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クラスの美少女ギャルに嘘告された俺、中二病で迎撃したら地球防衛軍の最高司令官に任命された

作者: 柊ナツキ
掲載日:2026/10/31

「高瀬くん……私と、付き合ってくれませんか?」


 放課後、夕日が空を橙色に染める二年B組の教室。


 静けさを破ったのは、学年一の美少女ギャル、宝生(ほうしょう)夏希(なつき)の声だった。

 教室の扉の隙間からは、息をのむギャラリーたちの気配がひしひしと伝わってくる。


 俺──高瀬(たかせ)理人(りひと)は、自分の耳を疑った。


(……は?)


 俺は陰キャである。

 空き時間はいつも教室の隅で文庫本を開いているが、別に読んではいない。ページをめくる間隔が不自然ではないか気になり、同じ見開きで十五分ほど自意識と戦っているタイプの、元・中二病だ。


 一方の宝生は、ネイルから髪まで他人に見られる準備ができている女だ。俺が一日かけて誰とも目を合わせずに過ごす間に、たぶん三十人くらいと仲良くなっている。

 そんな人間が、どうして俺に。


(待ちたまえ。これは何だ。夢か? いや、デジャヴか? 違う。俺の脳内危険予知センサーが警報を鳴らしている。……宝生夏希、あいつさっきから廊下の方をチラチラ見てるな)


 教室の扉に目をやると、隙間からスマホのレンズが三つ覗いていた。

 俺の恋愛だけ、初回からカメラが入るのか。


 なるほど、理解した。


 ──罰ゲーム、嘘告だ。


 間違いない。陽キャどもが退屈な放課後を彩るために企画した、最低最悪のエンタメ「嘘の告白」。


 ここで俺が「えっ、あ、はい。喜んで!」とか言おうものなら、翌日には「陰キャがマジ受けして草www」という動画がネットに投稿され、俺の高校生活は死体すら残らず蒸発する。

 かといって、「嘘でしょ?」と冷たくあしらうのも芸がない。


 俺の中の、かつて封印したはずの『暗黒の血』が、理不尽な攻撃に対して暴走を始めた。


(タダで撃たれると思うなよ、陽キャども。俺の返答一つで、この空間をカオスに叩き落としてやる)


 俺は文庫本を閉じ、椅子を引いて立ち上がると、封印していた右手で顔の半分を覆った。元演劇部としてのイケボは、こういう時に限って裏切らない。


「フッ……我が『黒銀の契り(パルティア)』よ。まさか、愛の告白(こうふくかんこく)で来るとはな」


「……は?」


「その忠誠(あい)、しかと受け取った。だが、俺の右手は君と繋ぐには重すぎる。この星の命運と、配下百万の生命(いのち)を預かっているのでな」


「え、ちょ、高瀬くん? なに言って──」


「続きは深淵(ディープ・フォレスト)で。席は二つ用意しろ。……俺の中の破壊神(もうひとりのオレ)が、君の隣を譲らないのだ」


 宝生の笑顔が止まった。廊下の笑い声も止まった。

 よし。客席の期待していた演目からも外れた。


 俺はバッと制服の上着を翻すと、呆然と立ち尽くす宝生の脇をすり抜けて出口へ向かった。

 言い捨てて教室を出た瞬間、背後で誰かが吹き出した。


「え、何言ってるのアイツ? 結局付き合うの?」

「分かんない。地球が忙しいって」

「配下百万いるのに昼休み一人なの?」


 取り巻きどもの声を背中に受けながら、俺は歩き続けた。

 これも十分に撮れ高だ。それでも、告白を真に受けて笑われる役だけは降りてやった。


(勝った。異論は認めん。多少笑われている気もするが、俺が傷ついて終わる予定だった演目は破壊した。これは戦略的勝利である。明日から誰も近寄らなくなる? 結構。平和とは、そういうものだ)


 この時の俺は、本気でそう思っていた。

 そして、理解していなかった。


 自分の「イケボの中二病ポエム」が、どれほど致命的な勘違いの引き金になるかを。


 ◇◇


 翌朝。登校した俺を待っていたのは、異常な光景だった。


 校門の前には、なぜか黒塗りの高級セダンが5台並び、黒スーツにサングラスを着けた厳つい男たちが居並んでいた。

 さらには、校庭の真ん中に巨大なテントが設営され、謎の通信アンテナが何本も立っている。


「なんだ……? 映画の撮影か?」


 不気味がりながら靴箱へ向かうと、校内放送がスピーカーから鳴り響いた。ガサガサというマイクのノイズのあと、厳粛な声が聞こえてくる。


『全校生徒に告ぐ。私は生徒会長、天海(あまみ)響(ひびき)である。本日より、我が校は国家安全保障局の直轄区域に指定された』


「……は?」


『昨日放課後、二年B組において行われた「暗号通信」により、我が校に潜伏していた最高司令官の覚醒が確認された。これより、全生徒、及び教職員は「特務生徒会」の指揮下に入り、来たるべき「大災厄」に備えよ。……繰り返す。最高司令官、高瀬理人閣下、直ちに校長室へ出頭されたし』


 俺は手にしていた上履きを落とした。


「俺えええええええええええええ!?」


 大急ぎで校長室の前に向かい、ドアを叩き割る勢いで開けると、そこには信じがたい光景が広がっていた。


 校長が正座させられている。


 その横で、生徒会長の天海が、軍用のホログラムディスプレイのようなものを操作していた。

 そして部屋の隅には、気まずそうに小さくなっている宝生の姿が。


「来たか、高瀬閣下!」


 天海が敬礼を決める。


「待って。天海会長、何言ってるの!? 閣下って何!? 国家安全保障って何!?」


「くっくっく……隠さずとも良いのだ、高瀬閣下。昨日、宝生君から提出された報告書、ならびに現場の音声データを我々生徒会インテリジェンスが解析した」


 天海はタブレットを操作し、昨日の俺の「イケボ中二病ポエム」を再生し始めた。


『フッ……我が『黒銀の契り(パルティア)』よ。まさか、愛の告白(こうふくかんこく)で来るとはな』


「やめろおおお! これのどこに国家安全保障が関係あるんだよ、ただの中二病だろ!」


「戯れ言を!」


 天海が机をバンと叩いた。


「『パルティア』とは、すなわち極秘軍事協定のコードネーム。『契約の時』とは、極軌道衛星からの超兵器掃射のタイミング。そして『深淵(ディープフォレスト)』とは、地下中央指令室の旧称だ」


「待て。俺が適当に言った単語になんで全部該当項目があるんだ」


「地下施設の命名担当にも若い時期はある」


「国家規模で卒業してくれ!」


「貴殿は『自分は地球防衛軍の最高司令官であり、今はまだ正体を明かせない』と、完璧な隠語で宝生君に伝えたのだ。さらに『この星の命運』『配下百万』。そして、指令室には『席を二つ用意しろ』と。最高司令官と参謀の着任予告に他ならない!」


「深読みの域を超えて病気だよ!」


 俺は隣の宝生に助けを求めた。


「おい夏希さん、あんたからも言ってやってくれ。あれはただの罰ゲームの嘘告で、俺はそれにノリで返しただけだって!」


 しかし宝生は顔を蒼白にし、ブルブルと震えながら俺の袖をつかんできた。


「む、無理よ……」


「は?」


「昨日の夜、うちの家に黒服の軍人みたいな人たちが5人押しかけてきて、『我が国の最高機密に接触した重要参考人として保護する』って言われて、パパもママも土下座しちゃって……今さら『嘘でした、罰ゲームでした』なんて言ったら、私、国家叛逆罪で消される……っ!」


「あんたが元凶だろ!」


「私、まだ消されたくない! 嘘告だったなんてバレたら、北の強制労働所に送られちゃう!」


「送られねえよ! 日本の法治国家を舐めるな!」


「問答無用!」


 天海が朗々と宣言した。


「本日より、我が校の運動部は『実戦戦闘部隊』、文化部は『情報・兵器開発部隊』へと改編される。そして宝生君には、最高司令官である高瀬閣下の専属参謀兼……『表面上の恋人』として、常に側で護衛を務めてもらう」


「表面上の恋人!?」


 俺と宝生の声がハモった。


「当然だ。閣下の真の力を封印するための『対価』として、彼女の愛が必要なのだろう? 昨日のやり取りは、そういう『愛の契約』に他ならない」


 天海は、明日の時間割を説明する時と同じ顔で言った。こいつの中では、もう必要な手続きが全部終わっている。


 宝生は泣きそうな顔で俺を見た。


「お願い、合わせて。もう高瀬くんしか頼れないの……!」


「昨日は俺を笑いものにしようとして、今日は俺頼みか」


 宝生が口を閉じた。袖をつかむ指から力が抜け、ようやく俺の顔をまっすぐ見た。


「……ごめん。あれは、本当に最低だった」


 そこで初めて、昨日嘘告してきた女と、目の前で震えている女が同じ人間になった気がした。

 許したわけではないが、今ここでこいつを突き放したところで、俺の肩書きまで元に戻る気はしない。


「謝罪は受け取るけど、責任は折半だ。あと、撮った動画は消せ」


「もう提出しちゃった……」


「俺の黒歴史を国家に納品するな!」


 こうして、俺の平和な高校生活は粉々に砕け散った。

 俺は『嘘告から始まった地球防衛軍の最高司令官』という、地獄のような肩書きを背負わされてしまったのだ。


 ◇◇


 特務生徒会の設立から一週間。

 学校は進路を見失っていた。


 野球部は投球フォームを手榴弾用に修正され、家庭科部は防弾チョッキを縫っている。布の調達先が手芸店なので、防弾性能については誰も口にしない。吹奏楽部に至っては音波兵器の開発を命じられ、俺の知っている校歌を俺の知らない音量で演奏していた。


 俺と宝生はというと、校長室を改造した「司令部」で、並んで高級な革張り椅子に座らされている。


「ねえ高瀬くん……私、もう限界かも……。これいつまで続くの?」


 宝生がげっそりとした顔で高級紅茶をすする。


「こっちのセリフだ。毎朝『司令官、おはようございます!』って全校生徒から敬礼される俺の気持ちがわかるか? しかも昨日、進路希望調査に『地球』って書かされたぞ」


「でも、ここでバラしたら天海会長に何されるか……」


「あのサイコ野郎、マジで私設軍隊作ろうとしてるからな……」


 二人でひそひそと不満を言い合っていた、その時。


 ウーッ、ウーッ。


 不穏なサイレンが校内に鳴り響いた。

 ディスプレイの表示が赤く点滅し、天海が部屋に飛び込んでくる。


「閣下、緊急事態です! 上空3000メートルに正体不明の飛行物体が浮上。我々のレーダーを回避して侵入してきました!」


「は? レーダー? 映画の見すぎだろ……」


 ドドドッ、と凄まじい衝撃波が校舎を揺らし、窓ガラスがガタガタと鳴る。

 校庭を見ると、巨大な金属製の円盤──本物のUFOが着陸していた。


「えええええええええ!?」


 俺と宝生、そして天海の叫びが重なる。


「なんであんたも驚いてんだよ天海会長!」


「本当に来るとは思っていなかった!」


 UFOのハッチが開き、中から不気味な四本腕の宇宙人が姿を現した。

 でかい。強そう。会話が通じても話は通じなさそう。俺が昨夜まで脳内で倒していた敵と、明らかに作画の予算が違う。


「……は、嘘だろ。マジで宇宙人来ちゃったよ。まだ避難訓練もしてねえぞ。防衛組織の設立より先に日程を合わせろよ」


 そいつが一歩踏み出すと、地面が沈んだ。

 俺の中の破壊神は何も言わない。さっきまであんなに君の隣を譲らなかった男が、肝心な時に不在だ。


 宇宙人は手に光線銃のようなものを構え、超空間スピーカーで校庭中に声を響かせた。


『地球の愚か者どもよ。我々は暗黒銀河の覇者、ガヴァル帝国先遣隊長ガヴァル・ド・キルである。この星を征服し、全人類を奴隷として我々の支配下に置きに来た』


「閣下!」


 天海が俺の肩を掴む。


「ついに……ついに、貴閣の『真の敵』が現れましたね。さあ、命令を! 我が特務生徒会、特攻の用意はできております!」


 校庭を見ると、竹やりを持った陸上部や、試作型ポテトキャノンを構えた科学部が、決死の覚悟で宇宙人を取り囲んでいる。

 やめてほしい。あいつら全員一瞬で蒸発するだけだろ。


「待て、やめろ! 誰も突撃するな!」


 俺は叫びながら、校内放送用のマイクを引っつかんだ。

 ここで全員死んだら、俺の寝覚めが悪すぎる。少しでも逃げる時間を稼がなければ。


 俺はマイクに向かって、人生最大の中二病(ハッタリ)をブチかますことにした。


『フハハハ……! ワーハハハハッ!』


 スピーカーから響き渡る、高笑い。

 校庭の生徒たちと、宇宙人が一斉に校舎を見上げた。


『だ、誰だ貴様は! 我が帝国の威光を前にして笑うとは!』


 宇宙人が銃を向ける。

 俺は司令部の窓際に立ち、腕を組んで宇宙人を見下ろした。


『……愚かなる星の開拓者よ。我が名は高瀬理人。この星の防衛を統括する『黒銀の司令官』だ』


「高瀬くん!?」


 隣で宝生が悲鳴を上げる。

 俺は宝生の肩を抱き寄せ、宇宙人に向かって言い放った。


「見よ、我が隣に立つ美しき姫を! 我々はこの地球で『愛』という名の究極の契約を交わしたばかりなのだ。貴様ごとき雑魚の介入など、我が恋路のスパイスにもならん」


『な、なんだと……!? 恋路……!?』


 宇宙人が動揺する。


『夏希さんよ!』


 俺は宝生の目を真っ直ぐ見つめた。心の中では平身低頭で謝罪している。


『見せてやろう、我が愛が、どれほどの破滅をこの銀河にもたらすかを。秘術……『極光絶滅砲(オーロラ・ブレイク)』、充填開始(チャージ)!』


 言った。言ってしまった。もちろん、そんな兵器は存在しない。

 俺の隣で宝生が一度だけ目を閉じ、腹を決めた顔でマイクを引き寄せた。


『ダメよ、高瀬くん! それ前に一発で三つ壊したでしょ!』


(三つ、何をだ。夏希さん、設定の追加は俺を通したまえ)


『三つ……惑星か!?』


 宇宙人が勝手に解釈した。宝生は否定しない。

 こいつ、罰ゲームを持ちかけられた時も、その判断力を使えなかったのか。


 俺はタイミングを見計らって、ポケットの中でスマホの『爆発音SE(フリー素材)』を再生し、マイクに近づけた。


 ──ドカン! ドォォォォン!(スマホのスピーカー音)


 さらに、天海が勝手に頷いた。


「閣下の合図だ! 全軍、照明弾を発射せよ!」


 指示と同時に、化学部が準備しておいた派手なロケット花火を一斉に打ち上げた。


 チュドーン。パチパチパチパチ!


 空が七色に染まり、爆音が校庭に響き渡る。

 宇宙人・ガヴァル隊長は、その光景を見て顔色を青紫に変えた。


『な、何という圧迫感……。武器も持たずに我々の艦隊を前にして恋愛のイチャイチャを優先し、謎の七色の兵器を起動しただと!?』


 ハッチの奥から、別の宇宙人が顔を出した。携帯端末と俺を交互に見ながら、隊長の腕を必死に引いている。


『隊長、対象の心拍数が急上昇しています!』


『恐怖か?』


『いえ、隣の雌個体との接触直後からです。戦闘準備と推測されます』


 違う。女子の肩を抱いたことがないだけだ。宇宙の観測技術でその事実を公開されたくなかった。


『くっ……地球人とは、これほどまでに狂った種族なのか。「愛」という未知のエナジーを兵器転用している。……撤退だ。本隊に連絡せよ、地球には「愛を力に変える最悪の魔王」がいると!』


 宇宙人は慌ててUFOに飛び乗ると、猛スピードで宇宙へ逃げ去っていった。


 静まり返る校庭。


 1秒。

 2秒。


「うおおおおおおおおおおおおおっ!」


 全校生徒から、割れんばかりの歓声が上がった。


「閣下万歳! 高瀬閣下万歳!」

「愛の力で宇宙人を追い払ったぞ!」

「宝生さん、絶対に別れないでくれー!」


 俺はスマホを握りしめたまま、その場に崩れ落ちた。


(嘘だろ、追い払えちゃったよ。なんでハッタリが通じるんだよ宇宙人……!)


 横を見ると、宝生が腰を抜かして肩で息をしていた。


「……ね、ねえ高瀬くん。今の『我が愛がどうのこうの』って、ハッタリなのよね……?」


「当たり前だろ! 死ぬかと思ったわ!」


「……ちょっとだけ、格好いいって思っちゃった自分が許せない……」


「なんか言ったか?」


 こうして嘘告は、宇宙規模の誤解へとさらなる加速を遂げていくのだった。


 ◇◇


 宇宙人を追い払ってからの一ヶ月は、怒涛だった。


「高校生カップル、未知の兵器で侵略者を撃退」というニュースは、天海の余計な広報活動により、世界中に拡散された。


 結果どうなったか。


 国連が動いた。

 ホワイトハウスから親書が届いた。

 NASAが我が校の特務生徒会とオンライン会議を接続した。


「高瀬閣下、アメリカ大統領からのメッセージです。『我が国の核兵器よりも、あなたのラブレターの方が強力だ』とのことです」


「大統領に『目を覚ませ』って返信しておけ!」


 俺と宝生は、いまや「世界平和の象徴」として神格化されていた。

 二人が放課後にポテトを食べているだけで、「司令官と参謀が地球防衛のために戦略的栄養補給を行っている」と世界ニュースで中継される始末。


 宝生が泣きそうな顔でフラッペを吸う。


「高瀬くん、私もう普通のギャルに戻れない……ネイルも『地球防衛カラー(赤と青)』にしろって取り巻きに言われるし……昨日、私が別の男子と話しただけで、防衛関連の株が下がったんだって」


「株主は学校に何を求めてるんだ」


「で、高瀬くんと一緒に帰ったら戻った。嘘告でしたって言ったら、株価が暴落して世界恐慌が起きるんじゃないの?」


「詰んでる。完全に詰んでるよ俺たち……」


 俺が頭を抱えていると、宝生が自分のポテトを俺のトレーへ寄せた。俺が昼飯を食い損ねたのを覚えていたらしい。


「余っただけ。別に、高瀬くんのために取っておいたわけじゃないから」


 そう言いながら、彼女はまだ一本も手をつけていない。


「夏希さん……」


 礼を言おうとしたところで窓の外のカメラが動き、俺たちは同時に顔を伏せた。こういう時、同じタイミングで嫌そうな顔をするようにはなった。


 そんな一時の平和を満喫している中、「その時」は唐突に訪れた。


 バリバリバリバリッ。


 上空の空が、まるでガラスのように割れた。

 ついこの前とは比べものにならない、全長数キロメートルの母艦が、街を影に沈めた。その後ろから、同じ影が次々に現れる。


 ガヴァル帝国の本隊──皇帝自らが率いる、総力戦の構えである。


 全世界のテレビ、スマホ、電子看板がハッキングされ、宇宙皇帝の凶悪な顔が映し出された。


『地球の矮小なる生物どもよ。先日は我が先遣隊が不覚をとったが、今回は容赦せん。全艦隊、地球全土へプラズマ砲を照射──』


「高瀬閣下!」


 天海が司令部に駆け込んできた。恐怖か興奮か、鼻血を出している。


「敵のハッキングにより、全世界の軍事衛星が停止しました。ただ、うちの校内放送だけは無事です!」


「なんで校内放送が宇宙人の最新ハッキングを耐えてんだよ! おかしいだろ!」


「古すぎて敵に通信機器だと認識されませんでした! そこから放送部が敵の回線へ割り込ませます。文化祭で、校長の挨拶を途中で切るために研究した技術を使うのです!」


 画面に世界地図が開き、接続先が次々に点灯していく。

 俺は天海に差し出されたマイクから、半歩下がった。


「……無理だって。前はスマホで爆発音流しただけだぞ。今回、有料素材にしたら勝てるのかよ」


「閣下……いや、高瀬理人」


 初めて、天海が「閣下」を外した。


「世界を救えるのは、あなたと宝生さんの『愛』だけです。……もう一度、あいつらの前で笑えますか」


 無茶を言う。校内だけでも取り返しがつかなくなったのに、配信先を増やさないでほしい。


 俺と宝生は、顔を見合わせた。


 もう、逃げ場はない。

 ここで俺たちが日和れば、地球が滅ぶ。

 地球が滅んだら宝生の大好きなタピオカも飲めないし、俺の黒歴史が人類最後の公式記録になってしまう。冗談ではない。


「……夏希さん。今からでも、交際相手の変更は受け付けるぞ」


「地球ごと終わりそうなのに、乗り換え先ある?」


「……フッ。なら、腹をくくれ。人生最大の嘘告(ハッタリ)を、宇宙にお見舞いしてやるぞ」


 宝生は一瞬驚いた顔をしたあと、ニッとギャルらしい強気な笑顔を浮かべた。


「元はと言えば、私の嘘告から始まったんだもんね。付き合ってあげるわよ、最高司令官!」


 俺はマイクをひっつかみ、全地球・全宇宙に向けてスイッチを入れた。


『フハハハハ! 聞こえるか、宇宙のトカゲ野郎ども!』


 教室の隅で使い道をなくしていた俺の声が、敵母艦にも、世界中の画面にも大音量で響き渡る。


 宇宙皇帝が眉をひそめた。


『む……あの時の「愛の魔王」か!』


『お前たちのやっていることはな、めちゃくちゃくだらないんだよ!』


 俺は腹の底から叫んだ。


『なんだ、征服だの破壊だの。そんなことのためにわざわざ何光年も旅してきたのか? 暇人なのか!? 俺なんて、放課後のたった十分の罰ゲームで、人生をメチャクチャにされたんだぞ!』


 地球上の人々が「……え?」と首をかしげる。

 宇宙皇帝も『罰ゲーム……?』と困惑する。

 マイクを奪い取った宝生が、叫びを重ねた。


『……そうよ。私が罰ゲームで「嘘の告白」をしたのが始まりよ。本当は好きでも何でもなかった。ただのノリだった。それなのに、周りの大人が勝手に勘違いして、生徒会が暴走して、宇宙人が攻めてきて……。私たちがどんな思いで「偽りのカップル」演じてたと思ってんのよ、バカヤロー!』


 世界中が静まり返った。


 ホワイトハウスの大統領がコーヒーを吹きこぼし、全世界の市民が「え、嘘だったの!?」とフリーズする。


『だがな!』


 俺は宝生の手を強く握りしめた。


『こいつの泣き顔も、強がりも、全部俺が一番近くで見てきたんだよ。嘘を本当にして何が悪い。この世界は、俺たちの「巨大な茶番」でできてるんだ! 俺が最高司令官なのは嘘だ。こいつと付き合ってるのも嘘だった。でも、こいつを連れて明日も学校へ来たい気持ちまで、嘘にされてたまるか!』


 宝生が目から涙をこぼしながら、笑顔でマイクに叫ぶ。


『人を笑いものにしようとした私が偉そうに言える立場じゃないけど、あんたたちだって、人数と乗り物が大きいだけで、やってることは同じじゃない! 宇宙人なんかに、私たちの思い出の地球を壊させないわよ。高瀬くん! 最高の嘘を見せてやって!』


『おうよ!』


 俺は空に向かって、右手を高く掲げた。

 中二病の全魂を、全精神を、全ハッタリを込めて。


『喰らいやがれ宇宙人! これが人類の、そして俺たちの、「究極(アルティメット)・嘘告銀河破壊砲(ラヴァゲドン)」だあああっ! 』


 何も出ない。出るはずがない。俺は叫び終えた姿勢のまま、次に何を言えば時間を稼げるか考えていた。

 それなのに、右手が桃色に光った。


「……夏希さん。今、何か押した?」


「押してない」


 光は勝手に膨らんでいく。

 俺が一番、信じられない。技名は考えたが、実用化の許可は出していない。


 だが世界中の人々が、俺たちの必死な愛の叫びに祈りを捧げていたらしい。

「宇宙人を追い払ってほしい」という数億人の精神エネルギーが、奇跡的に地球の磁場と共鳴した。


 ドゴオオオオオン。


 校庭から放たれた桃色の光が、母艦の主砲を直撃した。砲門の光が端から消え、皇帝の背後で警告灯が回り始める。

 空を覆っていた砲門の光が、端から順番に消えていく。


『ぐああああっ!? なんだこのエネルギーは。被害を報告しろ!』


『皇帝陛下! 敵の心拍数とイチャイチャ密度が限界突破しています! このままでは我々の母艦が「リア充の爆発」に巻き込まれます!』


 宝生が俺の手を握り直した。画面の隅で、宇宙人の計器が振り切れた。


『全軍撤退! あの二人をこれ以上いい感じにするな!』


『ナビゲーションシステム起動。帰還経路を検索します。敗因を選択してください。「火力不足」「判断ミス」「愛」』


『愛だ、愛! さっさと帰らせろ!』


 皇帝の絶叫を最後に、ガヴァル帝国の全艦隊は、火を吹く屁のような推進音を残して、宇宙の彼方へと消えた。


 ◇◇


 宇宙人が去り、平穏が戻った地球。


 事件から数日経った頃、我が校の校庭には、なぜか『高瀬理人と宝生夏希の銅像』が建てられていた。


「……解散しないの? 特務生徒会」


 校舎の屋上で、俺は缶ジュースを飲みながら呟いた。


「天海会長が『次の襲来に備えて恒久組織にする』って聞かないのよね……」


 隣で、宝生がため息をつく。

 結局、世界中からは「照れ隠しで『嘘告だった』と言い張る可愛らしいカップル」として解釈され、俺たちの真実は闇へ葬られた。


「はぁ……いつになったら普通の高校生活に戻れるんだか」


 俺が空を見上げていると、宝生が何か言いたげな目でこちらを見つめてきた。


「ねえ、高瀬くん」


「ん?」


 宝生は風に髪をなびかせながら、少し顔を赤くして小悪魔的な笑みを浮かべた。


「……あの時の嘘告、本当にしてあげよっか?」


 俺の背中に、宇宙人を見た時以上の冷感が走り抜けた。


(……待て。ここで俺が『えっ、マジで?』とか言ったら、今度は『愛の覚醒』を感知した宇宙の帝王とかいう真のラスボスが攻めてくるフラグじゃないか?)


 最初の告白で学校が軍事基地になった。本当に付き合ったら、次は月面チャペルが建てられそうだ。

 俺たちの判断で住宅事情まで宇宙へ広げるわけにはいかない。


「……」


(落ち着け、高瀬理人。告白への返事だ。演説ではない。世界情勢への言及を禁ずる)


 俺のために宇宙人にまで啖呵を切ってくれた彼女の覚悟を、これ以上「中二病」で誤魔化すのは男として一番ダサい。


 缶ジュースを置き、改めて宝生に向き直った。


「夏希さん……俺は」


 真面目に返事をしようとした、その時──。


 ギギギッ──ガガガッ!


 屋上のスピーカーから、ハウリング音が鳴り響いた。


『──全校生徒に告ぐ。天海響である!』


「ぶふっ!?」


 吹き出した俺を置き去りに、天海の朗々とした声が校庭中に爆音で拡散される。


『ただいま気象庁より連絡が入った。地球防衛軍最高司令官・高瀬閣下と、参謀・宝生君のバイタルデータが急上昇。これにより、地球を包む「愛のバリア」が前日比300%増強された!』


「……は?」


『全校生徒、および待機中の自衛隊諸君。月面チャペル建設予定地より中継がつながっている。お二人には、まず式場の方角を──』


「構想じゃなくて着工してんのか!?」


 俺は屋上の扉へ全力で走った。

 まず放送室だ。告白への返事をするために、校内設備を破壊しなければならない。


「やめろ! 俺の恋愛に国家予算をつけるなサイコ野郎──ッ!」


「ちょっと高瀬くん、待って! 返事はー? 参謀命令、最高司令官、止まりなさーい!」


「返事はあいつを止めてからだ!」


 宝生が笑いながら追いかけてくる。

 俺は振り返らない。今どんな顔をしているかまで、全世界に中継されたくはなかった。

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― 新着の感想 ―
終始中二病が誤解されているのが面白すぎましたw けっこうな危機的状況に陥っているはずなのですが、軽い気持ちで読めて、終始謎の安心感があります。 理人と夏希の関係は嘘告からはじまりましたが、少しずつお互…
相変わらず、キレキレの文体と勢いですね! 愛は世界を救うのだ……っ! そして今作、主人公がじぇにくんではないだと……? ……ザウルス星人が次回作のオファー、待ってます(^^)v
一世一代、ハリセン無しの言動不一致お笑いコント そりゃ宇宙人から見たって客もイカれてたら逃げるよなと(1/1d3でどうぞ) どうせなら続きを見てみたい伝説回
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