井をしばし見上げ、また一つため息をついた。


「……しゃーないか…」

 のそっとベッドから降りると、迦具土は身支度を始めた。

 鏡を見ながら寝癖で暴れる髪を直し、一部が生まれつき白くなっている前髪をいじりながらまたため息。

 最近なんだか目つきが悪くなってきている顔とにらめっこしてまたまたため息。

 部屋の中央にある座椅子にかけてある濃紺のズボンを取り足を通す。

 何やらおぼつかない手つきでベルトを締めると、次は部屋の壁にかけてある半袖のカッターシャツに袖を通す。

 因みに、迦具土は高校2年生で、現在は夏休み初日である。

 いつまで寝ていても誰にも何も言われない、進学だの就職だのと焦る必要もまだ無い。そんな素敵な日々の始まりの朝に身支度を始めた訳は…


「ったく…しょうがねぇじゃんよぉ。元はと言えば、『会長』が自分の仕事を俺に押し付けたりすっから…出席日数足んなくなるんだっつの」


 ______補習である。





~~~~~~~~




「おや、迦具土。こんな朝早くからご出勤かい?」


身支度を済ませ、自室を出て、建物から出た所で不意に話しかけられる。

頭にバンダナを巻いて上下緑ジャージにフリル付きエプロン、右手に箒、左手にちりとりといった格好の若い女性だ。


「咲子さん…。知ってるくせに…。咲子さんこそ、こんな朝早くから掃除なんて、珍しい事もあるもんすね」


センスを疑わせる格好はスルーし、少々皮肉気味に会話をする。


「はっはっは、まぁがんばんな。あたしは暑いのは苦手だからね、涼しい朝のうちに仕事を済ませようと思ったのさ。というか迦具土よ…」


そこで言葉を切り、女性は迦具土の横に歩み寄り、迦具土の肩に左腕をまわす。


「今の言い草、まるであたしが仕事してないみたいじゃないか。ん?」


ギリギリギリ…と、肩にまわされた腕に力が入り、迦具土の首が圧迫される。


「あ、すんませんすんません。この寮は咲子さんのおかげで綺麗に清潔に快適に保たれております」

「そうだろそうだろ。お前らの飯だって、みぃんなあたしが作ってやってんだからな。感謝してるかこのガキンチョ」

「_____4人しか居ないけど」

「なんだってぇぇぇ?」


ギリギリギリ…ギチギチギチ…と、渾身の力が込められていく。

余計な事を言うんじゃなかった。時すでに遅しである。


「あだだだだ、すんませんすんません。してます。メッチャ感謝してます。____てか胸ぇぇぇ!」


思い出したかの様に、迦具土は叫んだ。

上手く決まっているらしく、もがいても抜け出せない。現在、迦具土の後頭部には、幸せな重みがズシリと乗っかっている。


「ん?なぁに興奮してんだい、このエロガキ」

「違う!いいから離せ!離して!離して下さい!」


やっとの思いで開放された迦具土は、自分でも赤くなっている事がわかるくらいに、顔が熱っぽかったので、慌てて女性から目を逸らす。


「はっはっは。真っ赤になっちゃってぇ。このムッツリスケベ」

「ッ___、あんたなぁ…もっとこう…女らしくできねぇのか!」

「はんッ。なめられるのは御免だよ。それにね、あんたみたいなガキンチョに触られたって何とも思わないんだよ。そんなに触りたきゃ触ってきな」


女性は、上半身を折り、交差させた腕に、豊満に実りすぎた果実を乗せ、首をやや傾げ、斜めからの上目遣いで迦具土を見つめる。


「____ッ____逆セクハラだぁぁ!」


迦具土は堪らず走り出した。これ以上は理性とかなんとか、大事な物が吹っ飛びそうになったからだ。

その背中を、女性は大らかに笑いながら見送る。



彼女、楠木咲子(くすのきさきこ)(25)は、迦具土が住む小さな小さな寮、『常盤寮』の現管理人である。

元は、彼女の両親が切り盛りしていたのだが、去年、主人の方が病気を患い、両親は現在、実家で静養中だ。

生徒達を追い出す訳にもいかないし、小さな寮だから一人でも大丈夫、と、彼女が管理を申し出たのだ。

寮とは言っても、どこぞの学校や企業などと提携している訳ではない。

分類としては個人経営の『下宿』なのだが、外観が小さなオフィスビルみたいなものなので、主人が名前を付けただけなのである。法に触れていないかどうかは怪しい所だが。

つまり、『常盤寮(ときわりょう)』と言う名の『下宿』なのだ。

そして彼女、楠木咲子は……美しい亜麻色のポニーテール、整った顔立ち、抜群のスタイル、爆ぬー。

そんな思春期を悩ませる問題を山積みに抱えている彼女は、近所ではかなり有名な美人なのだ。

そんな人に胸触っていけなんて上目遣いで言われようもんなら、理性なんて物は砲台に込められた砲弾の如く意図も簡単に吹っ飛ばされてしまうだろう。

迦具土も男である。揉みしだきたい衝動がなかったと言えば嘘になる。

据え膳食わぬは何とやら。がしかし、恥をかいてでも守らねばならない物はちゃんとあるのだ。

そう、人として。


「……そういやあの子、朝飯はよかったのかね?」





~~~~~~~~





「___ったく…朝から面倒な…」


常盤寮から最寄りの駅に駆け込み、改札のIC端末に携帯をかざし通り抜け、発車寸前だった電車に飛び乗った。

失敗した…と、迦具土は思う。

時刻は7時34分。夏休みだから、学生こそいないものの、大人達は休みではない。いわゆる通勤ラッシュだ。

普段、学生達は、これより一本早い、もしくは遅い電車に乗り込む。

この時刻の電車は、大人率が異様に高いのは、この辺りではポピュラーな事なのだ。もちろん、迦具土もわかっていた。

駅のホームに着いた時に、電車のドアが閉まる時の音が聞こえ、慌てて駆け寄ったはいいが、大人がぎゅうぎゅうに詰まっているのを見て、一度は足を止めたのだ。

しかし、急に駆け寄ったもんだから、閉まろうとしていたドアが一度止まり、再び開いた。

一度止めてしまった手前、乗らないなんて事はし辛かったのだ。大人達の視線も少し痛かった。



(…おっさんに圧迫されて誰が嬉しいんだか…)


と、ドアと中年男性に挟まれ、顔をしかめながら迦具土は思う。

こんな風に他人と体が密着するなら、可愛い女の子か、綺麗なお姉さんの方がいいに決まっている。迦具土も男である以上、その考えはぬぐいきれない。

そんな事を考えても意味無いのはわかっている迦具土は、特に何を思う訳でもなく、窓から街を眺める。



_____神都(しんと)

これが現在、迦具土が生活する街の名前だ。

『街』 と言うより、『国』と言う表現の方が正しいのかもしれない。

24世紀後半より26世紀にかけて、目まぐるしい発展を遂げてきた、現日本の首都である。

2745年現在、もはや神都の機能は、『街』としての域を超越し、『国』としての性格を持ちつつあるのだ。

かつての『東京』を中心に、発展に発展を重ね、その総面積は、9,136㎢。イメージとしては、『四国』の半分とほぼ同等、という事になる。

その広大な神都は、内部を108つの『区』に分けられる。各区は『○○番区』と呼ばれ、それぞれの区ごとに、性格や管理体制は異なる。

が、一応、大まかな分類は存在する。


・1〜64番区、『行政区』

・65〜96番区、『教学区』

・97〜108番区、『特殊管理高等区』


と、分類される。

『行政区』は、文字通り『行政』、国の運営を管理する区間である。

神都における、ありとあらゆる商工業や財行政を64の区間のみで仕切っている。

その中でも、1〜12番区は、『中央統括行政区』と呼ばれ、神都、ひいては日本の行政を管理する程の高等区となっている。


『教学区』は、保育園から大学院まで、ありとあらゆる教育機関が存在する区間である。

保育園から大学院、すべての教育機関が揃う区もあれば、高等学校しかない区など、各区によって教育体制が異なっている。

神都は、『特殊な教育』に力を入れており、日々『優秀な人材の開発』が行われている。

各区の管理は、その区の最高等教育機関が受け持つ。

量販店や飲食店などももちろん存在する。しかし、その管轄は行政区ではなく、その区の最高等教育機関に任される。


『特殊管理高等区』は、行政区では行われない、『開発・研究』を主とする区間である。

表向きに公表している情報が極端に少なく、内部事情を把握している者は数少ない。


そして、これらの区は、中央統括行政区と特殊管理高等区を神都の中心に、その周りを教学区、さらにその周りを行政区が覆う様に存在している。


迦具土の事を言っておくと、彼が住む常盤寮は60番区。全体が住宅街の様な区の、隅っこの方に肩身狭そうに建っている下宿だ。

そして現在、迦具土は65番区にある、自身の通う学校『禊月(はらつき)学園』へ補習をしに向かっていると言う訳だ。



『禊月学園前~、禊月学園前~』


と、車内に人口音声の独特なアナウンスが流れる。車掌等は居ない。電車は全てモノレールの様な仕様に変わり、操縦も全てコンピューター制御。万が一に備え、駅から走行中の車両の衛星監視と、コンピューターへの干渉をしている。

そこまでするなら、車掌が居た方が良いのでは?と思わなくもない。


「……ん?…やべっ」


すっかり人が減り、座席に腰掛けてウトウトしていた迦具土は、慌てて電車から降りる。

ホームを出て、改札のIC端末に携帯をかざし、駅を出る。

駅を出て、ため息をつく。

目の前には、広大で美しい広場。中央には噴水なんて洒落た物もある。

そしてその広場の先には、一見、どこぞの巨大な屋敷にしか見えない、禊月学園の校舎が堂々と佇んでいる。

しかし、その風景の中に、人は数える程しか居ない。

スーツを着た女性、背広を着た男性、恐らくは教師だ。迦具土が見知っている人も居る。

迦具土と同じく、制服に身を包んだ人も居た。


(…補習か、自業自得だな)


自分の事を棚にあげて思う。迦具土の場合は少々事情が違うのだが、同じく補習には違いない。


(……そういや朝飯…忘れてた)


寮監、楠木との無駄な絡みさえなければ、駅の売店でおにぎりか何かを買ってくる予定だったのだが、頭の中は爆乳祭りだったので忘れていた。


(今日は購買も開かんしなぁ……)


ドカッ と、噴水横のベンチに腰をかけた。

補習開始時刻は朝のHRと同じく8時50分。

それこそ売店なりで買った朝飯を教室で頬張るつもりだったのだが、前記の通りである。

最寄りのコンビニまでは徒歩で20分かかる。

田舎とかそういう事ではなく、禊月学園の敷地内にコンビニ等の店が無く、しかも広すぎるのだ。

小中高一貫の学園で、小等部・中等部・高等部のそれぞれに校舎があり、グラウンドや体育館やプール、寮などもそれぞれ完備されている。迦具土がこの学園の寮に入っていないのは、ただ単に寮費が馬鹿高いからである。



「んや?ツッチーでないのさぁ」



コンビニまで行くのを渋り、噴水横のベンチにほされた布団の様に腰掛けていると、ふいに声をかけられる。

迦具土にとっては聞き飽きた声。


「……柴崎(しばさき)……鴻薙(こうなぎ)…」


体を動かすことは無く、首だけを正面に向ける。

声をかけて来たのは迦具土の友人、伝説の『オオサカのおばちゃん』ばりに目障りな程『紫ぃぃぃぃ』と主張する紫ヘアーをワックスで固めてツンツンにし、ホストの様にシャツをはだけ、目に掛けるわけでもないサングラスをはだけたシャツに引っ掛けて歩く、『恥部』こと『柴崎秋道(しばさきあきみち)』と、その横には、上質な絹を思わせる美しい白髪を後頭部で括っており、何を考えているのかわからない糸目に常に上がり気味な口角、柴崎とは対照的に整った服装、細すぎる体、『もやし』こと『鴻薙華川(こうなぎかせん)』の2人が近づいて来る。


「なっはっはー。ツッチーも補習かぁ?」

「……あぁ」


会話すらしんどい気分の迦具土は、生気薄く聞き流す。


「んん?いつもの毒舌はどうしたいツッチーよ」

「………黙れ喋んな俺の視界から直ちに消え失せろこのムラサキバフンウニ」

「____っはぁ〜効いたぁ~、今のは効いたわ~。朝一にムラサキバフンウニはひでぇよな、せんちゃん」

「うんうん、かわいそうなバフンウニだね」


『せんちゃん』と呼ばれた少年は、左手を顔に当て、右手で柴崎の肩を叩いた。


「ウニじゃねぇ!」

「……んじゃあ、紫色の馬糞」

「不健康だな!病院行かなきゃ!」

「……病院より先に美容院に行ってこい。腕のいい脳外科医なら後で紹介すっから」

「お、今日はやたらと頭部を攻めて来るじゃないか。破壊報酬など出ないぞぉ」


日干しされてる昆布みたくだらけてる迦具土は、もはや頭も上げずに柴崎を罵倒する。

ウルト○マンの様なファインティングポーズをとる柴崎。

そんな2人のやりとりを、鴻薙は我が子を見守る母親の様な目で見ていた。


「毎度毎度目障りなんだよ。抜くか千切るか毟るか刈るかどれかにしろ」

「禿げる以外の選択肢はないのか⁉」


こんなやりとりを、何を理解したのか、頷きながら見ている鴻薙に柴崎は「何がウンウンだ!」と叱咤している。


「くそぉ、お前ら2人して紫を馬鹿にしおってぇ…!」

「いや、馬鹿にはしてねぇけど…頭に着ける色じゃねぇだろそれは」

「いいじゃんいいじゃん!何がいけねぇのさぁ!」

「……お前だけだぞ……名前に『柴』があるからって頭を紫にするやつ。言っとくけど漢字違うかんな」

「へ……?」

「……お前の『柴』は『紫色』じゃなくて『柴犬』の『柴』な」

「………」


硬直。

衝撃 (?)の事実を突きつけられた柴崎は、世界が壊れたかの様に立ち尽くす。


(こいつ…今までの人生ずっと勘違いしたままだったのか?)



『ゴーン…ゴーン…ゴーン…』



どの位この場所でだらけていたのか、朝のHR前の予鈴を告げる鐘がなる。

禊月学園のチャイムは、通常の学校のチャイムとは異なり、重厚な鐘の音が響く。協会の鐘を大きくした様な物が、敷地内の中央に設置されている。名前は『鈴鐘塔(りんしょうとう)』。


「おや、もうそんな時間かい?」


せんちゃんこと鴻薙が鐘の音に反応し、腕時計を見た。その腕は『体脂肪ってナンデスカ?』と語りかけて来る。時計も、一番締まる穴で留めてるにもかかわらず隙間がある。

迦具土は何回見ても「細っ」と思うが、口にはしない。

鴻薙は170後半程の背丈があるのだが、あまりの体脂肪の無さに、擬人化もやし当然である。


「遅れると面倒だ。そろそろ行こうか」

「…あぁ。おい、行くぞ柴崎」


ほけ~っと突っ立っていた柴崎は、迦具土の呼びかけにピクッと反応し、少し考えた後…


「…まぁ…似た様なもんだし?」


と、満面の笑みで言い放つ。


(そういう問題じゃねぇ)


と思ったが、めんどくさいので心にしまっておこうと決めた迦具土であった。



改稿したら2話とも2話になってた(^^;;


気づかなかった間に読まれた方にはなんとお詫び申し上げればいいやら(^^;;


どうもすいませんでしたm(__)m




10/28 追記


やっと段落下げの仕方がわかった(゜▽゜*)

iPhoneからだとスペース何個入れても反映されないから困ってたし(^^;


やっとそこそこ読みやすく書けると思いますので、よろしくお願いします(・∀・)

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